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Chap.6 この心臓を突き刺して

Chap.6 Sec.2

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 異常事態は、外に出た瞬間に察せられた。
 見渡したセトの視界に、警備ロボは1台もない。通常なら見回りをしているはずだが、どうやらアトランティスのどこかで事件が起こっているていらしく、通りの奥で赤と青の警告ランプがまたたいている。すべての警備ロボがあちらに集約されて、起こってもいない事件の対応に追われているのだろう。
 
 侵入者の目的は分からない。基地局がクラッキングを受けたと聞いているが、外の警備ロボを引きつけてコントロールタワーに入ったというのに……すでに出ているらしい。何がしたいのか。

 周囲に目を回す。
 サイレンと警備ロボの異常から、多くの住民は建物にこもっている。一部は警備ロボの方へ対応に向かったかも知れないが、住宅地の通りには誰もいない。
 
(周辺を捜すっつってもな……)
 
 コントロールタワーからここまでは、目と鼻の距離。侵入者はすでに周辺を通り越して、どこかへ行ってしまった可能性がある。
 しかし、逃げたとしても所詮は海上都市の内部。いずれ捕まる。本来ならば、物理的に追いかけるのではなく、クラッキングを受けた基地局を修復して、警備ロボを正しく派遣する物量作戦で追い込むべきなのだが……
 
 ——目の端で、が。
 
 は、奥の建物の角から顔を出したが、人の気配に気づいて身をひるがえしたようだった。セトは反射的に走り出していた。
 20メートルの距離は瞬時に消え、追いかけるつもりで角を曲がった、
 ——いや、曲がる瞬間に、意識の表層がを察知した。
 
 まるで逃げ去ったかのように気配を消していた敵は、セトが来るのを待ち構えていた。
 体当たりを仕掛けようと飛び出して来た小柄な身を、セトはとっさに片足を引いてけたが……勢い余ってバランスが崩れる。
 避けられることも想定していたのか、敵は勢いを殺すことなくセトの服を掴み、片脚を軸にして流れるように膝蹴りへと攻撃を切り替えた。
 急所を狙った蹴りは、きれいにまるかのように見えた。
 しかし、セトも慣れた反応で、バランスを崩しながらも敵の足元をさばいた。外側からセトの足に引っ掛けられたため、敵の身体も傾く。
 
 共倒れ。
 ここから寝技に持ち込むため、どう動くか——経験則か本能か——互いに次の動きを予測して行動を選ぶ前に、

(ん?)
 
 二人とも、動きを止めていた。
 並び倒れ込んだ状態で、ビタッと、急停止。
 条件反射のように攻撃し合っていたせいで、気づくのが遅れたが……この相手は、

「………………」
「………………」
 
 地面に横倒れのまま、互いに目を合わせる。金の眼と、オレンジブラウンの眼。
 フードが外れてさらされたのは、三つ編みではないが、見たことのあるストロベリーブロンド。ふわふわと波打つ長髪。
 オレンジブラウンの眼——ハオロンが、ぱっと表情を輝かせて、
 
「セっ——」

 セト!!
 喜びの声は、セトの大きなてのひらによって塞がれていた。
 
「(……?)」
 
 きょとっと丸い目を返すハオロンに、セトは人さし指を立てて沈黙を指示する。
 。察したハオロンは、こくりと首を縦に(横になっているので縦ではないが)振った。
 セトは掌を外す。互いに起き上がりながら、

「(セト! 久しぶり! 元気やったかっ?)」
「(お前かよ! 女のフリで侵入なんかして何してんだ!)」
「(会いに来たんやって!ありすは?)」
「(……まさか、基地局まで行ってクラッキング仕掛けたのもお前か!?)」 
「(見つからずに登るの大変やったわ! そこからの一瞬のクラック! うち天才やろ?)」
「(嘘つけ! ロキもんでるだろ! )」
「(バレたぁ……でもぉ、ロキが作ったプログラムやけど、基地局に繋げたのはうちやし……)」
「(ばか! お前が思ってるよりも大事おおごとだからなっ? どうすんだよ!? サーバーもとっくに復活して、今ごろ基地局に修復のためのロボが回ってるぞ!)」
「(心配いらんわ! うちはおとり! 本命に仕込んだ爆弾も効いてるとこやろ!)」
「(はぁっ?)」
 
 口唇の形だけで早口に会話していると、ハオロンのブレス端末が振動し、連絡が入った。
 
《——おっけェ、乗っ取り完了。ちびっ子、なに遊んでンの?》
「対象ひとり見つけたとこやし! 強いほう!」
《ハズレじゃん。可愛いほう早く確保して》
「ねぇ、乗っ取ったのに隠語で話す必要あるんかぁ? スパイみたいで楽しいけどぉ……」
《オレらの正体は曖昧あいまいにしときたいじゃん? 証拠残るとめんどい》
「ほぼかくやがの……?」
《確証はねぇし》
「う~ん?」
 
(——そうか、ハオロンがサーバーの電源を落としたのも逃げ回ったのも目くらましで、本命のサーバーに直接仕掛けたプログラムが……)
 
 ハオロンは陽動であった事実と、声を出して会話している現状に、セトはハッとして自分の携帯端末を確認した。通信は切れている。モルガンには聞かれていない。
 しかし、
 
「やりすぎだろ……」

 深刻な状況をかえりみない、ハオロンとロキの軽薄な応酬おうしゅう
 管理者権限は(外部にいるであろう)ロキによって奪われ、アトランティスの住民は混乱の最中さなかにある。その理由は、“会いに来たんやって!”
 どう考えてもやりすぎている。くらくらと眩暈めまいがする。
 
「これ、どうすんだ……? ここまで派手にやって、何もなしじゃ済ませらんねぇぞ。お前ら、サ——いや……に、なんて説明すんだよ……」

 呆然ぼうぜん半分、絶望半分なセトの声を聞いて、ハオロンは瞳を大きく開いた。

「え、あにさんも共犯やよ?」
「——は?」
 
 理解が及ぶ前にこぼれたセトの声は、アトランティス一帯に響いたアナウンスによって塗りつぶされた。

《——アトランティスの住民に告ぐ。我々はそちらから二名を連れ去る。対象は新規加入者の二名だ。これを妨害する場合、あるいは侵入者と呼ばれている者を含む三名に危害を加える場合、アトランティスを制御する全システムを破壊する》
 
 弦楽器を奏でるような、なめらかな音。
 合成ではないのに、正確無比な発音。
 
《——以上、理解したな?》
 
 懐かしい声が、強圧的でありながら誘うような響きで、信じられない脅しを掛けていた。
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