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*ハロー、クラスメイト。

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 学園の敷地に、カフェテリアは複数ある。
 中等部と高等部にひとつずつ。全体から見て、南に当たる正門近くにひとつ。そして、寮から連結した建物にひとつ。計4つ。
 ヒナが向かったのは、最短距離の寮横のカフェテリアになる。2日前から寮生活をしているヒナは、4つのカフェテリアをすでに回っていた。休業期間であっても、部活動や桜統学園特有の研究活動によって、敷地内には人がいた。食事時間のカフェテリアも、半数は埋まっていたと思う。
 
 しかし、この寮横のカフェテリアだけは、ずっと閑古鳥かんこどりがピヨピヨとしている。もっとも簡素なせいか、人がいない。
 味は普通に美味おいしいので、ヒナは不思議で仕方がなかったが……過ごしやすいから、まぁいっか。
 
 一般的なカフェテリア方式でも、食券でもない。ブレス端末でオーダーして、おしまい。テーブルに座っていると、配膳ロボットが運んできてくれる。
 オムライスを頼み、がらんとしたテーブルを見渡していた。今日も一人もいない。ゼロ。みんな友達と校舎寄りのカフェテリアに行っているのだろうか。
 
(誰か来たら、今日こそ声を掛けてみよう)
 
 昨日、一昨日、他のカフェテリアで見かけた生徒には声を掛けられなかった。ひとり2年から転入となるヒナ以外は、誰しも顔見知りのような空気感で、うまく割って入れなかった。
 ここに来るということは、寮生である確率が高い。期待を胸に、入り口の方を気にしていて……
 質素なカフェテリアに不釣り合いなスーツが。
 
「サクラ先生っ?」
 
 びっくりして出たヒナの声に、整った顔が微笑を返した。
 
「先程ぶりだね」

 かすかに口角が上がるだけで、CGめいた顔は人間みを帯びる。
 サクラはヒナの向かいまで歩いてきた。
 
「学園や授業のことで、何か私に質問はあるか? よければ、昼食をとりながら聞こうか」
「質問……」
「とくに無いか?」
「ある……あります。でも、質問って直接していいんですか? まずは学園のチャットボットを通すんじゃ……?」
「君たちが『先生』と話したいと思うなら、内容にかかわらず尋ねてくれればいい。教師はそのためにいる」
 
 正面ではなく、ひとつ横。大きめのテーブルの斜め向かいに、サクラは席を着いた。
 
「君も寮生だから、ここの利用頻度が高いか?」
「へ? ……あ、はい。まぁ、そこそこ」

 朝食を入れてまだ3回目だが、今後頻度は上がるはず。嘘ではない、と考えていて、
 
(……君?)
 
 サクラのつかった係助詞に、首をかしげたヒナ。
 サクラはブレス端末でオーダーを終えて、目を上げる。ヒナの疑問を読み取り、
 
「私も寮に住んでいる。生徒寮からカフェテリアを挟んで横にある建物は、職員寮だよ」
「えっ! サクラ先生も寮なんかにいるんですか?」
「通勤がわずらわしくてね」
「えぇ……? 先生、櫻屋敷家の御曹司おんぞうしじゃないですか。もっとこう……高級マンションとかに住んでくれないと、ぼくらの夢が壊れます」
「そう卑下する場所でもないと思うが……」
 
 オムライスが運ばれてきた。
 トレーをテーブルに移したヒナに、サクラが「私のことは気にせず食べなさい」
 ヒナは、いただきますの手を合わせつつも、迷う。もう少しくらいなら待てる。

「……あの、質問、いいですか?」
「ああ」
 
 オムライスと共に、二人分の水も運ばれていた。サクラが水を口に含んだのを見てから、ヒナは、そろーっと口を開く。
 
「ぼくらのクラス、なんで生徒が少ないんですか? 教室が中等部の別棟なのと関係あります?」

——このクラス、ほんとにこの人数でいくんやなぁ?
 
 治安悪グループの会話から、少人数が異常なのは察していた。桜統学園は20人学級をうたっていて、全国的にも少ないほうだが、いくらなんでも8人は変だ。
 
 ヒナの質問に、サクラが答える。
 
「……困ったことに、現2Bは問題が多いと言われていてね。昨年度の時点でAクラスを希望する生徒が続出したため、異例の数になっている。2Bだけ離したのも、同様の理由だ」
「まじっすか。(じゃなかった……)そうなんですか。それって担任の責任問題にならないんですか?」
「前担任は本人の希望で代わっている。代理が見つからなかったから、教員免許を持つ私が受け持ったが……そうだね、新たに脱落者が出れば、私の責任になるかも知れないね」

(そのわりに呑気のんき。所詮、雇われじゃなくて経営側の人間だもんなぁ……あれ? 今年度、転入の受け入れが奇跡的にBクラスの枠で募集出てた理由、これか?)
 
「……あ、だからサクラ先生が全部の授業やってるんですか? 今日だけが特別じゃなくて……?」
「ああ、2Bは芸術科目の一部のみ別の教科担任がつく」
 
(桜統の芸術科目ってなんだったっけ。音楽と美術と……書道?)
 
