【完結】致死量の愛と泡沫に

藤香いつき

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Chap.7 君に捧ぐ星あかり

Chap.7 Sec.2

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 昼前の食堂には、ふらりとやって来たティアと、廊下で合流したらしい彼女がいた。
 調理室のテーブルで菜園ドームのデータを確認していたメルウィンは、休憩を兼ねて彼女たちと並んだ。向かい合ってもよかったのだが、メルウィンの席が空けてあったので横並び。
 温かなミルクティーの、まろみのあるアロマが立ちのぼる。
 
 彼女の奥で、フルーツをたべるティアの髪型はポニーテールだった。メルウィンはティアのサラサラとした髪を見てから、横に座る彼女に目を移した。後ろでまとめて結ばれているが、メルウィンから見える3分の1がバツンと無造作な段差を生んでいる。気になる。とてもではないけれど、すこし気になる。
 そんなメルウィンの視線に気づいたティアが、二人のあいだに座る彼女へと声をかけた。
 
「アリスちゃん、思いきってショートヘアにするのはどう? 生活も楽になるんじゃないかな?」
 
 明るめの声で尋ねるティアに、彼女の目が向く。
 
「…………はい」
「うん? もしかして、ロングヘアを気に入ってるのかな?」
「……いいえ」
「……切りたくない?」
「わたしの〈かみ〉ではないから……すこし、まよう」
「………………」
 
 ひかえめな声量の主張に、ティアは反応に困ったような気がした。メルウィンからは彼女の表情は分かりにくかったが、申し訳ない顔をしているように思う。
 
 サクラが怪我けがを負ったせいか、彼女は以前よりも更に謙虚で大人しくなっていた。ハウスに初めて来たときを彷彿ほうふつとさせる。
 彼女がサクラに怪我を負わせたことを、兄弟の誰ひとりとしてとがめていないのだけれど……本人は、自責の念にとらわれている。
 
 ティアが何か言おうと口を動かしかけたが、食堂のドアが開いたために中断された。
 にぎやかな気配。この時間にやって来ることはあまりないのだが……
 
「——あっ、ありす!」
 
 ロキと話しながら入ってきたハオロンが、彼女の姿を目にして声をあげた。ぴょんぴょんと跳ねるような足取りで向かいまで来ると、むくれた顔をしてみせ、

「ありす、うち言っておきたいことがあるんやけど!」
「…………?」
 
 悩む顔つきで、彼女が首をかしげる。
 ハオロンはメルウィンの向かいに座りながら、
 
「うちも敵に捕まってひどい目にあってたんやよ! サクラさんにするみたいに優しくして!」

 よく分からない訴え。
 何を言ってるのだろう、という向かい3人の目には全く動じず、
 
「もぉ~っ、サクラさんは今こそ暇やのに! ほんのちょっとゲームに付き合ってほしいだけやが! なんであかんのっ?」
 
 理不尽なことで怒っているようなので、メルウィンは何も言わずにいた。
 ティアは呆れた顔で目を食卓に下げている。
 
 だらだらと遅れて歩いてきたロキが、ハオロンの横に座った。向かい側にロキがいることは、あまりない。少しばかり新鮮な印象だった。
 ぷりぷりと頬をふくらませているハオロンに、横からロキが、
 
「それ言ったら、オレこそウサちゃんに優しくされるべきじゃねェ~? ハオロンは無傷じゃん。傷なんて1ミリも負ってねェよなァ?」
「心の傷やわ! 怖いひとらにさらわれて、うちは何されるんやろって不安で不安で……」
「アリアの言質げんちあるから。“私は何もできませんでしたが、ハオロンさんが敵のあごを砕き、打ちのめしていました”——不安なヤツの行動じゃなくね?」
「恐怖で何も覚えてないわ。うち、そんな酷いことしたやろか?」

 う~ん。ハオロンは唇を結んでとぼけたが、ロキは「嘘くせェ……」疑念のこもった横目を刺している。
 
 翻訳機に耳を傾けていた彼女は、「ロキの〈けが〉は、ひどかった……?」てっきりハオロンの凶行について触れるかと思ったのに、心配そうな目をロキに掛けた。
 彼女の正面に座るロキは、運ばれてきたブラッドオレンジジュースのグラスに入ったストローをつまみ、
 
「オレが一番重傷。全身切られたし、しばらく放置されてたし。失血量、サクラの比じゃねェよ?」
「そんなに、ひどかったの? ……いまは、だいじょうぶ?」
「大丈夫じゃない。まだ痛い。ウサちゃんオレの看病して」
「……アリアに、なおしてもらおう」
「えェ~? そォゆうことじゃなくてさァ~……」
 
 ここぞとばかりに怪我人アピールをしたが、ロキの希望は叶いそうにない。
 ティアが、(一番の重傷者はイシャン君だよ)ぽそりとささやいたが、メルウィンからするとサクラもロキもイシャンも、全員が等しく重傷者だ。
 ロキは彼女の迎えで外出してしまったが、本来なら安静にしておくべきだったはず。そのまま海上都市にクラッキングを仕掛けるという——大仕事までこなしてしまったのも信じられないが、本人は海上都市に乗り込むつもりだったらしい。
 怪我人アピールと思ったが、無理をしたせいで本当に傷が開いている可能性も……。
 
「〈けが〉は、アリアにみてもらうのが、〈いちばん〉いいとおもう」

 しごく真面目な彼女の言いぶりに、「もォいい」
 ロキの返した声色は、不機嫌だが元気そう。心配無用だった。
 
 そうこうしていると、ランチの時間には早いがアリアが入ってきて、席に——座るかと思ったが、近くまで歩いてきただけで、どこにも座ることなく立ったまま会話に加わった。
 
「みなさん、早いお昼ですね」
「ん~ん、うちらモーニングやわ」
「おや? ハオロンさんは昨夜も遅かったのですか?」
「起きたのこれでも早いほうやよ? ……昨日は誰も相手してくれんかったから、ソロプレイさびしくて……早く寝たんやって……」
「皆さん、体調がすぐれませんから……夜のゲームは厳しいのかも知れませんね?」

 かなしげな瞳がアリアを見上げる。
 同情させられているアリアの姿に、周りの皆がその先を察した。

「アリアは、元気やがの?」
「………………いえ、私は」
「元気やがの? うちら、傷1ミリもなしの無傷組やがの?」
「………………」
 
 助けを求めるアリアの目が他に流れたが、誰も合わそうとしない。
 メルウィンも手許てもとのマグカップに視線を落としていた。夜は休みたい。重傷度合いに関係なく、みな徹夜でゲームをするほどの気力はない。
 
「アリアは……うちと、ゲームしたくないんかぁ……?」
「いえ、そんなことはありませんよ」
 
 とっさに否定したアリアに、ハオロンはニコリとして、
 
「ほやったら、今夜は一緒にゲームしよな! 楽しみやわ!」

 あ……と。うまく丸め込まれたアリアのなげきが小さく声に出ていたが、何も言ってあげられない。
 普段どおりの快活な雰囲気に戻ったハオロンは、入室したときとは打って変わってご機嫌な笑顔を見せた。
 
(……よかった。ハオロンくん、帰ってきてから、ちょっと元気なかったけど……今は、嬉しそう)
 
 夜通し付き合わされるアリアには同情するけれど、ハオロンの満面の笑みに、メルウィンは密かに安堵あんどしていた。
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