上 下
15 / 77
*ハロー、クラスメイト。

01_Track14.wav

しおりを挟む
 いいや、無策ではない。
 所詮、同じ歳。ヒナにだって勝てないことはない。
 
(……勝てないことは、ない……)
 
 ブレザーを脱いだカミヤハヤトの体つきを見て、思わず自分の体を見下ろした。おれたち、同い年じゃなかったかも知んない。
 
 降参したほうが負け。
 シンプルなルールの勝負は、ヒナの突撃から始まった。
 先手必勝。敵が構える前にやるしか。
 ずるくとも、カミヤハヤトが油断しているうちに。
 
(ごめんな!)
 
 気持ちの込もってない謝罪を胸に、カミヤハヤトの下半身を狙った。体当たりと見せかけてワイシャツを掴み、股間に膝蹴りしてしまえ。
 ——が、しかし。

「んわっ?」

 カミヤハヤトのシャツを捕らえたはずが、強い力で払われた。敵の腕力が異常。想定にない。
 勢いを殺せず、カミヤハヤトの横を抜けるようにバランスが崩れる。
 アスファルトを薄く覆う、砂と花弁。その上に派手に転んだ。
 倒れこんだヒナは上から攻撃がくると身構えたが、降ってきたのは大声のみ。
 
「お前どこ狙ってんだよっ!」

 怒号は文句の響きをしていた。
 地面から起き上がり、カミヤハヤトを見返す。
 ヒナも負けじと、
 
「股間がダメなんてルールないだろ!」
卑怯ひきょうだろが!」
「喧嘩に卑怯もくそもあるか! 暴力ははなから卑怯なんだよ! 変にお高くとまってんな!」
「あぁっ?」
 
 声量は勝負していない。なのに互いに大声で言い合った。
 怒っている隙に掴み掛かろうとした腕は、カミヤハヤトによって掴まれた。(こいつほんとに腕の力えぐい)

「痛い痛いっ折れるだろばか!」
「うるせぇ、近くで大声出すな!」
「お前もうるさいからなっ!」
 
 離れた位置で見ていた琉夏が、「アイツめちゃ弱いじゃん」
 ピンクヘアも「よぉあれで喧嘩しようってゆったな……ハヤトを甘く見すぎやろ」
 ふたり並んであきれている。
 
 腕を押さえられたまま、足を引っ掛けられた。
 地面に引き倒されたヒナの体に、カミヤハヤトが乗る。あっさりマウントポジションを取られた。腹部に掛かる体重がきつい。こいつ重い!
 抵抗しようと暴れるが、ばたつく脚は意味を成さず。押さえ込まれた両腕が、ギリっと締め上げられ、
 
「いっ——」
「そんな貧弱で勝てるわけねぇだろ。降参しろ」
 
 見下ろしてくる顔に焦りはない。本気なんてカケラも出していないらしく、勝ち目がないのを悟った。
 
「——いやだっ! Aクラ行きたくないし!」
「お前が琉夏と約束したのが悪いんだろ。……こっちで揉めて過ごすより、Aクラで過ごしたほうがいいじゃねぇか」
「よくない、勝手に決めんな! おれはBクラ卒業者限定の黎明れいめい会に入るんだ! スーパーエリートコース狙ってんだ!」
「知るかよ」
 
 腕を締めあげる力が強まる。勝てない。
 喧嘩では、勝ち目がない。
 
 ——ならば、手段を変える。
 
「カミヤハヤト、おれ、お前に訊きたいことがある!」
「は?」
「ランドリールームのメモってお前だよな? おれのも干してくれたよなっ?」
「………………」
 
 一瞬だけ、腕の力が弱まった。
 考えるような時間のあと、「あれ、お前かよ」ボソっとした声が肯定と同じ返しをした。
 
「ありがとな! おれ、指定のワイシャツは半袖と長袖1枚ずつで予備がないから助かった! 半袖はまだ寒いしな!」
「……知らねぇよ。つぅか、さっさと降参しろよ。勝てねぇって分かってるだろ」
「いや、おれは今からお前を口説くどく!」
「——はぁ?」

 気の抜けた声を出しておきながら、カミヤハヤトの力は強い。素で力が強いのは分かった。
 でも、分かったのはそれだけじゃない。
 
「おれ、お前のこと知らない! お前のせいで2Bのクラスメイトが少ないのかも知んないし、急に寮に入ったってことは家庭問題もあるのかも知んない。でも、お前そんな悪いやつじゃないよなっ? 『悪かった、ありがとう』って書いてあった! 自分の非を認めて謝れるし、感謝もできる。そういう子は、施設でもいいやつだった。おれの目で見ると、お前はけっこういいやつ!」
「………………」
「おれ、お前とも仲良くなれる気がする! おれと仲良くなろう、カミヤハヤト!」
「……ばかじゃねぇの?」
 