「サクラ先生が全部教えるの、学園としては……いいんですか? 桜統って、『すべての授業が専修免許をもつ教科担任』宣言してませんでした?」

 サクラの専門が何かは知らない。ヒナが知る経歴では、情報工学で認められていたような。そちらで天才と評されていようとも、国語や社会は専門外なのでは。
 
(せっかくエリート校に入ったんだから、専門の先生に教わりたい……) 
 
 ヒナの不満は顔に出ていなかったはず。けれども、サクラはくすりと笑みを鳴らして、
 
「心配は要らない。同レベルの知識と教育方法は得ている。2Bの保護者にも、事前説明をして了承をもらえているよ」
「(おれのとこ、説明なかったです)」
「君の施設のかたにも話は通してあるが、聞いていないか?」
「聞いてないです……」
「そうか、それは悪かったね」
 
 絶妙なタイミングで配膳ロボットがやってくる。媚びていきたいヒナに、文句なんて言うつもりはないが……それでも、あと一言くらい、何か言いたかった。親がいないから、ぼくは見逃されがちですよね、みたいな。これは嫌みっぽくてダメか。
 
「私の食事を待っていてくれて、ありがとう。食べようか」

 不意の感謝が、もやもやをき消す。
 一緒に手を合わせて、「いただきます」を重ねると……
(誰かと食べるの、久しぶりだ)
 少しばかり、ほだされる。気持ちを切り替えて質問を再開する。
 
「クラスに問題が多いって、ひょっとしてイジメですか」
(怖い感じのひと、いましたもんね。金髪とか虹色とか)
 
 オムライスは少し冷めていた。
 サクラは日替わり定食の野菜炒めらしきものを食べている。似合わない。ヒナの心の感想は聞こえておらず、サクラは質問にだけ答える。
 
「『いじめ』が無いとは言えないね」
「(担任の先生がそんなこと言っちゃうのか)」
「無いと断言する教師は、恐ろしくないか?」
「……おそろしい?」
「間違いなく『無い』と確信するほど知り尽くしているにしても、盲目的に『無い』と信じているにしても……どちらにしても、恐ろしい存在ではないか?」
「……ぼくは、イジメを見ないふりする先生のほうが怖いと思いますけど……」
 
 言いすぎだろうか。媚びるつもりが、批判的なことを口にしている気がする。
 取り消す前に、サクラが言葉を結んだ。
 
「私は、生徒間のめ事には極力介入しない」
「(放任主義?)」
「本人が助力を求めてくるのなら、助言はしよう。だが、逃げたいと望む者を止めはしない」
「……サクラ先生、それって、ぼくに『Bクラスを抜けたかったら、いつでも抜けていいよ』って言ってます?」
「そう聞こえるか?」
「………………」
 
 チェリー、聞いてほしい。
 この先生、けっこうクズかも知んない。
 
 ヒナは脳内のチェリーに語りかけながら、もぐもぐとオムライスを咀嚼そしゃくする。
 
——クラスメイトと仲良くなれそうになくて困ってます。
 
 なんて言ったところで、流されそう。
 そもそも学力重視の桜統学園。友達を怒らせたとか、誰とも仲良くなれなかったとか、この段階の話は大したことではないと切り捨てられそう。
 ……でも、

——本人が助力を求めてくるのなら、助言はしよう。
 
 サクラのセリフを好意的に捉えるなら、
 
「……助けを求めたら、アドバイスは必ずくれる……?」
 
 懐疑的な心を残しつつも、ぽつりとつぶやく。
 小さな声は届いたようで、サクラはヒナと目を合わせ微笑んだ。
 
「何か、私に助けてほしいことがあるのか?」
 
 言うべきかどうか。決めるには、オムライス一口分の時間を要した。
 
「……先生に、こんなこと言う子、多分あんまりいないと思うんですけど……おれ、クラスの子と、仲良くなりたくて……」
 
 サクラの箸は止まっている。
 
「まだ、誰とも仲良くなれてないんです。千綾くんに『男子?』って言って、怒らせちゃったし……」
「——君は、クラスメイト全員と仲良くなりたいのか?」
「できれば。……いや、でも、合わなさそうな子もいたので、今はそうでもないです。ひとりでもいいから、友達ができたら、うれしい……」

 ……おれは高2にもなって何を言ってるのだろう。
 まるで幼稚園児の願い事みたいだ。『友達百人できますように』そこまで大規模じゃないけれども、言っていることは同レベルだ。高校生が教師に訴えることじゃない。
 ——恥ずかしくなってきた。
 
「……いや、なんでもないです! そんなことより、まずは勉強を頑張ります。ぼく特待生ですもんね。勉強がいちばん大事です」
 
 早口に言いきって立ち上がる。食べ終えていたトレーを引っつかみ、「お先に失礼します」相談はなかったことにして席を離れようとした。
 
「待ちなさい」
 
 サクラの呼び止める声に、背を向けていたヒナの肩がこわばる。ぎこちなく振り返ると、サクラは変わらずに微笑を浮かべたまま。
 
「助言の受け取りを忘れているよ?」

 冗談のつもりか、軽い響きで唱えると、サクラは首を傾けた。軽やかな雰囲気をもって、その目を細める。
 
「——どこから攻略したい?」
 
 悪魔のような微笑みが、なんだか恐ろしいことを。

 チェリー、聞いてほしい。
 この先生、けっこう変かも知んない。
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