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ステージは最高だった。
もう一度やったとしても、あれ以上のものはできない。断言できる。
ヒナの人生で、間違いなく最高の音楽だった。
——でも、現実は。
「アカペラではない」
突き放す一言に、数秒ヒナは茫然とした。
歌い終えた直後の、審査員たちによる採点。ヒナたちが得た点数は比較的に低かった。
困惑したヒナに、極端に低い点数をつけた審査員が批評を述べた。
「パフォーマンスに力を入れすぎていた。テーマはアカペラなのだから、純粋に歌で勝負をしてほしかった」
ネームプレートの肩書には、有名な音楽大学の教授であると記されている。
止まっていたヒナだったが、続いた審査員の講評に思わず反論する勢いで、
「ミュージック甲子園のテーマが『音楽』と『青春』じゃないですかっ! 青春って独りでは難しくて……だからっ、一緒に。外から聴いてるだけじゃなくて、みんなで一緒に飛び込む感じが青春じゃないかなって……」
ひとりで完結せずに、誰かと作り上げるのが——青春だと思った。
少なくとも、ヒナはそう感じた。
無意識で強まった声を、ハッとして抑える。司会者や観客の目が意識に入った。
反論したところで結果は変わらない。点数は明確に定まってしまった。
胸に湧く感情をとどめて、笑顔を……
「いや……えっと、なので……おれの解釈違いというか……評価してもらえなかったのは、おれのミスです……ね」
精一杯、平然を装ってコメントを返した。
笑ってみせたヒナを慰めるように、司会者が優しい声で話をまとめる。
「観客の盛り上がりは素晴らしかったですね。今大会で一番の活気だったかも知れません。桜統学園の皆さん、楽しいステージをありがとうございました」
鳴り響く拍手に背を向けた。
笑顔を保てる自信がなくて、真っ先にステージを後にしていた。
ステージ裏に入った瞬間、背後からついて来たハヤトが、
「ヒナ」
心配するような響き。
振り返って、平然と笑おうとした。
残念だったな。おれが下手だしな。最初のまま曲は変えないほうがよかったのかな。
なんでもいいから、いつもみたいに軽い言葉で返そうと……したのに。
「……納得いかないっ」
ハヤトと目が合った途端に、ヒナの胸で押し付けたはずの感情が——あふれていた。
「おれらの音楽、ほんとうに最高だったのに……なにが駄目だったんだろ? ……ごめん、おれが曲を変えなかったら……もっと評価されたかも知んないのにっ……」
ハヤトの後ろで、「残念やったなぁ」と会話していた竜星たちも、ヒナの言葉を耳にして目を向ける。
普段なら明るく流すはずのヒナが、思い詰めた表情でこぼした本音に、チームメイトたちは驚いたようすだった。
ハヤトが最初に応える。
「謝んなよ。お前のせいじゃねぇだろ」
「……でもっ……」
琉夏はヒナとの距離を埋め、長躯を折って笑いかけた。
「曲変もパフォーマンスも連帯責任じゃん。ってか、あんなオッサンの評価なんて気にしてンの? どう見てもオレらが一番カッコよかったよなァ~?」
ひょこりと横から顔を出した竜星も、うんうんと頷く。
「審査員が『あんぽんたん』やな。うちらの良さが分からんなんて可哀想やわ」
竜星が肩をすくめて溜息をつくと、隣に並んだ壱正も真面目な顔で同意した。
「ああ、可哀想なことをしてしまった。審査員はステージ横で聴いていただけだから、きっと仲間に入れてほしかったのだろう」
壱正の意見に(いくらなんでも、それは違うやろ……?)ちろりと竜星が目を流す。
壱正と竜星の様子を笑いながら、ウタがヒナの前へ足を寄せた。
ウタはヒナの顔をのぞき込むように目を合わせて、柔らかく笑顔を見せ、
「ヒナさん、私は楽しかったですよ? ……心が、ドキドキ・ワクワクしました。誘ってくださって本当にありがとうございます。皆さんと一緒に歌ったり相談したりする時間が、とても楽しいものだと知ることができました。……これが青春ですね?」
「っ……」
ウタに言葉を返そうとしたヒナの声は、音にならず。
開きかけた唇は、吐息の音をもらして嗚咽を呑み込んだ。
込み上げる気持ちが瞳からこぼれていく。涙と一緒に、ヒナは胸の思いを小さく吐き出した。
「でもっ……優勝……したかったっ……」
——誰も悪く言えないくらいの、完全勝利が欲しかった。
素直に口から出た本心と、頬をつたう涙に、
(……おれ、泣いたのなんて、いつぶりだろ……?)
