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君と僕の前夜祭
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朝陽が眩しい。
麦の体は寝不足だったが、頭は冴え返るように世界を捉えた。
学校に行きたい。
夏の白い桜が舞う学園の道を、駆け足で向かった初めての日だった。
「——で、つまるところ執事喫茶で決定したの?」
長い髪を揺らして、ルイが首を傾けた。淡い色の髪が、教室の窓から入る午後の明るい陽光をまとって輝いている。
横にはウタもいる。席に着く二人を、麦は振り返っていた。
「うん。いま壱正くんから連絡があって……承認されたって」
「おめでとう——って言うべきかな? 僕、反対派だよね?」
「ぇ……ルイくん、反対?」
「だって給仕したくないもん」
「ぁ……」
そんなこと、言ってた。すっかり忘れてた。
「でも……ルイくんの役割は、オーダーを取るだけだからっ……運ぶのは、ロボだからっ……1日だけ、一緒にっ……」
たどたどしく訴える麦を見て、ルイはクスリと微笑んだ。
「やらない、とは言ってないよ? 麦くんが不眠で考えてくれたんだから、ちゃんと協力するよ」
「ぁ……ありがとう。(不眠じゃなくて、すこし眠っちゃった……)」
「それにしても、よく承認されたね?」
「僕の研究の、『食を通して地域活性化』の一環にしたんだ」
「なるほど。閑散カフェテリアの集客が最大目的だね?」
「うん。それと、寮横カフェテリアはカフェメニューが無いから……執事喫茶で人気があったデザートは、今後もラ・レーヌ・ドゥースが卸すことになったよ。寮横の限定メニューを作るんだ」
「大人の都合が絡んでるね?」
「……うん。ちょっと、利用してる」
「いいんじゃない? 使えるものは使ってみても。僕らは家のことでいろいろ言われてるんだから……これくらいの恩恵は」
ルイの吐息に、ウタが横目を送った。
会話の先は、横の賑やかな島の声に乗っ取られる。
「だから! やるなら平等だろうが!」
「平等にした結果、ハヤトは雑用になりました」
「なんでだよ! 俺だけはおかしいだろっ?」
「これは2Bのイメージアップ作戦でもあるんだぞ。それをハヤトみたいな怖いやつが表にいたら、入る客もいなくなっちゃうだろ? まずは入り口って話だろ?」
「入り口も何も、ずっと厨房で用意って書いてあるじゃねぇか!」
「だーかーらー、テーブル拭きもあるだろ? ちゃんと表にも出てる」
「雑用じゃねぇか!」
「——だったら、逆に訊くな? ハヤト、お前に接客ができるか? 『お帰りなさいませ』って、女子を優しくもてなせるのか?」
「………………」
「はい、雑用していてください」
「お前のその態度がむかつくんだよ!」
壱正はまだ代表委員会にいるが、企画書は共有され、タブレット端末で確認したクラスメイトから文句が出ていた。おもにハヤトから。
竜星と琉夏は、
「うち、ずっと接客やわ。オーダー」
「オレも接客じゃん。……しかも、喋っていいセリフが決まってンの。この赤字で『琉夏は余計な発言禁止』って何? オレ限定の指示?」
「あぁ……琉夏は、見た目だけはいいからぁ……」
「見た目だけは?」
「受付は壱正とウタの交代かぁ。人数カツカツやけど、休憩時間もあるんや?」
しれっと琉夏を無視して、竜星がヒナを見上げた。ヒナは窓に寄り掛かって立っていた。
「うん、麦くんが仮のタイムスケジュールを組んでくれた。8月くらいにまた調整しよう」
「……この、スペシャルゲストってなに?」
「あぁ、それ、サクラ先生」
「え」
ヒナの答えに、竜星だけでなく、他のクラスメイトたちの目も集まった。麦は知っていた。
「サクラ先生……接客するんかぁ?」
「うん。集客力が最強だから、プライド捨てて頼んだ。2Bは嫌いでもサクラ先生ファンな女子が来てくれるはず」
「……サクラ先生って、人気なんやっけ?」
「そう。みんな優しいサクラ先生しか知らないんだ……見た目の入り口で囚われてるんだ……おれたちが救ってあげなきゃ……」
「(むしろファンが増えるだけやないか?)」
竜星が首をかしげているが、ヒナは気づいていない。
ハヤトが「生徒の俺が雑用で、教師が表に出るの、おかしくないか?」まだ不満をこぼしている。納得する日は来ないと思う。
隣の島を見ていたウタが、麦に顔を戻した。
「麦さんは……厨房となっていますが、接客はしませんか?」
タブレットのスケジュールを示した。
麦は、休憩以外は厨房のみ。
「……うん、たぶん、このまま」
「そうですか」
「提供する食品を、僕が管理したいんだ。みんなが……2Bの評価を、見直してくれるように。きちんと不備がないように、見ておきたい」
「……大切なことですね」
ウタが穏やかに微笑む。麦も笑顔を返した。
接客は自分に向いていない。
後ろ向きな理由もあるけれど、それよりも。
——麦くんは、麦くんのできることで。
ヒナがくれた言葉が、背中を押してくれる。
「僕は、僕のできることで、頑張るよ」
胸に新しく灯った自信を、そっと大切に誇った。
麦の体は寝不足だったが、頭は冴え返るように世界を捉えた。
学校に行きたい。
夏の白い桜が舞う学園の道を、駆け足で向かった初めての日だった。
「——で、つまるところ執事喫茶で決定したの?」
長い髪を揺らして、ルイが首を傾けた。淡い色の髪が、教室の窓から入る午後の明るい陽光をまとって輝いている。
横にはウタもいる。席に着く二人を、麦は振り返っていた。
「うん。いま壱正くんから連絡があって……承認されたって」
「おめでとう——って言うべきかな? 僕、反対派だよね?」
「ぇ……ルイくん、反対?」
「だって給仕したくないもん」
「ぁ……」
そんなこと、言ってた。すっかり忘れてた。
「でも……ルイくんの役割は、オーダーを取るだけだからっ……運ぶのは、ロボだからっ……1日だけ、一緒にっ……」
たどたどしく訴える麦を見て、ルイはクスリと微笑んだ。
「やらない、とは言ってないよ? 麦くんが不眠で考えてくれたんだから、ちゃんと協力するよ」
「ぁ……ありがとう。(不眠じゃなくて、すこし眠っちゃった……)」
「それにしても、よく承認されたね?」
「僕の研究の、『食を通して地域活性化』の一環にしたんだ」
「なるほど。閑散カフェテリアの集客が最大目的だね?」
「うん。それと、寮横カフェテリアはカフェメニューが無いから……執事喫茶で人気があったデザートは、今後もラ・レーヌ・ドゥースが卸すことになったよ。寮横の限定メニューを作るんだ」
「大人の都合が絡んでるね?」
「……うん。ちょっと、利用してる」
「いいんじゃない? 使えるものは使ってみても。僕らは家のことでいろいろ言われてるんだから……これくらいの恩恵は」
ルイの吐息に、ウタが横目を送った。
会話の先は、横の賑やかな島の声に乗っ取られる。
「だから! やるなら平等だろうが!」
「平等にした結果、ハヤトは雑用になりました」
「なんでだよ! 俺だけはおかしいだろっ?」
「これは2Bのイメージアップ作戦でもあるんだぞ。それをハヤトみたいな怖いやつが表にいたら、入る客もいなくなっちゃうだろ? まずは入り口って話だろ?」
「入り口も何も、ずっと厨房で用意って書いてあるじゃねぇか!」
「だーかーらー、テーブル拭きもあるだろ? ちゃんと表にも出てる」
「雑用じゃねぇか!」
「——だったら、逆に訊くな? ハヤト、お前に接客ができるか? 『お帰りなさいませ』って、女子を優しくもてなせるのか?」
「………………」
「はい、雑用していてください」
「お前のその態度がむかつくんだよ!」
壱正はまだ代表委員会にいるが、企画書は共有され、タブレット端末で確認したクラスメイトから文句が出ていた。おもにハヤトから。
竜星と琉夏は、
「うち、ずっと接客やわ。オーダー」
「オレも接客じゃん。……しかも、喋っていいセリフが決まってンの。この赤字で『琉夏は余計な発言禁止』って何? オレ限定の指示?」
「あぁ……琉夏は、見た目だけはいいからぁ……」
「見た目だけは?」
「受付は壱正とウタの交代かぁ。人数カツカツやけど、休憩時間もあるんや?」
しれっと琉夏を無視して、竜星がヒナを見上げた。ヒナは窓に寄り掛かって立っていた。
「うん、麦くんが仮のタイムスケジュールを組んでくれた。8月くらいにまた調整しよう」
「……この、スペシャルゲストってなに?」
「あぁ、それ、サクラ先生」
「え」
ヒナの答えに、竜星だけでなく、他のクラスメイトたちの目も集まった。麦は知っていた。
「サクラ先生……接客するんかぁ?」
「うん。集客力が最強だから、プライド捨てて頼んだ。2Bは嫌いでもサクラ先生ファンな女子が来てくれるはず」
「……サクラ先生って、人気なんやっけ?」
「そう。みんな優しいサクラ先生しか知らないんだ……見た目の入り口で囚われてるんだ……おれたちが救ってあげなきゃ……」
「(むしろファンが増えるだけやないか?)」
竜星が首をかしげているが、ヒナは気づいていない。
ハヤトが「生徒の俺が雑用で、教師が表に出るの、おかしくないか?」まだ不満をこぼしている。納得する日は来ないと思う。
隣の島を見ていたウタが、麦に顔を戻した。
「麦さんは……厨房となっていますが、接客はしませんか?」
タブレットのスケジュールを示した。
麦は、休憩以外は厨房のみ。
「……うん、たぶん、このまま」
「そうですか」
「提供する食品を、僕が管理したいんだ。みんなが……2Bの評価を、見直してくれるように。きちんと不備がないように、見ておきたい」
「……大切なことですね」
ウタが穏やかに微笑む。麦も笑顔を返した。
接客は自分に向いていない。
後ろ向きな理由もあるけれど、それよりも。
——麦くんは、麦くんのできることで。
ヒナがくれた言葉が、背中を押してくれる。
「僕は、僕のできることで、頑張るよ」
胸に新しく灯った自信を、そっと大切に誇った。
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