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Let it Rock!
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その日、ひとつの動画が投稿された。
中・高生のあいだで人気のSNS。多くの生徒たちがスマホにインストールしているアプリ。エリート校の桜統生といえども、例外ではない。
『桜統学園』とタグ付けされた動画は、推奨のフィルターによって掬い上げられ、生徒たちの目のもとへ。
——これ見た?
——見た! かっこいい!
バンドメンバーの顔は、照明が暗いせいで、はっきりと見えない。流行りの曲にアレンジを加えている。
ボーカル兼ギターは高身長でスタイルがいい。ベースの生徒は小柄で明るい髪色。
それから、ドラムの演奏が異常に上手い。クローズアップされるスティック捌きは華麗で、一瞬の隙にクルクルっと指先で素早く回して見せた。激しい曲でもリズムを乱すことがなかった。
動画につけられたセンテンスは、
『桜統学園 軽音部 入部者募集(中等部西棟3階)』
——軽音部あったんだ?
——探したら去年の演奏もあったよ。見てー。
——えっ、生徒会長?
関連動画の用意も万全。ネットで公開されている学園紹介ムービーから引っ張ってきた、ベースを演奏する生徒会長。
学園一の生徒組織、生徒会執行部。そのトップが入っていた部活というブランディング。
「——やった! 入部希望者10人達成!」
中等部の別棟、隔離校舎の3階。軽音部の仮部室で、ヒナが声をあげた。
次々と来る1年生の見学者たちに、タイミングを見て入部申請を勧め、現部長のハヤトのアカウントから承認。その場で加入させていく。(今年度の顧問は空席だったので、サクラに頼んで表向きだけ名前を貰った。こちらはオート承認)
キャッチセールスみたいなことをしている。しかし、入部にクーリングオフ制度はない。入部してしまったなら、辞める際には『退部』の記録が残る。
退部のイメージは、あまりよろしくない。桜統生は汚点を嫌う。ハヤトを知らずに入部したのだから、そう簡単には抜けないだろう。
即日での目標達成を喜ぶヒナに、竜星が右手を上げた。
「いぇ~い!」
「いぇーい!」
ハイタッチ。並んだ二人は、ほぼ同じ背丈。
見学者も帰り、開けた室内の真ん中で、ヒナと竜星は揃って歓喜した。
ギターを片付けた琉夏も加わる。
「アヒルちゃん、やるじゃん。詐欺師に向いてンなァ~」
「さんきゅー!」
「……ヒナ、それ褒められてないやろ?」
突っこむ竜星は、琉夏を軽く小突いた。
「こら、もっと感謝しとき。ヒナが作戦を練ってくれたんやよ」
「ハイハイ、ど~も」
「あかん、もっと心こめて」
「……ありがとー」
そっぽを向いた琉夏の感謝に、ヒナは笑った。からかうことなく、
「感謝なんていいよ。『軽音だけ仲間ハズレ』みたいな学園のやり方には、おれも納得いかなかったもん。やられた分くらい、やり返そう。一緒に。おれたち、2Bの仲間だし……同じ軽音部員だもんなっ」
ヒナは背伸びして、ポンっと琉夏の肩をたたいた。ついでに、ドラムセットのところにいたハヤトへと向かっていく。
ドラムにカバーを掛けていたハヤトが、ヒナに目を投げ、
