39 / 101
Chap.3 My Little Mermaid
Chap.3 Sec.9
しおりを挟む
——歓迎されていた。
「呑んでるかー! 新人!」
高いテンションの女性が薄いカップを手にやってきて、親しげに声をかけてくる。私が手にするノンアルコールのドリンクに乾杯して、にぎやかに喋って、言葉が通じていないのに気づかず盛り上がって去っていく。入れ替わり立ち替わり。
歓迎会と言われた立食の席。マシンによる加工食と酒類を並べられ、30人くらいが集まった部屋はちょっとしたパーティ状態。
幽閉されるよりは、はるかによい。よいのだが……もっとこう……何かこう……適切な距離が……。
気になるのは距離感だけでなく、
「可愛いー!」
ときおりあがる黄色い声は、部屋の中央で流れている立体投影に向けられている。
「ボーカルすき! 好み!」
「私ロキ推してたよー」
「あたしも!」
………………。
余計なことを言わないよう気をつけていたのに、目の前で幼いロキが歌っている。本名ではないが名前も出ている。黙秘する意味が失われている……。
どうやら彼女たちはセトとロキに繋がりがあるらしい。友達といっていいのか分からないが、全体としてはロキに好意的な空気を感じる。
しかし、
「……セト無理、まじ無理」
「あたしも。なんでラグーン落とさないの? ジゼル甘くない?」
「閉鎖地区のとこ掃除させてるって」
「襲われればいいのに」
……どうしてだろう。ロキの名前と合わせてセトの名を出すひとたちは顔が怖い。映像のロキを見る目は優しいのに、一緒に流れているセトには……呪いをかけるみたいな目をしている。好意のバランスがハウスと逆転している。ハウスではロキがじっとりとした目で見られがち。
(……ハウスのほうは……どうなってるんだろう……)
今より幼いロキを見つめていると、部屋のドアが開いて背の高いジゼルが姿を現した。
中央の映像に送られた流し目が、ドキリとするほど冷たい。ジゼルを迎える仲間たちは、高いテンションのまま話しかけている。
「ジゼル遅い!」
「遅れたぶん呑め呑めー!」
「……あんたら弾けすぎ。動画、流したの誰?」
「私ぃ! ジゼルの黒歴史に酒が進むね!」
「あとで潰すから」
「こわっ! ガチギレ!」
「ねー、リーダーなんであれが好きやったん?」
「……顔?」
「え、顔? よけい分からん……」
群れる仲間をあしらい、私を見つけてこちらにやってくると、
「ウサギちゃん、ごはん食べれてる? ごめんね、うるさいコばかりで」
「いえ……みんな、やさしい。ごはん、ありがとう」
「そう? どういたしまして」
「あの……セト、は、」
名前を出した瞬間、ジゼルの笑顔が凍る。背後に吹雪が見えた。
「……なにを、してるのかと……」
「掃除してるわ」
「……そうじ? それは、わたしも……」
「あぁ、いいのよ。ウサギちゃんはここでゆっくりしてるのが仕事だから」
「そういうわけには……〈めいわく〉をかけたので、できることならなんでも……」
「それなら明日ね。今日は疲れてるだろうし、掃除は明日してくれたらいいわ」
ジゼルはテーブルの上に並んだボトルを取ると、プラスチックのような薄いカップにそそいでいく。
見ていると、唇で笑って、手にしたカップを私のカップに軽く当てた。
「かんぱーい」
「……カンパイ」
「……ウサギちゃん、もしかしてジュース?」
「はい」
「アルコールだめなの?」
「……いえ」
カップ片手に近くに寄ってきていた茶髪セミロングの女性が、「酒を飲んでないっ? そんなのダメでしょ、一緒に呑も!」明るく絡んできたが、ジゼルによって「アルハラ」ぺしりと遮られた。
「痛ぁ……さては動画みんなに見せたの怒ってんなぁ?」
「怒ってない。それとこれとは別」
「昔の男なんて忘れてこ? あんな奴らに振り回された過去なんて——ネタにしてこ!」
「みんながあんたみたいに前向きならいいんだけどね……」
「あいつ殴る男じゃないんでしょ?」
