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Chap.6 この心臓を突き刺して
Chap.6 Sec.6
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人質の引き渡しというものに立ち会う機会は、人生でそうそうない。
緊迫した空気を覚悟していたウサギとは別に、どこ吹く風で片手を上げたのはハオロンだった。
「ありす~! 久しぶりやの? 1週間ぶりかぁ?」
「……いっしゅうかんも……たった?」
「そんなもんやろ? それにしても、すごいわ! よぉ黒いの倒したわ! うちとのゲーム成果やの!」
(ゲームは関係あるだろうか……)
ひそかに欲していた称賛を浴びつつも、ハオロンの解釈に、彼女は小さく疑問符を浮かべる。
背後で、セトに拘束されたまま歩かされていたユーグが、
「……飼い主に似て凶暴なペットすよね。危険すぎません?」
ぼそっと悪態をついたが、「お前が言うな」セトに軽く小突かれた。
「痛いっす。僕まだ痺れてるんで、すぐ倒れます」
「好きに倒れとけ。引きずってやる」
あまり緊迫していないようす。戸惑うウサギを含み、当事者たちが揃った場所はアトランティスの端。外部へのゲートを開いた平坦な地に、大型のクルーザーが寄せられていた。10人くらいが住まいとして生活できそうなサイズ感の船に、ウサギとセトが(どこから持って来たのか……)似たような顔で衝撃を受けていた。
クルーザーからぞろぞろと降りて来たのは、武装したロボ。きっちり10台が左右を囲むように並んで、一体化した銃器を構えた。照準の多くはモルガンを捉え、一部はユーグを。
サクラは、最後にゲート地へと降り立った。暖かそうなハイネックのインナーとボトムスに、着物を合わせた普段の格好。ハウスにいるときよりも着物の丈は短い。
長めの黒髪は冷たい潮風を受けて靡くが、まっすぐなその立ち姿が揺らぐことはなかった。
青い眼は、金の眼と視線を交わした気がしたが、
「——あぁ、あんたがヴァシリエフの統領か」
発せられた声に、ゆるりとモルガンを見定める。
まるで凪いだ海のように、静かな瞳。底の見えない青を、モルガンは見返していた。
「やりたい放題じゃねぇかぁ? これだけのことをやって、補償なく帰るのか? 他のコミュニティからも反発が出ると思うけどなぁ……?」
モルガンは拘束されていない。ただ、ハオロンが背後についているのと、向けられた銃口の数を考えれば抵抗の余地はない。
サクラは薄く微笑んだ。
「テオドーという者を知っているな?」
「……そいつがなんだ?」
「マガリーという者も、そちらの人間だろう?」
「………………」
「先日、そちらの者たちから襲撃を受けている。傷を負わされた者もいてね……」
「出てったやつらのことでケチつけられてもなぁ?」
鼻先で笑ったモルガンに、青の眼が冷然と細まった。
「——私は、そちらを潰しても構わないよ?」
くすりとこぼれ落ちた笑みに、その場に居合わせた者の多くが背筋をこわばらせた。
緊張の走った沈黙は、モルガンの苦笑いによって崩れ去る。
「——あぁ、やっぱりあんた、こいつらの兄ちゃんだなぁ~? ……かなりぶっ飛んでる。ヴァシリエフの人間が狂ってるってのは、ジゼルひとりの戯言じゃねぇな?」
モルガンの言葉に、サクラは何も返さなかった。
代わりにハオロンへと目を流し、それに反応したハオロンが、
「ありす、セト! はよ乗ろっさ」
明朗な声をあげて、ありすの手を取る。彼女の手は血で汚れていたが、ハオロンが気にすることはなかった。
引かれるままに進みかけたが、彼女は思い立ったように足を止めて、
「ハオロン、まって」
「ん~?」
進んだ距離を戻って、彼女はユーグへと目を合わせた。
「……なんすか。まだ攻撃し足りないんすか」
不機嫌な尖った目に、「おい」横からセトの圧が掛かったが、彼女はとくに怯んでいない。
ユーグを見つめて、神妙な顔つきで、
「……ユーグさんは、〈べんきょう〉がしたかった?」
「……は?」
「ちがう? 〈はうす〉が、うらやましい……みたいだったので?」
「……僕が言ったのは、ヴァシリエフは恵まれてるって話っす」
「……でも、ティアからきいたのですが、」
「(誰?)」
「〈はうす〉のみんなは、ちいさいころから、〈べんきょう〉ばかり。〈べんきょう〉から、〈けんきゅう〉になって……〈あそび〉は、ほとんどないと、ききました」
「………………」
「いまも、〈とれーにんぐ〉が、たくさん。〈けんきゅう〉のひともいる」
「……何になるんすか? 閉じこもってるくせに」
「……それは、〈そと〉のみんなが……〈はうす〉を、〈こうげき〉するから」
「——だから、なんなんす? 正当防衛だって言いたいんすか? 資源あるとこが狙われるのは当たり前すよね?」
「……〈こうげき〉しなくても、〈はうす〉のみんなは……たのんだら、〈きょうりょく〉してくれるとおもう」
「しませんよね? 1年以上まともに交流してないんすよ?」
「……それは、ほかの〈そと〉のひとが、〈はうす〉を〈こうげき〉したから。……だいじな〈かぞく〉が、なくなってるから……」
「ハッ……天才方が、そんなことを理由に閉じこもるんすか?」
嘲笑うユーグの目つきに、彼女はそっと瞳を返す。
真摯なまなざしで、静かに答えた。
「みんな、だれでも……だいじなひとをなくしたら、かなしい」
「天才方と一緒くたにしないでくれません?」
「〈はうす〉のみんなも、ここのひとも……わたしには、〈いっしょ〉にみえる。……〈そと〉のほうが、」
言葉を切って、彼女はその瞳にユーグを映した。
言いたいことを察したユーグは、軽い笑いを返して目をそらす。もう話す気はないと、暗に示していた。
——ヴァシリエフハウスのみんなは、普通じゃない。
そう思っていた彼女の認識は、もう変化している。
崩壊した世界に道徳はない。個人の倫理観はさらわれ、人を殺めることへの忌避も薄い。
むしろ、ハウスの彼らのほうが、苦悩を抱えている。
ノルマとなったトレーニングは、騙されても対処するためのもの。
完全に閉じ籠もってしまえば、トレーニングの必要もなく、安全であるというのに。
——彼らをなんで庇うのか、理解してあげられない。
ふいに、ウサギの脳裏でジゼルの声がひらめく。
ひとつの答えが、胸に灯った。
(外のひとが、みんな敵なら。せめて、私くらいは——)
「ありす、もう行こさ。話しても無駄やわ」
ハオロンが、彼女の腕を引く。
今度は素直に従った。
クルーザーに乗り込もうとして、彼女はサクラと目が合った。最後に乗り込むつもりなのか、サクラは先ほどの場所から動いていない。
重なった視線の奥で、ふっと瞳がやわらぐ。
薄く開かれた唇が、なにか——
——おかえり。
それは、錯覚かも知れない。
ただ、彼女にとっては、その声が波音にまぎれて聞こえた気がするほど、確かなものに思えた。
緊迫した空気を覚悟していたウサギとは別に、どこ吹く風で片手を上げたのはハオロンだった。
「ありす~! 久しぶりやの? 1週間ぶりかぁ?」
「……いっしゅうかんも……たった?」
「そんなもんやろ? それにしても、すごいわ! よぉ黒いの倒したわ! うちとのゲーム成果やの!」
(ゲームは関係あるだろうか……)
ひそかに欲していた称賛を浴びつつも、ハオロンの解釈に、彼女は小さく疑問符を浮かべる。
背後で、セトに拘束されたまま歩かされていたユーグが、
「……飼い主に似て凶暴なペットすよね。危険すぎません?」
ぼそっと悪態をついたが、「お前が言うな」セトに軽く小突かれた。
「痛いっす。僕まだ痺れてるんで、すぐ倒れます」
「好きに倒れとけ。引きずってやる」
あまり緊迫していないようす。戸惑うウサギを含み、当事者たちが揃った場所はアトランティスの端。外部へのゲートを開いた平坦な地に、大型のクルーザーが寄せられていた。10人くらいが住まいとして生活できそうなサイズ感の船に、ウサギとセトが(どこから持って来たのか……)似たような顔で衝撃を受けていた。
クルーザーからぞろぞろと降りて来たのは、武装したロボ。きっちり10台が左右を囲むように並んで、一体化した銃器を構えた。照準の多くはモルガンを捉え、一部はユーグを。
サクラは、最後にゲート地へと降り立った。暖かそうなハイネックのインナーとボトムスに、着物を合わせた普段の格好。ハウスにいるときよりも着物の丈は短い。
長めの黒髪は冷たい潮風を受けて靡くが、まっすぐなその立ち姿が揺らぐことはなかった。
青い眼は、金の眼と視線を交わした気がしたが、
「——あぁ、あんたがヴァシリエフの統領か」
発せられた声に、ゆるりとモルガンを見定める。
まるで凪いだ海のように、静かな瞳。底の見えない青を、モルガンは見返していた。
「やりたい放題じゃねぇかぁ? これだけのことをやって、補償なく帰るのか? 他のコミュニティからも反発が出ると思うけどなぁ……?」
