46 / 79
青春をうたおう
05_Track07.wav
しおりを挟む
夕暮れの寮横カフェテリアが、小さな賑わいを見せている。
訪れたサクラの耳には、ドアを通る前から、聞き知った声が聞こえていた。
「——で、曲はどれにする?」
「うちは最後が一番よかったと思うわ」
「私もそう思う。コーラスの響きがよかった」
「もっとカッコいい要素欲しくねェ?」
「それなら、楽譜にないアレンジを入れてみるのはどうでしょう?」
「低音、厚みを出そうぜ。俺と壱正だけじゃなくて、ウタも低く出せるだろ? 途中でリードボーカルを琉夏に戻して……」
食事をとりつつも会話は止まらない。熱心に話すのは6人だけかと思いきや、端の麦とルイも聞いていて、
「遅くても、明後日には投稿しないと……ポイントの追い上げが厳しいんじゃないかな……?」
「撮影場所は? 他の動画を見てると、音楽室や教室——学校で撮ってるものが多いね」
ルイに至っては、食事を終えて他校のショート動画をチェックしている。「みんな普通にうまいね」タブレット端末に映し出される高校生たちの歌声は、とてもハイレベル。
ルイは端末から顔を上げて、ヒナたちに目を送った。
「みんな上手だからこそ、他との違いが大事かな。『聴きたい』って思わせるより、まずはサムネで『見たい』って思えるような……そういう場所で撮影するといいかもね?」
「ルイくんの言うとおりだなー……あ、サクラ先生!」
ヒナが、サクラを捉えて声をあげた。
(——え、サクラ先生?)
クラスメイトたちはヒナの目を追って顔を向け、思いがけない人物の登場にパチリと瞠目した。ハヤトだけは警戒の瞳。
全員に向けて、サクラは微笑んだ。
「みんなで夕食とは、クラス仲が良いね?」
「はい! おれたち、じつはミュージック甲子園に応募することになって……」
「ああ、聞いているよ。職員会議で出ていてね」
「えっ……それって……」
2Bだから、反対された?
ヒナが危惧したことを、サクラは察したのか首を振った。
「問題はないよ。生徒会が推薦している。——ただ、私が責任を負うことになったからね。常に考えて行動するように」
「はい……」
ヒナの返事には重なる声もあったが、「ハーイ」「………………」軽い返しや無言も含んでいた。
場を離れようとしたサクラを、「あの……」手を上げて引き止めたのはウタだった。授業でも挙手することはない。ウタの姿に意外な目を流したサクラが、わずかに首を傾けた。
「どうかしたかな?」
「動画の撮影場所に、屋上の使用をお願いできませんか?」
屋上?
きょとりとしたのは、ヒナたち。
ウタはクラスメイトに目を戻した。
「撮影場所と音源が一致している必要はないかと思うのです。屋上で歌っている動画に、音楽室で撮った音声を重ねるのは……いかがでしょう?」
「屋上、いい! 青春っぽいな!」
ヒナが喜んで肯定する。
ウタは頷き、
「ミュージック甲子園の主題は『音楽』と『青春』ですから、イメージにも合っていて評価を得られるのではないかと」
「そうだなっ。ポイントはもちろん大事だけど、テレビ会社のひとが番組に呼びたいって思えるエモい感じも大事だ!」
「ええ。……ですが、屋上の使用は教員の許可と立ち会いが必要となりますので……」
テーブルに着く2B生徒の目が、担任のサクラを見上げる。
ちょうど良く現れたサクラを見て、唐突に思いついたであろうウタの案。
期待の混じった生徒の視線に、サクラがフッと溜息のような笑みを落とした。
「……構わないよ。君たちの教室の真上——中等部西棟の上でよければ、使用申請を出してあげよう」
「ありがとうございますっ」
歓声の響きで湧いた感謝の声は、ヒナだけでなく全員からあがった。——ひとりを残して。
「狼谷さん?」
目ざとく見つけたサクラが、その名を呼ぶ。
ニコリとした完璧な微笑には、見えない圧がある。
——信じてほしいと言うなら、まずは君自身の態度を改めなさい。
「……あざす」
声量低めで返したハヤトに、横からヒナが「ありがとうございます、だろ」小さく突っこんだ。
ぐっと眉間を狭めた嫌そうな顔で、(俺だけじゃなくて琉夏も雑だっただろ……)不満を抱えながらも、ハヤトはしぶしぶ口を開き、
「……ありがとうございます」
「どういたしまして」
応じるサクラの笑顔は、ハヤトの予想に反して優しかった。
訪れたサクラの耳には、ドアを通る前から、聞き知った声が聞こえていた。
「——で、曲はどれにする?」
「うちは最後が一番よかったと思うわ」
「私もそう思う。コーラスの響きがよかった」
「もっとカッコいい要素欲しくねェ?」
「それなら、楽譜にないアレンジを入れてみるのはどうでしょう?」
「低音、厚みを出そうぜ。俺と壱正だけじゃなくて、ウタも低く出せるだろ? 途中でリードボーカルを琉夏に戻して……」
食事をとりつつも会話は止まらない。熱心に話すのは6人だけかと思いきや、端の麦とルイも聞いていて、
「遅くても、明後日には投稿しないと……ポイントの追い上げが厳しいんじゃないかな……?」
「撮影場所は? 他の動画を見てると、音楽室や教室——学校で撮ってるものが多いね」
ルイに至っては、食事を終えて他校のショート動画をチェックしている。「みんな普通にうまいね」タブレット端末に映し出される高校生たちの歌声は、とてもハイレベル。
ルイは端末から顔を上げて、ヒナたちに目を送った。
「みんな上手だからこそ、他との違いが大事かな。『聴きたい』って思わせるより、まずはサムネで『見たい』って思えるような……そういう場所で撮影するといいかもね?」
「ルイくんの言うとおりだなー……あ、サクラ先生!」
ヒナが、サクラを捉えて声をあげた。
(——え、サクラ先生?)
