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ひとしきり泣いてスッキリ。
「おれらが一番だったな! みんな上手だったけど……でもやっぱ、おれらが一番かっこよかったな!」
「そぉやろ? 帰ったらテレビも見よなぁ~」
竜星と話すヒナは普段の調子を取り戻していた。
しかし、元気ではあったが目は赤い。泣いた跡は消えることなく、合流したサクラの目にも入った。
サクラはヒナの悔しさには触れなかったが、提案をひとつ。
「帰る前に、寄り道でもしようか」
「……よりみち?」
学園のバスで立ち寄った先は、
「海っ!」
ヒナの歓喜の声があがった。
夕暮れには少し早い。雲がうっすらとピンクを帯びる下で、地平線の果てまで海原が広がっている。
「すごい! おれ初めて来たーっ!」
即座に靴を脱ぎ捨て、止まることなく砂浜へ行ってしまったヒナに、クラスメイトは呆れるかと思いきや、
「泳ごォ~!」
「あほ、着替えがないやろっ。せめて脱いで行き!」
はしゃぐ琉夏。竜星も追いかけていく。
遅れたハヤトが、
「お前ら落ち着け……待て、脱ぐなっ! 泳ぐのは駄目だ!」
服に手を掛ける先発組を制止しに、慌てて走っていった。
壱正とウタは、のんびりと、
「砂浜が、まだ熱い」
「本当ですね」
脱いだ靴をきちんと並べ、サクラと一緒に波打ち際までゆっくりと歩いた。サクラは靴を脱がなかったが。
「カニ! カニがいる! ハヤトいけっ! 捕まえるんだっ!」
「無茶言うなっ」
ズボンを捲り上げた素足が、浅瀬を駆ける。弾ける飛沫だけで騒ぎ倒せる生徒たちに、サクラが目を細めて笑った。
「記念に写真を撮ってあげようか?」
「あっ、欲しい! お願いしますっ」
離れた所から向けられたサクラのスマホに、ヒナが笑顔で振り返る。
生徒たちを写真に収めたサクラは、ちょうどスマホに届いたメッセージを目にした。
「……上葛さんから連絡が来ているよ。こちらの様子を気にしているようだから、写真を送ってあげてもいいかな?」
「はーい!」
応えるヒナの表情に、もう翳りはない。
初めての海に興奮し、「砂浜を走ろ! 青春っぽいから!」などと言って、琉夏や竜星に「ヤだ」「いやや」さらりと断られている。
ひとりで走り出しそうな勢いのヒナだったが、踏み出したところで波に足を取られ、
「ぅわっ」
「おい!」
焦ったハヤトによって、転ぶ前に受け止められた。
斜めになったヒナの体が、まっすぐに戻される。
「あっぶなぁ……」
「気をつけろよ……」
「わるいわるい」
軽い謝罪で振り仰ぐヒナに、ハヤトが溜息をつく。
ハヤトの呆れ顔を見上げたヒナは、ふいに眉を下げて困ったように笑った。
「おれ、ハヤトに迷惑かけてばっかだな? ……ごめんな?」
「べつに。迷惑なんて思ってねぇよ」
「……いや、もっとちゃんと謝んないといけないことがあるんだ」
「は?」
ヒナは笑顔を消して、真摯な瞳を見せた。
「ネットで、ハヤトのお母さんのことが話題に出てた」
「………………」
重なった目の奥。ハヤトは無言だったが、答えはあった。
じっと止まっているハヤトの瞳に向けて、ヒナは静かに話し続ける。
「参加するの、ハヤトは『嫌だ』って言ってたのに、おれが無理に誘ったから……。お母さんの話は、他人に知られたくないことだったよな? ……ほんとに、ごめん」
黙って聞いていたハヤトは、そろりと下げられたヒナの頭に手を伸ばした。
「ばか。そんなもん、どうでもいい」
ぐしゃぐしゃっと乱雑に撫でて、ハヤトはヒナに言葉を返した。
離れた掌の下で、ヒナの顔が上がる。わずかに不安が残るヒナの目に、ハヤトが困った顔をした。
「そんなこと今更どうも思わねぇよ。……つぅか、それよりも俺は、お前が傷付くほうが……」
ヒナの目が、パチリと開く。
言いかけたセリフに、ハヤト自身も困惑した。
「いや、なんでも……」
——なんでもない。
そう片付けようとしたハヤトを無視して、突如ヒナが大声を。
「ハヤト!」
「うおっ……」
脈絡なく拡大した声量に、ハヤトの心臓が跳ねる。
ヒナの後ろ側で「やったわぁ~」カニを捕まえた竜星が獲物を掲げたが、ヒナの大声にびっくりして落としていた。
——何ごと?