 吐き出す声は冷ややか。近くでヒナを見下ろし、くだらないというように呟いた。
 ——ただ、その顔は。
 ヒナからしか見えない彼の顔は、桜の花が舞う青空を背に、迷っているように見えた。
 声量を落として、カミヤハヤトにだけ聞こえる声で話しかけた。
 
「……おれは、2Bにいたい。2Bで高校生活を楽しみたいから、お前には負けてほしい。……それで、一緒に青春しよう? カミヤハヤトだって、楽しいほうがいいだろ? 今の嫌な空気のなか過ごすよりも、おれがAクラ行くよりも、最高のアイディアだろ? ……あと、おれは絶対に降参しない。お前には、おれに負ける道しかないからな」
「……てめぇに都合よく話してんじゃねぇよ。お前がいなくなれば、こっちはそれで解決なんだよ」
 
 ふいに、両の腕に掛かる力が、ぐっ——と。
 
「絶対に降参しない、って言ったか?」

 今まではなんだったのかと思うほど、腕に強く力が掛かった。
 痛みが比じゃない。腹部にのし掛かられているのもあって、痛みを訴える声もうまく出ない。
 
「降参しないと、腕が折れるぞ」

 どすのいた声が、低く脅しを掛けた。
 
「(ばか! お前これ痛くて声出ないからな! 降参も言えないからなっ?)」
「……は? なんて? 降参するっつったか?」
「(言ってない!)」
 
 ヒナの声を聞き取ろうと、カミヤハヤトが顔を寄せた。
 近づいた距離に、
 
(くそ、この馬鹿力っ!)
 
 怒りを込めて、ヒナは頭突きをらわせた。全力ではないが、それなりに力も込もった。
 
 カミヤハヤトのあごに、ヒナのひたいが、ごつり。

「あ」と声をあげたのは、たぶん横で見ていた人たち。
 ヒナとカミヤハヤトは、声にならない声をもらしていた。
 ぶつかり合ったわけだが、ヒナのほうがダメージは軽い。とっさに手を離したカミヤハヤトの下から、ヒナは無理やり抜け出した。
 
「……てめぇ」
 
 距離をとったヒナの耳に、地をうような低い声が聞こえた。
 
「今のはお互い様だから!」
 
 言い分を叫ぶが、立ち上がったカミヤハヤトの目は怖い。
 
「痛かったよな! でも正当防衛っていうかさっ? おれが先に攻撃されてたわけだし!」
「どこが正当防衛だ! 降参するフリして攻撃しやがったじゃねぇか!」
「してない! おれ降参しないって言っただろ!」

 怒るカミヤハヤトが距離を詰めてくるものだから、距離をとるべく後退する。
 数メートルの距離を、大声で呼びかける。
 
「なあ! お前ら、なんでそんなにおれを追い出そうとすんのっ? おれって普通にいいやつじゃないかなっ?」
「てめぇで言うな!」
「あっ、おれが頭いいから? おれにひがんじゃってる?」

「自意識過剰」と告げたのは琉夏で、どうやら学力は関係ないらしい。
 目を流したヒナの疑問に、遠めの琉夏が「外部生はシンプルうざいので消えてくださ~い」ゆるい野次やじで答えた。
 
「え! おれ、外部生ってだけで嫌われてんのっ? すごい理不尽だな! 今の、カミヤハヤトも聞いた? 琉夏のやつ、あんな理由でおれのこと嫌ってんのっ? ひどくない?」

 ヒナはもう走っている。カミヤハヤトから全力で逃げている。
 あちらも走り出したので、追いつかれそう。振り向きざまに訴え続けた。カミヤハヤトに、というより、3人全員に、
 
「おれだって2Bだ! お前らのクラスメイトだろっ? 外部も内部もないだろっ? おれからしたらおれだけ転入生で、あとみんな桜統の通常生だからなっ! おれ孤独なんだからな! けど広い目でみたら地球人だし! 仲良くしようよ! 仲良くして!」
 
 必死な訴えは、追いついたカミヤハヤトに肩を掴まれ、「うあっ」悲鳴に取って代わった。
 つまずいたヒナがつんのめり、カミヤハヤトもろとも転倒する。
 
「あ」
 
 ぽろっと、うっかり出たようなカミヤハヤトの声には、純粋な驚きがあった。
 そこに悪意はなかった。

「——君たちは、ここで何をしている?」
 
 どこからともなく現れたサクラが、手前の琉夏たちに声を掛けたとき。
 ヒナはカミヤハヤトの強靭きょうじん体躯たいくによって潰され、頬をアスファルトへとしたたかに打ちつけていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転職してOLになった僕。

大衆娯楽
転職した会社で無理矢理女装させられてる男の子の話しです。 強制女装、恥辱、女性からの責めが好きな方にオススメです!

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

男子中学生から女子校生になった僕

大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。 普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。 強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!

女子に虐められる僕

大衆娯楽
主人公が女子校生にいじめられて堕ちていく話です。恥辱、強制女装、女性からのいじめなど好きな方どうぞ

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

処理中です...