クラスメイトたちはヒナの目を追って顔を向け、思いがけない人物の登場にパチリと瞠目した。ハヤトだけは警戒の瞳。
全員に向けて、サクラは微笑んだ。
「みんなで夕食とは、クラス仲が良いね?」
「はい! おれたち、じつはミュージック甲子園に応募することになって……」
「ああ、聞いているよ。職員会議で出ていてね」
「えっ……それって……」
2Bだから、反対された?
ヒナが危惧したことを、サクラは察したのか首を振った。
「問題はないよ。生徒会が推薦している。——ただ、私が責任を負うことになったからね。常に考えて行動するように」
「はい……」
ヒナの返事には重なる声もあったが、「ハーイ」「………………」軽い返しや無言も含んでいた。
場を離れようとしたサクラを、「あの……」手を上げて引き止めたのはウタだった。授業でも挙手することはない。ウタの姿に意外な目を流したサクラが、わずかに首を傾けた。
「どうかしたかな?」
「動画の撮影場所に、屋上の使用をお願いできませんか?」
屋上?
きょとりとしたのは、ヒナたち。
ウタはクラスメイトに目を戻した。
「撮影場所と音源が一致している必要はないかと思うのです。屋上で歌っている動画に、音楽室で撮った音声を重ねるのは……いかがでしょう?」
「屋上、いい! 青春っぽいな!」
ヒナが喜んで肯定する。
ウタは頷き、
「ミュージック甲子園の主題は『音楽』と『青春』ですから、イメージにも合っていて評価を得られるのではないかと」
「そうだなっ。ポイントはもちろん大事だけど、テレビ会社のひとが番組に呼びたいって思えるエモい感じも大事だ!」
「ええ。……ですが、屋上の使用は教員の許可と立ち会いが必要となりますので……」
テーブルに着く2B生徒の目が、担任のサクラを見上げる。
ちょうど良く現れたサクラを見て、唐突に思いついたであろうウタの案。
期待の混じった生徒の視線に、サクラがフッと溜息のような笑みを落とした。
「……構わないよ。君たちの教室の真上——中等部西棟の上でよければ、使用申請を出してあげよう」
「ありがとうございますっ」
歓声の響きで湧いた感謝の声は、ヒナだけでなく全員からあがった。——ひとりを残して。
「狼谷さん?」
目ざとく見つけたサクラが、その名を呼ぶ。
ニコリとした完璧な微笑には、見えない圧がある。
——信じてほしいと言うなら、まずは君自身の態度を改めなさい。
「……あざす」
声量低めで返したハヤトに、横からヒナが「ありがとうございます、だろ」小さく突っこんだ。
ぐっと眉間を狭めた嫌そうな顔で、(俺だけじゃなくて琉夏も雑だっただろ……)不満を抱えながらも、ハヤトはしぶしぶ口を開き、
「……ありがとうございます」
「どういたしまして」
応じるサクラの笑顔は、ハヤトの予想に反して優しかった。
100
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
公主の嫁入り
マチバリ
キャラ文芸
宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。
17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。
中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。
<番外編>政略結婚した夫の愛人は私の専属メイドだったので離婚しようと思います
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
< 嫁ぎ先の王国を崩壊させたヒロインと仲間たちの始まりとその後の物語 >
前作のヒロイン、レベッカは大暴れして嫁ぎ先の国を崩壊させた後、結婚相手のクズ皇子に別れを告げた。そして生き別れとなった母を探す為の旅に出ることを決意する。そんな彼女のお供をするのが侍女でドラゴンのミラージュ。皇子でありながら国を捨ててレベッカたちについてきたサミュエル皇子。これはそんな3人の始まりと、その後の物語―。
おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜
瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。
大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。
そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。
よんよんまる
如月芳美
キャラ文芸
東のプリンス・大路詩音。西のウルフ・大神響。
音楽界に燦然と輝く若きピアニストと作曲家。
見た目爽やか王子様(実は負けず嫌い)と、
クールなヴィジュアルの一匹狼(実は超弱気)、
イメージ正反対(中身も正反対)の二人で構成するユニット『よんよんまる』。
だが、これからという時に、二人の前にある男が現われる。
お互いやっと見つけた『欠けたピース』を手放さなければならないのか。
※作中に登場する団体、ホール、店、コンペなどは、全て架空のものです。
※音楽モノではありますが、音楽はただのスパイスでしかないので音楽知らない人でも大丈夫です!
(医者でもないのに医療モノのドラマを見て理解するのと同じ感覚です)

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
少年、その愛 〜愛する男に斬られるのもまた甘美か?〜
西浦夕緋
キャラ文芸
【和風BL】【累計2万4千PV超】15歳の少年篤弘はある日、夏朗と名乗る17歳の少年と出会う。
彼は篤弘の初恋の少女が入信を望み続けた宗教団体・李凰国(りおうこく)の男だった。
亡くなった少女の想いを受け継ぎ篤弘は李凰国に入信するが、そこは想像を絶する世界である。
罪人の公開処刑、抗争する新興宗教団体に属する少女の殺害、
そして十数年前に親元から拉致され李凰国に迎え入れられた少年少女達の運命。
「愛する男に斬られるのもまた甘美か?」
李凰国に正義は存在しない。それでも彼は李凰国を愛した。
「おまえの愛の中に散りゆくことができるのを嬉しく思う。」
李凰国に生きる少年少女達の魂、信念、孤独、そして愛を描く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる