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Chap.2 嘘吐きセイレーン
Chap.2 Sec.3
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動きやすく丈夫な素材。それに加えて、胴体には防弾防刃仕様の軽量インナー。
かっちりと身につけた彼女の見た目は、ぱっと見ただのアクティブウェアだが、ありとあらゆる最先端技術が詰め込まれた最高級の装いだった。本来の金額を本人は知らない。
「……これならば、少しはリスクが下がるだろう」
ロキとの外出に備えて着替えた彼女を、上から下まで確認したイシャンは(よし)とでも言うように深くうなずいた。リビングのテーブルに座るロキは、うんざりとした細い目を送っている。向かいのハオロンも、苦笑の混じった笑みを見せていた。
あきれがちな二組の目の先で、彼女はイシャンの講習を素直に受けている。
「こちらのバトンは先端がスタンガンになっているので……」
銃器を渡す気がないイシャンだったが、彼女用に護身グッズを用意していたらしく、てきぱきと説明して彼女に手渡していた。護身グッズと簡易治療キットを腰のベルトにつけ万全の状態である彼女に、ロキがぼそりと「なァ、オレいるんだけど? オレ死ぬ前提?」そこまでやる必要はあるのかと懐疑的な独り言をもらした。
今から戦場に行くのだろうと思われる格好が完成したところで、やっとイシャンが離れ、ロキは立ち上がった。
「仔ウサギちゃん、そろそろ行けますかァ~?」
頭頂部に落ちる気怠い声に、彼女が顔を上げた。
「いけるとおもう」
「これ以上かかンなら置いてくとこだったなァ~」
ロキは鼻で笑いながら、壁に掛かっていた薄手の防寒着を取り、彼女に手渡す。自分の分も手に取って羽織ると、外に出るため壁へと手をかざした。切り込みの入った壁がなめらかに割れて、ドアが開く。少しだけくぐるように頭を下げるロキは、地面へと降りると寒空を仰いだ。
「さむっ」
彼女も地に足をつける。乾燥した冷たい空気に、顔のパーツをきゅっと寄せた。
ぴょんっと飛び降りたハオロンも、
「さむぅ~! 油断してたわ、これ発熱モード必須やの」
山あいのハウスより南の平地ならば、と。気温の面で甘くみていた面々は、それぞれ靴やグローブなどの温度を設定してから、背後のイシャンに「いってきます」を告げた。(もちろんロキは無言)
近未来感の薄い、クラシックな雰囲気の建物が並ぶ道を歩いていく。ハオロンはぴょんぴょんと駆けていき、先に周囲を回っていた調査用のロボを遠目に見つけた。今回は3台派遣している。
淡く輝く薄ピンクの前髪をなびかせて、ハオロンはくるりと振り返った。
「ねぇ~? 今回って、なんでここなんやっけ?」
歴史的な雰囲気の街並みを眺めていた彼女が、ハオロンへと目を戻す。彼女が答えるまでもなく、シンプルなゴーグル状の眼鏡を掛けたロキが、
「セーフハウス周りの確認」
「あぁ~! ほやの、この辺にも作ったわ。保護された城が多くて住人が少なかったから……制圧めっちゃ簡単やったがの?」
「まァね」
表面に浅くひびの入った地面を、自己法則で飛び跳ねていたハオロンは、ふいにピタリと足を止めた。
「……ハオロン?」
呼びかけた彼女に、人さし指で沈黙を指示する。耳につけたイヤフォンへと集中しながら、オレンジブラウンの眼はロキへと向いた。
グラス越しに目を合わせた彼らは、暗黙のうちにコミュニケーションをとる。ロキの横にいた彼女が不安げに見上げると、ロキはグラスに映る何かを見ながら、
「誰かいる。ロボが感知した。ここから500メートル先」
「……かんせんしゃ?」
「見た目で判断するなら発症はしてない。非感染かどうかは判断できない。ロボに怯えてる」
「? ……〈ぐらす〉に、うつってるの?」
「そ。女、20前後、弱そう」
「……じょせい?」
「ハオロン、行く? こんなとこに独りでいるなんてありえねェけど……トラップにしても地味だなァ」
「ん~……武器探知には反応せんかったんやろ? ってことは丸腰?」
「見た目は薄いワンピース1枚に裸足。武器どころかポーチひとつ身につけてない」
