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「あ~……結果的に軽音のライブは無しかぁ……」
 
 ヒナの嘆きが、早朝の通学路を渡っていく。
 重たいリュックを背負ったヒナに並んで、身軽なクラスメイトたちの姿もあった。櫻屋敷家の使用人によって、ヒナとハヤト以外の荷物は送られていた。
 
「講堂でライブ……やってみたかったなぁ」
「アレで出られると思ってンの? ヒナは上達してから言って」

 琉夏に鋭く現実を突きつけられる。昨日までアカペラに染まっていたせいで、ギターにはあまり触れていない。
 斜め上の琉夏に横目を投げる。
 
「ギターむずいんだよ。琉夏の教えも分かりにくいしさー」
「オレのせいって言ってる?」
「ドラムに転向しよっかな? ……いや、むりむり。ハヤトの指導は怖いから……竜星ーっ」
 
 先を歩いていた竜星に駆け寄る。話は聞こえていたらしく、
 
「教えてもいいけどぉ、うちらのバンドにベースはもう要らんやろ。一緒にやるならギターやわ」
「えー……」
 
 竜星の横にいた壱正が、思いついたように口を挟んだ。
 
「ヒナ、キーボードはどうだろう?」
「おっ、いいな! おれ片手なら弾ける。鍵盤ハーモニカ? だっけ? あれは得意だった!」
「キーボードなら、多少は私が教えられると思う」
「ほんと? 壱正が先生なら怖くないし文句ないっ」

 後ろから、「誰だったら怖くて文句あんだよ」低い突っこみが聞こえたが気にしない。早朝の空気は実に爽やか。
 学園の敷地に足を入れると、白い桜がさらさらと降ってきた。
 日傘に花びらをのせて、ルイが大きく溜息をつく。
 
「今日も晴れそう……。帰りたくなってきた……」

 午前中に体育祭の応援練習がある。が、おそらくルイは消える。現在ウタと麦に励まされているが、参加することなく行方をくらますとみている。登校しているだけ彼にしては偉い。

「高等部に移動だもんなー。ちょっとだるいよな?」

 ヒナの意見に、竜星が顔を向け、
 
「女子に会えるやろ?」
「あっ、そうだな! ……でも。2Bってだけで同学年みんな距離とってくるよな……。こうなったら何も知らない1年を……」

 後半から不穏なアイディアを唱えていると、背後から追いついてきたハヤトに、トンっと肩口を押された。
 
「そういうことにばっか気を回してんなよ。アカペラ終わったんだから、もっと真面目にバンド練習するぞ」
「ライブ(モテ)がないのに頑張れませーん」

 くるっと半身だけ振り返って反抗する。琉夏と竜星の「たしかに~」援護射撃を背に、り上がったハヤトの目を見返した。
 
「お前らな……」

 睨んでくる半眼。慣れてしまって、今やまったく怖くない。
 
「ハヤトさぁ、英理先輩に可愛く頼んでみたら? 『せんぱい、お願いします』って、こう……甘える感じで」
「やらねぇし無駄だ。お前は副会長のこと分かってねぇんだよ……中学の頃からほんと容赦ねぇ……」
「あ、英理先輩も内部生なんだ?」
「中学は生徒会長だった」
「おぉ、プロの優等生……。ハヤト、そんなときから英理先輩と繋がりあるんだ。いいなー、青春してるなー」
「何がいいんだよ?」
「あんな可愛い先輩にずっと追いかけられてるんだろ? 漫画みたいな青春でいい。めっちゃいい」
「可愛い……?(副会長のどこをどう見たら可愛いになるんだ?)」
 
 眉を上げて考えるハヤトに、竜星が瞳をちろりと流した。
 
「ハヤトが可愛いって思うのはどんなコなん?」
 
 ふいに、ハヤトと目が合う。ばちっと視線が衝突して、けれども勢いよくらされ、
 
「……俺は、べつに」

 短い回答。竜星は「ふ~ん?」意味ありげにハヤトを見上げている。
 
「なんだよ」
「青春やなぁ……」
「はぁ?」
 
 竜星とハヤトが絡む横で、ヒナは琉夏にヒソヒソと内緒話をしていた。
 
「おれ、ハヤトの好み知ってる。アスミちゃん好きなんだよ。漫画読まないくせに雑誌買ってた」
「あァ~、ああいう系。歳上っぽい感じ?」
「英理先輩と似てる。フッ……素直じゃないな」

