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ハウトゥー学園征服

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「おれは、2Bの君たちにきたいことがある」
 
 その日、春休み明けテストが終了した。
 普段はクラスメイトみんなに嫌厭けんえんされがちな琉夏るかであるが、試験直後だけは重宝される。
 
「琉夏ぁ、コミュ英のラストの答え何ぃ~?」
「琉夏、古文のここなんだけどよ」
 
 竜星りゅうせいとハヤトに尋ねられるのは、もちろんのこと、
 
「琉夏くん、数列のとこって答え何になった?」
 
 島の違うルイまで尋ねていく。
 琉夏は歩く模範解答。ただし、現在は座っている。
 
「あ~あァ、みんなオレがいないとダメだなァ~?」
 
 いつもなら無視されるセリフを吐いても許される。
 
「琉夏がいてくれんと困るわぁ」
「さすが不動の1位」
「うん、便利……じゃなかった、大事な存在」
 
 みんな適当な称賛を雑に投げる。受け取る琉夏はまんざらでない。
 ふざけた茶番劇が繰り広げられる教室中央で、ヒナが発した冒頭の、
 
——おれは、2Bの君たちに訊きたいことがある。
 
 重々しい宣言は、見事にスルーされた。
 クラスメイトは答え合わせに多忙を極めていた。
 
「——なぁっ! お願いだからおれの話を聞いて! 聞いてくれよ壱正いっせい!」
 
 ヒナは席から立ち上がって、壱正の席に回った。
 壱正は琉夏に訊くことなく、気になった問題は自分のノートで確認している。喧嘩けんかの件を怒っている壱正は、ヒナの雑談を耳に入れてくれない。
 あと、テストの確認のほうが優先順位が高いのだと思われる。
 
「壱正……おれたち、心の友だろ……?」
「友ならば、友人の勉強を邪魔しないでもらいたい」
「あ、しゃべってくれた! みんな聞いて! 壱正がおれのこと友人って言ってくれた! ゆるしてくれたっ」
「………………」
「あれっ? なんで耳栓を出すんだ? え、つけるの? おれの話まだ今から——」

 ヒナの声は、壱正の耳に届かなくなった。
 
「どうしてだ……」
 
 肩を落としたヒナは、仕方なくハヤトたちの方へ。 
 開けられた窓枠に寄り掛かって、
 
「聞いてくれよ、カミヤハヤト」
「フルネームで呼ぶなっつってんだろ。……つぅか、お前テスト確認しねぇの?」
「確認……? あ、さっきからみんな何やってんの? テスト終わったのにテスト見てんの?」
「分からなかった問題を見直してんだよ。こういう積み重ねが大事なんだぞ」
「ハヤトって急に真面目ムーブかましてくんだよな……不良キャラのアイデンティティ大事にしてほしいよな……」
「不良じゃねぇ。お前も桜統生ならやっとけよ」
「って言われても……桜統ってAI採点なんだろ? 明日にはデータ返却されるんだし、そんときでよくない? どこ間違ってるかなんて、自分で分かんないし」
「間違いは分かんねぇけど、できなかったとこは分かるだろ。分かんねぇところは即座に確認。桜統の伝統だろ」
「そんな伝統は知らない。それにおれ、分かんないとこはなかったよ? 全問正解のつもり」
「はっ?」
 
 ハヤトの声には、他のクラスメイトの声も被っていた。
 驚きの目が、ヒナに集まる。
 
「……え、なんだ?」
 
 散々と無視されていただけに、ヒナはびっくりして身をのけぞらした。今日もピンクな頭をした竜星が、ひょこっとハヤトの体をよけてヒナと目を合わせ、
 
「全問解けたん?」
「うん」
「……全教科?」
「……うん」
「…………これやから外部生は嫌なんやってなぁ」
「唐突なディス!」
 
 教室全体に、うんざりとした空気が広がった。耳栓をした壱正だけは別世界にいる。
 反対の島に戻っていたルイと、隣のウタが、ぽそぽそ。
 
「これが噂の荒らしかな?」
「優秀な外部生によるランキング変動ですか? どの学年にもあるそうですが……私たちには無縁かと思っていましたね」
「……あ。僕、今回から『上位落ち』しちゃうかも」