「身ひとつ? どこかから逃げ出して来たんやろか……ん? なんかこんな話、前にもあったがの? 最近クリアしたゲームかぁ……?」
首をひねるハオロンが記憶をあさりながら——彼女の顔を見て、「あぁ!」合点がいった。
「ありす!」
「はい」
「違うわ、名前呼んだんやなくてぇ……状況がありすと一緒やが。もしかして元仲間かぁ?」
「……なかま? ……わたしの?」
「ちょっと見に行こさ」
駆け出したハオロンを、ロキは止めることなくゆっくりと歩きで追いかけていく。風のように速いハオロンの姿に瞠目する彼女も、止まっていた足をあわてて動かし、
「わたしと、おなじ? なかま?」
ロキの横顔を見上げて尋ねた。グラスの奥からのぞく目が、彼女に落とされる。
「さァ? ロボ越しに尋問かけてみたけど話さねェんだよなァ~」
「……はなせない? 〈きょうつうご〉が、わからない?」
「かもねェ……」
彼女にとっては重大事件なのだが、ロキのほうは興味の薄いようすで、たらたらと歩いている。
早まる気持ちを抑えてロキの歩速に合わせ、じりじりとした彼女がたどり着いたときには、発見から10分近く経っていた。そのあいだにハオロンから《感染してない》との報告が届いてはいた。
道ばたではなく、建物の中。ハオロンの小柄な背が見える。近寄るロキと彼女の気配に振り返り、
「二人とも遅すぎやわ」
ハオロンは両肩を上げてため息を鳴らすと、横にずれる。ロキと彼女の視界に入ったのは、金髪の——
彼女は思わず、『わぁ』と声にならない感嘆をこぼしていた。息を呑むような音に、向こうの女性が反応して目を返す。鮮やかな青。サクラの虹彩よりも明るく、アリアに近いキラキラとした水色。豊かな金の髪は艶やかに波打ち、腰まで届きそうなほど長い。白い肌の上でバラ色に染まる頬と唇が目を惹く。
ティアを思い出す儚さに、うっとりする温もりが宿ったような美しさ——
「——で? どこの誰?」
急に発せられたロキの声に、見惚れていた彼女はハッとして意識を取り戻した。金の髪をした女性も、掛けられた声の強さにびくりとしてロキを見返している。
ハオロンが間に入り、「まぁまぁ」ゆるい空気で仲裁役を買って出た。
「名前はマガリーやって。出身は海上都市らしいわ……海上都市で仲間割れしたチーム? の、ひとりっぽいの」
「なんでアンタが説明してンの? そんだけ伝達できンなら共通語わかるンじゃん?」
「あぁ、ありすと違って共通語は分かるんやけどぉ……喋れんのやって。筆談でちょこっと訊いたとこ」
「どォゆうこと?」
「声が出んみたいやわ。……精神的なやつ?」
ロキが無言で怪訝な目を向ける。こてんっと幼く首を傾けるハオロンは、
「あはは……どぉしよかぁ~?」
「どォするって、いつもどおり携帯食料やら衣類やら渡したらい~じゃん? コミュニティ送ってやろうにも海上都市は出てンだろ? どォしようもねェよな?」
「ほやけどぉ……」
ロキとハオロンの会話を追って目を行ったり来たりさせていたその女性——マガリーは、ふっと視線をもうひとりの彼女へと移した。彼女も同じくロキたちのやり取りを様子見していたが、自分への視線を感じて振り返る。
長袖だがワンピース一枚きりで、晒された素足は小さく震えている。建物の中とはいえ、その格好では寒すぎる。
「あの、これ……よかったら」
彼女——ウサギが、羽織っていた防寒着を脱いでマガリーに差し出した。丸く開かれた水色の眼は、びっくりしたように戸惑っていたが……そろりと手を伸ばして受け取る。ウサギは靴もなんとかしてあげたいと思っているらしく、自分の物を渡してもいいだろうかと悩んでいると、
「寒いって。風邪ひくじゃん」
ロキが自分の防寒着を脱いでウサギの肩へと掛けた。
ただ、受け取った彼女は「ありがとう、たすかる」理解のズレをもってして、その防寒着をマガリーの腰にくるりと巻き、袖部を結んだ。ロキが「えェ~?」不満の声をあげるが、きょとんとした顔で見返している。何も伝わっていない。
急にモコモコとしてきたマガリーの、残る脚を見つめて、
「〈くつ〉が……ない」
「だから何?」
「わたしの〈よび〉が……〈くるま〉にある」
「ロボに持って来させンの?」
「………………」
「……は? なにその目」
じっ——と、懇願の思いで見上げてくる黒い瞳。理解して、たじろぐロキがハオロンに、
