64 / 77
スクールパレヱド
06_Track2.wav
しおりを挟む
客が絶えない。
寮横カフェテリアの入り口で客を捌く竜星に目を流し、ハヤトは吐息した。片付けの手は止めることなく動かしている。
通常なら過疎っている寮横カフェテリア(俺のせいらしいが)。てっきり今日の客も集まりにくいかと思っていたのに、表に列ができるほどの人気ぶりだった。
給仕側の人手不足が懸念されたが、回転がそう早くないのもあって少ない人数で成り立っている。寮横カフェテリアの座席が少ないのもある。
「麦。お前、休憩なくて平気なのか?」
手にしたプレートごと厨房に入り、せわしなく動いている麦に声を投げた。
品物がなくなったのか、麦は新たなケースを開いている。
「うん、平気だよ。僕は動き回ってるわけじゃないし……ハヤトくんこそ、行ったり来たりで大変じゃない?」
「俺は午後に抜けるからな、今しっかり働かねぇと。……けど、麦はこの後もずっとだろ? 俺が変わるから、早めの昼休憩とったらどうだ? 今なら先生が入ってる分、表は余裕あるだろ」
「……そっか。じゃあ……お願いしようかな」
オーダーに活用されているブレス端末を通して、表のヒナたちに連絡を回した。
麦と交代して品出しをしていると、表から流れてきたのか琉夏が厨房に入ってきた。琉夏はプレートに載せてきたゴミを破棄しながら、ハヤトの方を見て嘆息した。
「なァ~、オレ休んでいい? いま入ってる客、み~んなサクラ先生しか見てねェんだけど」
担任のサクラがスペシャルゲスト枠で参加したのは10分前のこと。
『泣き顔が可愛い高校生』効果で(ヒナ本人は不服ながらも)他校や後輩を客寄せしていたのだが、告知してあったサクラの加入時間には桜統の3年女子で表の列が埋まっていた。半分は浴衣を着ているので、抹茶を振る舞っている茶道部の連中だと思われる。茶道部は例年浴衣を着て茶を点てている。(去年、抹茶と和菓子を目当てにした竜星に付き合って行った)
「生徒より目立つ教師ってど~なの?」
「……仕方ねぇだろ。これで2Bのイメージが良くなるなら……俺には文句言う資格ねぇし」
入ったオーダーどおり、品をロボに託して送り出す。
すると、出ていったロボとすれ違いでヒナまで厨房に戻ってきた。
「駄目だ、サクラ先生がぜんぶ攫ってく! おれのこと誰も見てないし休憩入っていいっ?」
今しがた耳にした琉夏のセリフと重複している。サクラに怒っていたヒナだったが、琉夏の存在に気づき、
「あっ、琉夏! なんで休んでんだっ?」
「だって今、あっち暇じゃん。入ってる客も、たぶん追い出さないと帰んねェよ?」
「……たしかに。え、大々的にサボっていいってことか?」
「ってか、並んでるコらには整理券でも配ってあげてよ。待つの可哀想じゃん?」
「あぁ、それ大事だな。おれ、メモ帳に番号書いて配ってくる」
「よろしく~」
さらりと雑務を押し付けられたヒナが、気づかずに現場へと戻っていった。
持参したパンを黙々と食べていた麦が、数秒開いた厨房のドアから表を目にして、ぽそっと、
「……サクラ先生が、接客してる……」
幽霊でも見たかのように放心している。
琉夏が鼻で笑った。
「ありえねェよな~? あのひと櫻屋敷の人間なんだけど? ほんとなら傅かれる側じゃん。こんなとこで執事ごっこしてンの異常じゃね?」
嘲笑を含む言いぶりに、麦がそっと咎める目を向けた。
「……琉夏くん。サクラ先生は、僕たちのために手伝ってくれてるんだよ」
「オレたち、っていうより……ヒナの為っぽくね?」
「……え?」
「ヒナが頼んだから受けたんじゃねェの? オレやハヤトが頼んだとして、執事ごっこなんてしてくれるワケなくねェ~?」
「……それは、琉夏くんとハヤトくんが問題いっぱいだから……」
「……麦。今、オレらのこと『問題いっぱい』って言った?」
「ぁ……」
「ぁ、って何? ……オレとハヤト、そんな問題いっぱい?」
「ぅ……えっと……」
失言を誤魔化せずしどろもどろな麦をよそに、ハヤトは琉夏の意見について考えていた。
サクラは他の教師と違う。問題を起こしたハヤト自身にも正当に向き合ってくれているように思う。クラス合宿も認めてくれた。
……しかし。
——ヒナが頼んだから受けたんじゃねェの?
