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青春をうたおう
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世界が真っ暗になったみたいだ。
ベッドで枕に顔をうずめていると、閉じた視界は暗闇になる。
でも、見える世界だけじゃなくて、心も頭のなかも黒く褪せたような気持ちだった。
「……間違えた。言葉が足りなかった。もっとうまく話すべきだった。……焦りすぎた」
くぐもった声で後悔と反省をこぼす。傍らに置いたスマホから、チェリーが慰めの言葉を掛けてくる。
《失敗したときに自分の行動を省みるのは、とてもいいことだね?》
薄っぺらい。ここ最近は人間みがあったというのに、今日に限ってチェリーが塩る。塩々の塩。掛けられるたびに干からびていく。
勉強をする気も起きない。落ち込む頭は睡眠不足のせいで回りきらず、脳内の反省は自責の言葉に変わっていき……
——あんたがその程度だから、認めてもらえないのよ。
ハッと息を呑む戦慄で、目を覚ました。
いつのまにか眠っていた。
ベッドから起き上がり、周りを見回す。誰もいない。チェリーも起動していない。誰かに何か言われた気がしたけれど……
ぼんやりとした頭で室内を眺めていると、訪問のチャイムが鳴った。ビクッと跳ねた肩越しに、ドアを見る。
ドアを開ければ、ハヤトが立っていた。
「——無断で部活を休んでんじゃねぇよ。先輩は後輩の手本だぞ」
ぱちくり。目を丸くして固まるヒナは、予想にない注意を受けて思考停止していた。
「……ごめん、気づいたら寝てた」
午後の部活動を休んだせいで叱られているらしい。
理解したヒナが正直に寝落ちを告げると、ハヤトの眉にぐっと力が入った。
「……今回は見逃す。次からは連絡してこいよ」
「あ、うん……」
「………………」
「………………」
黙りこくって見つめ合いながら、(おれ、もっと言うべきことあるな?)ヒナは午前中の出来事を思い出し、追加で謝罪しようとしたが、
「——今から合宿に行く。1分で支度しろ」
「……はいっ?」
思わず声が裏返った。
ぱっちくりん。先程よりも丸くなった目で動けずにいると、ハヤトがヒナの肩に手を置いて体をぐるりと回した。反転。
「早く。1分っつったろ。急げ!」
「えぇぇ?」
混乱のなか「着替えを一式! 勉強道具も最低限! 歯ブラシ!」急かされ続け、リュックを手に取って手当たり次第に詰めていく。
なんだなんだ、夢か、夢なのか。ハヤトに怒られたせいでハヤトに怒られる夢を見ているのか。ガッシュク? ガッシュクって合宿? 夢の中でまでハヤトにスパルタ指導される?
ごちゃごちゃの頭で詰め込んだパンパンのリュックを背負って、ハヤトの前に戻る。
「じゅ、準備完了っす!」
「おし。なら、行くぞ」
「はいっ……どこへ?」
「先生の家」
「せんせいのうち」
リピートアフターユー。復唱したが理解していない。
ちょっと考えて、もう一度。
「……先生の家?」
「そうだ」
「サクラ先生の家? 職員寮で、ハヤトと合宿?」
さすが夢。破天荒な感じ。
職員寮の窓ガラスを割って回る不良合宿を想像していると、ハヤトが眉間にシワを刻んだ。
「違うだろ。担任の家だ。桜統の合宿施設は予約でもう埋まってるから、サクラ……先生に頼んだら、近くの家を貸してくれることになった」
「へぇ……」
「……お前、寝ぼけてねぇか? ちゃんと分かってるか?」
「えっ……いやっ……ちょこっと?」
「起きろ」
伸びてきたハヤトの手が、頭をくしゃりと触った。叱責にしては優しく、どうやら寝癖でボサボサになった髪を整えてくれたような。
「——ごめんな」
指先が、髪を離れた瞬間。
空耳みたいな優しい声が聞こえた。誰の声か、一瞬わからないくらいに。
「え……」
「……言っとくけど、お前も悪いぞ。副会長とデートなんて変な嘘つきやがって」
突如、夢心地の脳が冴えきった。
ハヤトが「そのせいで麦やルイを怒らせたんだからな」
まだ小言を加えていたが、そこはどうでもよく。
「……なんでハヤトが知ってるんだ?」
「副会長に聞いた」
「えぇぇ……お前、いっつも逃げ回ってるくせに、こんなときだけ英理先輩と喋っちゃうの?」