「いや、連れ帰るのは無理じゃね? オレらだけならまだしも軍犬いるじゃんなァ?」
「ん~……でもぉ、海上都市の情報もってるわけやしぃ……待機してる彼も受け入れてくれるかもぉ……?」
「じゃ、ちびっ子が交渉して。オレはヤだから」
「えぇ~? うちかぁ~?」
軍犬・ちびっ子との呼び名が出たことで、ウサギは二人が全員の名を意図的に伏せていることを察した。
しぶしぶといった感じで、ハオロンがモーターホームへと連絡を入れる。
「……ねぇ~、怒らんと聞いての? じつは、第二のありすを見つけて……ほやからぁ、つまり人間を拾ったって話やが。……ん~ん、ひとり。まったくの丸腰で、海上都市の出身らしいんやけどぉ…………そこをなんとか! うちかって反対やよ? でも喋れんらしくて……え? あ、そぉじゃなくて、声が出んの。共通語は分かってる…………さぁ~? そこの共通点は今のところ分からんけどぉ……あぁ! そっちは訊いてないわ」
イヤフォンを通してイシャンと話していたハオロンが、ブレス端末の画面をマガリーへと表示した。文字を入力するための画面。筆談はこれで行われていたらしい。
「マガリー、こっちのありす……やなくてぇ、黒髪のコ、見たことあるかぁ?」
ハオロンの問いに、水色の眼がウサギを捉える。ぱちりと瞬く金の睫毛はとても長く、見つめられたウサギは(人形のようだな)と変に緊張してかしこまっていた。
《見たことはないです》
マガリーの入力した文字が音声化されると、ハオロンがイシャンに答えを返した。
「面識ないっぽいわ……まぁ、海上都市の人間は多いしの。…………え、ほんとに? いいの? ……ほやの、連絡はしといて。念のため、上の兄さんに」
ハオロンの指す〈上の兄さん〉が誰か。分かってしまったウサギが、そろーっとロキの顔をうかがい見る。イラついているかと思いきや、ロキは別のこと(セト捜し)に意識が向いていて、「なァ、オレら別に要らなくねェ? ちびっ子と軍犬でなんとかしてよ」この事態を早く片付けてしまいたい気持ちが表に出ていた。
そんなロキを見上げるのは、ウサギだけではなかった。
澄んだ水のように透きとおる眼が、グラスの奥を見つめている。
ただ静かに、うるりと輝く瞳でまなざしを注ぐその顔は、海に棲むセイレーンのように美しく憂いを帯びていた。
かっちりと身につけた彼女の見た目は、ぱっと見ただのアクティブウェアだが、ありとあらゆる最先端技術が詰め込まれた最高級の装いだった。本来の金額を本人は知らない。
「……これならば、少しはリスクが下がるだろう」
ロキとの外出に備えて着替えた彼女を、上から下まで確認したイシャンは(よし)とでも言うように深くうなずいた。リビングのテーブルに座るロキは、うんざりとした細い目を送っている。向かいのハオロンも、苦笑の混じった笑みを見せていた。
あきれがちな二組の目の先で、彼女はイシャンの講習を素直に受けている。
「こちらのバトンは先端がスタンガンになっているので……」
銃器を渡す気がないイシャンだったが、彼女用に護身グッズを用意していたらしく、てきぱきと説明して彼女に手渡していた。護身グッズと簡易治療キットを腰のベルトにつけ万全の状態である彼女に、ロキがぼそりと「なァ、オレいるんだけど? オレ死ぬ前提?」そこまでやる必要はあるのかと懐疑的な独り言をもらした。
今から戦場に行くのだろうと思われる格好が完成したところで、やっとイシャンが離れ、ロキは立ち上がった。
「仔ウサギちゃん、そろそろ行けますかァ~?」
頭頂部に落ちる気怠い声に、彼女が顔を上げた。
「いけるとおもう」
「これ以上かかンなら置いてくとこだったなァ~」
ロキは鼻で笑いながら、壁に掛かっていた薄手の防寒着を取り、彼女に手渡す。自分の分も手に取って羽織ると、外に出るため壁へと手をかざした。切り込みの入った壁がなめらかに割れて、ドアが開く。少しだけくぐるように頭を下げるロキは、地面へと降りると寒空を仰いだ。
「さむっ」
彼女も地に足をつける。乾燥した冷たい空気に、顔のパーツをきゅっと寄せた。
ぴょんっと飛び降りたハオロンも、
「さむぅ~! 油断してたわ、これ発熱モード必須やの」
山あいのハウスより南の平地ならば、と。気温の面で甘くみていた面々は、それぞれ靴やグローブなどの温度を設定してから、背後のイシャンに「いってきます」を告げた。(もちろんロキは無言)
