【完結】致死量の愛と泡沫に

藤香いつき

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Chap.4 剣戟の宴

Chap.4 Sec.14

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「サクラさんだけは、ほんっとうに信じらんない」
 
 ティアの不満が、食卓に響いた。
 いつもの端に座るメルウィンに、並んだティア。向かいの列にはアリアとハオロン。ロキとイシャンは治療室で、サクラはすでに食事を済ませてイシャンのもとへ行っている。
 
 文句をこぼしつつも、敵に開栓されてしまったワインはちゃっかり飲んでいる。そんなティアの真向かいで、ハオロンも肩を落とし、
 
「今回はサクラさんのフォローできんわ……なんでありすの行き先、ちゃんと指定しとかんの……?」
「緊急時でしたから……きっとサクラさんも余裕がなかったのですよ」

 穏やかにサクラをかばうアリアも、珍しくワインを飲んでいた。辛口の白ワイン。アロマは豊かに広がっている。
 調理室奥の食料庫は開放されていたが、地下の保存庫は知られずに済んだことが幸いだった。荒らされたのは主に今週の食材と、メルウィン所有のワイン。メルウィンはとくになげいておらず、「みんなの命のほうが大事だよ」と述べたため、惜しんでいたティアがひっそりと良心の呵責かしゃくにやられていた。

 一睡もすることなく早朝を迎え、空腹を満たす彼らの議題は、“行方不明のアリス”。
 テーブルに着く彼らの想定では近場のセーフハウスだったのだが……どうやら違うらしい。現在、車の位置情報も取れないらしく、どこかで停車していることだけが確かだった。
 
「アリスさん……大丈夫かな」
 
 心配そうに目を伏せているメルウィンは、先ほどから食が進んでいない。ワインも飲んではいない。
 
「……無事だとしても、もしかして、もう帰ってきてくれないんじゃ……」
 
 悲愴感を帯びた声に、残りの3人が重く沈黙した。
 
 ハオロンが、あわてて沈黙を払うように、
 
「なんでやって! 無事やったら帰ってくるやろ!」
「でも……アリスさん、ハウスの位置が分からないだろうから……誰かに聞いてまでして、わざわざ戻ってきてくれないよ……」
「車のナビで帰れるやろ?」
「パスコードが分からないと思う……」
「ほやった……あ! でもブレス端末つけてるがのっ?」
「アリスさんは、ハウスメイトの扱いじゃないよね……?」
「えっ? そぉなんかっ?」

 ハオロンの丸い目に、横のアリアが、
 
「そうですね、ゲストのままです。名前だけ登録されていますが、食事や医療……あと図書室などでしょうか? 生活レベルの権利はありますが、外部通信やセーフハウスへのアクセスなどはできないはずです」
「えぇ~っ? ほやったらありす、外でセーフハウスにも入れんのかっ?」
「ええ、パスコードをもらっていないのなら、そのはずです」
「でも、車は降りてるんやろ? 降りようと思う場所があったんやろ? それってセーフハウスじゃないんかぁ?」
「私には分かりかねますが……セーフハウスなら、こちらに連絡が来るのではないでしょうか? 可能性としては、どこかのコミュニティにたどり着いたのかも……?」

 アリアの説明に、ティアが瞳を冷たく流した。
 
「——サクラさんの陰謀だ」
 
 セリフはふざけたように。しかし、その響きはひやりとしていた。
 3人の目を受けて、視線をワイングラスに移しながら、
 
「緊急時だから——なんて、サクラさんにありえないよ。最初から戻すつもりなかったんだ。このトラブルを利用して、わざと追い出したんだよ」 
 
 あっけに取られる兄弟の目を受け流して、ティアはワインに口をつけた。
 プラチナのように輝くワインが、するりと流れていく。
 理解できていないハオロンが、真っ先に不思議そうな声で、
 
「なんで? 今さら追い出すのは……変やが」
「理由は僕も正解を知らないから。くならサクラさんにして」
「………………」
「——そんなことより、アリスちゃんを捜す手立てってあるの? 僕はさっぱりだけど……誰かなんとかできる?」
 
 ブルーグレーの眼は、兄弟を見回した。互いに目を合わせては首を振り、最終的にハオロンが、
 
「ブレス端末つけてるなら、モーターホームで近くまで行けば反応すると思うんやけど……」
「そのが分からないよね?」
「ほやの……」

 メルウィンが瞳を上に向けつつ、
 
「ハウスの車が、もういちど起動されれば……位置情報がわかるんじゃないかな?」
「次アリスちゃんが車に乗るとき、居場所が分かるってこと?」
「うん。こっちからセーフハウスを通して常に探索しておく……みたいなやり方かな?」
「車に乗らなかったら一生見つけられない?」
「……うん、そうなっちゃう……」

 ティアが眉を下げて息を吐いた。
 黙って考えていたアリアが、
 
「ロキさんなら、調べられるかと……」
 
 ぽつりと落ちた名前に、皆の目が集まった。

(なるほど、そうかも)
 
 心の声が重なった。
 
「……どちらにせよ、ロキさんは休む必要がありますので、いま言ってはこくでしょう」
 
 アリアの配慮には、
 
(そうかな? 無理やり起こしても……)
 
 こちらも心が重なっていたが、誰も口にはしなかった。ロキがそこそこ重傷であるのは事実なので。
 
「ロキさんが回復したら、頼んでみましょう。確証はありませんが、車から降りたということは、信頼できる相手に巡り会えたということです。そう案じずとも、お姫様は無事かと思いますよ」
 
 皆を安心させるため、穏やかに唱えられたアリアの言葉。
 無言で目を合わせた3人は(同じこと思ってる?)ロキを引きずり出すことを考えて心を通わせながらも、表向きは大人しくうなずいていた。
 
 メルウィンが控えめに、
 
「ロキくんが起きるまでは……僕が、すこし調べてみるよ。えっと……ハオロンくんも、一緒に調べる?」
 
 車などのマシンを管理しているのは、ハウスではハオロンになる。化学実験や料理は致命的にできないが、マシンにはそれなりに強い。電気・電子工学あたりが本来の得意分野。今回は得意分野とは多少異なるかも知れないが、メルウィンは一応ハオロンに向けて尋ねていた。
 目を合わせたオロンは、肯定しようとしたが——
 
「ん~ん。うちが数時間かけて調べたところで、ロキやったら一瞬やろ? 無駄やし、別の仕事しとくわ」
「……別の仕事?」

 きょとりとしたメルウィンに、ハオロンは小さく笑った。
 ハート型の唇を、薄く潰して、
 
——裏切り者の、後始末やの。
 
 その答えは、無言の微笑みに隠されて、誰にも届かなかった。
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