戸惑う気持ちがあったけれど、あふれる悔しさは抑えられない。
くやしい、くやしい、くやしい。
あんなにも頑張ったのに。全力を尽くしたのに。
今までヒナは、勉強した分はきちんと成果を得てきた。努力すれば、必ず得るものがあった。
努力しても評価されないことがあるなんて——そして、それがこんなにも辛いなんて。
報われない思いが、涙になってあふれていく。
泣き出してしまったヒナに、チームメイトたちは(よっぽど悔しかったんだから、泣かせてやってもいいよな?)そろりと目配せしていたが……
ふと、竜星が肘でハヤトを小突いた。
皆が竜星の視線をたどる。ステージ裏を映すテレビカメラが、ヒナに向いていた。
CMへの繋ぎに見せる、舞台裏の青春。
泣くほど悔しかったんだね——と。ストーリー性のある一場面を、視聴者の興味を惹くために撮っていたのだろう。
ヒナの泣き顔がクローズアップされていると理解したハヤトが、とっさに、
「映すな。見せもんじゃねぇよ」
低い声で脅して、ヒナの頭を腕で隠すように抱き寄せた。
脊髄反射の行動だったが、自分の胸に当たったヒナの頭に、
(いや、この対応は違うな……?)
距離感を反省してすぐに離そうとした。
しかし、ヒナの頭が頼るように寄り掛かってきて——離せなくなった。
動揺したハヤトに、竜星が苦笑して囁く。
「(しばらく隠してあげて?)」
大義名分を与えられ、ハヤトは身じろぎせず。
チームメイトたちも、周りの好奇の目からヒナを隠すように身を動かした。
ヒナが泣きやむまで、ほんのわずかな時間だったけれども……誰も何も言わず、ただ静かに待っていた。
もう一度やったとしても、あれ以上のものはできない。断言できる。
ヒナの人生で、間違いなく最高の音楽だった。
——でも、現実は。
「アカペラではない」
突き放す一言に、数秒ヒナは茫然とした。
歌い終えた直後の、審査員たちによる採点。ヒナたちが得た点数は比較的に低かった。
困惑したヒナに、極端に低い点数をつけた審査員が批評を述べた。
「パフォーマンスに力を入れすぎていた。テーマはアカペラなのだから、純粋に歌で勝負をしてほしかった」
ネームプレートの肩書には、有名な音楽大学の教授であると記されている。
止まっていたヒナだったが、続いた審査員の講評に思わず反論する勢いで、
「ミュージック甲子園のテーマが『音楽』と『青春』じゃないですかっ! 青春って独りでは難しくて……だからっ、一緒に。外から聴いてるだけじゃなくて、みんなで一緒に飛び込む感じが青春じゃないかなって……」
ひとりで完結せずに、誰かと作り上げるのが——青春だと思った。
少なくとも、ヒナはそう感じた。
無意識で強まった声を、ハッとして抑える。司会者や観客の目が意識に入った。
反論したところで結果は変わらない。点数は明確に定まってしまった。
胸に湧く感情をとどめて、笑顔を……
「いや……えっと、なので……おれの解釈違いというか……評価してもらえなかったのは、おれのミスです……ね」
精一杯、平然を装ってコメントを返した。
笑ってみせたヒナを慰めるように、司会者が優しい声で話をまとめる。
「観客の盛り上がりは素晴らしかったですね。今大会で一番の活気だったかも知れません。桜統学園の皆さん、楽しいステージをありがとうございました」
鳴り響く拍手に背を向けた。
笑顔を保てる自信がなくて、真っ先にステージを後にしていた。
ステージ裏に入った瞬間、背後からついて来たハヤトが、
「ヒナ」
心配するような響き。
振り返って、平然と笑おうとした。
残念だったな。おれが下手だしな。最初のまま曲は変えないほうがよかったのかな。
なんでもいいから、いつもみたいに軽い言葉で返そうと……したのに。
「……納得いかないっ」
ハヤトと目が合った途端に、ヒナの胸で押し付けたはずの感情が——あふれていた。