「……ありがとな。お前のおかげだ」
「いや、おれもこんなに上手くいくと思わなかった。超絶技巧なドラマーのおかげだ。かっけぇハヤトくんに女子の視線が集中してた」
「心にもねぇ褒め言葉だな……」
ヒナの称賛に、細い目を送るハヤト。
疑いの目に晒されて、ヒナが弾けるように笑った。
「ほんとだって。おれもハヤトに惚れた! ドラム、最高にかっこよかった!」
窓の外から射す西日の赤が、ハヤトの顔を染める。
言葉なく停止するハヤトの顔を、近寄ってきた竜星が覗きこんだ。
「……ハヤトぉ? どぉした~?」
「いやっ……なんでも」
「大丈夫か? ……すこし顔が赤いわ。熱やろか? 保健室、行くかぁ?」
「平気だ。この部屋が暑ぃ」
「今日は涼しいやろ……?」
話すハヤトと竜星の横、ヒナが琉夏の使っていたギターケースを眺めていた。
「——ところでさ、ギターって、どれくらい練習したらライブできる?」
呟きに、ハヤトが片眉を上げて反応した。
「ん? お前、昔は毎日ギターに触れてたんだろ? 感覚が戻ればすぐにでもやれるんじゃねぇの?」
「えっ? おれ、ギターなんて中学の音楽で一瞬やったくらいだけど?」
「は……? けど、弦に触ってたって……あぁ、ベースか?」
首をかしげるハヤトに、竜星が「うちと被る……」
肩を落としたが、ヒナは首を振って否定した。
「違う違う。おれが言ってたのは、バイオリンの弦。ボランティアのひとに教えてもらったときにハマってさー! 毎日かかさず15分やってた!」
「………………」
ヒナ以外の3人が、静かになった。
彼らはヒナが経験者だと勘違いしていて、自分たちのバンドメンバーに加わってくれるものだと思っていた。
「えっ、なに? どうした?」
ヒナの疑問に、竜星が、控えめに、
「まったくの初心者やったら……数ヶ月。うちらが演奏する曲をやろうとしたら……半年以上は……」
「え! そんな時間かかるのかっ? 同じ弦楽器なんだから、似たようなもんだろ?」
驚くヒナの意見には、琉夏が答える。
「それとこれは、別じゃね?」
「嘘だろ? おれにモテる青春が来るのは、半年後っ?」
無言で話を聞いていたハヤトが、吐息する。
「そんなもん、お前には一生こねぇよ」
呆れたような呟きが、ぼそりと。
茜色の部室に零れていた。
中・高生のあいだで人気のSNS。多くの生徒たちがスマホにインストールしているアプリ。エリート校の桜統生といえども、例外ではない。
『桜統学園』とタグ付けされた動画は、推奨のフィルターによって掬い上げられ、生徒たちの目のもとへ。
——これ見た?
——見た! かっこいい!
バンドメンバーの顔は、照明が暗いせいで、はっきりと見えない。流行りの曲にアレンジを加えている。
ボーカル兼ギターは高身長でスタイルがいい。ベースの生徒は小柄で明るい髪色。
それから、ドラムの演奏が異常に上手い。クローズアップされるスティック捌きは華麗で、一瞬の隙にクルクルっと指先で素早く回して見せた。激しい曲でもリズムを乱すことがなかった。
動画につけられたセンテンスは、
『桜統学園 軽音部 入部者募集(中等部西棟3階)』
——軽音部あったんだ?
——探したら去年の演奏もあったよ。見てー。
——えっ、生徒会長?