琉夏の言うとおり、執事の件を他のクラスメイトが頼んだとして、同じように受け入れてくれただろうか。
いま思えば、アカペラの曲作りにしても。
もともとサクラは、カフェテリアで頻繁にヒナの相談に乗っていたような感じではあったが……
「——こら、琉夏!」
思考に割り込んで、ヒナが厨房のドアを叩き開いた。
ヒナは睨む目で琉夏を捉えたかと思うと、麦のパンを貰おうとしていた琉夏の腕を掴んで、厨房から引っ張り出そうと。
「いつまで休んでんだ。暇なら竜星と代わってやれよ」
「えェ~? ヒナが代わってあげればい~のに……」
「俺は接客する。サクラ先生に負けてらんないからな!」
「ヒナが敵うわけねェ~じゃん?」
「——敵わなくない!」
唐突に、声のボリュームが跳ね上がった。
冗談のつもりで話していた琉夏だけでなく、ハヤトと麦も少し驚いた顔をしたせいか、ヒナがハッとして眉を下げた。
「あ、ごめん。声量バグ」
「……びっくりした。急にキレたかと思ったじゃん」
「ごめんって。……行こ。もうすぐ壱正たちと交代だしさ、ちゃんと働こうよ」
「ハイハイ」
「『はい』は一回な」
「ハイハイ」
「おいっ」
けらけらと笑う琉夏に突っこむ顔は、いつもどおり。呆れ笑いで去っていくヒナの後ろ姿を、わずかに引っ掛かる思いでハヤトは見送っていた。
「ハヤトくん。食べ終わったから、僕も手伝うよ」
「……あぁ、おう」
麦に話しかけられ、胸に差した違和感は理由を探られることなく霧散していた。
寮横カフェテリアの入り口で客を捌く竜星に目を流し、ハヤトは吐息した。片付けの手は止めることなく動かしている。
通常なら過疎っている寮横カフェテリア(俺のせいらしいが)。てっきり今日の客も集まりにくいかと思っていたのに、表に列ができるほどの人気ぶりだった。
給仕側の人手不足が懸念されたが、回転がそう早くないのもあって少ない人数で成り立っている。寮横カフェテリアの座席が少ないのもある。
「麦。お前、休憩なくて平気なのか?」
手にしたプレートごと厨房に入り、せわしなく動いている麦に声を投げた。
品物がなくなったのか、麦は新たなケースを開いている。
「うん、平気だよ。僕は動き回ってるわけじゃないし……ハヤトくんこそ、行ったり来たりで大変じゃない?」
「俺は午後に抜けるからな、今しっかり働かねぇと。……けど、麦はこの後もずっとだろ? 俺が変わるから、早めの昼休憩とったらどうだ? 今なら先生が入ってる分、表は余裕あるだろ」
「……そっか。じゃあ……お願いしようかな」
オーダーに活用されているブレス端末を通して、表のヒナたちに連絡を回した。
麦と交代して品出しをしていると、表から流れてきたのか琉夏が厨房に入ってきた。琉夏はプレートに載せてきたゴミを破棄しながら、ハヤトの方を見て嘆息した。
