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*ハロー、クラスメイト。
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覚王地医師に話を聞いたサクラが戻ってきた。
ヒナは待合スペースの棚にあった漫画を読んで待っていた。時間が短すぎて半分も読めなかった。
何か言おうと口を開いたサクラに、ヒナは割り込むような速さで、
「サクラ先生、さっきおれ、信じられないものを見ました」
「……ああ、狼谷さんの父親か?」
「ほんとに父親なんだ……おれがパラレルワールドに迷い込んだわけじゃないんだ……」
「そんなに衝撃を受けることか?」
「……おれ、私情でカミヤハヤトのことを一晩じゅう考えてたんですよ。そのなかで『寮生ってことは貧乏仲間? 家庭に問題が?』って考えがありまして……なのに、医者の息子っ? 裏切られた!」
「裏切ったのは君の想像力であって、狼谷さんではないね」
「うらやましい……優しい医者のお父さん……おれのとこにも欲しい……」
「…………ところで、」
「あ! もうこんな時間だ! お腹すいたんで、ぼく帰りますっ。付き添いありがとございましたー」
「待ちなさい」
ぴしゃり。容赦ない響きに、逃げようとした足を止める。
厳しい顔を覚悟して振り向いたが、意外にもサクラは怒っていなかった。案じるような瞳で、ヒナの顔を見つめ、
「痛みは?」
「ぜんぜん! 痛くないです!」
「頬の話ではないよ。腕の痛みは?」
「いや、そちらもぜんぜん!」
「………………」
「…………はっ! 間違えました! 腕に怪我はないです!」
「鴨居さん、こちらに腕を出して見せてごらん」
(早々と嘘のほころびが!)
無表情で手を出してきたサクラの圧から、じりじりと下がる。
待合スペースには人がいない。一般の診療時間は過ぎていて、ヒナとサクラの攻防を変な目で見てくる者はいない。サクラが遠慮なく距離を詰めてくる。
「額も腫れているな? なのに医師に申告もせず……君は、ここに何をしに来たか、分かっていないか?」
声が、絶対零度。
ひいっと叫びたくなるくらい冷たい声と目に、下がる足も凍った。
「お、おでこは気づかなかったなぁ……頬しか痛くなかったからぁ……」
語尾が震えていく。言い訳がいっそう空々しくなる。
サクラは背が高い。近づいたせいで、かなり見上げる羽目に。琉夏とほぼ同じか。でも、あちらよりこちらの迫力がひどい。
見下ろす怖い目で、
「髪をあげなさい」
「か……み?」
「前髪を自分であげるよう指示している」
「あ、はい……」
前髪に手を伸ばして、額を晒した。
額はどうなっているか、確認していない。転んだタイミングで怪我をしたのではなく、カミヤハヤトに頭突きしたせいだと思われる。すっかり忘れていた。
「……血は出ていないが、赤いね」
サクラは自分自身の額に手をやり、前髪の生えぎわを指で示した。頭突きで当たったのも、そのあたり。
「痛みは?」
「ないです」
「正直に話しなさい」
「ほ、ほんとにないです!」
「自分で触れても痛くはないか?」
「……はい、大丈夫です」
「………………」
「………………」
「頭部はリスクが高い。医師に診てもらうべきだっただろう?」
「すみません……痛くなかったので、忘れてました」
「腕は?」
「腕は、怪我してないです」
「では、見せてごらん」
「……は、肌を晒すのは……嫌なんですっ。腕であっても、先生が男性であっても……」
「………………」
まずい。この言い訳、夏が始まったらどうしよう。半袖になる気満々なのに、どうしよう。
苦悩するヒナの顔を、サクラは無言で見ていた。
しばらくして、サクラは薄く吐息を落としてから、
「……寮まで送ろう」
「えっ」
思いがけず、諦めてもらえた。
出口へと歩を進めるサクラに、前髪を押さえていた手を離して、ヒナもついていく。
外は夕暮れの色をしていた。
空と日の残光が混じり合う、桜色のような世界に、
「あまり無理をしてはいけないよ……」
聞こえた声は、それこそ幻聴なのではないかと思った。
ヒナは待合スペースの棚にあった漫画を読んで待っていた。時間が短すぎて半分も読めなかった。
何か言おうと口を開いたサクラに、ヒナは割り込むような速さで、
「サクラ先生、さっきおれ、信じられないものを見ました」
「……ああ、狼谷さんの父親か?」
「ほんとに父親なんだ……おれがパラレルワールドに迷い込んだわけじゃないんだ……」
「そんなに衝撃を受けることか?」
「……おれ、私情でカミヤハヤトのことを一晩じゅう考えてたんですよ。そのなかで『寮生ってことは貧乏仲間? 家庭に問題が?』って考えがありまして……なのに、医者の息子っ? 裏切られた!」
「裏切ったのは君の想像力であって、狼谷さんではないね」
「うらやましい……優しい医者のお父さん……おれのとこにも欲しい……」
「…………ところで、」
「あ! もうこんな時間だ! お腹すいたんで、ぼく帰りますっ。付き添いありがとございましたー」
「待ちなさい」
ぴしゃり。容赦ない響きに、逃げようとした足を止める。
厳しい顔を覚悟して振り向いたが、意外にもサクラは怒っていなかった。案じるような瞳で、ヒナの顔を見つめ、
「痛みは?」
「ぜんぜん! 痛くないです!」
「頬の話ではないよ。腕の痛みは?」
「いや、そちらもぜんぜん!」
「………………」
「…………はっ! 間違えました! 腕に怪我はないです!」
「鴨居さん、こちらに腕を出して見せてごらん」
(早々と嘘のほころびが!)
無表情で手を出してきたサクラの圧から、じりじりと下がる。
待合スペースには人がいない。一般の診療時間は過ぎていて、ヒナとサクラの攻防を変な目で見てくる者はいない。サクラが遠慮なく距離を詰めてくる。
「額も腫れているな? なのに医師に申告もせず……君は、ここに何をしに来たか、分かっていないか?」
声が、絶対零度。
ひいっと叫びたくなるくらい冷たい声と目に、下がる足も凍った。
「お、おでこは気づかなかったなぁ……頬しか痛くなかったからぁ……」
語尾が震えていく。言い訳がいっそう空々しくなる。
サクラは背が高い。近づいたせいで、かなり見上げる羽目に。琉夏とほぼ同じか。でも、あちらよりこちらの迫力がひどい。
見下ろす怖い目で、
「髪をあげなさい」
「か……み?」
「前髪を自分であげるよう指示している」
「あ、はい……」
前髪に手を伸ばして、額を晒した。
額はどうなっているか、確認していない。転んだタイミングで怪我をしたのではなく、カミヤハヤトに頭突きしたせいだと思われる。すっかり忘れていた。
「……血は出ていないが、赤いね」
サクラは自分自身の額に手をやり、前髪の生えぎわを指で示した。頭突きで当たったのも、そのあたり。
「痛みは?」
「ないです」
「正直に話しなさい」
「ほ、ほんとにないです!」
「自分で触れても痛くはないか?」
「……はい、大丈夫です」
「………………」
「………………」
「頭部はリスクが高い。医師に診てもらうべきだっただろう?」
「すみません……痛くなかったので、忘れてました」
「腕は?」
「腕は、怪我してないです」
「では、見せてごらん」
「……は、肌を晒すのは……嫌なんですっ。腕であっても、先生が男性であっても……」
「………………」
まずい。この言い訳、夏が始まったらどうしよう。半袖になる気満々なのに、どうしよう。
苦悩するヒナの顔を、サクラは無言で見ていた。
しばらくして、サクラは薄く吐息を落としてから、
「……寮まで送ろう」
「えっ」
思いがけず、諦めてもらえた。
出口へと歩を進めるサクラに、前髪を押さえていた手を離して、ヒナもついていく。
外は夕暮れの色をしていた。
空と日の残光が混じり合う、桜色のような世界に、
「あまり無理をしてはいけないよ……」
聞こえた声は、それこそ幻聴なのではないかと思った。
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