それぞれ海に意識を奪われていたクラスメイトの目が向くなか、ヒナはひどく真剣な顔で、
「おれ、ハヤトに言っておきたいことがある」
急な前置き。
言われたハヤトは話の流れを掴めず戸惑うが、ヒナの一途な瞳に押されて「お、おぉ?」あいまいに応じた。
ヒナの迷いのない目に晒されて、変に緊張していく身を感じつつ、
「……なんだよ?」
——1秒だけ、
(なんか告白みてぇだな?)
絶対に違うのだけれども、ハヤトの脳裏で都合勝手なイメージが重なった。
当然その想像は裏切られるのだが、
「おれより先に彼女を作んないでほしい!」
「…………は?」
予想の斜め上を超える、とっても意味の分からない主張が聞こえて、思いきり眉を寄せていた。
空耳を疑うまでもなく明瞭かつ大きな声だった。周りにいた皆もきょとんと止まっていた。
訝しげなハヤトを置いて、ヒナは懸命に語っていく。
「おれ、お前みたいな『女子なんてうぜぇ』とか思っちゃってる少女漫画にいそうなクール男子ムーブかましてるヤツがモテるのだけは本当に許せなくて!」
「………………」
「今もすっごいかっこいいこと言おうとしたろ? そういう無自覚でイケメンなこと言っちゃうヤツがモテるんだ……モテたくないくせにモテるんだ……ずるいと思うんだ……」
「………………」
「おれ、そんなヤツに先越されたら絶望だからやめてほしい! ごめんだけど、ハヤトにはずっと副会長から逃げ回ってるレベルでいてほしい! 頼むから、おれが彼女つくるまで彼女つくんないでっ」
「………………」
ヒナの言い分は波音に呑まれることなく、全員の耳に冴えざえと響き渡った。
茫然とした竜星が、ぽつり。
「……すごいわ。青春を絵にしたような光景を背に、ここまで自己中心的な発言は普通できん……」
「いや、何に感心してンの?」
呟きを拾った琉夏が小声で突っこむ。
皆の目を気にすることのないヒナが、最後はニコッと笑った。
「頼むな、ハヤト!」
(……こいつ、海に沈めてやろうか)
物騒なことを思うハヤトは、着替えがないことを考慮して思いとどまる。
せめて何か文句をぶつけてやろうとしたが……
(——まぁ、笑ってるなら……いいか)
泣き顔をすっかり忘れさせる満面の笑顔に免じて、胸中の不満には特別に目をつぶることにした。
「おれらが一番だったな! みんな上手だったけど……でもやっぱ、おれらが一番かっこよかったな!」
「そぉやろ? 帰ったらテレビも見よなぁ~」
竜星と話すヒナは普段の調子を取り戻していた。
しかし、元気ではあったが目は赤い。泣いた跡は消えることなく、合流したサクラの目にも入った。
サクラはヒナの悔しさには触れなかったが、提案をひとつ。
「帰る前に、寄り道でもしようか」
「……よりみち?」
学園のバスで立ち寄った先は、
「海っ!」
ヒナの歓喜の声があがった。
夕暮れには少し早い。雲がうっすらとピンクを帯びる下で、地平線の果てまで海原が広がっている。
「すごい! おれ初めて来たーっ!」
即座に靴を脱ぎ捨て、止まることなく砂浜へ行ってしまったヒナに、クラスメイトは呆れるかと思いきや、
「泳ごォ~!」
「あほ、着替えがないやろっ。せめて脱いで行き!」
はしゃぐ琉夏。竜星も追いかけていく。
遅れたハヤトが、
「お前ら落ち着け……待て、脱ぐなっ! 泳ぐのは駄目だ!」
服に手を掛ける先発組を制止しに、慌てて走っていった。
壱正とウタは、のんびりと、
「砂浜が、まだ熱い」
「本当ですね」
脱いだ靴をきちんと並べ、サクラと一緒に波打ち際までゆっくりと歩いた。サクラは靴を脱がなかったが。
「カニ! カニがいる! ハヤトいけっ! 捕まえるんだっ!」
「無茶言うなっ」
ズボンを捲り上げた素足が、浅瀬を駆ける。弾ける飛沫だけで騒ぎ倒せる生徒たちに、サクラが目を細めて笑った。
「記念に写真を撮ってあげようか?」
「あっ、欲しい! お願いしますっ」
離れた所から向けられたサクラのスマホに、ヒナが笑顔で振り返る。
生徒たちを写真に収めたサクラは、ちょうどスマホに届いたメッセージを目にした。
「……上葛さんから連絡が来ているよ。こちらの様子を気にしているようだから、写真を送ってあげてもいいかな?」
「はーい!」
応えるヒナの表情に、もう翳りはない。
初めての海に興奮し、「砂浜を走ろ! 青春っぽいから!」などと言って、琉夏や竜星に「ヤだ」「いやや」さらりと断られている。