モルガンは拘束されていない。ただ、ハオロンが背後についているのと、向けられた銃口の数を考えれば抵抗の余地はない。
サクラは薄く微笑んだ。
「テオドーという者を知っているな?」
「……そいつがなんだ?」
「マガリーという者も、そちらの人間だろう?」
「………………」
「先日、そちらの者たちから襲撃を受けている。傷を負わされた者もいてね……」
「出てったやつらのことでケチつけられてもなぁ?」
鼻先で笑ったモルガンに、青の眼が冷然と細まった。
「——私は、そちらを潰しても構わないよ?」
くすりとこぼれ落ちた笑みに、その場に居合わせた者の多くが背筋をこわばらせた。
緊張の走った沈黙は、モルガンの苦笑いによって崩れ去る。
「——あぁ、やっぱりあんた、こいつらの兄ちゃんだなぁ~? ……かなりぶっ飛んでる。ヴァシリエフの人間が狂ってるってのは、ジゼルひとりの戯言じゃねぇな?」
モルガンの言葉に、サクラは何も返さなかった。
代わりにハオロンへと目を流し、それに反応したハオロンが、
「ありす、セト! はよ乗ろっさ」
明朗な声をあげて、ありすの手を取る。彼女の手は血で汚れていたが、ハオロンが気にすることはなかった。
引かれるままに進みかけたが、彼女は思い立ったように足を止めて、
「ハオロン、まって」
「ん~?」
進んだ距離を戻って、彼女はユーグへと目を合わせた。
「……なんすか。まだ攻撃し足りないんすか」
不機嫌な尖った目に、「おい」横からセトの圧が掛かったが、彼女はとくに怯んでいない。
ユーグを見つめて、神妙な顔つきで、
「……ユーグさんは、〈べんきょう〉がしたかった?」
「……は?」
「ちがう? 〈はうす〉が、うらやましい……みたいだったので?」
「……僕が言ったのは、ヴァシリエフは恵まれてるって話っす」
「……でも、ティアからきいたのですが、」
「(誰?)」
「〈はうす〉のみんなは、ちいさいころから、〈べんきょう〉ばかり。〈べんきょう〉から、〈けんきゅう〉になって……〈あそび〉は、ほとんどないと、ききました」
「………………」
「いまも、〈とれーにんぐ〉が、たくさん。〈けんきゅう〉のひともいる」
「……何になるんすか? 閉じこもってるくせに」
「……それは、〈そと〉のみんなが……〈はうす〉を、〈こうげき〉するから」
「——だから、なんなんす? 正当防衛だって言いたいんすか? 資源あるとこが狙われるのは当たり前すよね?」
「……〈こうげき〉しなくても、〈はうす〉のみんなは……たのんだら、〈きょうりょく〉してくれるとおもう」
「しませんよね? 1年以上まともに交流してないんすよ?」
「……それは、ほかの〈そと〉のひとが、〈はうす〉を〈こうげき〉したから。……だいじな〈かぞく〉が、なくなってるから……」
「ハッ……天才方が、そんなことを理由に閉じこもるんすか?」
嘲笑うユーグの目つきに、彼女はそっと瞳を返す。
真摯なまなざしで、静かに答えた。
「みんな、だれでも……だいじなひとをなくしたら、かなしい」
「天才方と一緒くたにしないでくれません?」
「〈はうす〉のみんなも、ここのひとも……わたしには、〈いっしょ〉にみえる。……〈そと〉のほうが、」
言葉を切って、彼女はその瞳にユーグを映した。
言いたいことを察したユーグは、軽い笑いを返して目をそらす。もう話す気はないと、暗に示していた。
——ヴァシリエフハウスのみんなは、普通じゃない。
そう思っていた彼女の認識は、もう変化している。
崩壊した世界に道徳はない。個人の倫理観はさらわれ、人を殺めることへの忌避も薄い。
むしろ、ハウスの彼らのほうが、苦悩を抱えている。
ノルマとなったトレーニングは、騙されても対処するためのもの。
完全に閉じ籠もってしまえば、トレーニングの必要もなく、安全であるというのに。
——彼らをなんで庇うのか、理解してあげられない。
ふいに、ウサギの脳裏でジゼルの声がひらめく。
ひとつの答えが、胸に灯った。
(外のひとが、みんな敵なら。せめて、私くらいは——)
「ありす、もう行こさ。話しても無駄やわ」
ハオロンが、彼女の腕を引く。
今度は素直に従った。
クルーザーに乗り込もうとして、彼女はサクラと目が合った。最後に乗り込むつもりなのか、サクラは先ほどの場所から動いていない。
重なった視線の奥で、ふっと瞳がやわらぐ。
薄く開かれた唇が、なにか——
——おかえり。
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