54 / 77
Realize
05_Track15.wav
しおりを挟む
ミュージック甲子園、本選の当日。
ライブ映像となる番組が始まるころ、現地から遠く離れた桜統学園、オーディオルームの一室。
麦とルイは午後の講座をキャンセルし、ヒナたちのアカペラを見ようと約束していたのだが、
「……ルイくん、あの、どうして彼らを呼んだの……?」
細い声で尋ねる。麦の目の端には、かつての級友である元Bクラスの同級生たちが着席している。
全員ではない。男子ばかりで4人。誰もが決まりわるい顔で押し黙っている。
麦の疑問に、ルイが笑顔を浮かべた。ミルクティーブラウンの髪は今日もツヤツヤで、天使のような光の輪が輝いている。
「麦くん、あのメンバーの共通点は分かるかな?」
「ぇ……」
直接目を合わせたくない麦は、視界の隅っこで顔と名前を照らし合わせた。
「ぁ……もしかして」
「そう、その『もしかして』」
琉夏とトラブルがあったメンバーだ。
答えは理解したが、呼び出した理由は分からない。
麦に向かって微笑むルイは、可愛くウィンクしてみせると、
「探偵ごっこだよ。ウタのいない今がチャンスだと思ってね?」
大きなディスプレイの前に立った。彼らに対して向かい合うかたちで、まるで教壇に立つ教師のように見据えた。
「——やぁ、こうして話すのは久しぶりだね? 呼び出しに応じてくれてありがとう」
嫣然とした笑みに、返答はない。4人の同級生たちは沈黙している。
ルイは構うことなく続ける。
「知らせたとおり、今から元クラスメイトの晴れ舞台なんだ。君たちにも、ぜひ一緒に鑑賞してもらいたいな」
笑っているのに、細まる目は冷ややかだった。
麦はルイの笑い方に寒気を覚えて身を震わせる。
「——その前に。みんなに見てもらいたいものがあってね」
ルイは手にしていたタブレット端末に触れる。バックのディスプレイに映し出されたのは、先日クラスメイトたちに見せた、ネットに散らばる悪口のスクリーンショット。
同級生たちの顔色が変わった。
「……ふふ、すごい量でしょ? 全部で52件の中傷コメントを見つけたんだ。……あっ、もちろん僕が見つけたんじゃないよ? 君たちも知ってると思うけど、僕には根強い『ファン』がいるからね……。わざわざ調べてきて、僕に教えてくれたんだ」
ディスプレイが切り替わる。
ひとつのコメントが拡大される。
『金髪は死んだ有名歌手の隠し子』
麦はハッとした。
ハヤトの母親のことを、麦たちは知っている。中学の入学式で(芸能人だ!)と見かけてから、彼女は学校行事のたびにひっそりと参観していて、誰かの身内なのだろうかと話題になっていた。
彼女が亡くなったとき、今まで欠席したことのなかったハヤトが数日にかけて休み、クラスメイトたちはハヤトの母親ではないかと噂した。
「……これを見て、変だなって思ったんだ」
ルイが、ぽつりと呟く。
「この噂を知ってるなら、桜統生のはず。でも、桜統生ならハヤトくんの『暴力事件』だって知ってる。世間的イメージを落としたいなら、どう考えたって後者のほうが有力なのに……それに触れるコメントはなかった」
タブレットから上がったルイの目が、ゆっくりと同級生たちを捉える。
「……もし、暴力事件を話題に出したら、調査が入って君たちの『隠蔽事件』も明るみに出るかもしれないよね? ……琉夏くんは僕たちに何も話してくれないけど、君たちと何かあったのは分かってるんだよ? せっかく教師を騙したのに、今さら警察沙汰になったら困るもんね? ……経歴に傷が付いちゃう」
クスリと、微笑みの音がこぼれた。
ルイに見下ろされる同級生たちは青い顔をしている。彼らがここに来たのは、ルイが脅迫めいた匂わせメッセージでも送ったからではないだろうか。
彼らの顔つきは、最初から不安を抱えていた。
「コメントの情報開示を請求して、裁判を起こすこともできるね? ……でも、ハヤトくんを含め、みんな優しいから……君たちが反省するなら、僕も今回だけは目をつぶってあげようかと思うんだ」
ドキドキと心配していた麦をよそに、話は穏便に片付こうとしている。
ルイの言葉に、麦を含め全員が安堵の表情を見せた。
だが、しかし。
「——代わりに、今から視聴するアカペラの感想を、SNSに投稿してもらうね? 自分が投稿した中傷コメントの百倍の数で赦してあげる。もちろん、心を込めて褒めてね?」
天使のような清らかな顔を、悪魔のような笑顔にかたどった。
(ぇ……ルイくん、52件の中傷コメントがあったって……)
青かった同級生たちの顔色は、蒼白になっている。
どこまでが彼らの投稿か分からないが、途方もない数の好意的コメントを投稿する羽目になるような……
ただ、同情はできない。自業自得とも思うので、麦はフォローすることなく黙っておいた。
「さっ、そろそろ時間だから、一緒に見よっか」
明るく華麗に締めたルイが、麦を手招きする。
(——そうだ、こっちがメイン!)