 注目の集中点にいるヒナは、

「そうやってすぐ外部内部で壁作るの、どうかと思うんだよな。おれも2Bなのになっ……そうだ! おれ訊きたいことがある!」
 
 とりあえず話を聞いてもらえそうなので、再三となる前振りを、
 
「おれは、2Bの君たちに訊きたいことがある」
 
 神妙な顔つき。
 一番近くのハヤトが、「なんだよ?」
 
「女子って、どこに隠れてんの?」
「……は?」
「まずは、このクラスから訊くな? 2Bに女子がいないの、なんで?」

 重要性のない会話が始まった気がする。察したクラスメイトは、自分の作業をこなしつつ片耳に聞く。
 やることのない琉夏が、近くでイスを傾けてヒナを見上げ、
 
「ハヤトが怖くて、みんな男女関係なく逃げ出しましたァ~」
「カミヤハヤト! お前ってやつは!」

 ヒナの声に、ハヤトは耳を押さえて顔をしかめた。ハヤトの目前にはカラフルな虹色の頭が寄り掛かり、横ではヒナがうるさい。全問解答ペアに挟まれて不愉快かつ逃げ場がない。
 ヒナが大げさに溜息ためいきをついた。
 
「クラスメイト半殺し事件、やっぱハヤトはヤっちゃってたか」

 ヒナに向けて、琉夏が内容にそぐわない笑顔を浮かべ、
 
「そうそう、全員もれなく病院送り。オレも見たかったなァ~」
「いや、暴力はダメだろ。手ぇ出したら負けだ。……なー! そうだよな壱正ーっ」
 
 ヒナのアピールは、当然のごとく耳栓によって阻まれている。
 話に入らないハヤトの代わりに、竜星が口を挟んだ。
 
「盛りすぎや。ハヤトは教室で暴れただけやろ? 怖がって転んだ子が病院に行ったけど……あれは病院送りって言わん」

 斜めになっている琉夏は、竜星に顔を向ける。
 
「ハヤトが怖くて外部生がいなくなったのは事実じゃん?」
「あほ、あんたが言わんとき。あんたの犯人捜しで怒ってくれたんやが」
 
 琉夏と竜星の会話から、ヒナも事件の全貌ぜんぼうを捉えつつあった。
 琉夏を突き落としたクラスメイトは、外部生が口裏を合わせたことで護られた。ハヤトはそれを怒った。
 
「あぁ、そういうことか。——いや、分かってたよ。カミヤハヤトは人をなぐるやつじゃないって、おれも分かってた」
 
 ヒナの下から、ハヤトが「嘘つけ。1分前のてめぇのセリフ忘れてんじゃねぇよ」
 
——ハヤトはヤっちゃってたか。
 
 ハヤトの低い訴えに、ヒナは誤魔化すように話題を引き戻した。
 
「2Bの話はもういい。いま重要なのは女子だ。クラスにいないのは分かったけど、校舎周りにもいないよな? なんでだ?」
 
 琉夏が首をヒナに戻して、

「ここ、中等部の敷地じゃん。中学は男子校だし、いるわけねェ~よ」
「……じゃあ、おれたちって、女子のいない高校生活を送らないとダメなのか?」
「なんでそうなンの? 高校の敷地に行けばいるし、図書館やカフェテリアにもいるって」
「そんなの、おれが望んでる青春じゃないっ」
「……はァ?」
「おれはっ……朝、『おはよー』『宿題やった?』とか、帰りに『また明日』『じゃあね』みたいな……日常の青春が過ごしたかったのにっ……」
「……過ごしてるくねェ? アンタいつもオハヨーオハヨーうるさいじゃん」
「女子と! 女子とやりたいんだ! 琉夏とやりたいわけじゃないっ」
「はァ~? なんでオレが落とされてンのっ? そっちが毎日しつこく挨拶してくンじゃん!」

 わあわあ騒いで言い争っていたが、ヒナは席に戻ってスクールバッグを取ると、
 
「もういいっ、琉夏におれの気持ちなんて分からないんだ! おれは帰る。また明日っ」
 
 なんだかんだ言いつつ、きちんと挨拶して帰っていった。
 一方的に残された琉夏が「なにアイツむかつく」
 行き場のない文句をぶつぶつと吐き出す。
 
 その、後ろで。ふと顔を上げたハヤトが、首をかしげた。
 隣の竜星が、ハヤトへと目を送る。
 
「どぉしたん?」
「あいつ……転入生、女子と過ごしたい——みたいなこと言ってなかったか?」
「勉強に余裕あるし、彼女でも欲しいんやろぉ?」
「彼女……って、女子の?」
「……ハヤト、あんた、なに言ってるん?」
「いや、だってあいつ……」
 
 んんんんん?
 ハヤトの首が、これ以上ないほどに傾く。ハヤトの混乱を理解できず、竜星はただ不思議そうな顔で見返すだけだった。
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