「うるせぇな。お前がライブのこと隠すからだろ。……なんで隠したんだよ」
「だって……確定じゃないし。優勝なんて現実的じゃなかったから……無駄に期待させても琉夏が可哀想だし。壱正やウタには関係ないし」
「関係なくねぇよ、クラスメイトだ。あいつらなら協力してくれる」
「…………そっか」
「ひとりで完結すんな。遠慮せず、なんでも言え」
「……うん」
「よし、じゃあ行くぞ。みんな待ってる」
「…………うん?」
くるっと横を向いて歩き出したハヤトの背には、ヒナと同じリュックが。こちらは軽そう。ハヤトの体格がいいせいで軽く見えるのか、単に荷物が無いのか。
「えっ……どこ行くんだっ?」
「サクラ先生の家っつったろ。合宿だ」
「合宿っ? あれ? そこはリアル?」
「まだ寝ぼけてんのか」
追いかける背中は止まることなく。
階段まで行くと、ハヤトは首だけ回してヒナを振り返った。
「お前は優勝したいんだろ?」
「…………したい」
「なら、俺らも一緒だ。全力で叶えてやる」
目つきの悪い顔が、ふっと笑った。
「俺らはクラスメイトで、仲間だろ?」
初めて、ハヤトが優しく笑った気がする。
数ヶ月を共に過ごしてきたけれど、どこか壁を感じるような突き放された距離感だった。
おれは外部生だから、みんなほど絆が強くない。仕方ないと、言い聞かせてきたのに。
クラスメイト。仲間。
胸に響く言葉は、悲しいときと同じくらい痛いのに——熱い。
優しい熱で締めつけてくる。
胸が詰まって何も返せないヒナに、ハヤトは笑った。今度は優しい笑みではなく。
「寝ても覚めても歌の練習だからな。覚悟しとけ」
「……うんっ!」
寮の外は灼けるほどに陽光が降りそそいでいる。
見上げれば真夏の青空。夢じゃない。
鮮やかな世界が、クラス合宿の始まりを告げていた。
ベッドで枕に顔をうずめていると、閉じた視界は暗闇になる。
でも、見える世界だけじゃなくて、心も頭のなかも黒く褪せたような気持ちだった。
「……間違えた。言葉が足りなかった。もっとうまく話すべきだった。……焦りすぎた」
くぐもった声で後悔と反省をこぼす。傍らに置いたスマホから、チェリーが慰めの言葉を掛けてくる。
《失敗したときに自分の行動を省みるのは、とてもいいことだね?》
薄っぺらい。ここ最近は人間みがあったというのに、今日に限ってチェリーが塩る。塩々の塩。掛けられるたびに干からびていく。
勉強をする気も起きない。落ち込む頭は睡眠不足のせいで回りきらず、脳内の反省は自責の言葉に変わっていき……
——あんたがその程度だから、認めてもらえないのよ。
ハッと息を呑む戦慄で、目を覚ました。
いつのまにか眠っていた。
ベッドから起き上がり、周りを見回す。誰もいない。チェリーも起動していない。誰かに何か言われた気がしたけれど……
ぼんやりとした頭で室内を眺めていると、訪問のチャイムが鳴った。ビクッと跳ねた肩越しに、ドアを見る。
ドアを開ければ、ハヤトが立っていた。
「——無断で部活を休んでんじゃねぇよ。先輩は後輩の手本だぞ」
ぱちくり。目を丸くして固まるヒナは、予想にない注意を受けて思考停止していた。
「……ごめん、気づいたら寝てた」
午後の部活動を休んだせいで叱られているらしい。
理解したヒナが正直に寝落ちを告げると、ハヤトの眉にぐっと力が入った。
「……今回は見逃す。次からは連絡してこいよ」
「あ、うん……」
「………………」
「………………」
黙りこくって見つめ合いながら、(おれ、もっと言うべきことあるな?)ヒナは午前中の出来事を思い出し、追加で謝罪しようとしたが、
「——今から合宿に行く。1分で支度しろ」
「……はいっ?」
思わず声が裏返った。
ぱっちくりん。先程よりも丸くなった目で動けずにいると、ハヤトがヒナの肩に手を置いて体をぐるりと回した。反転。
「早く。1分っつったろ。急げ!」
「えぇぇ?」
混乱のなか「着替えを一式! 勉強道具も最低限! 歯ブラシ!」急かされ続け、リュックを手に取って手当たり次第に詰めていく。
なんだなんだ、夢か、夢なのか。ハヤトに怒られたせいでハヤトに怒られる夢を見ているのか。ガッシュク? ガッシュクって合宿? 夢の中でまでハヤトにスパルタ指導される?