「なァ~、オレ休んでいい? いま入ってる客、み~んなサクラ先生しか見てねェんだけど」
担任のサクラがスペシャルゲスト枠で参加したのは10分前のこと。
『泣き顔が可愛い高校生』効果で(ヒナ本人は不服ながらも)他校や後輩を客寄せしていたのだが、告知してあったサクラの加入時間には桜統の3年女子で表の列が埋まっていた。半分は浴衣を着ているので、抹茶を振る舞っている茶道部の連中だと思われる。茶道部は例年浴衣を着て茶を点てている。(去年、抹茶と和菓子を目当てにした竜星に付き合って行った)
「生徒より目立つ教師ってど~なの?」
「……仕方ねぇだろ。これで2Bのイメージが良くなるなら……俺には文句言う資格ねぇし」
入ったオーダーどおり、品をロボに託して送り出す。
すると、出ていったロボとすれ違いでヒナまで厨房に戻ってきた。
「駄目だ、サクラ先生がぜんぶ攫ってく! おれのこと誰も見てないし休憩入っていいっ?」
今しがた耳にした琉夏のセリフと重複している。サクラに怒っていたヒナだったが、琉夏の存在に気づき、
「あっ、琉夏! なんで休んでんだっ?」
「だって今、あっち暇じゃん。入ってる客も、たぶん追い出さないと帰んねェよ?」
「……たしかに。え、大々的にサボっていいってことか?」
「ってか、並んでるコらには整理券でも配ってあげてよ。待つの可哀想じゃん?」
「あぁ、それ大事だな。おれ、メモ帳に番号書いて配ってくる」
「よろしく~」
さらりと雑務を押し付けられたヒナが、気づかずに現場へと戻っていった。
持参したパンを黙々と食べていた麦が、数秒開いた厨房のドアから表を目にして、ぽそっと、
「……サクラ先生が、接客してる……」
幽霊でも見たかのように放心している。
琉夏が鼻で笑った。
「ありえねェよな~? あのひと櫻屋敷の人間なんだけど? ほんとなら傅かれる側じゃん。こんなとこで執事ごっこしてンの異常じゃね?」
嘲笑を含む言いぶりに、麦がそっと咎める目を向けた。
「……琉夏くん。サクラ先生は、僕たちのために手伝ってくれてるんだよ」
「オレたち、っていうより……ヒナの為っぽくね?」
「……え?」
「ヒナが頼んだから受けたんじゃねェの? オレやハヤトが頼んだとして、執事ごっこなんてしてくれるワケなくねェ~?」
「……それは、琉夏くんとハヤトくんが問題いっぱいだから……」
「……麦。今、オレらのこと『問題いっぱい』って言った?」
「ぁ……」
「ぁ、って何? ……オレとハヤト、そんな問題いっぱい?」
「ぅ……えっと……」
失言を誤魔化せずしどろもどろな麦をよそに、ハヤトは琉夏の意見について考えていた。
サクラは他の教師と違う。問題を起こしたハヤト自身にも正当に向き合ってくれているように思う。クラス合宿も認めてくれた。
……しかし。
——ヒナが頼んだから受けたんじゃねェの?
