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 夕暮れの寮横カフェテリアが、小さな賑わいを見せている。
 訪れたサクラの耳には、ドアを通る前から、聞き知った声が聞こえていた。
 
「——で、曲はどれにする?」
「うちは最後が一番よかったと思うわ」
「私もそう思う。コーラスの響きがよかった」
「もっとカッコいい要素欲しくねェ?」
「それなら、楽譜にないアレンジを入れてみるのはどうでしょう?」
「低音、厚みを出そうぜ。俺と壱正だけじゃなくて、ウタも低く出せるだろ? 途中でリードボーカルを琉夏に戻して……」
 
 食事をとりつつも会話は止まらない。熱心に話すのは6人だけかと思いきや、端の麦とルイも聞いていて、
 
「遅くても、明後日には投稿しないと……ポイントの追い上げが厳しいんじゃないかな……?」
「撮影場所は? 他の動画を見てると、音楽室や教室——学校で撮ってるものが多いね」

 ルイに至っては、食事を終えて他校のショート動画をチェックしている。「みんな普通にうまいね」タブレット端末に映し出される高校生たちの歌声は、とてもハイレベル。
 ルイは端末から顔を上げて、ヒナたちに目を送った。
 
「みんな上手だからこそ、他との違いが大事かな。『聴きたい』って思わせるより、まずはサムネで『見たい』って思えるような……そういう場所で撮影するといいかもね?」
「ルイくんの言うとおりだなー……あ、サクラ先生!」
 
 ヒナが、サクラを捉えて声をあげた。
 
(——え、サクラ先生?)
 
 クラスメイトたちはヒナの目を追って顔を向け、思いがけない人物の登場にパチリと瞠目どうもくした。ハヤトだけは警戒の瞳。
 全員に向けて、サクラは微笑んだ。
 
「みんなで夕食とは、クラス仲が良いね?」
「はい! おれたち、じつはミュージック甲子園に応募することになって……」
「ああ、聞いているよ。職員会議で出ていてね」
「えっ……それって……」
 
 、反対された?
 ヒナが危惧きぐしたことを、サクラは察したのか首を振った。
 
「問題はないよ。生徒会が推薦している。——ただ、私が責任を負うことになったからね。常に考えて行動するように」
「はい……」

 ヒナの返事には重なる声もあったが、「ハーイ」「………………」軽い返しや無言も含んでいた。
 
 場を離れようとしたサクラを、「あの……」手を上げて引き止めたのはウタだった。授業でも挙手することはない。ウタの姿に意外な目を流したサクラが、わずかに首を傾けた。
 
「どうかしたかな?」
「動画の撮影場所に、屋上の使用をお願いできませんか?」

 屋上?
 きょとりとしたのは、ヒナたち。
 ウタはクラスメイトに目を戻した。
 
「撮影場所と音源が一致している必要はないかと思うのです。屋上で歌っている動画に、音楽室で撮った音声を重ねるのは……いかがでしょう?」
「屋上、いい! 青春っぽいな!」
 
 ヒナが喜んで肯定する。
 ウタは頷き、
 
「ミュージック甲子園の主題は『音楽』と『青春』ですから、イメージにも合っていて評価を得られるのではないかと」
「そうだなっ。ポイントはもちろん大事だけど、テレビ会社のひとが番組に呼びたいって思えるエモい感じも大事だ!」
「ええ。……ですが、屋上の使用は教員の許可と立ち会いが必要となりますので……」
 
 テーブルに着く2B生徒の目が、担任のサクラを見上げる。
 ちょうど良く現れたサクラを見て、唐突に思いついたであろうウタの案。
 期待の混じった生徒の視線に、サクラがフッと溜息のような笑みを落とした。
 
「……構わないよ。君たちの教室の真上——中等部西棟の上でよければ、使用申請を出してあげよう」
「ありがとうございますっ」
 
 歓声の響きで湧いた感謝の声は、ヒナだけでなく全員からあがった。——ひとりを残して。
 
狼谷かみやさん?」
 
 目ざとく見つけたサクラが、その名を呼ぶ。
 ニコリとした完璧な微笑には、見えない圧がある。
 
——信じてほしいと言うなら、まずは君自身の態度を改めなさい。
 
「……あざす」

 声量低めで返したハヤトに、横からヒナが「ありがとうございます、だろ」小さく突っこんだ。
 ぐっと眉間を狭めた嫌そうな顔で、(俺だけじゃなくて琉夏も雑だっただろ……)不満を抱えながらも、ハヤトはしぶしぶ口を開き、
 
「……ありがとうございます」
「どういたしまして」
 
 応じるサクラの笑顔は、ハヤトの予想に反して優しかった。
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