上 下
29 / 77
ALL FOR ONE

03_Track01.wav

しおりを挟む
 ある晴れた日。
 ヒナたちは体育の授業で校庭に出ていた。
 
「サクラ先生、遅れるって……なんでだっけ?」
 
 壱正いっせいの声掛けに合わせて、ゆるゆると準備運動をしている。
 身長の関係で、ヒナは竜星りゅうせいとペアを組んでいた。ヒナの問いに、ピンク頭が傾く。
 
「ん~? 研究発表って言ってたようなぁ~?」
 
 横に並び、上下に手つなぎ。互いに引っぱって、ストレッチ。
 
「サクラ先生って、なんで教師やってるんだろなー?」
「知ら~ん」
「父親と不仲って、ネットニュースで見たことあるんだけどさぁ……櫻屋敷さくらやしきグループを継ぐ気は、先生にないのかなー?」
「知ら~ん」
「……竜星、君の名はー?」
「知ら~ん」
「聞いて! おれの話ちゃんと聞いて!」
 
 二人で背中をくっつけて、後ろ合わせのまま互いの腕を組む。代わり番こに、背中におんぶ。
 ヒナの上に乗っかる前、竜星は向かいのハヤトと目が合った。ヒナによって引き上げられ、視線が外れる。
 
「……ヒナぁ」
「んー?」
「ハヤトの今日のワイシャツ、クシャクシャやったやろぉ?」
「あー、洗濯やりっぱで寝落ちしたんだろー?」
「前みたいに、ヒナが干してあげんかったんかぁ?」
「いやー、忘れたときは干し合ってたんだけどさぁ……ハヤトのやつ、勝手に触るなって言い出して。おれのも絶対に自分でやれって。いきなり無慈悲」
 
 ペアストレッチを終えて、ヒナは肩をすくめた。ふぅん、と返した竜星。
 二人のもとに、噂のハヤトが近づいた。桜統の校章が入ったスポーツウェアのため、クシャクシャではない。
 
「おい、竜星。お前、上に乗るのやめとけよ。重いだろ」
「……はぁ? ハヤト、なに言ってるん?」
 
 怪訝けげんな顔で見上げる竜星と、きょとんとするヒナ。並ぶ二人の背丈は同じくらい。
 
「うちが太ってるって言いたいんかぁ?」
「そういうわけじゃねぇよ。こいつにとったら重いだろって……」
「それ同じやし。正味しょうみうちとヒナの体重なんて変わらん。あんたを乗せる琉夏るかのほうが大変やろ」

 話題に上がった琉夏は、「余裕だけど?」
 ヒナも、「いや、おれも平気だよ?」
 二人の意見を受けて、竜星はハヤトをじろりとめ上げる。
 ハヤトは「いや、けどよぉ……」
 竜星とヒナの顔を交互に見つつ言いよどんだ。途切れた言葉の先はなかった。
 
 準備運動の終わった面々はサッカーボールを手に取って、おのおの自由に練習を始める。
 あと3回の体育でサッカーが終わる。サクラから最後にリフティングの個人テストをすると言われている。
 
「いーち、にーい……」
 
 ボールを地面に落とすことなく、何回蹴ることができるか。ヒナのボールは2回を上限にして落ちていく。
 
「全然できないな……」
 
 落ち込むヒナは同類を求めて周りを見た。
 むぎはヒナと同レベル。壱正とウタは一桁くらい。琉夏と竜星が……20回ほどだろうか。
 ヒナは琉夏の横に行った。
 
「琉夏って運動もできるのがずるいよな」
「オレ、体力はェよ? リフティングは独りでボール蹴るわけだし、予測できるじゃん」
「天才は簡単に言うよなぁ……」
 
 ヒナが諦観の笑みを浮かべると、琉夏が奥のハヤトを目で示した。
 
「あれ見てたら、オレらなんて凡才だと思わねェ~?」

 独り離れた位置で、ポン、ポンと軽快な音を奏でている。一定のリズム。
 黙って見ていると未来永劫に続きそうで……
 
「怖っ……全然ボール落ちないよ。ハヤトのやつ、どうなってんだ?」
「中学のときからあんな感じ。無限ループ」
「もうサッカー部に入れよ! エゴイストになろうよ!」
「それ言うならストライカーじゃねェ?」
「……あれ? そういえば、ルイくんは?」

