【完結】おれたちはサクラ色の青春

藤香いつき

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ハロー・マイ・クラスメイツ

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 休み時間はある。超進学型エリート校といえどもある。
 
 1限が終わってサクラのいなくなった教室は、沈黙が嘘のようににぎわいを見せた。おもに背後の治安悪げな方で。
 
「このクラス、ほんとにこの人数でいくんやなぁ?」
「らしいねェ~?」
「これってクラス対抗系どうなるん? 球技大会とか、体育祭とか」
「知らねェ」
 
 ちらっと振り向けば、話し声の持ち主らが目に入った。小柄なピンクヘアと、カラフルな多色の髪。金髪は今のところしゃべっていない。3人とも男子生徒。
 ヒナから一番遠い窓側の後ろの座席が金髪で、その横がピンクヘア。手前のカラフル頭は長い手脚を持て余すようにイスを傾け、だらだらユラユラ座っている。
 
(あのへんは仲良くなるの無理か……)
 
 潔く諦めて、反対を振り返る。
 廊下側の3人組は……ヒナから見て最奥の生徒が見えない。手前のふわふわ癖毛の男子生徒と、その後ろの長髪を首後ろでひとつにした男子生徒から見るに、とりあえず治安は良さそう。
 様子を見ていると、手前の癖毛の生徒がヒナの視線に気づき、
 
「ぁ……」
 
 小さく声をもらした。
 いいタイミングだと思って、ヒナは立ち上がった。
 
「——よかったら、名前いていい? サクラ先生、おれの紹介しかしてくれなかったから、みんなの名前が分かんなくて」
 
 困っちゃうよなー? 首を傾けて近寄ると、癖毛の生徒はわたわたと慌てる。歓迎しているようすは無いけれど、拒絶しようという感じもない。いける。
 
「あ、あのっ……クラス名簿なら、ブレス端末たんまつでアクセスできるよ?」
「ブレス端末、ってこれ?」
 
 腕のブレスレットを掲げてみせる。学園から支給された物のひとつ。癖毛の子がうなずく。
 試しにブレスレットに向けて声をかけた。
 
「クラス名簿を見せてくれる?」
《クラス名簿はこちらになります》
 
 ふあんっと空間に浮かび上がるのは、顔写真のような。
 
「え、すごっ。これみんなの……アカウント?」

 登録名みたいなものが並んでいる。氏名ではない。思っていた名簿と異なる。
 ざっと目を流し、目の前のふわふわな髪を捜索。
 
「……『むぎ』くん?」
 
 瞳を彼に向けて尋ねると、「ぼく?」自分のことを調べるられるとは思っていなかったみたいな反応をしてから、こくりと彼は首肯した。
 
「ぁ……うん、上葛うえくず むぎです」
「よろしく、麦くん」
「……よろしく」
 
 麦はヒナを直視していない。伏し目がちに、自身の斜め後ろを気にするように。
 ヒナは麦の意識する先に目をやった。立ち上がっていたので、奥の見えなかった生徒を視界に捉えられていた。
 
 色素の薄い、淡い茶色の長髪。腰までありそうな癖のないストレートヘアは、教室のライトをつややかに反射させて、場違いな存在感を放っていた。

 綺麗きれい
 その一言に尽きる。
 
 色白で、眼の色素も淡い。長い睫毛まつげに包まれ、机に落ちていた瞳が上がる。
 ヒナと目を合わせて、その綺麗な顔は薄く微笑んだ。
 
(おれに笑ってくれた!)
 
 はかなさを詰め込んだヒロイン。サクラも整った顔だとは思ったが、あちらは男性。心臓の高鳴りが違う。
 日本人離れした空気もあいまって、急に全身に緊張が走り、口が上手く動かなくなった。
 
「あっ……おれ、鴨居 ヒナ……」
「——知ってるよ。サクラ先生が紹介してたからね」
 
 ……ん?
 響いた声に、ふと違和感。
 
 間違いなく深窓の令嬢だろうと決めつけたヒナの耳は、その声に引っ掛かりを覚えた。
 
「僕は、千綾ちあや ルイ。よろしくね?」
 
 僕は。
 ……は?
 
「え! 男子っ?」
「………………」
「あっ……」

 焦ったときには遅かった。
 親しみを見せた綺麗な顔が——は? と。ルイは口にしなかったが、確実に不快を覚えた目をした。綺麗な笑顔が、一瞬で冷ややかになる。
 謝罪しかけたヒナに被せて、右手から「キャハハハハッ」耳を刺す笑い声が。
 
「転入生に女子って間違われてンの~? 笑うんだけど」

 カラフル頭の声が、ザラザラとした音でからかいを投げる。
 
「よかったねェ~、ルイちゃん?」
 
 悪意の響きを、ルイは横顔で受け流した。聞こえていないかのような淡々とした声で、
 
「今日って午前で終わりなんだよね?」
 
 隣に座る、髪をひとつ結びにした生徒に話しかけたらしい。
 ルイの問いに、全体の様子を静かに見ていた横の彼が答える。
 
「はい。迎えのほうにもそう伝えてあります」
「そっか。じゃ、どこかランチにでも行こうよ。麦くんも、どう?」
 
 ルイの笑った顔が、麦へと流れる。一度ドキリと身を硬くしたような麦だったが、おずおずと「……うん」
 ルイの意識から、ヒナは外れている。背後を向いて答えた麦さえも、もうヒナのことは見えなくなったかのように視界から外した。
 
「千綾くん、ごめん。おれ、失礼なことを……」
 
 謝罪は届いていない。
 いや、届いているけれど、心から遮断されている。麦に向けて笑うルイは、一切ヒナを目に入れない。
 
(どうしよ……)
 
 何も言えず、とろとろと歩いて自席に戻った。絶望的な気持ち。仲良くなるどころか、怒らせた。
 重く暗く落ち込んでいるなか、目の端でまっすぐに伸びた背筋が、
 
「………………」
 
 無言で、横目にヒナをかえりみていた。
 前列の、ひとりきりのクラスメイト。休み時間に入っても黙々と勉強をしているようだったので、話しかけるのは躊躇ためらわれた。
 ヒナと目が合うと、ふっと目をそらすように視線を問題集へと戻し、学習を再開する。
 ヒナはしばらく短髪の後頭部を見つめてみたが、彼が振り返ることはなかった。
 
(うぅ……チェリー、助けて……)
 
 今すぐ相棒にすがりたい。相談したい。
 寮の自室に置いてきたを思いながら、ヒナは胸の中だけで小さく泣いていた。
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