【完結】おれたちはサクラ色の青春

藤香いつき

文字の大きさ
上 下
16 / 79
ハロー・マイ・クラスメイツ

01_Track15.wav

しおりを挟む
(病院の匂いって苦手だな)
 
 消毒液なのか別の薬品なのか、慣れない匂いが薄く漂う病院の個室で、ヒナは診療のためのベッドに座っていた。
 
 付き添いのサクラは外に出ている。
 今ヒナの前にいるのは、白衣を着た医師。別の医師がようとしていたところに、
 
——ああ、その子は私が診よう。治療もこちらで。
 
 通常の診察室から案内されたのは、特別室らしき部屋。桜統学園と提携している病院だけあって、桜統の生徒は優遇されるのか。それとも、学園でのトラブル隠蔽いんぺいのためだろうか。
 
「鬼ごっこをしていて転びました」
 
 医師には嘘の説明をした。
 急に現れたサクラにも、一言一句たがわない言い訳をしている。例の3人も空気を読んでヒナに同調した。
 
 はははっと明るく笑う医師のネームプレートには『覚王地かくおうじ』と書かれている。櫻屋敷さくらやしきやら壱正の順教寺じゅんきょうじやら、いかつい苗字が多い。
 覚王地医師は精悍せいかんな顔つきだが愛想のよい笑顔を浮かべていて、目尻のシワに親しみを見せる。40代くらい。先ほど廊下で、年配の患者から「王地せんせ」と声を掛けられていた。おばあちゃんの『おうじ』、漢字違うほうだと思う。ハートの瞳してた。
 
「桜統の生徒でも、鬼ごっこをするんだね?」
 
 頬の治療をしながら、ニコニコと話しかけてくる覚王地医師に、「はい、僕たちとっても仲が良くて」
 口から出任せで答えているが、これは外のサクラに聞こえているのだろうか。 
 
「頬の他に、ぶつけたところはないかな?」
「ないです」
「念のため全身を確認したいんだが、だめかな?」

 ダメっす。って言ったら、諦めてくれるのか。
 ちらっと自分で確認したのだが、カミヤハヤトに掴まれた腕が赤くなっていて……非常にまずい。見られると言い訳が通らなくなる。事実が明るみになれば、琉夏が「先に転入生がハヤトをぶっ飛ばすって言いましたァ~」とか言う。あいつ言う。証拠の録音データも出す。絶対おれが不利になるよう仕向けてくる。
 
 ごまかさなくては。何がなんでもごまかさないと、結果としてAクラ行き——どころか特待生から落とされるかも。ヒナにとっては退学と同等だ。なんで喧嘩なんかしちゃったんだ。
 
 長い黙考のあと、重く口を開き、
 
「服を脱ぐのは……いやです」
「……女性のドクターに代わるかい?」
「いや、どっちも嫌です。体を見られることが、嫌です」
「………………」
 
 神妙な空気が広がる。
 転入前にこの病院で健康診断を受けている。カルテにはどう書かれているのだろう。

「鴨居さん」
「……はい」
「以前もこちらから診察を勧めたようだが……やはり一度、どうかな? こちらでもいいし、カウンセラーでも……」
「今は要らないです。治療可能な18になったら診察を受ける予定です」
「……うん、分かった。ただ、何か気掛かりなことがあったら、いつでも相談においで。私でもいいし、他のドクターでも。スクールカウンセラーや……ああ、君の担任の先生でもいい。周りの大人を活用しようね」

 活用。
 ヒナが表現を気に留めているあいだに、覚王地医師は、カルテが映っていたと思われるラップトップを閉じた。ここから先の話はデータを打ち込みません、というパフォーマンスに思うのは、穿うがちすぎ……?
 
「鴨居さんは、今年度からの転入生らしいね? 学園生活はどうかな?」
「……楽しくやってます」
 
 疑いを残しつつ、無難に回答する。覚王地医師の目はまっすぐとしているが、全身の違和感を探られているような。
 
「学年は?」
「……2年です」
「おや、私の息子と同じだね?」
「え……先生の息子さん、桜統なんですか?」
「うん、それもあって私はここで働いているんだよ。反抗期で私とは話してくれないんだが……それでも、とても優しくて可愛い子だ」
「……親御さんに愛されて、その子も幸せですね」
「この世に愛されない子はいないさ」
 
 覚王地医師の爽やかな笑顔に、ヒナは愛想笑いの頬が引きつった。さいわい頬は大きなガーゼによって隠れている。
 否定したい気持ちを、静かに抑え込んだ。施設育ちのヒナは、親に愛されない子を散々見ている。
 
(この先生、脳内お花畑かな。いいとこ出の坊ちゃんって、みんなこんなもんなのかな)
 
