【完結】致死量の愛と泡沫に

藤香いつき

文字の大きさ
上 下
16 / 101
Chap.2 嘘吐きセイレーン

Chap.2 Sec.3

しおりを挟む
 動きやすく丈夫な素材。それに加えて、胴体には防弾防刃仕様の軽量インナー。
 かっちりと身につけた彼女の見た目は、ぱっと見ただのアクティブウェアだが、ありとあらゆる最先端技術が詰め込まれた最高級の装いだった。本来の金額を本人は知らない。

「……これならば、少しはリスクが下がるだろう」
 
 ロキとの外出に備えて着替えた彼女を、上から下まで確認したイシャンは(よし)とでも言うように深くうなずいた。リビングのテーブルに座るロキは、うんざりとした細い目を送っている。向かいのハオロンも、苦笑の混じったみを見せていた。
 あきれがちな二組の目の先で、彼女はイシャンの講習を素直に受けている。
 
「こちらのバトンは先端がスタンガンになっているので……」
 
 銃器を渡す気がないイシャンだったが、彼女用に護身グッズを用意していたらしく、てきぱきと説明して彼女に手渡していた。護身グッズと簡易治療キットを腰のベルトにつけ万全の状態である彼女に、ロキがぼそりと「なァ、オレいるんだけど? オレ死ぬ前提?」そこまでやる必要はあるのかと懐疑的な独り言をもらした。
 今から戦場に行くのだろうと思われる格好が完成したところで、やっとイシャンが離れ、ロキは立ち上がった。
 
ウサギちゃん、そろそろ行けますかァ~?」
 
 頭頂部に落ちる気怠けだるい声に、彼女が顔を上げた。
 
「いけるとおもう」
「これ以上かかンなら置いてくとこだったなァ~」
 
 ロキは鼻で笑いながら、壁に掛かっていた薄手の防寒着を取り、彼女に手渡す。自分の分も手に取って羽織ると、外に出るため壁へと手をかざした。切り込みの入った壁がなめらかに割れて、ドアが開く。少しだけくぐるように頭を下げるロキは、地面へと降りると寒空を仰いだ。
 
「さむっ」
 
 彼女も地に足をつける。乾燥した冷たい空気に、顔のパーツをきゅっと寄せた。
 ぴょんっと飛び降りたハオロンも、
 
「さむぅ~! 油断してたわ、これ発熱モード必須やの」
 
 山あいのハウスより南の平地ならば、と。気温の面で甘くみていた面々は、それぞれ靴やグローブなどの温度を設定してから、背後のイシャンに「いってきます」を告げた。(もちろんロキは無言)
 
 近未来感の薄い、クラシックな雰囲気の建物が並ぶ道を歩いていく。ハオロンはぴょんぴょんと駆けていき、先に周囲を回っていた調査用のロボを遠目に見つけた。今回は3台派遣している。
 淡く輝く薄ピンクの前髪をなびかせて、ハオロンはくるりと振り返った。
 
「ねぇ~? 今回って、なんでここなんやっけ?」

 歴史的な雰囲気の街並みを眺めていた彼女が、ハオロンへと目を戻す。彼女が答えるまでもなく、シンプルなゴーグル状の眼鏡グラスを掛けたロキが、
 
「セーフハウス周りの確認」
「あぁ~! ほやの、この辺にも作ったわ。保護された城が多くて住人が少なかったから……制圧めっちゃ簡単やったがの?」
「まァね」
 
 表面に浅くひびの入った地面を、自己法則で飛び跳ねていたハオロンは、ふいにピタリと足を止めた。
 
「……ハオロン?」

 呼びかけた彼女に、人さし指で沈黙を指示する。耳につけたイヤフォンへと集中しながら、オレンジブラウンの眼はロキへと向いた。
 グラス越しに目を合わせた彼らは、暗黙のうちにコミュニケーションをとる。ロキの横にいた彼女が不安げに見上げると、ロキはグラスに映る何かを見ながら、
 
「誰かいる。ロボが感知した。ここから500メートル先」
「……かんせんしゃ?」
「見た目で判断するなら発症はしてない。非感染かどうかは判断できない。ロボにおびえてる」
「? ……〈ぐらす〉に、うつってるの?」
「そ。女、20前後、弱そう」
「……じょせい?」
「ハオロン、行く? こんなとこに独りでいるなんてありえねェけど……トラップにしても地味だなァ」
「ん~……武器探知には反応せんかったんやろ? ってことは丸腰?」
「見た目は薄いワンピース1枚に裸足。武器どころかポーチひとつ身につけてない」
「身ひとつ? どこかから逃げ出して来たんやろか……ん? なんかこんな話、前にもあったがの? 最近クリアしたゲームかぁ……?」
 