 唇の端で笑うヒナとは反対に、琉夏は(ハヤト、あの先輩は昔からガチで避けてねェ?)首をひねって疑問の顔をしていた。
 
「ちなみに琉夏は? どんな子が可愛い?」
「性格が可愛いコ」
「お。意外に中身を見る感じ?」
「意外って何? ……ヒナは?」
「おれ? おれは愛ちゃんが一番好きだなっ」

 ぴょんっと跳ねたヒナに、ハヤトが反応した。初耳。
 ハヤトの反応には竜星が横目を送っている。
 琉夏はヒナを見下ろした。
 
「アイちゃん? って誰?」
「お天気アナウンサーの愛ちゃん。いつもおれに笑ってくれるんだー」
「あァ、愛ちゃんね。分かる。オレにも笑ってくる。あのお姉さん可愛いよなァ~?」
「だめだめ、愛ちゃんはおれのだぞ」
「い~じゃん、シェアしてよ」
「えー?」
 
 謎の取り合い(?)で盛り上がるヒナと琉夏に、ハヤトが「あのアナウンサーは誰にでも笑ってるからな! 全国区で笑顔振りまいてんだよ! お前らのための笑顔じゃねぇぞ!」正論を唱えるが二人の耳に入っていない。
 
 2Bの教室がある校舎の昇降口まで、騒がしくやってきたヒナたち。
 応援の練習前にクラス企画を仕上げなければ——と、思考を切り替えていたヒナの目の端に、女子生徒が。話題の副会長、英理先輩。
 反射神経で逃げようとしたハヤトの腕を、ヒナはがっしりと掴んで先手を打った。
 
「おい、離せっ」
「いやいや、駄目だろ。これは逃げたら良くないやつ」
 
 寮の方からやって来たのだと推測される英理が、ハヤトを押さえたヒナに気づいて笑顔を見せた。
 
「さすがヒナ、いい子。ハヤトを捕まえといてくれた?」
「はいっ!」

 裏切り者。そんな目が頬に刺さってくるが、完全無視。ヒナは清々すがすがしく好青年ふうに笑っている。

「ミュージック甲子園、お疲れさま。……って、直接言いたくて。結果は残念だったけど、歌はよかったよ。あたしは君たちのが一番好きだった」
 
 ねぎらいの言葉は、その場にいた他のクラスメイトたちにも向けられていた。昇降口から中に逃げかけていた彼らは、小さく頭を下げて感謝の声を返した。
 怒られるわけじゃないらしい。理解して大人しく黙っていたハヤトに、英理が瞳を合わせて、
 
「——でも、約束は約束だから。君たちの講堂ライブは無しね?」
「……分かって、ます」
「……素直だね? 文句でも言ってくるかと思ったのに」
「…………いえ、それだけのことを……したので。俺が」
「………………」
 
 唇を結んだ英理の目が、ハヤトを眺める。
 彼女は観察するように見ていたが、横に並ぶヒナや昇降口で止まっているクラスメイトたちに視線を巡らせて……クスリと。唇を斜めに持ち上げた。
 
「——代わりに、頑張ったご褒美として、『校内祭』でのライブを許可してあげる」
「……え?」
 
 丸い目が集まる。きょとりとしたヒナのほうへ、英理が微笑んだ。
 
「ヒナがいい子だし、あたしにとっては優勝だったから——特別。教師にも話はつけてあるよ。講堂の文化祭は外部からの招待客も多いけど、校内祭なら他校生くらいしか来ないし、そこでよければ生徒会権限で認めてあげる」

 ぱっと笑顔を咲かせたヒナが、「ほんとですかっ! やったぁ!」喜びに舞い上がり、ついでハヤトを押した。
 
「ほら、ハヤトも言って! ありがとうございます!」
「……あざす」
「もっと可愛く!」
「……ありがとうございます」
「それ可愛くないだろ!」
「どうしろっつぅんだよっ?」
 
 二人の掛け合いに対して、英理は目を細めて笑っていた。
 
「君たち、いいペアだね?」
 
 彼女の意見には、その場にいた2B全員が、
 
(……どこが?)
 
 合宿で毎日のように騒々しく過ごしていた二人を知っているだけに、疑問をいだく。
 
「やったな! 頑張った分、ちゃんと認めてもらえたなっ。ライブ楽しみだ!」
「楽しみって……お前、残りの期間でライブまで仕上げられんのか?」
「——はっ!」
 
 実力不足の問題に直撃したヒナ。クラスメイトたちの同情の目が集中する。
 
 クラス合宿は終わったけれども、騒がしい夏はもうしばらく終わりそうにない。
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