上 下
31 / 77
ALL FOR ONE

03_Track03.wav

しおりを挟む
 ガヤガヤとした人の声。ゲームの筐体きょうたいが発する軽快な音楽。
 一人であっても独りを忘れてしまえる、不思議な空間。
 
 桜統学園から少し離れた街のゲームセンターで、琉夏はシューティングゲームに興じていた。
 迫り来るゾンビを次々と撃ち抜いて、ハイスコア。しかし、琉夏の表情は淡泊だった。つまらなさそうな顔で、空間を仕切った幕から出ようとして、
 
「おっ、いた!」
「うわっ」
 
 目前にいたヒナにびっくりし、琉夏は身を引いていた。
 シューティングゲームの中を覗こうとしていたヒナは、ちょうどよく出てきた琉夏に右手を上げた。
 
「こんなとこで会うなんて、偶然だな!」
「……いや、アンタいま『おっ、いた』って言ったよな?」
「あ、聞こえてた? じつは琉夏のこと捜してたんだ。授業サボって帰っちゃうんだもんな。早退のこと、親御さんに連絡いっちゃうだろ? いいの?」
「……べつに。オレの親、オレのすることに何も言わねェし」
 
 ヒナをよけて、琉夏は足を進めた。後ろからヒナも追いかけてきて、ちょろちょろと琉夏にまとわりつく。
 
「なぁ、さっきの琉夏がやってたゲームって何?」
「銃を撃つやつ。シューティング」
「楽しい? クリアした?」
「ふつー。クリアした」
「おれ、ゲーセン初めてなんだよ。なんかやりたい。琉夏、一緒にしよう」
「……なんかって何?」
「安くて簡単なやつ。即死はイヤだ。お金払うんだから、最後まで遊ばせてくれるゲームがいい……あっ、あれ何?」

 ヒナが指さしたのは、ふたつの和太鼓。音楽に合わせて太鼓をたたくゲーム。
 琉夏の説明に、ヒナは目を輝かせた。
 
「したい! しよう! これ、いくら?」
「百円」
「高いな。でも、やる」
 
 ヒナは財布から硬貨を1枚取り出すと、ゲームへと入れた。
 
「……あれっ? 二人でやれない?」
「ツープレイなら、もう百円いるし」
「嘘だろっ? ぼったくりだな」
「ゲームってこんなもんじゃね?」
 
 琉夏は電子マネーで支払う。ついでに太鼓のバチを取ると、「これ」
 正面のディスプレイに集中しているヒナへと手渡した。
 
「これで叩くのか。譜面がドンと……カッ? よし、覚えた」
「曲は?」
「どれも分かんないな……あっ、琉夏! お前の曲ある。見てみて! ルカルカ……フィーバー? よし、これやろうっ」
 
 琉夏の同意なく決定したヒナが、始まった音楽に合わせて太鼓を叩いた。流れる音楽に笑っている。
 
「ルカルカ言ってる。琉夏、呼ばれてるぞー」
「うるさい、邪魔」
「えっ、真剣……?」
 
 双方クリアして、スコアの画面。
 
「簡単だったな? おれでも余裕」
「アンタは『かんたん』選んだじゃん」
「琉夏の『ドン』と『カッ』、すごい数が流れてなかったか? なにあれ?」
「難易度『おに』」
「オニ?」
「おに」
「ふぅん……?」
 
 理解していない顔で首を傾けるヒナに、琉夏がニヤリとした。
 
「なァ、もっかい同じ曲やらねェ?」
「いいよ」
 
 ヒナが選曲する横から、琉夏がヒナの太鼓を勝手に叩いた。
 
「えっ? 琉夏、何してんだ?」
「裏譜面。特別なヤツ、出してあげようと思って」
「おぉ、ありがとう?」
「どーいたしまして」
 
 始まった曲に、流れる譜面。
 ヒナの絶叫が重なった。
 
「はあぁぁぁあ? なになに待ってまって……いや、無理! なんだこれっ? おい琉夏! 何したんだよっ!」

 琉夏は笑い声をあげた。楽しく笑っているが、ヒナと同じハードな譜面を器用にこなしている。
 
 結果、ヒナのスコアは散々だった。
 
「……なんなんだ、あの地獄の譜面は……」
「おにって言ったじゃん? かつ裏」
「おにって……鬼か。地獄の鬼……クリア失敗しちゃった……」
「クリアに関係なく3曲やれるから。あと1曲、好きなの選べば?」
「そうなのか! じゃあ……これ! 桜のやつ」
「おっけェ」
「あっ、やめろ! おれのは『おに』にするな」
「あはははっ」
「笑いごとじゃないっ」
 