「……それでも怖がったり反感もったりしてるコもいる。“なんで落とさないのか”、あたしと変に繋がりあるせいで余計な勘ぐりがあって……反対派は部屋に籠もってるわ」
「ジゼル推しのコたちなぁ……」
「違う、純粋に男が怖いのよ」
「……そっか。……じゃ、やっぱ落としとく?」
「……ウサギちゃんはどうするの?」
「ウサちぃは私がもらっとく!」
「ばか」
高速な会話を聞き取ろうと懸命に耳を傾けていたところ、〈なぐる〉〈落とす〉〈こわい〉と剣呑なワードが聞こえたような……。
ひっそり青ざめていると、明るく笑う顔がこちらを向いた。
「ウサちぃ、あんな男やめてここに永住するのもあり」
「……えいじゅう?」
「あ、ほんとに全然わかんない? 今の流れ、ついてきてない?」
「……もうすこし、ゆっくり……おねがいします」
「……あのねぇ、ジゼルとセトくんって付き合——ったぁ!」
顔を寄せて、話のスピードを落としてくれたセミロングの女性の頭が、かくんっと下がった。
ジゼルが叩いていた。なかなかの強さで。
「やめなさい」
「なんでぇ……ウサちぃも知りたいと思うよ? ——ねえ?」
急に同意を求められた。
「……セトと……ジゼル、さん?」
「そうそう、ふたりの関係、たぶん知らないんだよね? ……てか、ウサちぃはセトくんとどういう関係?」
「…………たすけてもらった?」
「それだけ?」
「……?」
「かっこいーとか、すきーみたいな感情、なし?」
「…………どらむは、かっこよかった」
「ほうほう、普段は?」
「……ちょっと、こわい?」
「怖いの? そんな男といるの? 逃げたほうがよくない? 逃げとく? 逃げよ?」
「(逃げるって3回言った?) ……〈め〉が、ちょっとこわい……だけで、やさしいと……おもいます」
「——ですって、ジゼルさん」
横を向いた先には、ジゼルの半眼があった。
「なんであたしの傷をえぐりにくんの?」
「そういうつもりじゃなくて、ほら、こういう盲目ガールにアドバイスあげるのも先人の役目だよね?」
「………………」
深いため息。ジゼルは私に目を向けて、
「……セト、ウサギちゃんに優しいの?」
「はい」
「でも……最初の質問で、あっち動揺してたわよね? 何かされたことあるんじゃないの?」
「……いえ」
「優しいって思い込んでるだけじゃない?」
「……いいえ」
「ヴァシリエフハウスの人間はどんな感じ?」
「………………」
「どうしたの?」
「だれか……しってますか?」
「……そこに映ってるボーカルは知ってる。あと……サクラ?」
意外な名前が飛び出てきた。
「サクラさんも……しってる?」
「黒髪に青い眼の人形みたいなひとでしょ?」
「……はい」
「笑顔が薄気味わるい」
評価が厳しい。
しかし、笑顔が怖いと思ったことがあるので否定しづらい。
「あそこの人間は——狂ってる」
低い声でつぶやくと、ジゼルはカップを傾けた。金色の液体を飲み込んで、瞳を映像に流した。セトを見たのかと思ったが……その視線はロキにぶつかったような。
「あそこに居たなら感じなかった? 感覚がおかしい、まともじゃない——って」
「…………すこし」
「少しなら幸せね。あたしは異常だと思った」
「………………」
「……あたし、ボーカルを法的に訴えてるの」
「……〈さいばん〉?」
「そこまでいってない。示談になってる」
「……じだん」
「話し合いで片付けたってこと」
「……どうして……?」
「どうしてか、想像できない?」
「………………」
「想像できた? ってことは、ウサギちゃんも似たような目に遭った?」
「…………いえ」
「その否定、なんのため? セトのときと同じよね?」
「…………いいえ」
「彼らをなんで庇うのか理解してあげられない。でも、アドバイスするならシンプルだわ。ヴァシリエフの人間は、誰も信じてない。自分の身内しか見えてない。ここ1年、どこのコミュニティも放置で自分たちのことしか護ってなかった。なんでウサギちゃんを保護したのか知らないけど……その反応みても、まともじゃなさそうね?」
「……わたしは、じぶんで……」
自分で、選んだ。
その主張は、ふいにジゼルが携帯端末を取り出したせいで途切れてしまった。