「おれらの音楽、ほんとうに最高だったのに……なにが駄目だったんだろ? ……ごめん、おれが曲を変えなかったら……もっと評価されたかも知んないのにっ……」
ハヤトの後ろで、「残念やったなぁ」と会話していた竜星たちも、ヒナの言葉を耳にして目を向ける。
普段なら明るく流すはずのヒナが、思い詰めた表情でこぼした本音に、チームメイトたちは驚いたようすだった。
ハヤトが最初に応える。
「謝んなよ。お前のせいじゃねぇだろ」
「……でもっ……」
琉夏はヒナとの距離を埋め、長躯を折って笑いかけた。
「曲変もパフォーマンスも連帯責任じゃん。ってか、あんなオッサンの評価なんて気にしてンの? どう見てもオレらが一番カッコよかったよなァ~?」
ひょこりと横から顔を出した竜星も、うんうんと頷く。
「審査員が『あんぽんたん』やな。うちらの良さが分からんなんて可哀想やわ」
竜星が肩をすくめて溜息をつくと、隣に並んだ壱正も真面目な顔で同意した。
「ああ、可哀想なことをしてしまった。審査員はステージ横で聴いていただけだから、きっと仲間に入れてほしかったのだろう」
壱正の意見に(いくらなんでも、それは違うやろ……?)ちろりと竜星が目を流す。
壱正と竜星の様子を笑いながら、ウタがヒナの前へ足を寄せた。
ウタはヒナの顔をのぞき込むように目を合わせて、柔らかく笑顔を見せ、
「ヒナさん、私は楽しかったですよ? ……心が、ドキドキ・ワクワクしました。誘ってくださって本当にありがとうございます。皆さんと一緒に歌ったり相談したりする時間が、とても楽しいものだと知ることができました。……これが青春ですね?」
「っ……」
ウタに言葉を返そうとしたヒナの声は、音にならず。
開きかけた唇は、吐息の音をもらして嗚咽を呑み込んだ。
込み上げる気持ちが瞳からこぼれていく。涙と一緒に、ヒナは胸の思いを小さく吐き出した。
「でもっ……優勝……したかったっ……」
——誰も悪く言えないくらいの、完全勝利が欲しかった。
素直に口から出た本心と、頬をつたう涙に、
(……おれ、泣いたのなんて、いつぶりだろ……?)
戸惑う気持ちがあったけれど、あふれる悔しさは抑えられない。
くやしい、くやしい、くやしい。
あんなにも頑張ったのに。全力を尽くしたのに。
今までヒナは、勉強した分はきちんと成果を得てきた。努力すれば、必ず得るものがあった。
努力しても評価されないことがあるなんて——そして、それがこんなにも辛いなんて。
報われない思いが、涙になってあふれていく。
泣き出してしまったヒナに、チームメイトたちは(よっぽど悔しかったんだから、泣かせてやってもいいよな?)そろりと目配せしていたが……
ふと、竜星が肘でハヤトを小突いた。
皆が竜星の視線をたどる。ステージ裏を映すテレビカメラが、ヒナに向いていた。
CMへの繋ぎに見せる、舞台裏の青春。
泣くほど悔しかったんだね——と。ストーリー性のある一場面を、視聴者の興味を惹くために撮っていたのだろう。
ヒナの泣き顔がクローズアップされていると理解したハヤトが、とっさに、
「映すな。見せもんじゃねぇよ」
低い声で脅して、ヒナの頭を腕で隠すように抱き寄せた。
脊髄反射の行動だったが、自分の胸に当たったヒナの頭に、
(いや、この対応は違うな……?)
距離感を反省してすぐに離そうとした。
しかし、ヒナの頭が頼るように寄り掛かってきて——離せなくなった。
動揺したハヤトに、竜星が苦笑して囁く。
「(しばらく隠してあげて?)」
大義名分を与えられ、ハヤトは身じろぎせず。
チームメイトたちも、周りの好奇の目からヒナを隠すように身を動かした。
ヒナが泣きやむまで、ほんのわずかな時間だったけれども……誰も何も言わず、ただ静かに待っていた。
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