関連動画の用意も万全。ネットで公開されている学園紹介ムービーから引っ張ってきた、ベースを演奏する生徒会長。
学園一の生徒組織、生徒会執行部。そのトップが入っていた部活というブランディング。
「——やった! 入部希望者10人達成!」
中等部の別棟、隔離校舎の3階。軽音部の仮部室で、ヒナが声をあげた。
次々と来る1年生の見学者たちに、タイミングを見て入部申請を勧め、現部長のハヤトのアカウントから承認。その場で加入させていく。(今年度の顧問は空席だったので、サクラに頼んで表向きだけ名前を貰った。こちらはオート承認)
キャッチセールスみたいなことをしている。しかし、入部にクーリングオフ制度はない。入部してしまったなら、辞める際には『退部』の記録が残る。
退部のイメージは、あまりよろしくない。桜統生は汚点を嫌う。ハヤトを知らずに入部したのだから、そう簡単には抜けないだろう。
即日での目標達成を喜ぶヒナに、竜星が右手を上げた。
「いぇ~い!」
「いぇーい!」
ハイタッチ。並んだ二人は、ほぼ同じ背丈。
見学者も帰り、開けた室内の真ん中で、ヒナと竜星は揃って歓喜した。
ギターを片付けた琉夏も加わる。
「アヒルちゃん、やるじゃん。詐欺師に向いてンなァ~」
「さんきゅー!」
「……ヒナ、それ褒められてないやろ?」
突っこむ竜星は、琉夏を軽く小突いた。
「こら、もっと感謝しとき。ヒナが作戦を練ってくれたんやよ」
「ハイハイ、ど~も」
「あかん、もっと心こめて」
「……ありがとー」
そっぽを向いた琉夏の感謝に、ヒナは笑った。からかうことなく、
「感謝なんていいよ。『軽音だけ仲間ハズレ』みたいな学園のやり方には、おれも納得いかなかったもん。やられた分くらい、やり返そう。一緒に。おれたち、2Bの仲間だし……同じ軽音部員だもんなっ」
ヒナは背伸びして、ポンっと琉夏の肩をたたいた。ついでに、ドラムセットのところにいたハヤトへと向かっていく。
ドラムにカバーを掛けていたハヤトが、ヒナに目を投げ、
「……ありがとな。お前のおかげだ」
「いや、おれもこんなに上手くいくと思わなかった。超絶技巧なドラマーのおかげだ。かっけぇハヤトくんに女子の視線が集中してた」
「心にもねぇ褒め言葉だな……」
ヒナの称賛に、細い目を送るハヤト。
疑いの目に晒されて、ヒナが弾けるように笑った。
「ほんとだって。おれもハヤトに惚れた! ドラム、最高にかっこよかった!」
窓の外から射す西日の赤が、ハヤトの顔を染める。
言葉なく停止するハヤトの顔を、近寄ってきた竜星が覗きこんだ。
「……ハヤトぉ? どぉした~?」
「いやっ……なんでも」
「大丈夫か? ……すこし顔が赤いわ。熱やろか? 保健室、行くかぁ?」
「平気だ。この部屋が暑ぃ」
「今日は涼しいやろ……?」
話すハヤトと竜星の横、ヒナが琉夏の使っていたギターケースを眺めていた。
「——ところでさ、ギターって、どれくらい練習したらライブできる?」
呟きに、ハヤトが片眉を上げて反応した。
「ん? お前、昔は毎日ギターに触れてたんだろ? 感覚が戻ればすぐにでもやれるんじゃねぇの?」
「えっ? おれ、ギターなんて中学の音楽で一瞬やったくらいだけど?」
「は……? けど、弦に触ってたって……あぁ、ベースか?」
首をかしげるハヤトに、竜星が「うちと被る……」
肩を落としたが、ヒナは首を振って否定した。
「違う違う。おれが言ってたのは、バイオリンの弦。ボランティアのひとに教えてもらったときにハマってさー! 毎日かかさず15分やってた!」
「………………」
ヒナ以外の3人が、静かになった。
彼らはヒナが経験者だと勘違いしていて、自分たちのバンドメンバーに加わってくれるものだと思っていた。
「えっ、なに? どうした?」
ヒナの疑問に、竜星が、控えめに、
「まったくの初心者やったら……数ヶ月。うちらが演奏する曲をやろうとしたら……半年以上は……」
「え! そんな時間かかるのかっ? 同じ弦楽器なんだから、似たようなもんだろ?」
驚くヒナの意見には、琉夏が答える。
「それとこれは、別じゃね?」
「嘘だろ? おれにモテる青春が来るのは、半年後っ?」
無言で話を聞いていたハヤトが、吐息する。
「そんなもん、お前には一生こねぇよ」
呆れたような呟きが、ぼそりと。
茜色の部室に零れていた。
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