 なんだか少ない。と思えば、ルイがいなくなっていた。最初の準備運動はウタとしていたはずだが……
 
 見回していると、木陰のベンチに座っているのを見つけた。
 ルイはキャップを被っている。ヒナの目に気づいたらしく、ひらひらと手を振った。
 
「ルイくん、自由だな……」
「ルイも中学のときからあんな感じ。体育の半分は見学してるンじゃねェ~?」
「あ、いちおう学園に認められてるんだ?」
「ま~ね? 進級できる程度には参加してる」
「……まぁ、あれだよな。ルイくんに過酷な運動させられないよな? 倒れそうで心配になる……」
「ってか似合わねェよな~? 何年も見てンのに、ルイのスポーツウェアはマジ違和感」
「そうか? 服は別に……それ言ったらサクラ先生だよな? おれ体育のたびに笑う。高級そうなウェア、違和感しかない」

 ヒナの主張に、琉夏が響く声で笑った。
 
「確かに? あの格好ってゴルフ場にいそうじゃん。校庭にいるのが笑えるよなァ~?」
「そうそう、高級感が逆に浮いてるっていうか? サクラ先生は運動できなさそうだしなー?」
「運動できないやつにオレら運動を教わってンの疑問じゃね?」
「ほんとだな……?」
「勉強もオレのほうが賢いし?」
「いや、それは無いだろー?」

 談笑するヒナと琉夏。足もボールも止まっている。
 壱正の目がヒナたちに向いていたので、怒られる前に練習しようとヒナはボールを手に取った。が、しかし。
 
「——教員の目が無いせいか、実に楽しそうだね?」

 ピシリと、空気が固まった。
 固形化した空気のなか、ヒナと琉夏が、ぎこちなく背後を振り返る。
 きれいに微笑むサクラが、例のごとく校庭に不釣り合いなウェアを身につけて立っていた。
 
「わ、わぁ……サクラ先生、今日も爽やかですねっ?」
鴨居かもいさんと一色いっしきさんも爽やかだね。汗もなく、元気があり余っているようだ。校庭を10周ほど走ってくるのはどうかな? 程よく疲れて静かになれるだろう?」 
「いやっ……そ、そういう体罰的なの、もう時代遅れっ……」
「——体罰? 私は君たちの自主性を尊重しているんだよ? 二人はリフティングの練習を放棄して走りたいのかと思ったが、私の勘違いか?」
 
 にこっと細い目に見下ろされ、ヒナは琉夏の腕を取った。
 
「いってきまぁす……」
「はっ? いや、オレ走るのヤだ。長距離キライ」
「週数が増える前に行こう。大丈夫、おれと『どっちが長い英単語たくさん言えるか勝負』しよう。意外に時間あっというまだから」
「それ体感が早いだけで疲労度は増すよなァっ?」

 ぎゃいぎゃい言っている琉夏を引き連れたヒナが、校庭のトラックを走り出した。
 
「あほやな」
 
 竜星の突っこみに、残りのクラスメイトたちも同調していた。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

はじまりはいつもラブオール

フジノシキ
キャラ文芸
ごく平凡な卓球少女だった鈴原柚乃は、ある日カットマンという珍しい守備的な戦術の美しさに魅せられる。 高校で運命的な再会を果たした柚乃は、仲間と共に休部状態だった卓球部を復活させる。 ライバルとの出会いや高校での試合を通じ、柚乃はあの日魅せられた卓球を目指していく。 主人公たちの高校部活動青春ものです。 日常パートは人物たちの掛け合いを中心に、 卓球パートは卓球初心者の方にわかりやすく、経験者の方には戦術などを楽しんでいただけるようにしています。 pixivにも投稿しています。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

鬼様に生贄として捧げられたはずが、なぜか溺愛花嫁生活を送っています!?