ディスプレイ正面の席に、麦はルイと並んで座った。
ミュージック甲子園の番組は長丁場。生放送で2時間ほど。
麦はアイスティーの入った水筒をふたつ取り出して、ルイに片方を手渡した。
始まる番組に、並んだ各学校の高校生たちが映り込み、
「……ぁ」
見つけるのは簡単だった。
長身で虹色の髪をした琉夏が、とてつもなく目立つ。20組くらいが揃うなか、金髪のハヤトとピンクの竜星に挟まれたヒナの顔が……
「……ね、麦くん。ヒナくん、とっても緊張してない?」
「うん……カチコチ……」
ヒナは転入してきた初日を超える固まり具合。本番が非常に不安。
画面越しに、麦は精一杯の応援の念を送った。
(ヒナくん、がんばって!)
ライブ映像となる番組が始まるころ、現地から遠く離れた桜統学園、オーディオルームの一室。
麦とルイは午後の講座をキャンセルし、ヒナたちのアカペラを見ようと約束していたのだが、
「……ルイくん、あの、どうして彼らを呼んだの……?」
細い声で尋ねる。麦の目の端には、かつての級友である元Bクラスの同級生たちが着席している。
全員ではない。男子ばかりで4人。誰もが決まりわるい顔で押し黙っている。
麦の疑問に、ルイが笑顔を浮かべた。ミルクティーブラウンの髪は今日もツヤツヤで、天使のような光の輪が輝いている。
「麦くん、あのメンバーの共通点は分かるかな?」
「ぇ……」
直接目を合わせたくない麦は、視界の隅っこで顔と名前を照らし合わせた。
「ぁ……もしかして」
「そう、その『もしかして』」
琉夏とトラブルがあったメンバーだ。
答えは理解したが、呼び出した理由は分からない。
麦に向かって微笑むルイは、可愛くウィンクしてみせると、
「探偵ごっこだよ。ウタのいない今がチャンスだと思ってね?」
大きなディスプレイの前に立った。彼らに対して向かい合うかたちで、まるで教壇に立つ教師のように見据えた。
「——やぁ、こうして話すのは久しぶりだね? 呼び出しに応じてくれてありがとう」
嫣然とした笑みに、返答はない。4人の同級生たちは沈黙している。
ルイは構うことなく続ける。
「知らせたとおり、今から元クラスメイトの晴れ舞台なんだ。君たちにも、ぜひ一緒に鑑賞してもらいたいな」
笑っているのに、細まる目は冷ややかだった。
麦はルイの笑い方に寒気を覚えて身を震わせる。
「——その前に。みんなに見てもらいたいものがあってね」
ルイは手にしていたタブレット端末に触れる。バックのディスプレイに映し出されたのは、先日クラスメイトたちに見せた、ネットに散らばる悪口のスクリーンショット。
同級生たちの顔色が変わった。
「……ふふ、すごい量でしょ? 全部で52件の中傷コメントを見つけたんだ。……あっ、もちろん僕が見つけたんじゃないよ? 君たちも知ってると思うけど、僕には根強い『ファン』がいるからね……。わざわざ調べてきて、僕に教えてくれたんだ」
ディスプレイが切り替わる。
ひとつのコメントが拡大される。
『金髪は死んだ有名歌手の隠し子』
麦はハッとした。
ハヤトの母親のことを、麦たちは知っている。中学の入学式で(芸能人だ!)と見かけてから、彼女は学校行事のたびにひっそりと参観していて、誰かの身内なのだろうかと話題になっていた。
彼女が亡くなったとき、今まで欠席したことのなかったハヤトが数日にかけて休み、クラスメイトたちはハヤトの母親ではないかと噂した。
「……これを見て、変だなって思ったんだ」
ルイが、ぽつりと呟く。
「この噂を知ってるなら、桜統生のはず。でも、桜統生ならハヤトくんの『暴力事件』だって知ってる。世間的イメージを落としたいなら、どう考えたって後者のほうが有力なのに……それに触れるコメントはなかった」
タブレットから上がったルイの目が、ゆっくりと同級生たちを捉える。
「……もし、暴力事件を話題に出したら、調査が入って君たちの『隠蔽事件』も明るみに出るかもしれないよね? ……琉夏くんは僕たちに何も話してくれないけど、君たちと何かあったのは分かってるんだよ? せっかく教師を騙したのに、今さら警察沙汰になったら困るもんね? ……経歴に傷が付いちゃう」
クスリと、微笑みの音がこぼれた。
ルイに見下ろされる同級生たちは青い顔をしている。彼らがここに来たのは、ルイが脅迫めいた匂わせメッセージでも送ったからではないだろうか。
彼らの顔つきは、最初から不安を抱えていた。
「コメントの情報開示を請求して、裁判を起こすこともできるね? ……でも、ハヤトくんを含め、みんな優しいから……君たちが反省するなら、僕も今回だけは目をつぶってあげようかと思うんだ」
ドキドキと心配していた麦をよそに、話は穏便に片付こうとしている。
ルイの言葉に、麦を含め全員が安堵の表情を見せた。
だが、しかし。
「——代わりに、今から視聴するアカペラの感想を、SNSに投稿してもらうね? 自分が投稿した中傷コメントの百倍の数で赦してあげる。もちろん、心を込めて褒めてね?」
天使のような清らかな顔を、悪魔のような笑顔にかたどった。
(ぇ……ルイくん、52件の中傷コメントがあったって……)
青かった同級生たちの顔色は、蒼白になっている。
どこまでが彼らの投稿か分からないが、途方もない数の好意的コメントを投稿する羽目になるような……
ただ、同情はできない。自業自得とも思うので、麦はフォローすることなく黙っておいた。
「さっ、そろそろ時間だから、一緒に見よっか」
明るく華麗に締めたルイが、麦を手招きする。
(——そうだ、こっちがメイン!)
