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Chap.6 この心臓を突き刺して

Chap.6 Sec.3

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 セトがハウスを出たのは先月のこと。
 一月ひとつきぶりに聴くその声は、状況にそぐわず落ち着き払っていた。

《——久しぶりだな?》
「久しぶり、じゃねぇよ……あんたまで何やってんだ……」
 
 犯行声明を出したサクラに、セトはハオロンのブレス端末を借りて連絡を取っていた。
 サクラもロキと共にいるのかと思われたが、ロキがいるのは陸のセーフハウスで、サクラはすぐ外に寄せられた船にいるらしい。ハウス所有のクルーザーはどこかの港にあったはずだが……まさかそれを持ち出してきたのでは。
 スケールが壮大すぎて、セトは(これ夢じゃねぇか?) すこし現実逃避しそうになっていた。
 
《末の子に頼まれてな》
「いや、協力すんのおかしいだろっ? 止めてくれよ!」
《止めてもやるだろう?》
「たしかにこいつはやるかも知んねぇけど!」
 
 セトの目の先、ハオロンが誇らしげにウィンクする。
 今までハオロンの突飛とっぴな行動に対して腹を立てることはなかったというのに、初めてその頬をなぐりたくなった。グーで。
 
 セトの危険な衝動は、サクラの疑問の声によってらされる。
 
《——お前こそ、そこで何をしている? 海上都市に囚われていると聞いたが?》
「……囚われてねぇよ。昔の仲間に協力してやってるだけだ」
《お前の意思で協力しているのか?》
「……ああ」

 セトの肯定に、フッと笑う音が鳴る。
 セトは嘘が下手であるという事実を——もっとも認めている相手は、誰か。
 自覚したセトは、ごまかすように口を開いた。
 
「協力するって約束した。最低限の仕事を片付けるまでは出る気ねぇよ。……けど、できるなら、だけ連れて帰ってほしい」
 
 セトの言葉に、「えっ!」ハオロンが大きく声をあげた。
 
「一緒に帰らんのかっ?」
「……知り合いがいる。悪いやつらじゃない。これからの生活のためにも、ある程度のことはやっておいてやりてぇ……つぅか。俺はもう出てるんだぞ? 忘れてねぇか?」
「何をせんとあかんの?」
「(シカトしやがった)……システムのエラーと、セキュリティを……」
 
 話を聞いていたらしく、ロキの声が、
 
《現状セキュリティホールだらけなんだけど? 数日いて何やってンの?》 
「うるせぇ。俺はお前みたいに得意じゃねぇんだよ」
《得意なやつにやらせれば?》
「いねぇから困ってんだろ……」
《なんで困るわけ? 放っておけばいいじゃん》
「………………」
《オレは帰ろうなんて言わねェし、居たいなら居れば。そっちの望みどおり、もう一人は貰ってくけど。居場所も今わかった。——ちびっ子、位置情報送ったから迎えに行って》
 
 ハオロンがどう返事をしようとしたのか、分からなかった——というのも、応えるために開きかけた口は声を発することなく、不意に鋭い動きでハオロンはその場から飛び退いていた。
 
 セトが反応したときには銃声がとどろき、今しがたまでハオロンが立っていた位置を抜け、銃弾が建物にめり込んでいた。
 ハオロンはセトが走ってきた角に身を隠し、胸の内ポケットから眼鏡グラスを掛ける。すでにアトランティスはロキの手中。直接見ずとも映像からサポートしてもらえる。
 
 セトは、振り返っていた。
 離れた位置でハンドガンを構えていたのは、

「おいおい、何やってんだぁ?」
「……モルガン」

 暗い色の眼が、セトを捉える。
 銃口を角に合わせたまま、モルガンはゆっくりと歩いて来た。
 
「捕まえろって言ったろ? じゃれてんじゃねぇよ」
「……アナウンス、聞いてねぇのか」
「あんなもんに従うわけねぇな? ……名乗ってねぇが、ヴァシリエフの人間だろ。どっちが優勢か分かってねぇ……身柄はこっちが押さえてんだ、やれるもんならやってみればいい」
「いや、あれは本気で——」

 遠くで、銃声が鳴り響いた。警備ロボが発砲したに違いない。
 反応したモルガンの目が流れる。セトがその隙をのがすことなく行動に出ると、すぐさまモルガンの視線は戻ったが、対処できる余裕はない。
 ハオロンを狙っていたハンドガンは、セトが蹴り上げたことで手から離れ、それを拾う間は与えられなかった。グラスの映像から動きを見越したハオロンが、地面に落ちる位置を狙って先に飛び出していた。
 拾われたハンドガンは、素早くモルガンに向けられる。
 
「……天才どもが、なんて動きしてんだよ……」
 
 わずかな油断。
 すかさず突いてきた二人の動きに、モルガンはあきれたように息を吐いて両手を上げた。
 
「ヴァシリエフはどういう教育してんだぁ? そこの女——いや、男か? そいつもお前も、動きが尋常じゃねぇなぁ……」

 セトに向けられた目は笑っていた。
 モルガンに怒りやいら立ちの気持ちはないようで、セトは少しばかり面らいつつも、気を抜くことなく話しかけた。
 
「混乱させて悪かった。連絡が取れてなかったから……みんな、ウサギを取り返しに来たんだ。あいつは帰してやってくれ。俺は残るし、やることやってやるから……それで片付くだろ?」
「ウサギは要らねぇか?」
「……ウサギは物じゃねぇんだよ。あいつの意思を無視して、“手許てもとに置く”なんてのは……やっぱ間違ってるよな?」
「……同意はしねぇなぁ……」