 ファンタジー先生って呼ぼう。
 もやもやする思いの発散に、ヒナが覚王地医師に対する心の呼称を決めていると、
 
「私の子は、颯人はやとという名だ。もし会ったら、よろしくね」

 今度こそ、ヒナの愛想笑いが固まった。
 にっこりしたまま、表情と一緒にフリーズした脳を再起動して、覚王地医師のネームプレートを目に留め、
 
「あ、あぁ~……あるある、よくある名前だ。覚王地 ハヤトくん。いやしかし、とっても素敵なお名前だなぁー」
 
 うっかり出た失礼な発言を取りつくろう。
 気にさわったようすなく、覚王地医師はにこやかに、
 
「息子は妻の姓だから、狼谷かみや 颯人だよ」
 
——先生、おれやっぱり頭打ったかも。幻聴がします。
 
 思わずこぼれそうになった訴えは、かろうじて唇にき止められた。
 
「わー、カミヤハヤトくん、ぼくのクラスメイトだー」

 棒読みにも程がある。
 しかし、
 
「クラスメイトとは奇遇だね。仲良くさせてもらってるのかな?」
「あー……ハイ、鬼ごっこしました。ハヤトくん、足速くてかっこいいんですよー。改めて見ると覚王地先生に似てますねー?」
「ありがとう、嬉しい言葉だ」
 
 お花畑なファンタジー先生は一向に気づかず、適当に始めた嘘は取り返しのつかないあたりまで。
 
「鴨居さん、これからも颯人と仲良くしてやってね」
 
(おれは仲良くしたいんすよ。あっちが仲良くしてくれないんすよ。お父さん、どういう教育してるんすか。しかもあいつ、おれの腕を折ろうとしたんすよ? 腕の力えぐすぎ)
 
 心の声は、すべて閉ざして、
 
「はい! こちらこそ!」

 満面の笑みで応える。
 良心というものがあるとしたら、ヒナはそれを、たったいま全力で宇宙の彼方に放り投げた。
 
(これ、いつかどっかで矛盾が出る!)
 
 せめて卒業まで、嘘のほころびが出ないことを願った。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

ルナール古書店の秘密

志波 連
キャラ文芸
両親を事故で亡くした松本聡志は、海のきれいな田舎町に住む祖母の家へとやってきた。  その事故によって顔に酷い傷痕が残ってしまった聡志に友人はいない。  それでもこの町にいるしかないと知っている聡志は、可愛がってくれる祖母を悲しませないために、毎日を懸命に生きていこうと努力していた。  そして、この町に来て五年目の夏、聡志は海の家で人生初のバイトに挑戦した。  先輩たちに無視されつつも、休むことなく頑張る聡志は、海岸への階段にある「ルナール古書店」の店主や、バイト先である「海の家」の店長らとかかわっていくうちに、自分が何ものだったのかを知ることになるのだった。  表紙は写真ACより引用しています

春から一緒に暮らすことになったいとこたちは露出癖があるせいで僕に色々と見せてくる

釧路太郎
キャラ文芸
僕には露出狂のいとこが三人いる。 他の人にはわからないように僕だけに下着をチラ見せしてくるのだが、他の人はその秘密を誰も知らない。 そんな三人のいとこたちとの共同生活が始まるのだが、僕は何事もなく生活していくことが出来るのか。 三姉妹の長女前田沙緒莉は大学一年生。次女の前田陽香は高校一年生。三女の前田真弓は中学一年生。 新生活に向けたスタートは始まったばかりなのだ。   この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」にも投稿しています。

致死量の愛と泡沫に+

藤香いつき
キャラ文芸
近未来の終末世界。 世間から隔離された森の城館で、ひっそりと暮らす8人の青年たち。 記憶のない“あなた”は彼らに拾われ、共に暮らしていたが——外の世界に攫われたり、囚われたりしながらも、再び城で平穏な日々を取り戻したところ。 泡沫(うたかた)の物語を終えたあとの、日常のお話を中心に。 ※致死量シリーズ 【致死量の愛と泡沫に】その後のエピソード。 表紙はJohn William Waterhous【The Siren】より。

待つノ木カフェで心と顔にスマイルを

佐々森りろ
キャラ文芸
 祖父母の経営する喫茶店「待つノ木」  昔からの常連さんが集まる憩いの場所で、孫の松ノ木そよ葉にとっても小さな頃から毎日通う大好きな場所。  叶おばあちゃんはそよ葉にシュガーミルクを淹れてくれる時に「いつも心と顔にスマイルを」と言って、魔法みたいな一混ぜをしてくれる。  すると、自然と嫌なことも吹き飛んで笑顔になれたのだ。物静かで優しいマスターと元気いっぱいのおばあちゃんを慕って「待つノ木」へ来るお客は後を絶たない。  しかし、ある日突然おばあちゃんが倒れてしまって……  マスターであるおじいちゃんは意気消沈。このままでは「待つノ木」は閉店してしまうかもしれない。そう思っていたそよ葉は、お見舞いに行った病室で「待つノ木」の存続を約束してほしいと頼みこまれる。  しかしそれを懇願してきたのは、昏睡状態のおばあちゃんではなく、編みぐるみのウサギだった!!  人見知りなそよ葉が、大切な場所「待つノ木」の存続をかけて、ゆっくりと人との繋がりを築いていく、優しくて笑顔になれる物語。

高校生なのに娘ができちゃった!?

まったりさん
キャラ文芸
不思議な桜が咲く島に住む主人公のもとに、主人公の娘と名乗る妙な女が現われた。その女のせいで主人公の生活はめちゃくちゃ、最初は最悪だったが、段々と主人公の気持ちが変わっていって…!? そうして、紅葉が桜に変わる頃、物語の幕は閉じる。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜 ・話の流れが遅い ・作者が話の進行悩み過ぎてる

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

処理中です...