ひとりで走り出しそうな勢いのヒナだったが、踏み出したところで波に足を取られ、
「ぅわっ」
「おい!」
焦ったハヤトによって、転ぶ前に受け止められた。
斜めになったヒナの体が、まっすぐに戻される。
「あっぶなぁ……」
「気をつけろよ……」
「わるいわるい」
軽い謝罪で振り仰ぐヒナに、ハヤトが溜息をつく。
ハヤトの呆れ顔を見上げたヒナは、ふいに眉を下げて困ったように笑った。
「おれ、ハヤトに迷惑かけてばっかだな? ……ごめんな?」
「べつに。迷惑なんて思ってねぇよ」
「……いや、もっとちゃんと謝んないといけないことがあるんだ」
「は?」
ヒナは笑顔を消して、真摯な瞳を見せた。
「ネットで、ハヤトのお母さんのことが話題に出てた」
「………………」
重なった目の奥。ハヤトは無言だったが、答えはあった。
じっと止まっているハヤトの瞳に向けて、ヒナは静かに話し続ける。
「参加するの、ハヤトは『嫌だ』って言ってたのに、おれが無理に誘ったから……。お母さんの話は、他人に知られたくないことだったよな? ……ほんとに、ごめん」
黙って聞いていたハヤトは、そろりと下げられたヒナの頭に手を伸ばした。
「ばか。そんなもん、どうでもいい」
ぐしゃぐしゃっと乱雑に撫でて、ハヤトはヒナに言葉を返した。
離れた掌の下で、ヒナの顔が上がる。わずかに不安が残るヒナの目に、ハヤトが困った顔をした。
「そんなこと今更どうも思わねぇよ。……つぅか、それよりも俺は、お前が傷付くほうが……」
ヒナの目が、パチリと開く。
言いかけたセリフに、ハヤト自身も困惑した。
「いや、なんでも……」
——なんでもない。
そう片付けようとしたハヤトを無視して、突如ヒナが大声を。
「ハヤト!」
「うおっ……」
脈絡なく拡大した声量に、ハヤトの心臓が跳ねる。
ヒナの後ろ側で「やったわぁ~」カニを捕まえた竜星が獲物を掲げたが、ヒナの大声にびっくりして落としていた。
——何ごと?
それぞれ海に意識を奪われていたクラスメイトの目が向くなか、ヒナはひどく真剣な顔で、
「おれ、ハヤトに言っておきたいことがある」
急な前置き。
言われたハヤトは話の流れを掴めず戸惑うが、ヒナの一途な瞳に押されて「お、おぉ?」あいまいに応じた。
ヒナの迷いのない目に晒されて、変に緊張していく身を感じつつ、
「……なんだよ?」
——1秒だけ、
(なんか告白みてぇだな?)
絶対に違うのだけれども、ハヤトの脳裏で都合勝手なイメージが重なった。
当然その想像は裏切られるのだが、
「おれより先に彼女を作んないでほしい!」
「…………は?」
予想の斜め上を超える、とっても意味の分からない主張が聞こえて、思いきり眉を寄せていた。
空耳を疑うまでもなく明瞭かつ大きな声だった。周りにいた皆もきょとんと止まっていた。
訝しげなハヤトを置いて、ヒナは懸命に語っていく。
「おれ、お前みたいな『女子なんてうぜぇ』とか思っちゃってる少女漫画にいそうなクール男子ムーブかましてるヤツがモテるのだけは本当に許せなくて!」
「………………」
「今もすっごいかっこいいこと言おうとしたろ? そういう無自覚でイケメンなこと言っちゃうヤツがモテるんだ……モテたくないくせにモテるんだ……ずるいと思うんだ……」
「………………」
「おれ、そんなヤツに先越されたら絶望だからやめてほしい! ごめんだけど、ハヤトにはずっと副会長から逃げ回ってるレベルでいてほしい! 頼むから、おれが彼女つくるまで彼女つくんないでっ」
「………………」
ヒナの言い分は波音に呑まれることなく、全員の耳に冴えざえと響き渡った。
茫然とした竜星が、ぽつり。
「……すごいわ。青春を絵にしたような光景を背に、ここまで自己中心的な発言は普通できん……」
「いや、何に感心してンの?」
呟きを拾った琉夏が小声で突っこむ。
皆の目を気にすることのないヒナが、最後はニコッと笑った。
「頼むな、ハヤト!」
(……こいつ、海に沈めてやろうか)
物騒なことを思うハヤトは、着替えがないことを考慮して思いとどまる。
せめて何か文句をぶつけてやろうとしたが……
(——まぁ、笑ってるなら……いいか)
泣き顔をすっかり忘れさせる満面の笑顔に免じて、胸中の不満には特別に目をつぶることにした。
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