小達出みかん
キャラ文芸
両親を亡くし、叔父一家に冷遇されていた澪子は、ある日鬼に生贄として差し出される。 だが鬼は、澪子に手を出さないばかりか、壊れ物を扱うように大事に接する。美味しいごはんに贅沢な衣装、そして蕩けるような閨事…。真意の分からぬ彼からの溺愛に澪子は困惑するが、それもそのはず、鬼は澪子の命を助けるために、何度もこの時空を繰り返していた――。 『あなたに生きていてほしい、私の愛しい妻よ』 繰り返される『やりなおし』の中で、鬼は澪子を救えるのか? ◇程度にかかわらず、濡れ場と判断したシーンはサブタイトルに※がついています ◇後半からヒーロー視点に切り替わって溺愛のネタバレがはじまります

静かに過ごしたい冬馬君が学園のマドンナに好かれてしまった件について

おとら@ 書籍発売中
青春
この物語は、とある理由から目立ちたくないぼっちの少年の成長物語である そんなある日、少年は不良に絡まれている女子を助けてしまったが……。 なんと、彼女は学園のマドンナだった……! こうして平穏に過ごしたい少年の生活は一変することになる。 彼女を避けていたが、度々遭遇してしまう。 そんな中、少年は次第に彼女に惹かれていく……。 そして助けられた少女もまた……。 二人の青春、そして成長物語をご覧ください。 ※中盤から甘々にご注意を。 ※性描写ありは保険です。 他サイトにも掲載しております。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

宝石ランチを召し上がれ~子犬のマスターは、今日も素敵な時間を振る舞う~

櫛田こころ
キャラ文芸
久乃木柘榴(くのぎ ざくろ)の手元には、少し変わった形見がある。 小学六年のときに、病死した母の実家に伝わるおとぎ話。しゃべる犬と変わった人形が『宝石のご飯』を作って、お客さんのお悩みを解決していく喫茶店のお話。代々伝わるという、そのおとぎ話をもとに。柘榴は母と最後の自由研究で『絵本』を作成した。それが、少し変わった母の形見だ。 それを大切にしながら過ごし、高校生まで進級はしたが。母の喪失感をずっと抱えながら生きていくのがどこか辛かった。 父との関係も、交友も希薄になりがち。改善しようと思うと、母との思い出をきっかけに『終わる関係』へと行き着いてしまう。 それでも前を向こうと思ったのか、育った地元に赴き、母と過ごした病院に向かってみたのだが。 建物は病院どころかこじんまりとした喫茶店。中に居たのは、中年男性の声で話すトイプードルが柘榴を優しく出迎えてくれた。 さらに、柘榴がいつのまにか持っていた変わった形の石の正体のせいで。柘榴自身が『死人』であることが判明。 本の中の世界ではなく、現在とずれた空間にあるお悩み相談も兼ねた喫茶店の存在。 死人から生き返れるかを依頼した主人公・柘榴が人外と人間との絆を紡いでいくほっこりストーリー。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

少年、その愛 〜愛する男に斬られるのもまた甘美か?〜

西浦夕緋
キャラ文芸
15歳の少年篤弘はある日、夏朗と名乗る17歳の少年と出会う。 彼は篤弘の初恋の少女が入信を望み続けた宗教団体・李凰国(りおうこく)の男だった。 亡くなった少女の想いを受け継ぎ篤弘は李凰国に入信するが、そこは想像を絶する世界である。 罪人の公開処刑、抗争する新興宗教団体に属する少女の殺害、 そして十数年前に親元から拉致され李凰国に迎え入れられた少年少女達の運命。 「愛する男に斬られるのもまた甘美か?」 李凰国に正義は存在しない。それでも彼は李凰国を愛した。 「おまえの愛の中に散りゆくことができるのを嬉しく思う。」 李凰国に生きる少年少女達の魂、信念、孤独、そして愛を描く。

処理中です...