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Chap.4 剣戟の宴
Chap.4 Sec.1
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夢とうつつの境が無い。
どちら側に立っているのか、波打ちぎわの海のように曖昧で、肉体から乖離した思考は鮮明な記憶を漂っている。
サクラは今、遠い日々のなかにいる。
「——セト」
図書室で棚からのぞいていた、黒い小さな頭。サクラによって推測された呼び名に、その頭はビクリと跳ねて振り返った。
「サクラさんっ?」
驚きに満ちた目が丸く開き、琥珀色の虹彩が際だつ。人においては珍しい色の眼を眺めながら、サクラは彼に近寄った。
「ここで何をしている?」
サクラの能面のような顔を、ハウスに集められたばかりの小さな子供たちは恐れていた。数名は平気な者もいたが、セトはどちらかといえば前者で、初めのうちは警戒していたが……
「……ぐれてる。むかつくことがあったから」
つんっと跳ね上がった目尻が流れる。横を向いたセトはどうやら隠れていたつもりらしく、サクラのスペースを空けるようにして、ずりずりと座ったまま身をずらした。
〈グレる〉に興味をもったサクラが、隣に並んで腰を落とす。床に座るのは初めてのこと。
サクラの身体がセトの肩に触れると、床を見つめる目でセトは口を開いた。
「……きのう、コミュニケーショングループ……子どもどうしで遊ぶところにつれてかれた。行きたくなかったのに……ママが、どうしてもって。……それで、そこでまたケンカになった」
「………………」
「いつもなら、おれが勝つのに。……きのうは、さいしょにケンカしたやつの——兄ちゃんが、出てきて……負けた。……むかつくから、勉強したくない。おれは、ぐれる。ここに住むからナイショにして」
「ここでの食事は認められていないが、今後の食事はどうする?」
「……がまんする」
「今日はチョコレートアイスが出るかも知れないが、要らないのか?」
「………………がまん、する」
かたくなに握られた小さな拳を、サクラの青い眼が見ている。
無言の時が流れ、しばらくするとまたセトが口を開いた。
「さいしょに負かしたやつが……“おれの兄ちゃんは、強くてかっこいい”って……じまんしてきたのが、一番むかつく。おれは、あいつには、負けてない。……なのに、じぶんがおれに勝ったみたいに……じまんしてきたのが、むかつく」
「………………」
「おれも……兄ちゃんほしいって、ママに言ったら……むりだって言われた。笑われた。それも……ちょっと、むかつく」
ぽつりぽつりと床に吐き出される言葉に、サクラは共感できない。セトの意味する〈グレる〉の正体も掴めない。
琥珀に囲まれた瞳は、ちらりとサクラに目を上げた。サクラは小さな横顔を見下ろして、その感情を観察する思考とは別に、
「セトは兄が欲しいのか?」
静かな声で尋ねた。
「……ほしい。きょうだい、ほしい。かっこいい兄ちゃんがいい」
「弟の喧嘩を止めるのではなく、手を出す兄が格好良いのか?」
「…………わかんない。でも……おれの味方してくれる兄ちゃんがいい」
「私が味方してあげようか?」
「?」
「ハウスの子供たちは、全員兄弟にあたる。私が歳上なのだから——」
「サクラさんがおれの兄ちゃんっ?」
「……嬉しそうだね」
「だって! サクラさんはなんでも知っててなんでも出来るから! ほんとにっ? ほんとに俺の兄ちゃんになってくれるっ?」
「血縁上は兄弟だよ」
「すげぇ!」
興奮したセトの手が、サクラの黒いセーターを掴んだ。ぎゅっと握る手の力は強く、見上げるキラキラとした瞳には眩しい輝きが宿っている。
——その、輝きのなかに映る自分自身が、サクラの興味を惹いた。
「……セト、代理喧嘩はしないが、自分よりも大きい者に勝つための——秘訣を教えてあげようか」
どちら側に立っているのか、波打ちぎわの海のように曖昧で、肉体から乖離した思考は鮮明な記憶を漂っている。
サクラは今、遠い日々のなかにいる。
「——セト」
図書室で棚からのぞいていた、黒い小さな頭。サクラによって推測された呼び名に、その頭はビクリと跳ねて振り返った。
「サクラさんっ?」
驚きに満ちた目が丸く開き、琥珀色の虹彩が際だつ。人においては珍しい色の眼を眺めながら、サクラは彼に近寄った。
「ここで何をしている?」
サクラの能面のような顔を、ハウスに集められたばかりの小さな子供たちは恐れていた。数名は平気な者もいたが、セトはどちらかといえば前者で、初めのうちは警戒していたが……
「……ぐれてる。むかつくことがあったから」
つんっと跳ね上がった目尻が流れる。横を向いたセトはどうやら隠れていたつもりらしく、サクラのスペースを空けるようにして、ずりずりと座ったまま身をずらした。
〈グレる〉に興味をもったサクラが、隣に並んで腰を落とす。床に座るのは初めてのこと。
サクラの身体がセトの肩に触れると、床を見つめる目でセトは口を開いた。
「……きのう、コミュニケーショングループ……子どもどうしで遊ぶところにつれてかれた。行きたくなかったのに……ママが、どうしてもって。……それで、そこでまたケンカになった」
「………………」
「いつもなら、おれが勝つのに。……きのうは、さいしょにケンカしたやつの——兄ちゃんが、出てきて……負けた。……むかつくから、勉強したくない。おれは、ぐれる。ここに住むからナイショにして」
「ここでの食事は認められていないが、今後の食事はどうする?」
「……がまんする」
「今日はチョコレートアイスが出るかも知れないが、要らないのか?」
「………………がまん、する」
かたくなに握られた小さな拳を、サクラの青い眼が見ている。
無言の時が流れ、しばらくするとまたセトが口を開いた。
「さいしょに負かしたやつが……“おれの兄ちゃんは、強くてかっこいい”って……じまんしてきたのが、一番むかつく。おれは、あいつには、負けてない。……なのに、じぶんがおれに勝ったみたいに……じまんしてきたのが、むかつく」
「………………」
「おれも……兄ちゃんほしいって、ママに言ったら……むりだって言われた。笑われた。それも……ちょっと、むかつく」
ぽつりぽつりと床に吐き出される言葉に、サクラは共感できない。セトの意味する〈グレる〉の正体も掴めない。
琥珀に囲まれた瞳は、ちらりとサクラに目を上げた。サクラは小さな横顔を見下ろして、その感情を観察する思考とは別に、
「セトは兄が欲しいのか?」
静かな声で尋ねた。
「……ほしい。きょうだい、ほしい。かっこいい兄ちゃんがいい」
「弟の喧嘩を止めるのではなく、手を出す兄が格好良いのか?」
「…………わかんない。でも……おれの味方してくれる兄ちゃんがいい」
「私が味方してあげようか?」
「?」
「ハウスの子供たちは、全員兄弟にあたる。私が歳上なのだから——」
「サクラさんがおれの兄ちゃんっ?」
「……嬉しそうだね」
「だって! サクラさんはなんでも知っててなんでも出来るから! ほんとにっ? ほんとに俺の兄ちゃんになってくれるっ?」
「血縁上は兄弟だよ」
「すげぇ!」
興奮したセトの手が、サクラの黒いセーターを掴んだ。ぎゅっと握る手の力は強く、見上げるキラキラとした瞳には眩しい輝きが宿っている。
——その、輝きのなかに映る自分自身が、サクラの興味を惹いた。
「……セト、代理喧嘩はしないが、自分よりも大きい者に勝つための——秘訣を教えてあげようか」
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