琉夏の言うとおり、執事の件を他のクラスメイトが頼んだとして、同じように受け入れてくれただろうか。
いま思えば、アカペラの曲作りにしても。
もともとサクラは、カフェテリアで頻繁にヒナの相談に乗っていたような感じではあったが……
「——こら、琉夏!」
思考に割り込んで、ヒナが厨房のドアを叩き開いた。
ヒナは睨む目で琉夏を捉えたかと思うと、麦のパンを貰おうとしていた琉夏の腕を掴んで、厨房から引っ張り出そうと。
「いつまで休んでんだ。暇なら竜星と代わってやれよ」
「えェ~? ヒナが代わってあげればい~のに……」
「俺は接客する。サクラ先生に負けてらんないからな!」
「ヒナが敵うわけねェ~じゃん?」
「——敵わなくない!」
唐突に、声のボリュームが跳ね上がった。
冗談のつもりで話していた琉夏だけでなく、ハヤトと麦も少し驚いた顔をしたせいか、ヒナがハッとして眉を下げた。
「あ、ごめん。声量バグ」
「……びっくりした。急にキレたかと思ったじゃん」
「ごめんって。……行こ。もうすぐ壱正たちと交代だしさ、ちゃんと働こうよ」
「ハイハイ」
「『はい』は一回な」
「ハイハイ」
「おいっ」
けらけらと笑う琉夏に突っこむ顔は、いつもどおり。呆れ笑いで去っていくヒナの後ろ姿を、わずかに引っ掛かる思いでハヤトは見送っていた。
「ハヤトくん。食べ終わったから、僕も手伝うよ」
「……あぁ、おう」
麦に話しかけられ、胸に差した違和感は理由を探られることなく霧散していた。
100
お気に入りに追加
40
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~
蒼田
青春
人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。
目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。
しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。
事故から助けることで始まる活発少女との関係。
愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。
愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。
故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。
*本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。
令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました
フルーツパフェ
大衆娯楽
とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。
曰く、全校生徒はパンツを履くこと。
生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?
史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
傷つけて、傷つけられて……そうして僕らは、大人になっていく。 ――「本命彼女はモテすぎ注意!」サイドストーリー 佐々木史帆――
玉水ひひな
青春
「本命彼女はモテすぎ注意! ~高嶺に咲いてる僕のキミ~」のサイドストーリー短編です!
ヒロインは同作登場の佐々木史帆(ささきしほ)です。
本編試し読みで彼女の登場シーンは全部出ているので、よろしければ同作試し読みを読んでからお読みください。
《あらすじ》
憧れの「高校生」になった【佐々木史帆】は、彼氏が欲しくて堪まらない。
同じクラスで一番好みのタイプだった【桐生翔真(きりゅうしょうま)】という男子にほのかな憧れを抱き、何とかアプローチを頑張るのだが、彼にはいつしか、「高嶺の花」な本命の彼女ができてしまったようで――!
---
二万字弱の短編です。お時間のある時に読んでもらえたら嬉しいです!
姉らぶるっ!!
藍染惣右介兵衛
青春
俺には二人の容姿端麗な姉がいる。
自慢そうに聞こえただろうか?
それは少しばかり誤解だ。
この二人の姉、どちらも重大な欠陥があるのだ……
次女の青山花穂は高校二年で生徒会長。
外見上はすべて完璧に見える花穂姉ちゃん……
「花穂姉ちゃん! 下着でウロウロするのやめろよなっ!」
「んじゃ、裸ならいいってことねっ!」
▼物語概要
【恋愛感情欠落、解離性健忘というトラウマを抱えながら、姉やヒロインに囲まれて成長していく話です】
47万字以上の大長編になります。(2020年11月現在)
【※不健全ラブコメの注意事項】
この作品は通常のラブコメより下品下劣この上なく、ドン引き、ドシモ、変態、マニアック、陰謀と陰毛渦巻くご都合主義のオンパレードです。
それをウリにして、ギャグなどをミックスした作品です。一話(1部分)1800~3000字と短く、四コマ漫画感覚で手軽に読めます。
全編47万字前後となります。読みごたえも初期より増し、ガッツリ読みたい方にもお勧めです。
また、執筆・原作・草案者が男性と女性両方なので、主人公が男にもかかわらず、男性目線からややずれている部分があります。
【元々、小説家になろうで連載していたものを大幅改訂して連載します】
【なろう版から一部、ストーリー展開と主要キャラの名前が変更になりました】
【2017年4月、本幕が完結しました】
序幕・本幕であらかたの謎が解け、メインヒロインが確定します。
【2018年1月、真幕を開始しました】
ここから読み始めると盛大なネタバレになります(汗)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる