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*ハロー、クラスメイト。

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 ここは年中、桜が咲くらしい。
 私立桜統おうとう学園。ひらひらと桃色の花がおどる敷地を、鴨居かもい ヒナは足取り軽く歩いていた。
 真新しいブレザーの制服は、すこし硬い。
 
 この春から転入となるヒナは、高校2年生。
 しかし、向かう先は中等部。中学生の校舎が並ぶ敷地。
 
「こっちでいいんだよな……?」
 
 手首につけたブレスレット型のウェアラブル・デバイスが、ヒナの声に反応する。
 
《——目的地まで、10メートルになります》
 
 道のりは合っている。ほっとしたヒナの目の先、目的地だと思われる建物の入り口で、ひとりの男性が立っているのが見えた。
 すらりとした手脚の長躯ちょうく。上質なスーツをまとった20代なかばの青年が、ヒナを捉えて目を細めた。
 
 ざわ——と。
 ひときわ強い風が吹き抜け、桜が舞う。

 漆黒の髪。緩いクセの帯びた襟足えりあしが、青年の首筋をくすぐっている。
 淡く微笑ほほえむ顔は端整で、イケメンというよりも——CGのような。ヒナの人生において、これほど整った顔は知らない。
 
 舞いおどる桜のなか、ひとつの絵画のような光景に、思わず思考を止めていた。
 ほうけた顔で見つめ返すヒナに、その背の高い青年は、微笑の唇を動かして、
 
「——待っていたよ」
 
(待っていた……?)

 やわらかくなめらかな声が届き、ハッとした。
 
「あっ、案内してくれる方ですか? 、転入生の鴨居です。鴨居 ヒナです」
 
 残りの距離は駆け足で。目の前にたどり着くと、いっそう身長差を感じる。(おれも将来的にはこれくらい背が欲しい)
 
 案内の方——と尋ねてみたが、人が来るのは想定外だった。てっきり校内案内はロボットだろうと思っていた。
 桜統学園は、IT企業でトップクラスの櫻屋敷さくらやしきグループが運営している。
『人は、人らしく、人のために』
 そんな文言を掲げ、AIを最大限に活用し、雑務による負担を省いた——とうたう学校法人のわりには、普通に人が待機していた。
 
(櫻屋敷グループが、大げさに宣伝してるだけか……)
 
 胸中で失礼なことを考えていて、一瞬ヒナは青年の自己紹介を聞き流していた。
 
「私は君の担任教員になる、櫻屋敷 弓弦ゆづる——」
 
(——え)
 
 ヒナの瞳が、大きく開いた。
 青年——櫻屋敷 弓弦と名乗った担任が、ヒナの驚愕きょうがくに気づく。
 
「……何か?」
「えっ……あ、櫻屋敷 弓弦……さんって、櫻屋敷グループ代表のお孫さんと同姓同名なので……びっくりだなぁ、と」
「同姓同名ではなく、私が本人だ」
 
 ——これが、櫻屋敷 弓弦?
 心が震える感覚を、ごまかすように笑った。
 
「……、そんなすごい方に担任していただけるんですか? 学園生活が楽しみだな。……よろしくお願いします、櫻屋敷先生」
 
(名前、呼びづら)
 
 いかつい苗字に、心の声で悪態をつく。よい子モードのヒナをスルーして、何故か担任の目はヒナのスクールバッグに向いていた。
 ヒナが頭を下げたため、バックにつけたキーホルダーが揺れて目立ったのか。
 
「……キーホルダーって、禁止でしたっけ?」
「いや、許容されている」

 じゃあなんで見てるんすか。なんて言えない。彼は、ヒナの将来に関わる内申を取り扱う。
 へらりと笑っておく。
 
「これ、お守りなんです。桜を身につけてたら、どんなことも上手くいくって、転入試験の前にアドバイスもらって。サクラサク。合格の象徴だから……?」

 ヒナも、肩にさげたバッグへと目を落とす。
 薄いピンクのキーホルダー。百円ショップで見つけた、プラスチックの桜。
 安っぽいけれど、施設の小遣いは限られている。生活品でも勉強道具でもない、ヒナにとって初めての無駄遣いといえる。

(セレブリティなエリート学園には、ふさわしくない……とか?)
 
 勝手に担任の思考を推測していたが、ヒナの想像を裏切るように、
 
「——そうか」
 
 優しく微笑んで、くるりと身を回した。
 校舎内に足を運ぶ担任の後ろ姿を、少しばかり呆然と見送りかけ……急ぎ足で追う。
 指定された靴箱に靴を放り込んで、持参した上靴に履き替えていると、頭上から担任の声が、

「私の呼び名のことだが、多くの生徒に『サクラ先生』と呼ばれているね。櫻屋敷が呼びにくければ、そちらでも構わないよ?」
 
 くすり、と。
 上がった口角に、多少の意地悪さが見えた気がしたのは、ヒナの思い込みか。

「みんな呼びにくいなんて言うんですか?」
 
 あははと笑い返しながら、内心どきり。
 
「……でも、ぼくもサクラ先生がいいです。桜の花、大好きなんで!」
 
 敷地を埋め尽くすように舞い散る、桜の花弁。
 櫻屋敷グループのロゴは、桜の形。

(おれは、びる!)
 
 いっそキーホルダーも櫻屋敷グループを敬愛しているからって言えばよかったな。
 そんなことを悔やみながら、教室までの廊下を進んでいく。
 
 ——なぜ、中等部なのか?
 その疑問の答えが、この先に待ち受けていようとは。
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