 互いに適した難易度を設定して、無事にクリアした。
 
「アヒルちゃん、次なにする~?」
「アヒル言うな。周りのひとが変な目で見てる!」
「えェ~? かもだしヒナだし、アヒル似合ってンじゃん?」
「いや似合ってないし。『ヒナ』って呼んでよ。おれの母さんが付けてくれた、大事な名前なんだから」
「……アンタ、母親と仲い~んだ?」
 
 ゲームの隙間をって移動していたが、自販機の並ぶラインまで来ると、琉夏はドリンクへと気持ちを移した。
 炭酸の効いたレモンジュース。ペットボトルを取り出す琉夏の横で、ヒナは答える。
 
「もう何年もずっと会ってない。おれ、施設育ちなんだ」

 キャップを開けて、口をつけようとしていた琉夏の動きが止まった。一瞬だけ。
 琉夏は何事もないように飲んでから、ヒナを横目に見下ろす。
 
「……なんで?」
「ん? 何が?」
「母親いるのに、なんで施設なわけ?」
「おぉ……いちゃうか。普通はそこまで訊かないんだけどな?」
「……言いたくないならい~けど」
「……いや、ほんとは、おれもよく知らないんだ。でも……将来、一緒に暮らそうって約束してる。一緒に暮らすためにも、おれ、頑張ってエリート目指すんだ! 母さんを幸せにするんだっ」

 にかっと口を開けたヒナの笑顔に、琉夏が大きく息を吐いた。
 
「アンタは愛されてていいねェ~? オレなんて母親から悪魔って言われて育ってきたンだけど? ……親が子供に言う言葉じゃねェよな?」
 
 ヒナが、大きく目をみはる。
 軽い空気で話す琉夏は、薄く笑った。

「オレのうち、別居状態。父親も母親も別だし、オレも桜統に入ってからマンションで独り暮らし。使用人がなんでもやってくれるから? べつに不都合は無いけどさァ~……」
「そうなのか……え、いま使用人って言った? さりげなくお坊ちゃん感を出した?」
「金持ちの生まれじゃねェよ? オレが稼いだ分で、オレが雇ってンの」
「ん……? ごめん、理解を超えてて分かんない」
「つまり、オレが天才っていう話」
「お、おぅ……?」

 はてなマークいっぱいで考えているヒナの顔を、琉夏は笑っていた。
 
「凡才から天才が生まれると、家庭崩壊するってワケ」

 けらけらと、笑い声がこぼれる。
 乾いた音に、ヒナはそっと眉を寄せたが……ふと、唇で微笑んだ。
 
「……そっか。それだけ琉夏が天才で、お母さんの理解を超えてたってことか。親子だからって、必ずしも理解し合えるわけないし……愛し合えないことも、あるよな?」
「……子供を愛せない親なんて、この世にいる価値なくね?」
「贅沢を言うなって。こんな楽しい世界に産んでくれただけで、充分だろ?」
「どこが。毎日つまんねェじゃん」
「そこは楽しもう。自発的に楽しんでいこう!」
「………………」
「……琉夏、」
「あー?」
「みんな、お前のこと心配してたよ」
「………………」
「とくに竜星。ハヤトと壱正も。ルイたちは……どうかな? まぁ、心配してるんじゃないかな?」
「………………」
「琉夏の親御さんのことは、知らないけどさ。お前って、クラスメイトには、けっこう愛されちゃってるじゃん?」
 
 琉夏の口調をまねて、ヒナは軽やかに唱えた。
 
「球技大会、出ようよ。ほんとは琉夏もやりたいんだろ?」
「……べつに」
「さっき、バスケのフリースローゲームみたいなやつ、見てたよな? おれに『次なにする?』って訊いたとき、ちらっと見てたよな?」
「…………見てない」
「ふ~ん?」
 
 ニヤニヤ笑うヒナ。
 琉夏はジロリとにらんだが、ヒナには効いていない。
 ニヤニヤした意地悪な笑みを、少しだけ抑えて、
 
「今度は独りじゃない。みんないるし……おれもいるよ? 何があっても……いや、どんなボールからも、おれが護ってやる! 安心してついてこいっ」
 
 勢いよく、ヒナは琉夏の背中を叩いた。
 力が強すぎたのか、琉夏の手にしたペットボトルからジュースが跳ねて——びしゃっ。
 
「あっ……」
 
 ヒナが声をあげたときには、琉夏の制服はれていた。
 
「……なァ、ちょっと」
「……ごめん。わざとじゃないんだ……」
「冷てェんだけど」
「うん……使用人のひとに洗ってもらって?」
「クリーニング出すし」
「おぉ、さすがお坊ちゃんキャラ……」
「バカにしてねェ? クリーニング代、請求しよっかなァ~?」
「心から謝罪を申し上げます。どうぞおゆるしください」

 ヒナは神妙な顔つきで頭を下げる。
 ゲームセンターの騒音に負けないほど、琉夏の笑い声が明るく響いた。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

AV研は今日もハレンチ

楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo? AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて―― 薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

はじまりはいつもラブオール

フジノシキ
キャラ文芸
ごく平凡な卓球少女だった鈴原柚乃は、ある日カットマンという珍しい守備的な戦術の美しさに魅せられる。 高校で運命的な再会を果たした柚乃は、仲間と共に休部状態だった卓球部を復活させる。 ライバルとの出会いや高校での試合を通じ、柚乃はあの日魅せられた卓球を目指していく。 主人公たちの高校部活動青春ものです。 日常パートは人物たちの掛け合いを中心に、 卓球パートは卓球初心者の方にわかりやすく、経験者の方には戦術などを楽しんでいただけるようにしています。 pixivにも投稿しています。

喰って、殴って、世界を平らげる!――世界を喰らうケンゴ・アラマキ――

カンジョウ
キャラ文芸
荒巻健吾は、ただ強いだけではなく、相手の特徴を逆手に取り、観客を笑わせながら戦う“異色の格闘家”。世界的な格闘界を舞台に、彼は奇抜な個性を持つ選手たちと対峙し、その度に圧倒的な強さと軽妙な一言で観客を熱狂させていく。 やがて、世界最大級の総合格闘大会を舞台に頭角を現した荒巻は、国内外から注目を浴び、メジャー団体の王者として名声を得る。だが、彼はそこで満足しない。多種多様な競技へ進出し、国際的なタイトルやオリンピックへの挑戦を見据え、新たな舞台へと足を踏み出してゆく。 笑いと強さを兼ね備えた“世界を喰らう”男が、強豪たちがひしめく世界でいかに戦い、その名を世界中に轟かせていくのか――その物語は、ひとつの舞台を越えて、さらに広がり続ける。

鬼様に生贄として捧げられたはずが、なぜか溺愛花嫁生活を送っています!?

小達出みかん
キャラ文芸
両親を亡くし、叔父一家に冷遇されていた澪子は、ある日鬼に生贄として差し出される。 だが鬼は、澪子に手を出さないばかりか、壊れ物を扱うように大事に接する。美味しいごはんに贅沢な衣装、そして蕩けるような閨事…。真意の分からぬ彼からの溺愛に澪子は困惑するが、それもそのはず、鬼は澪子の命を助けるために、何度もこの時空を繰り返していた――。 『あなたに生きていてほしい、私の愛しい妻よ』 繰り返される『やりなおし』の中で、鬼は澪子を救えるのか? ◇程度にかかわらず、濡れ場と判断したシーンはサブタイトルに※がついています ◇後半からヒーロー視点に切り替わって溺愛のネタバレがはじまります

静かに過ごしたい冬馬君が学園のマドンナに好かれてしまった件について

おとら@ 書籍発売中
青春
この物語は、とある理由から目立ちたくないぼっちの少年の成長物語である そんなある日、少年は不良に絡まれている女子を助けてしまったが……。 なんと、彼女は学園のマドンナだった……! こうして平穏に過ごしたい少年の生活は一変することになる。 彼女を避けていたが、度々遭遇してしまう。 そんな中、少年は次第に彼女に惹かれていく……。 そして助けられた少女もまた……。 二人の青春、そして成長物語をご覧ください。 ※中盤から甘々にご注意を。 ※性描写ありは保険です。 他サイトにも掲載しております。

処理中です...