ごちゃごちゃの頭で詰め込んだパンパンのリュックを背負って、ハヤトの前に戻る。
「じゅ、準備完了っす!」
「おし。なら、行くぞ」
「はいっ……どこへ?」
「先生の家」
「せんせいのうち」
リピートアフターユー。復唱したが理解していない。
ちょっと考えて、もう一度。
「……先生の家?」
「そうだ」
「サクラ先生の家? 職員寮で、ハヤトと合宿?」
さすが夢。破天荒な感じ。
職員寮の窓ガラスを割って回る不良合宿を想像していると、ハヤトが眉間にシワを刻んだ。
「違うだろ。担任の家だ。桜統の合宿施設は予約でもう埋まってるから、サクラ……先生に頼んだら、近くの家を貸してくれることになった」
「へぇ……」
「……お前、寝ぼけてねぇか? ちゃんと分かってるか?」
「えっ……いやっ……ちょこっと?」
「起きろ」
伸びてきたハヤトの手が、頭をくしゃりと触った。叱責にしては優しく、どうやら寝癖でボサボサになった髪を整えてくれたような。
「——ごめんな」
指先が、髪を離れた瞬間。
空耳みたいな優しい声が聞こえた。誰の声か、一瞬わからないくらいに。
「え……」
「……言っとくけど、お前も悪いぞ。副会長とデートなんて変な嘘つきやがって」
突如、夢心地の脳が冴えきった。
ハヤトが「そのせいで麦やルイを怒らせたんだからな」
まだ小言を加えていたが、そこはどうでもよく。
「……なんでハヤトが知ってるんだ?」
「副会長に聞いた」
「えぇぇ……お前、いっつも逃げ回ってるくせに、こんなときだけ英理先輩と喋っちゃうの?」
「うるせぇな。お前がライブのこと隠すからだろ。……なんで隠したんだよ」
「だって……確定じゃないし。優勝なんて現実的じゃなかったから……無駄に期待させても琉夏が可哀想だし。壱正やウタには関係ないし」
「関係なくねぇよ、クラスメイトだ。あいつらなら協力してくれる」
「…………そっか」
「ひとりで完結すんな。遠慮せず、なんでも言え」
「……うん」
「よし、じゃあ行くぞ。みんな待ってる」
「…………うん?」
くるっと横を向いて歩き出したハヤトの背には、ヒナと同じリュックが。こちらは軽そう。ハヤトの体格がいいせいで軽く見えるのか、単に荷物が無いのか。
「えっ……どこ行くんだっ?」
「サクラ先生の家っつったろ。合宿だ」
「合宿っ? あれ? そこはリアル?」
「まだ寝ぼけてんのか」
追いかける背中は止まることなく。
階段まで行くと、ハヤトは首だけ回してヒナを振り返った。
「お前は優勝したいんだろ?」
「…………したい」
「なら、俺らも一緒だ。全力で叶えてやる」
目つきの悪い顔が、ふっと笑った。
「俺らはクラスメイトで、仲間だろ?」
初めて、ハヤトが優しく笑った気がする。
数ヶ月を共に過ごしてきたけれど、どこか壁を感じるような突き放された距離感だった。
おれは外部生だから、みんなほど絆が強くない。仕方ないと、言い聞かせてきたのに。
クラスメイト。仲間。
胸に響く言葉は、悲しいときと同じくらい痛いのに——熱い。
優しい熱で締めつけてくる。
胸が詰まって何も返せないヒナに、ハヤトは笑った。今度は優しい笑みではなく。
「寝ても覚めても歌の練習だからな。覚悟しとけ」
「……うんっ!」
寮の外は灼けるほどに陽光が降りそそいでいる。
見上げれば真夏の青空。夢じゃない。
鮮やかな世界が、クラス合宿の始まりを告げていた。
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