《——ジゼル》
「どうかした?」
《あの、ドラムく——侵入のコが……まだずっと倒してるんだけど……》
「まだやってるの?」
《うん……》
「休憩せずに? 水分とか携帯食料は?」
《とってないよ……だってジゼル、荷物は全部取りあげちゃったでしょ?》
「……そうね」
《……止める? いくらなんでも……》
「落とすよりマシでしょ。これくらいしないと他のコが納得しない」
《でも……これで何かあったら、ヴァシリエフハウスを敵に回すよね……?》
「無所属って話が嘘ならね」
《今は、アトランティスも人が抜けて大変だし……いざとなっても、こっちを助ける余裕ないかもしれないよ?》
「……解放しろって言うの?」
《というか……中で長く利用するのが、危険じゃない? 感染したら……このコ、ロボで倒せる気がしないよ。通例どおり落とすか……捕まえて、外のとこで感染させて壁にする……とか》
「……カシ、あんた自分の言ってること分かってる?」
《え? ……うん、分かってると思うけど……?》
「ヴァシリエフを敵に回すって言ったのに、その解決策はおかしくない?」
《あ……そうだね、ごめん。すごく強いから……味方になったら心強いかなぁって》
「そんなに強いの? 何人集まったの?」
《えーっと……15人いったかな?》
「……冗談でしょ?」
《ほんとだよ》
「まだ5時間くらいなのに? どうやってんの?」
《場所移動して……真っ暗になったせいか、セトくんが鳴らしてる音に感染者もしっかり反応してきたの。みんな外に出てきたし……今さっきたくさん固まってるところに突っ込んでいったから……》
「………………」
ジゼルが絶句した。ピアスから音声を聞いているのか、こちらにはジゼルの声しか聞こえていない。
横でバンドを眺めながら呑み続けていたセミロングの女性が、
「なぁに? セトくんやられた?」
「やられてない。……ほら、あんたが変なこと言うからウサギちゃん怖がってるでしょ」
「えっごめん?」
不穏な単語はすぐに否定された。否定されたが……
「……あの、」
「ん? なにー?」
「セトは……どこに、いるの?」
「閉鎖地区?」
「へいさちく……?」
「感染者が片付いてないとこ、お掃除してくれてるんだよ」
「……それは……〈きけん〉は……ない?」
「危険だよ。でもそれが解放の条件だから……むしろ甘いほう。普通ならラグーンに落として終わり。……でも侵入してきたのって、ここのコに暴力ふるってた危ない奴くらいしか前例ないからなぁ……今回は特殊だよね、ジゼル? ……ジゼルさん? 私の話きいてる?」
「聞いてない。しばらく黙ってて、あっちと繋ぐから」
危険、と言った。聞き違いではない。ジゼルに問いかけたことで話を終えてしまったが、
「セトは〈きけん〉なのっ?」
驚きから声をあげると、女性の不思議そうな顔に並んで、ジゼルが「セトは無事」短く返してから通話に集中した。
《——なんだ》
「……あんたまさか本気で今日中に50集めようとしてない?」
《今日中なんて無理だ。まだ20もいってねぇんだぞ。どうやっても朝までかかるだろ》
「……朝までやるわけ?」
《ああ》
「死ぬよ?」
《殺したいんじゃねぇのかよ。そうじゃなかったらこんなとこ放り込まねぇよな》
「殺したいとは思ってない。死んでくれても平気なだけ」
《そうかよ。あいにく俺はこれくらい慣れてるから死んでやらねぇけどな》
「……あんた人間よね?」
《そう思うなら水くらい寄越せ。——つか、ウサギは? そっちはどうなってんだよ》
「隣にいる。……ウサギちゃん、なんか喋って」
唐突に端末を出された。
疑問ながら「……セトはほんとうに〈ぶじ〉ですか?」通話先の相手に尋ねてみると、
《……おう、無事だ》
「セトっ?」
本人の声が端末から聞こえた。思わず端末を手に取って、「そうじ、かんせんしゃ……いま、しったから! 〈きけん〉と……ぶじっ?」心配する気持ちから勢いで話したが、通信の奥で困惑する気配が。
《……なんつった?》
(まったく伝わってない!)
衝撃を抑えて、気持ちも抑えて、頭のなかで言葉を整列させる。
「セトが、〈かんせんしゃ〉を〈そうじ〉してるとききました。〈きけん〉だと、ききました。……どうして、いってくれなかったの……?」
《わざと黙ってたわけじゃねぇよ。説明するのが面倒くせぇなと思っただけで……》
「……めんどくさい、と、いった?」
《……いや、あれだ。大したことじゃねぇから。説明するほどじゃねぇなと思った》
「………………」
《——まあ、そういう訳だからな。こっちは気にすんな。回転数あがってきたから明るくなるまでに片付くだろ》
「わたしに……できることは……」
《お前はじっとしとけ。そこで大人しくしとくだけで充分だから。とにかく余計に動くなよ。いいな?》
いいな? と訊いておきながら、返事を待たずに「じゃあな」と通信を切られた。
「………………」
「…………ウサちぃ、セトくんのペットか」
「やめなさい」
当たらずしも遠からず。
まるで小さい子を相手するみたいに諭したセトは、私を対等には見ていない。
今まで心配してくるのは罪悪感からだと思っていたけれど……なんか違う。
年末年始のあいだ、雪かきをして少し頼られるようになった気がしていたのだが、勘違いだったのか……。
考え込みながら、テーブルに載せていたカップを取り、余っていた分を飲み干した。
「あ……ウサちぃ、それ私のカップじゃ……?」
口に広がった違和感。
強いアルコールだと気づいたときには、かっと顔が熱くなっていて——
ああ、こういう不注意なところがダメなのか——と、自分の不甲斐なさに小さく打ちのめされていた。
「呑んでるかー! 新人!」
高いテンションの女性が薄いカップを手にやってきて、親しげに声をかけてくる。私が手にするノンアルコールのドリンクに乾杯して、にぎやかに喋って、言葉が通じていないのに気づかず盛り上がって去っていく。入れ替わり立ち替わり。
歓迎会と言われた立食の席。マシンによる加工食と酒類を並べられ、30人くらいが集まった部屋はちょっとしたパーティ状態。
幽閉されるよりは、はるかによい。よいのだが……もっとこう……何かこう……適切な距離が……。
気になるのは距離感だけでなく、
「可愛いー!」
ときおりあがる黄色い声は、部屋の中央で流れている立体投影に向けられている。
「ボーカルすき! 好み!」
「私ロキ推してたよー」
「あたしも!」
………………。
余計なことを言わないよう気をつけていたのに、目の前で幼いロキが歌っている。本名ではないが名前も出ている。黙秘する意味が失われている……。
どうやら彼女たちはセトとロキに繋がりがあるらしい。友達といっていいのか分からないが、全体としてはロキに好意的な空気を感じる。
しかし、
「……セト無理、まじ無理」
「あたしも。なんでラグーン落とさないの? ジゼル甘くない?」
「閉鎖地区のとこ掃除させてるって」
「襲われればいいのに」
……どうしてだろう。ロキの名前と合わせてセトの名を出すひとたちは顔が怖い。映像のロキを見る目は優しいのに、一緒に流れているセトには……呪いをかけるみたいな目をしている。好意のバランスがハウスと逆転している。ハウスではロキがじっとりとした目で見られがち。
(……ハウスのほうは……どうなってるんだろう……)
今より幼いロキを見つめていると、部屋のドアが開いて背の高いジゼルが姿を現した。
中央の映像に送られた流し目が、ドキリとするほど冷たい。ジゼルを迎える仲間たちは、高いテンションのまま話しかけている。
「ジゼル遅い!」
「遅れたぶん呑め呑めー!」
「……あんたら弾けすぎ。動画、流したの誰?」
「私ぃ! ジゼルの黒歴史に酒が進むね!」
「あとで潰すから」
「こわっ! ガチギレ!」
「ねー、リーダーなんであれが好きやったん?」
「……顔?」
「え、顔? よけい分からん……」
群れる仲間をあしらい、私を見つけてこちらにやってくると、
「ウサギちゃん、ごはん食べれてる? ごめんね、うるさいコばかりで」
「いえ……みんな、やさしい。ごはん、ありがとう」
「そう? どういたしまして」
「あの……セト、は、」
名前を出した瞬間、ジゼルの笑顔が凍る。背後に吹雪が見えた。
「……なにを、してるのかと……」
「掃除してるわ」
「……そうじ? それは、わたしも……」
「あぁ、いいのよ。ウサギちゃんはここでゆっくりしてるのが仕事だから」
「そういうわけには……〈めいわく〉をかけたので、できることならなんでも……」
「それなら明日ね。今日は疲れてるだろうし、掃除は明日してくれたらいいわ」
ジゼルはテーブルの上に並んだボトルを取ると、プラスチックのような薄いカップにそそいでいく。
見ていると、唇で笑って、手にしたカップを私のカップに軽く当てた。
「かんぱーい」
「……カンパイ」
「……ウサギちゃん、もしかしてジュース?」
「はい」
「アルコールだめなの?」
「……いえ」
カップ片手に近くに寄ってきていた茶髪セミロングの女性が、「酒を飲んでないっ? そんなのダメでしょ、一緒に呑も!」明るく絡んできたが、ジゼルによって「アルハラ」ぺしりと遮られた。
「痛ぁ……さては動画みんなに見せたの怒ってんなぁ?」
「怒ってない。それとこれとは別」
「昔の男なんて忘れてこ? あんな奴らに振り回された過去なんて——ネタにしてこ!」
「みんながあんたみたいに前向きならいいんだけどね……」
「あいつ殴る男じゃないんでしょ?」
「……それでも怖がったり反感もったりしてるコもいる。“なんで落とさないのか”、あたしと変に繋がりあるせいで余計な勘ぐりがあって……反対派は部屋に籠もってるわ」
「ジゼル推しのコたちなぁ……」
「違う、純粋に男が怖いのよ」
「……そっか。……じゃ、やっぱ落としとく?」
「……ウサギちゃんはどうするの?」
「ウサちぃは私がもらっとく!」
「ばか」
高速な会話を聞き取ろうと懸命に耳を傾けていたところ、〈なぐる〉〈落とす〉〈こわい〉と剣呑なワードが聞こえたような……。
ひっそり青ざめていると、明るく笑う顔がこちらを向いた。
「ウサちぃ、あんな男やめてここに永住するのもあり」
「……えいじゅう?」
「あ、ほんとに全然わかんない? 今の流れ、ついてきてない?」
「……もうすこし、ゆっくり……おねがいします」
「……あのねぇ、ジゼルとセトくんって付き合——ったぁ!」
顔を寄せて、話のスピードを落としてくれたセミロングの女性の頭が、かくんっと下がった。
ジゼルが叩いていた。なかなかの強さで。
「やめなさい」
「なんでぇ……ウサちぃも知りたいと思うよ? ——ねえ?」
急に同意を求められた。
「……セトと……ジゼル、さん?」
「そうそう、ふたりの関係、たぶん知らないんだよね? ……てか、ウサちぃはセトくんとどういう関係?」
「…………たすけてもらった?」
「それだけ?」
「……?」
「かっこいーとか、すきーみたいな感情、なし?」
「…………どらむは、かっこよかった」
「ほうほう、普段は?」
「……ちょっと、こわい?」
「怖いの? そんな男といるの? 逃げたほうがよくない? 逃げとく? 逃げよ?」
「(逃げるって3回言った?) ……〈め〉が、ちょっとこわい……だけで、やさしいと……おもいます」
「——ですって、ジゼルさん」
横を向いた先には、ジゼルの半眼があった。
「なんであたしの傷をえぐりにくんの?」
「そういうつもりじゃなくて、ほら、こういう盲目ガールにアドバイスあげるのも先人の役目だよね?」
「………………」
深いため息。ジゼルは私に目を向けて、
「……セト、ウサギちゃんに優しいの?」
「はい」
「でも……最初の質問で、あっち動揺してたわよね? 何かされたことあるんじゃないの?」
「……いえ」
「優しいって思い込んでるだけじゃない?」
「……いいえ」
「ヴァシリエフハウスの人間はどんな感じ?」
「………………」
「どうしたの?」
「だれか……しってますか?」
「……そこに映ってるボーカルは知ってる。あと……サクラ?」
意外な名前が飛び出てきた。
「サクラさんも……しってる?」
「黒髪に青い眼の人形みたいなひとでしょ?」
「……はい」
「笑顔が薄気味わるい」
評価が厳しい。
しかし、笑顔が怖いと思ったことがあるので否定しづらい。
「あそこの人間は——狂ってる」
低い声でつぶやくと、ジゼルはカップを傾けた。金色の液体を飲み込んで、瞳を映像に流した。セトを見たのかと思ったが……その視線はロキにぶつかったような。
「あそこに居たなら感じなかった? 感覚がおかしい、まともじゃない——って」
「…………すこし」
「少しなら幸せね。あたしは異常だと思った」
「………………」
「……あたし、ボーカルを法的に訴えてるの」
「……〈さいばん〉?」
「そこまでいってない。示談になってる」
「……じだん」
「話し合いで片付けたってこと」
「……どうして……?」
「どうしてか、想像できない?」
「………………」
「想像できた? ってことは、ウサギちゃんも似たような目に遭った?」
「…………いえ」
「その否定、なんのため? セトのときと同じよね?」
「…………いいえ」
「彼らをなんで庇うのか理解してあげられない。でも、アドバイスするならシンプルだわ。ヴァシリエフの人間は、誰も信じてない。自分の身内しか見えてない。ここ1年、どこのコミュニティも放置で自分たちのことしか護ってなかった。なんでウサギちゃんを保護したのか知らないけど……その反応みても、まともじゃなさそうね?」
「……わたしは、じぶんで……」
自分で、選んだ。
その主張は、ふいにジゼルが携帯端末を取り出したせいで途切れてしまった。
《——ジゼル》
「どうかした?」
《あの、ドラムく——侵入のコが……まだずっと倒してるんだけど……》
「まだやってるの?」
《うん……》
「休憩せずに? 水分とか携帯食料は?」
《とってないよ……だってジゼル、荷物は全部取りあげちゃったでしょ?》
「……そうね」
《……止める? いくらなんでも……》
「落とすよりマシでしょ。これくらいしないと他のコが納得しない」
《でも……これで何かあったら、ヴァシリエフハウスを敵に回すよね……?》
「無所属って話が嘘ならね」
《今は、アトランティスも人が抜けて大変だし……いざとなっても、こっちを助ける余裕ないかもしれないよ?》
「……解放しろって言うの?」
《というか……中で長く利用するのが、危険じゃない? 感染したら……このコ、ロボで倒せる気がしないよ。通例どおり落とすか……捕まえて、外のとこで感染させて壁にする……とか》
「……カシ、あんた自分の言ってること分かってる?」
《え? ……うん、分かってると思うけど……?》
「ヴァシリエフを敵に回すって言ったのに、その解決策はおかしくない?」
《あ……そうだね、ごめん。すごく強いから……味方になったら心強いかなぁって》
「そんなに強いの? 何人集まったの?」
《えーっと……15人いったかな?》
「……冗談でしょ?」
《ほんとだよ》
「まだ5時間くらいなのに? どうやってんの?」
《場所移動して……真っ暗になったせいか、セトくんが鳴らしてる音に感染者もしっかり反応してきたの。みんな外に出てきたし……今さっきたくさん固まってるところに突っ込んでいったから……》
「………………」
ジゼルが絶句した。ピアスから音声を聞いているのか、こちらにはジゼルの声しか聞こえていない。
横でバンドを眺めながら呑み続けていたセミロングの女性が、
「なぁに? セトくんやられた?」
「やられてない。……ほら、あんたが変なこと言うからウサギちゃん怖がってるでしょ」
「えっごめん?」
不穏な単語はすぐに否定された。否定されたが……
「……あの、」
「ん? なにー?」
「セトは……どこに、いるの?」
「閉鎖地区?」
「へいさちく……?」
「感染者が片付いてないとこ、お掃除してくれてるんだよ」
「……それは……〈きけん〉は……ない?」
「危険だよ。でもそれが解放の条件だから……むしろ甘いほう。普通ならラグーンに落として終わり。……でも侵入してきたのって、ここのコに暴力ふるってた危ない奴くらいしか前例ないからなぁ……今回は特殊だよね、ジゼル? ……ジゼルさん? 私の話きいてる?」
「聞いてない。しばらく黙ってて、あっちと繋ぐから」
危険、と言った。聞き違いではない。ジゼルに問いかけたことで話を終えてしまったが、
「セトは〈きけん〉なのっ?」
驚きから声をあげると、女性の不思議そうな顔に並んで、ジゼルが「セトは無事」短く返してから通話に集中した。
《——なんだ》
「……あんたまさか本気で今日中に50集めようとしてない?」
《今日中なんて無理だ。まだ20もいってねぇんだぞ。どうやっても朝までかかるだろ》
「……朝までやるわけ?」
《ああ》
「死ぬよ?」
《殺したいんじゃねぇのかよ。そうじゃなかったらこんなとこ放り込まねぇよな》
「殺したいとは思ってない。死んでくれても平気なだけ」
《そうかよ。あいにく俺はこれくらい慣れてるから死んでやらねぇけどな》
「……あんた人間よね?」
《そう思うなら水くらい寄越せ。——つか、ウサギは? そっちはどうなってんだよ》
「隣にいる。……ウサギちゃん、なんか喋って」
唐突に端末を出された。
疑問ながら「……セトはほんとうに〈ぶじ〉ですか?」通話先の相手に尋ねてみると、
《……おう、無事だ》
「セトっ?」
本人の声が端末から聞こえた。思わず端末を手に取って、「そうじ、かんせんしゃ……いま、しったから! 〈きけん〉と……ぶじっ?」心配する気持ちから勢いで話したが、通信の奥で困惑する気配が。
《……なんつった?》
(まったく伝わってない!)
衝撃を抑えて、気持ちも抑えて、頭のなかで言葉を整列させる。
「セトが、〈かんせんしゃ〉を〈そうじ〉してるとききました。〈きけん〉だと、ききました。……どうして、いってくれなかったの……?」
《わざと黙ってたわけじゃねぇよ。説明するのが面倒くせぇなと思っただけで……》
「……めんどくさい、と、いった?」
《……いや、あれだ。大したことじゃねぇから。説明するほどじゃねぇなと思った》
「………………」
《——まあ、そういう訳だからな。こっちは気にすんな。回転数あがってきたから明るくなるまでに片付くだろ》
「わたしに……できることは……」
《お前はじっとしとけ。そこで大人しくしとくだけで充分だから。とにかく余計に動くなよ。いいな?》
いいな? と訊いておきながら、返事を待たずに「じゃあな」と通信を切られた。
「………………」
「…………ウサちぃ、セトくんのペットか」
「やめなさい」
当たらずしも遠からず。
まるで小さい子を相手するみたいに諭したセトは、私を対等には見ていない。
今まで心配してくるのは罪悪感からだと思っていたけれど……なんか違う。
年末年始のあいだ、雪かきをして少し頼られるようになった気がしていたのだが、勘違いだったのか……。
考え込みながら、テーブルに載せていたカップを取り、余っていた分を飲み干した。
「あ……ウサちぃ、それ私のカップじゃ……?」
口に広がった違和感。
強いアルコールだと気づいたときには、かっと顔が熱くなっていて——
ああ、こういう不注意なところがダメなのか——と、自分の不甲斐なさに小さく打ちのめされていた。
86
お気に入りに追加
80
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる