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Chap.7 君に捧ぐ星あかり

Chap.7 Sec.8

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 まれていくのを感じる。
 ハウスの彼らが——彼女までも、サクラの意思に。
 
 残されるのはいつだって、本当の兄弟になりきれない自分だけ。
 
 
《——ティア、〈おちゃ〉しませんか?》
 
 彼女から誘われるのは珍しい。午後のおやつタイムに食堂へと入ったティアは、並んでいるメルウィンと彼女に手を上げた。
 
「やぁ、お誘いありがとう」

 紅茶を用意してくれていたようで、辺りには爽やかで温かなアロマが広がっている。
 12月に食中毒事件があってから、ティアは特定の茶葉の香りが苦手になっていた。配慮の届いた茶葉はティアが大好きなアールグレイ。3人のティータイムは久しぶりになる。
 
 ——と、思いきや。
 メルウィンの向かいに腰を下ろしたティアの右手に、新たな客人が。
 
「や、セト君。……サクラさんも」
 
 意外なコンビが揃って入ってきたものだから、リアクションに戸惑いが表れた。
 
(え、なんで君らペアで来るの? 偶然? セト君はチョコとアリスちゃんが目的として……サクラさんは?)
 
 素直に疑問を顔へと出しているティアに、セトがぶっきらぼうな様子で、
 
「トレーニングしてたんだよ」
「……一緒に?」
「まあな」
「へぇ……」
 
 ガタッと音を鳴らして、隣に座るセト。
 もしや、サクラも座るのだろうか……座った。
 
「サクラさんがティータイムなんて異例じゃない?」
 
 無邪気な笑顔を傾けてみると、サクラは横目で微笑を返し、
 
「メルウィンたちに誘われてね」
 
(——なるほど。“セト君とサクラさん仲良し大作戦”だ)
 
 目前のふたりに目をやれば、期待のこもった瞳がツーセット。ティアへと目配せしていた。
 戦力として見込まれている。あいにく反対側の人間なのだけど、ふたりは理解していないらしい。
 音にならないため息を、ひとつ。
 
「——そういえばさ、アリスちゃんのノルマってどうなるの?」
 
 当たりさわりのない話題から。ちょうど彼らはトレーニング後。
 珈琲コーヒーをオーダーしたセトが、(俺か?)首をティアへと回した。
 (君でしょ)ティアの目を受けて、セトは正面の彼女を見る。
 
「俺が居ないあいだ、どうなってたんだ? 護身術やってたんじゃねぇのか?」
「……いえ。セトが、〈いっしょに〉といっていたので……してない」
「お前、護身術やってねぇのにユーグ倒したのか。すげぇな」
「! ……はい!」

 彼女の瞳が輝いた。
 なんだか嬉しそう。とっても嬉しそう。
 
(だめだよアリスちゃん、野蛮やばんな方向に育っていかないで……)

 ティアの気持ちと一致するのか、メルウィンも微妙な顔つき。引き結んだ唇のままマグカップに口をつけていたが、そろそろと離して、
 
「アリスさんは、簡単な護身術だけじゃだめなの? アリスさんの手脚があざだらけになったら……」
 
 ブラウンの眼は、隣の細い腕をちらりと意識した。長袖に包まれているが、白い肌が痣まみれになるのを想像して、小さく顔をしかめている。
 ティアの横に座るセトも似たような表情。もっとはっきり、完全なるしかめっつら
 
「だいじょうぶ。へいき」
 
 笑顔の彼女は自信いっぱいで応えたが、メルウィンにもセトにも効いていない。
 本格的な護身術は、彼女が思っているよりもハードだ。ティアはノルマぎりぎりの底辺でさまよっているが、そのレベルでも痣ができるときがある。
 まじめな彼女が真剣に取り組んでしまえば……結果は見えている。
 
 どう否定するか。言い訳を探すセトの横から、珈琲をひとくち飲んだサクラが、
 
「まずは初歩から。様子を見てレベルを上げていけばいいんじゃないか? それよりも、バトンやハンドガンを用いた対人——感染者も通常の人間も想定して——ノルマを組んでやればいい。ロボに任せられないのなら、セトの付き添いは必須条件にしておきなさい」

 さらさらとよどみなく。無難に(密かにセトの願望も入れつつ)解答を出したサクラへと、なぜか真っ先に彼女が「はい」
 返事をしたせいで、まとまってしまった。最近の彼女は新サクラ崇拝者……とまでは言わないが、なかなか傾倒している。気にさわるほど。気に障るのはティアのみ。
 前ならアンチサクラ組筆頭のロキがいたのだが、彼は少し懐柔された。
 こちらの預かり知らぬところで、サクラとロキのあいだ、密約が交わされた気がする。

(……はぁ。やだな)
 
 気持ちを払うべく、プレートに並んだチョコレートを口に含んだ。パキッと小気味よく割れた中からは蜂蜜があふれた。蜂蜜は爽やかな甘さで、りんごの香り。紅茶とよく合う。
 個々に配られたプレートの上には、つややかな濃い色のチョコレートが並んでいて、ティアのプレートには3つ。隣の誰かさんに運ばれて来たプレートはおもむきがないほど載っていた。何も言うまい。久しぶりなのだろうから、好きなだけ食べてくれれば。
 
「チョコレート、美味しいね。これって一から作ってるんだよね?」
 
 ティアが目前のふたり双方に向けて尋ねると、メルウィンが彼女と横目を合わせてから、
 
「カカオ豆からってことだよね? うん、そうだよ」
「すごいね……」
「ぁ、マシンも使ってるよ? カカオ豆を潰すのは、全部マシンだよ」
「それでもすごいと思うよ……?」
「そうかな……? 大変なところはマシン任せだけど……カカオ豆の焙煎ばいせんが、珈琲と似ていて面白いんだ」
 
 ね、と。メルウィンが彼女に目を流せば、同意が返ってくる。
 二人だけの世界みたいな空気が生まれるけれど、これは気にならないらしく、隣のセトは「ふぅん」
 そのあいだにもセトのプレートからはチョコレートが消えていった。
 
(サクラさんは……?)
 
 ちらっとセトの奥に目を向けると、サクラもプレートに手を伸ばしていた。見たところ、サクラのプレートはダークチョコレートのみ。ふたつ。
 開かれた唇がチョコレートを迎え入れ、隠していく。反応はとくになかったが……
 
「——美味しいね。舌触りも滑らかで、高級をうたう物と遜色そんしょくない。とても上手に出来ているね?」
 
 微笑む顔が、メルウィンと彼女の方へ。
 ふいに掛けられた賛辞に、ふたりが揃って目を丸くしたが、それは同時にほころんで喜びを満たした。
 セトも、
 
「ああ。料理に特化したロボより、メルウィンのほうが美味うまいよな。なんでも。アトランティスで痛感した」
 
 意図的かどうか、(おそらく無意識で)サクラに同意した。所詮、セトは元信者。少しばかり揺れていたところで、戸惑う気持ち丸ごと呑み込まれて——
 
「——さそって、よかった。サクラさんも、おいしい」
 
 ふわりと笑う彼女の顔が、ティアの胸にとどめを刺した。
 
(どうしてかな。なんでみんな分からないかな……)
 
 穏やかな日常を取り戻しつつあるハウスで、ティアだけがざわざわと胸を波立たせている。
 もはやそれは、諸悪の根源である本人にぶつけずにはいられないほど——。
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