 あざ笑うモルガンの目には、どこか親しみが見えたような——セトの、勘違いなのか。
 決着した空気のなか、ハオロンは(結局セトは帰らんの……?) しょんぼりと肩を落としていたが、
 
《——セト》
 
 場を割るように入ったサクラの声に、意識を取られた。
 
「……なんだ?」
《お前は帰らずに、もう一人だけを帰すそうだが、それは本人も了承しているのか?》
「……いや? けど、最初に“お前は戻す”って言ってあるから……」
 
——わたしだけが、かわりにのこるのは、できない?
——〈はうす〉には、セトがひつようだとおもう。
 
 セトは、自分が聞いた言葉を反芻はんすうして眉を寄せた。
 了承は——していない。
 
《お前は、……を、まだ分かっていないようだね?》

 セトの困惑を見透かしたようなサクラの声が、静かに言葉を紡いだ。
 
《お前がどう弁明したかは知らないが、あの子を帰してお前だけが残れば、“自分を帰すためにセトが犠牲を払った”——そう思うだろうね?》
「…………それは、」
《実際のところ、そうだろう? お前の意思はに傾いているが、きっかけはどうだ? あの子を利用されていないか? 本人が後から気づく可能性はないか?》
「………………」
《あの子は、自分のせいでお前が囚われているなど受け入れられない。そんな事実を悟れば、死んでしまうよ?》
「は、そんなわけ……」
《毒の話を、覚えていないか?》
「…………それは、覚えてる」
《あの子は記憶を失っているせいで、自分自身というものが希薄だ。常に不安を抱えて、自分の存在意義を探している》
「………………」
《自分の命と、お前の命を天秤てんびんに掛けることを求められれば、迷わず自分を捨てるだろう。——そういうところは、お前とよく似ているな?》
「……似てねぇ。俺の気持ちとは違う」
《その違いは、私には分からないが……あの子だけを帰すということは、おそらく出来ないだろうね》
「……それは、無理にでも……」
《“ウサギの意思を尊重する。もう二度と自分勝手に振り回さない”——と、言っていたな?》
「……これは、違うだろ」
《いいや、何も違いはしない。相手の意思を無視している以上、望みだ。お前の願望を、あの子の意思と履き違えてはいけないよ》
「……俺にどうしろって——」

 突如、セトの声に重ねて着信を告げる音が鳴った。
 セトとモルガンが視線を落とす。音が鳴ったのは、ハオロンのブレス端末だった。
 
「……ん? うち? 誰から?」
 
 アトランティスの端末は、現在すべて通信不可。可能なのは、ヴァシリエフハウスかセーフハウスにアクセスできる端末のみ。
 銃口を動かすことなく、ハオロンは新たな通話を許可した。サクラと並んだ新規のアイコンは、セトのリング端末を示している。
 
「あ! もしかしてありすかっ?」
 
 明るい表情で応えたが、そこに返ってきたのは、
 
《——ウサギを見たければ、映像も繋げてくださいよ》
 
 浅く笑う、暗い声。
 丁寧な言葉遣いなのに、あざけるような響き。
 戸惑うハオロンが許可した映像は、ユーグによってリビングの床に押さえられたウサギの姿だった。
 
 セトの目が、驚愕にみはられた。
 寝そべったウサギにまたがるユーグは、片手で彼女の口を塞ぎ、反対の手でナイフの切先きっさきを脅すように彼女の眼球へと向けている。
 
《——セト、見えました? あんたのペットを壊されたくなかったら、そこの侵入者、殺してください。僕をやったみたいに……簡単にやれますよね?》
「ユーグ、お前っ……」
《あ、やれません? 身内のほうが大事すか? それでもいいっすけど……こっちはやりますよ? 僕、本気なんで》
 
 眼を離れたナイフは、無造作に彼女の首許から服にを入れ、縦に切り裂いた。刃先が肌に当たったのか、ウサギの身体が不自然に強張こわばり、痛みを耐えるようすが見て取れ——
 
「——やめろ!」
 
 セトの声に、ユーグはマスク越しでも分かるほど顔をゆがめて笑った。
 
《仲良しこよしなんてせずに、最初からこうすればよかったんすよ。……そう思いません? モルガンさん》
「……ユーグ、やめとけ」

 名を呼ばれたモルガンは、低い声で制止を返す。
 
「そんなやり方は意味ねぇだろ」
《そうすか? ペットを預かっておけば、セトは無限に働きません?》
「……脅しだけじゃ、ひとは長続きしねぇ」
《長続き、要ります? セトが壊れたとしても、僕は全然いいんすけど》
「………………」
《モルガンさんは嫌すか? そうですよね? 昔から、セトもロキも気に入ってましたもんね?》
「……やめとけよ。ウサギに手ぇ出したら、本気でセトに殺されるぞ」
《——はっ》
 
 皮肉に笑う音が、マスクの奥で響いた。
 
《そのときは、ウサギもこの世にいないんで。どちらでも、好きなほうを選んでください。身内でも、ペットでも。——セトの殺したいほうを》
 
 ユーグの声は、セトに向いた。
 残酷な選択肢が、冷たく突きつけられていた。
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