近未来感の薄い、クラシックな雰囲気の建物が並ぶ道を歩いていく。ハオロンはぴょんぴょんと駆けていき、先に周囲を回っていた調査用のロボを遠目に見つけた。今回は3台派遣している。
淡く輝く薄ピンクの前髪をなびかせて、ハオロンはくるりと振り返った。
「ねぇ~? 今回って、なんでここなんやっけ?」
歴史的な雰囲気の街並みを眺めていた彼女が、ハオロンへと目を戻す。彼女が答えるまでもなく、シンプルなゴーグル状の眼鏡を掛けたロキが、
「セーフハウス周りの確認」
「あぁ~! ほやの、この辺にも作ったわ。保護された城が多くて住人が少なかったから……制圧めっちゃ簡単やったがの?」
「まァね」
表面に浅くひびの入った地面を、自己法則で飛び跳ねていたハオロンは、ふいにピタリと足を止めた。
「……ハオロン?」
呼びかけた彼女に、人さし指で沈黙を指示する。耳につけたイヤフォンへと集中しながら、オレンジブラウンの眼はロキへと向いた。
グラス越しに目を合わせた彼らは、暗黙のうちにコミュニケーションをとる。ロキの横にいた彼女が不安げに見上げると、ロキはグラスに映る何かを見ながら、
「誰かいる。ロボが感知した。ここから500メートル先」
「……かんせんしゃ?」
「見た目で判断するなら発症はしてない。非感染かどうかは判断できない。ロボに怯えてる」
「? ……〈ぐらす〉に、うつってるの?」
「そ。女、20前後、弱そう」
「……じょせい?」
「ハオロン、行く? こんなとこに独りでいるなんてありえねェけど……トラップにしても地味だなァ」
「ん~……武器探知には反応せんかったんやろ? ってことは丸腰?」
「見た目は薄いワンピース1枚に裸足。武器どころかポーチひとつ身につけてない」
「身ひとつ? どこかから逃げ出して来たんやろか……ん? なんかこんな話、前にもあったがの? 最近クリアしたゲームかぁ……?」
首をひねるハオロンが記憶をあさりながら——彼女の顔を見て、「あぁ!」合点がいった。
「ありす!」
「はい」
「違うわ、名前呼んだんやなくてぇ……状況がありすと一緒やが。もしかして元仲間かぁ?」
「……なかま? ……わたしの?」
「ちょっと見に行こさ」
駆け出したハオロンを、ロキは止めることなくゆっくりと歩きで追いかけていく。風のように速いハオロンの姿に瞠目する彼女も、止まっていた足をあわてて動かし、
「わたしと、おなじ? なかま?」
ロキの横顔を見上げて尋ねた。グラスの奥からのぞく目が、彼女に落とされる。
「さァ? ロボ越しに尋問かけてみたけど話さねェんだよなァ~」
「……はなせない? 〈きょうつうご〉が、わからない?」
「かもねェ……」
彼女にとっては重大事件なのだが、ロキのほうは興味の薄いようすで、たらたらと歩いている。
早まる気持ちを抑えてロキの歩速に合わせ、じりじりとした彼女がたどり着いたときには、発見から10分近く経っていた。そのあいだにハオロンから《感染してない》との報告が届いてはいた。
道ばたではなく、建物の中。ハオロンの小柄な背が見える。近寄るロキと彼女の気配に振り返り、
「二人とも遅すぎやわ」
ハオロンは両肩を上げてため息を鳴らすと、横にずれる。ロキと彼女の視界に入ったのは、金髪の——
彼女は思わず、『わぁ』と声にならない感嘆をこぼしていた。息を呑むような音に、向こうの女性が反応して目を返す。鮮やかな青。サクラの虹彩よりも明るく、アリアに近いキラキラとした水色。豊かな金の髪は艶やかに波打ち、腰まで届きそうなほど長い。白い肌の上でバラ色に染まる頬と唇が目を惹く。
ティアを思い出す儚さに、うっとりする温もりが宿ったような美しさ——
「——で? どこの誰?」
急に発せられたロキの声に、見惚れていた彼女はハッとして意識を取り戻した。金の髪をした女性も、掛けられた声の強さにびくりとしてロキを見返している。
ハオロンが間に入り、「まぁまぁ」ゆるい空気で仲裁役を買って出た。
「名前はマガリーやって。出身は海上都市らしいわ……海上都市で仲間割れしたチーム? の、ひとりっぽいの」
「なんでアンタが説明してンの? そんだけ伝達できンなら共通語わかるンじゃん?」
「あぁ、ありすと違って共通語は分かるんやけどぉ……喋れんのやって。筆談でちょこっと訊いたとこ」