ディスプレイ正面の席に、麦はルイと並んで座った。
ミュージック甲子園の番組は長丁場。生放送で2時間ほど。
麦はアイスティーの入った水筒をふたつ取り出して、ルイに片方を手渡した。
始まる番組に、並んだ各学校の高校生たちが映り込み、
「……ぁ」
見つけるのは簡単だった。
長身で虹色の髪をした琉夏が、とてつもなく目立つ。20組くらいが揃うなか、金髪のハヤトとピンクの竜星に挟まれたヒナの顔が……
「……ね、麦くん。ヒナくん、とっても緊張してない?」
「うん……カチコチ……」
ヒナは転入してきた初日を超える固まり具合。本番が非常に不安。
画面越しに、麦は精一杯の応援の念を送った。
(ヒナくん、がんばって!)
110
お気に入りに追加
40
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~
蒼田
青春
人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。
目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。
しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。
事故から助けることで始まる活発少女との関係。
愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。
愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。
故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。
*本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。
令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました
フルーツパフェ
大衆娯楽
とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。
曰く、全校生徒はパンツを履くこと。
生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?
史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
傷つけて、傷つけられて……そうして僕らは、大人になっていく。 ――「本命彼女はモテすぎ注意!」サイドストーリー 佐々木史帆――
玉水ひひな
青春
「本命彼女はモテすぎ注意! ~高嶺に咲いてる僕のキミ~」のサイドストーリー短編です!
ヒロインは同作登場の佐々木史帆(ささきしほ)です。
本編試し読みで彼女の登場シーンは全部出ているので、よろしければ同作試し読みを読んでからお読みください。
《あらすじ》
憧れの「高校生」になった【佐々木史帆】は、彼氏が欲しくて堪まらない。
同じクラスで一番好みのタイプだった【桐生翔真(きりゅうしょうま)】という男子にほのかな憧れを抱き、何とかアプローチを頑張るのだが、彼にはいつしか、「高嶺の花」な本命の彼女ができてしまったようで――!
---
二万字弱の短編です。お時間のある時に読んでもらえたら嬉しいです!
姉らぶるっ!!
藍染惣右介兵衛
青春
俺には二人の容姿端麗な姉がいる。
自慢そうに聞こえただろうか?
それは少しばかり誤解だ。
この二人の姉、どちらも重大な欠陥があるのだ……
次女の青山花穂は高校二年で生徒会長。
外見上はすべて完璧に見える花穂姉ちゃん……
「花穂姉ちゃん! 下着でウロウロするのやめろよなっ!」
「んじゃ、裸ならいいってことねっ!」
▼物語概要
【恋愛感情欠落、解離性健忘というトラウマを抱えながら、姉やヒロインに囲まれて成長していく話です】
47万字以上の大長編になります。(2020年11月現在)
【※不健全ラブコメの注意事項】
この作品は通常のラブコメより下品下劣この上なく、ドン引き、ドシモ、変態、マニアック、陰謀と陰毛渦巻くご都合主義のオンパレードです。
それをウリにして、ギャグなどをミックスした作品です。一話(1部分)1800~3000字と短く、四コマ漫画感覚で手軽に読めます。
全編47万字前後となります。読みごたえも初期より増し、ガッツリ読みたい方にもお勧めです。
また、執筆・原作・草案者が男性と女性両方なので、主人公が男にもかかわらず、男性目線からややずれている部分があります。
【元々、小説家になろうで連載していたものを大幅改訂して連載します】
【なろう版から一部、ストーリー展開と主要キャラの名前が変更になりました】
【2017年4月、本幕が完結しました】
序幕・本幕であらかたの謎が解け、メインヒロインが確定します。
【2018年1月、真幕を開始しました】
ここから読み始めると盛大なネタバレになります(汗)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる