上 下
95 / 101
Chap.7 君に捧ぐ星あかり

Chap.7 Sec.8

しおりを挟む
 まれていくのを感じる。
 ハウスの彼らが——彼女までも、サクラの意思に。
 
 残されるのはいつだって、本当の兄弟になりきれない自分だけ。
 
 
《——ティア、〈おちゃ〉しませんか?》
 
 彼女から誘われるのは珍しい。午後のおやつタイムに食堂へと入ったティアは、並んでいるメルウィンと彼女に手を上げた。
 
「やぁ、お誘いありがとう」

 紅茶を用意してくれていたようで、辺りには爽やかで温かなアロマが広がっている。
 12月に食中毒事件があってから、ティアは特定の茶葉の香りが苦手になっていた。配慮された茶葉はティアが大好きなアールグレイ。3人のティータイムは久しぶりになる。
 
 ——と、思いきや。
 メルウィンの向かいに腰を下ろしたティアの右手に、新たな客人が。
 
「や、セト君。……サクラさんも」
 
 意外なコンビが揃って入ってきたものだから、リアクションに戸惑いが表れた。
 
(え、なんで君らペアで来るの? 偶然? セト君はチョコとアリスちゃんが目的として……サクラさんは?)
 
 素直に疑問を顔へと出しているティアに、セトがぶっきらぼうな様子で、
 
「トレーニングしてたんだよ」
「……一緒に?」
「まあな」
「へぇ……」
 
 ガタッと音を鳴らして、隣に座るセト。
 もしや、サクラも座るのだろうか……座った。
 
「サクラさんがティータイムなんて異例じゃない?」
 
 無邪気な笑顔を傾けてみると、サクラは横目で微笑を返し、
 
「メルウィンたちに誘われてね」
 
(——なるほど。“セト君とサクラさん仲良し大作戦”だ)
 
 目前のふたりに目をやれば、期待のこもった瞳がツーセット。ティアへと目配せしていた。
 戦力として見込まれている。あいにく反対側の人間なのだけど、ふたりは理解していないらしい。
 音にならないため息を、ひとつ。
 
「——そういえばさ、アリスちゃんのノルマってどうなるの?」
 
 当たりさわりのない話題から。ちょうど彼らはトレーニング後。
 珈琲コーヒーをオーダーしたセトが、(俺か?)首をティアへと回した。
 (君でしょ)ティアの目を受けて、セトは正面の彼女を見る。
 
「俺が居ないあいだ、どうなってたんだ? 護身術やってたんじゃねぇのか?」
「……いえ。セトが、〈いっしょに〉といっていたので……してない」
「お前、護身術やってねぇのにユーグ倒したのか。すげぇな」
「! ……はい!」

 彼女の瞳が輝いた。
 なんだか嬉しそう。とっても嬉しそう。
 
(だめだよアリスちゃん、野蛮やばんな方向に育っていかないで……)

 ティアの気持ちと一致するのか、メルウィンも微妙な顔つき。引き結んだ唇のままマグカップに口をつけていたが、そろそろと離して、
 
「アリスさんは、簡単な護身術だけじゃだめなの? アリスさんの手脚があざだらけになったら……」
 
 ブラウンの眼は、隣の細い腕をちらりと意識した。長袖に包まれているが、白い肌が痣まみれになるのを想像して、小さく顔をしかめている。
 ティアの横に座るセトも似たような表情。もっとはっきり、完全なるしかめっつら
 
「だいじょうぶ。へいき」
 
 笑顔の彼女は自信いっぱいで応えたが、メルウィンにもセトにも効いていない。
 本格的な護身術は、彼女が思っているよりもハードだ。ティアはノルマぎりぎりの底辺でさまよっているが、そのレベルでも痣ができるときがある。
 まじめな彼女が真剣に取り組んでしまえば……結果は見えている。
 
 どう否定するか。言い訳を探すセトの横から、珈琲をひとくち飲んだサクラが、
 
「まずは初歩から。様子を見てレベルを上げていけばいいんじゃないか? それよりも、バトンやハンドガンを用いた対人——感染者も通常の人間も想定して——ノルマを組んでやればいい。ロボに任せられないのなら、セトの付き添いは必須条件にしておきなさい」

 さらさらとよどみなく。無難に(密かにセトの願望も入れつつ)解答を出したサクラへと、なぜか真っ先に彼女が「はい」
 返事をしたせいで、まとまってしまった。最近の彼女は新サクラ崇拝者……とまでは言わないが、なかなか傾倒している。気にさわるほど。気に障るのはティアのみ。
 前ならアンチサクラ組筆頭のロキがいたのだが、彼は少し懐柔された。
 こちらの預かり知らぬところで、サクラとロキのあいだ、密約が交わされた気がする。

(……はぁ。やだな)
 
 気持ちを払うべく、プレートに並んだチョコレートを口に含んだ。パキッと小気味よく割れた中からは蜂蜜があふれた。蜂蜜は爽やかな甘さで、りんごの香り。紅茶とよく合う。
 個々に配られたプレートの上には、つややかな濃い色のチョコレートが並んでいて、ティアのプレートには3つ。隣の誰かさんに運ばれて来たプレートはおもむきがないほど載っていた。何も言うまい。久しぶりなのだろうから、好きなだけ食べてくれれば。
 
「チョコレート、美味しいね。これって一から作ってるんだよね?」
 
 ティアが目前のふたり双方に向けて尋ねると、メルウィンが彼女と横目を合わせてから、
 
「カカオ豆からってことだよね? うん、そうだよ」
「すごいね……」
「ぁ、マシンも使ってるよ? カカオ豆を潰すのは、全部マシンだよ」
「それでもすごいと思うよ……?」
「そうかな……? 大変なところはマシン任せだけど……カカオ豆の焙煎ばいせんが、珈琲と似ていて面白いんだ」
 
 ね、と。メルウィンが彼女に目を流せば、同意が返ってくる。
 二人だけの世界みたいな空気が生まれるけれど、これは気にならないらしく、隣のセトは「ふぅん」
 そのあいだにもセトのプレートからはチョコレートが消えていった。
 
(サクラさんは……?)
 
 ちらっとセトの奥に目を向けると、サクラもプレートに手を伸ばしていた。見たところ、サクラのプレートはダークチョコレートのみ。ふたつ。
 開かれた唇がチョコレートを迎え入れ、隠していく。反応はとくになかったが……
 
「——美味しいね。舌触りも滑らかで、高級をうたう物と遜色そんしょくない。とても上手に出来ているね?」
 
 微笑む顔が、メルウィンと彼女の方へ。
 ふいに掛けられた賛辞に、ふたりが揃って目を丸くしたが、それは同時にほころんで喜びを満たした。
 セトも、
 
「ああ。料理に特化したロボより、メルウィンのほうが美味うまいよな。なんでも。アトランティスで痛感した」
 
 意図的かどうか、(おそらく無意識で)サクラに同意した。所詮、セトは元信者。少しばかり揺れていたところで、戸惑う気持ち丸ごと呑み込まれて——
 
「——さそって、よかった。サクラさんも、おいしい」
 
 ふわりと笑う彼女の顔が、ティアの胸にとどめを刺した。
 
(どうしてかな。なんでみんな分からないかな……)
 
 穏やかな日常を取り戻しつつあるハウスで、ティアだけがざわざわと胸を波立たせている。
 もはやそれは、諸悪の根源である本人にぶつけずにはいられないほど——。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

致死量の愛と泡沫に+

藤香いつき
キャラ文芸
近未来の終末世界。 世間から隔離された森の城館で、ひっそりと暮らす8人の青年たち。 記憶のない“あなた”は彼らに拾われ、共に暮らしていたが——外の世界に攫われたり、囚われたりしながらも、再び城で平穏な日々を取り戻したところ。 泡沫(うたかた)の物語を終えたあとの、日常のお話を中心に。 ※致死量シリーズ 【致死量の愛と泡沫に】その後のエピソード。 表紙はJohn William Waterhous【The Siren】より。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

モヒート・モスキート・モヒート

片喰 一歌
恋愛
「今度はどんな男の子供なんですか?」 「……どこにでもいる、冴えない男?」 (※本編より抜粋) 主人公・翠には気になるヒトがいた。行きつけのバーでたまに見かけるふくよかで妖艶な美女だ。 毎回別の男性と同伴している彼女だったが、その日はなぜか女性である翠に話しかけてきて……。 紅と名乗った彼女と親しくなり始めた頃、翠は『マダム・ルージュ』なる人物の噂を耳にする。 名前だけでなく、他にも共通点のある二人の関連とは? 途中まで恋と同時に謎が展開しますが、メインはあくまで恋愛です。

処理中です...