「どォゆうこと?」
「声が出んみたいやわ。……精神的なやつ?」
ロキが無言で怪訝な目を向ける。こてんっと幼く首を傾けるハオロンは、
「あはは……どぉしよかぁ~?」
「どォするって、いつもどおり携帯食料やら衣類やら渡したらい~じゃん? コミュニティ送ってやろうにも海上都市は出てンだろ? どォしようもねェよな?」
「ほやけどぉ……」
ロキとハオロンの会話を追って目を行ったり来たりさせていたその女性——マガリーは、ふっと視線をもうひとりの彼女へと移した。彼女も同じくロキたちのやり取りを様子見していたが、自分への視線を感じて振り返る。
長袖だがワンピース一枚きりで、晒された素足は小さく震えている。建物の中とはいえ、その格好では寒すぎる。
「あの、これ……よかったら」
彼女——ウサギが、羽織っていた防寒着を脱いでマガリーに差し出した。丸く開かれた水色の眼は、びっくりしたように戸惑っていたが……そろりと手を伸ばして受け取る。ウサギは靴もなんとかしてあげたいと思っているらしく、自分の物を渡してもいいだろうかと悩んでいると、
「寒いって。風邪ひくじゃん」
ロキが自分の防寒着を脱いでウサギの肩へと掛けた。
ただ、受け取った彼女は「ありがとう、たすかる」理解のズレをもってして、その防寒着をマガリーの腰にくるりと巻き、袖部を結んだ。ロキが「えェ~?」不満の声をあげるが、きょとんとした顔で見返している。何も伝わっていない。
急にモコモコとしてきたマガリーの、残る脚を見つめて、
「〈くつ〉が……ない」
「だから何?」
「わたしの〈よび〉が……〈くるま〉にある」
「ロボに持って来させンの?」
「………………」
「……は? なにその目」
じっ——と、懇願の思いで見上げてくる黒い瞳。理解して、たじろぐロキがハオロンに、
「いや、連れ帰るのは無理じゃね? オレらだけならまだしも軍犬いるじゃんなァ?」
「ん~……でもぉ、海上都市の情報もってるわけやしぃ……待機してる彼も受け入れてくれるかもぉ……?」
「じゃ、ちびっ子が交渉して。オレはヤだから」
「えぇ~? うちかぁ~?」
軍犬・ちびっ子との呼び名が出たことで、ウサギは二人が全員の名を意図的に伏せていることを察した。
しぶしぶといった感じで、ハオロンがモーターホームへと連絡を入れる。
「……ねぇ~、怒らんと聞いての? じつは、第二のありすを見つけて……ほやからぁ、つまり人間を拾ったって話やが。……ん~ん、ひとり。まったくの丸腰で、海上都市の出身らしいんやけどぉ…………そこをなんとか! うちかって反対やよ? でも喋れんらしくて……え? あ、そぉじゃなくて、声が出んの。共通語は分かってる…………さぁ~? そこの共通点は今のところ分からんけどぉ……あぁ! そっちは訊いてないわ」
イヤフォンを通してイシャンと話していたハオロンが、ブレス端末の画面をマガリーへと表示した。文字を入力するための画面。筆談はこれで行われていたらしい。
「マガリー、こっちのありす……やなくてぇ、黒髪のコ、見たことあるかぁ?」
ハオロンの問いに、水色の眼がウサギを捉える。ぱちりと瞬く金の睫毛はとても長く、見つめられたウサギは(人形のようだな)と変に緊張してかしこまっていた。
《見たことはないです》
マガリーの入力した文字が音声化されると、ハオロンがイシャンに答えを返した。
「面識ないっぽいわ……まぁ、海上都市の人間は多いしの。…………え、ほんとに? いいの? ……ほやの、連絡はしといて。念のため、上の兄さんに」
ハオロンの指す〈上の兄さん〉が誰か。分かってしまったウサギが、そろーっとロキの顔をうかがい見る。イラついているかと思いきや、ロキは別のこと(セト捜し)に意識が向いていて、「なァ、オレら別に要らなくねェ? ちびっ子と軍犬でなんとかしてよ」この事態を早く片付けてしまいたい気持ちが表に出ていた。
そんなロキを見上げるのは、ウサギだけではなかった。
澄んだ水のように透きとおる眼が、グラスの奥を見つめている。
ただ静かに、うるりと輝く瞳でまなざしを注ぐその顔は、海に棲むセイレーンのように美しく憂いを帯びていた。
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