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 ミュージック甲子園、本選の当日。
 ライブ映像となる番組が始まるころ、現地から遠く離れた桜統学園、オーディオルームの一室。
 
 麦とルイは午後の講座をキャンセルし、ヒナたちのアカペラを見ようと約束していたのだが、
 
「……ルイくん、あの、どうして彼らを呼んだの……?」
 
 細い声で尋ねる。麦の目の端には、かつての級友である元Bクラスの同級生たちが着席している。
 全員ではない。男子ばかりで4人。誰もが決まりわるい顔で押し黙っている。
 
 麦の疑問に、ルイが笑顔を浮かべた。ミルクティーブラウンの髪は今日もツヤツヤで、天使のような光の輪が輝いている。
 
「麦くん、あのメンバーの共通点は分かるかな?」
「ぇ……」
 
 直接目を合わせたくない麦は、視界の隅っこで顔と名前を照らし合わせた。
 
「ぁ……もしかして」
「そう、その『もしかして』」
 
 琉夏とトラブルがあったメンバーだ。
 答えは理解したが、呼び出した理由は分からない。
 麦に向かって微笑むルイは、可愛くウィンクしてみせると、
 
「探偵ごっこだよ。ウタのいない今がチャンスだと思ってね?」
 
 大きなディスプレイの前に立った。彼らに対して向かい合うかたちで、まるで教壇に立つ教師のように見据えた。

「——やぁ、こうして話すのは久しぶりだね? 呼び出しに応じてくれてありがとう」
 
 嫣然えんぜんとした笑みに、返答はない。4人の同級生たちは沈黙している。
 ルイは構うことなく続ける。
 
「知らせたとおり、今から元クラスメイトの晴れ舞台なんだ。君たちにも、ぜひ一緒に鑑賞してもらいたいな」
 
 笑っているのに、細まる目は冷ややかだった。
 麦はルイの笑い方に寒気を覚えて身を震わせる。
 
「——その前に。みんなに見てもらいたいものがあってね」
 
 ルイは手にしていたタブレット端末に触れる。バックのディスプレイに映し出されたのは、先日クラスメイトたちに見せた、ネットに散らばる悪口のスクリーンショット。
 同級生たちの顔色が変わった。
 
「……ふふ、すごい量でしょ? 全部で52件の中傷コメントを見つけたんだ。……あっ、もちろん僕が見つけたんじゃないよ? 君たちも知ってると思うけど、僕には根強い『ファン』がいるからね……。わざわざ調べてきて、僕に教えてくれたんだ」
 
 ディスプレイが切り替わる。
 ひとつのコメントが拡大される。
 
『金髪は死んだ有名歌手の隠し子』
 
 麦はハッとした。
 ハヤトの母親のことを、麦たちは知っている。中学の入学式で(芸能人だ!)と見かけてから、彼女は学校行事のたびにひっそりと参観していて、誰かの身内なのだろうかと話題になっていた。
 彼女が亡くなったとき、今まで欠席したことのなかったハヤトが数日にかけて休み、クラスメイトたちはハヤトの母親ではないかと噂した。
 
「……これを見て、変だなって思ったんだ」
 
 ルイが、ぽつりと呟く。
 
「この噂を知ってるなら、桜統生のはず。でも、桜統生ならハヤトくんの『暴力事件』だって知ってる。世間的イメージを落としたいなら、どう考えたって後者のほうが有力なのに……それに触れるコメントはなかった」
 
 タブレットから上がったルイの目が、ゆっくりと同級生たちを捉える。
 
「……もし、暴力事件を話題に出したら、調査が入って君たちの『隠蔽いんぺい事件』も明るみに出るかもしれないよね? ……琉夏くんは僕たちに何も話してくれないけど、君たちと何かあったのは分かってるんだよ? せっかく教師を騙したのに、今さら警察沙汰になったら困るもんね? ……経歴に傷が付いちゃう」
 
 クスリと、微笑みの音がこぼれた。
 ルイに見下ろされる同級生たちは青い顔をしている。彼らがここに来たのは、ルイが脅迫めいた匂わせメッセージでも送ったからではないだろうか。
 彼らの顔つきは、最初から不安を抱えていた。
 
「コメントの情報開示を請求して、裁判を起こすこともできるね? ……でも、ハヤトくんを含め、みんな優しいから……君たちが反省するなら、僕も今回だけは目をつぶってあげようかと思うんだ」
 
 ドキドキと心配していた麦をよそに、話は穏便に片付こうとしている。
 ルイの言葉に、麦を含め全員が安堵の表情を見せた。
 だが、しかし。
 
「——代わりに、今から視聴するアカペラの感想を、SNSに投稿してもらうね? 自分が投稿した中傷コメントの百倍の数でゆるしてあげる。もちろん、心を込めて褒めてね?」

 天使のような清らかな顔を、悪魔のような笑顔にかたどった。
 
(ぇ……ルイくん、52件の中傷コメントがあったって……)
 
 青かった同級生たちの顔色は、蒼白になっている。
 どこまでが彼らの投稿か分からないが、途方もない数の好意的コメントを投稿する羽目になるような……
 ただ、同情はできない。自業自得とも思うので、麦はフォローすることなく黙っておいた。
 
「さっ、そろそろ時間だから、一緒に見よっか」
 
 明るく華麗に締めたルイが、麦を手招きする。
 
(——そうだ、こっちがメイン!)
 
 ディスプレイ正面の席に、麦はルイと並んで座った。
 ミュージック甲子園の番組は長丁場。生放送で2時間ほど。
 麦はアイスティーの入った水筒をふたつ取り出して、ルイに片方を手渡した。
 始まる番組に、並んだ各学校の高校生たちが映り込み、
 
「……ぁ」
 
 見つけるのは簡単だった。
 長身で虹色の髪をした琉夏が、とてつもなく目立つ。20組くらいが揃うなか、金髪のハヤトとピンクの竜星に挟まれたヒナの顔が……
 
「……ね、麦くん。ヒナくん、とっても緊張してない?」
「うん……カチコチ……」
 
 ヒナは転入してきた初日を超える固まり具合。本番が非常に不安。
 画面越しに、麦は精一杯の応援の念を送った。
 
(ヒナくん、がんばって!)
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