 首をひねるハオロンが記憶をあさりながら——彼女の顔を見て、「あぁ!」合点がいった。
 
「ありす!」
「はい」
「違うわ、名前呼んだんやなくてぇ……状況がありすと一緒やが。もしかして元仲間かぁ?」
「……なかま? ……わたしの?」
「ちょっと見に行こさ」
 
 駆け出したハオロンを、ロキは止めることなくゆっくりと歩きで追いかけていく。風のように速いハオロンの姿に瞠目どうもくする彼女も、止まっていた足をあわてて動かし、
 
「わたしと、おなじ? なかま?」

 ロキの横顔を見上げて尋ねた。グラスの奥からのぞく目が、彼女に落とされる。
 
「さァ? ロボ越しに尋問かけてみたけど話さねェんだよなァ~」
「……はなせない? 〈きょうつうご〉が、わからない?」
「かもねェ……」
 
 彼女にとっては重大事件なのだが、ロキのほうは興味の薄いようすで、たらたらと歩いている。
 早まる気持ちを抑えてロキの歩速に合わせ、じりじりとした彼女がたどり着いたときには、発見から10分近く経っていた。そのあいだにハオロンから《感染してない》との報告が届いてはいた。
 
 道ばたではなく、建物の中。ハオロンの小柄な背が見える。近寄るロキと彼女の気配に振り返り、
 
「二人とも遅すぎやわ」
 
 ハオロンは両肩を上げてため息を鳴らすと、横にずれる。ロキと彼女の視界に入ったのは、金髪の——
 
 彼女は思わず、『わぁ』と声にならない感嘆かんたんをこぼしていた。息をむような音に、向こうの女性が反応して目を返す。鮮やかな青。サクラの虹彩こうさいよりも明るく、アリアに近いキラキラとした水色。豊かな金の髪はつややかに波打ち、腰まで届きそうなほど長い。白い肌の上でバラ色に染まる頬と唇が目をく。
 ティアを思い出すはかなさに、うっとりする温もりが宿ったような美しさ——
 
「——で? どこの誰?」
 
 急に発せられたロキの声に、見れていた彼女はハッとして意識を取り戻した。金の髪をした女性も、掛けられた声の強さにびくりとしてロキを見返している。
 ハオロンが間に入り、「まぁまぁ」ゆるい空気で仲裁役を買って出た。
 
「名前はマガリーやって。出身は海上都市らしいわ……海上都市で仲間割れしたチーム? の、ひとりっぽいの」
「なんでアンタが説明してンの? そんだけ伝達できンなら共通語わかるンじゃん?」
「あぁ、ありすと違って共通語は分かるんやけどぉ……しゃべれんのやって。筆談でちょこっと訊いたとこ」
「どォゆうこと?」
「声が出んみたいやわ。……精神的なやつ?」
 
 ロキが無言で怪訝けげんな目を向ける。こてんっと幼く首を傾けるハオロンは、
 
「あはは……どぉしよかぁ~?」
「どォするって、いつもどおり携帯食料やら衣類やら渡したらい~じゃん? コミュニティ送ってやろうにも海上都市は出てンだろ? どォしようもねェよな?」
「ほやけどぉ……」
 
 ロキとハオロンの会話を追って目を行ったり来たりさせていたその女性——マガリーは、ふっと視線をもうひとりの彼女へと移した。彼女も同じくロキたちのやり取りを様子見していたが、自分への視線を感じて振り返る。
 長袖だがワンピース一枚きりで、さらされた素足は小さく震えている。建物の中とはいえ、その格好では寒すぎる。
 
「あの、これ……よかったら」
 
 彼女——ウサギが、羽織っていた防寒着を脱いでマガリーに差し出した。丸く開かれた水色の眼は、びっくりしたように戸惑っていたが……そろりと手を伸ばして受け取る。ウサギは靴もなんとかしてあげたいと思っているらしく、自分の物を渡してもいいだろうかと悩んでいると、
 
「寒いって。風邪ひくじゃん」

 ロキが自分の防寒着を脱いでウサギの肩へと掛けた。
 ただ、受け取った彼女は「ありがとう、たすかる」理解のズレをもってして、その防寒着をマガリーの腰にくるりと巻き、袖部を結んだ。ロキが「えェ~?」不満の声をあげるが、きょとんとした顔で見返している。何も伝わっていない。
 急にモコモコとしてきたマガリーの、残る脚を見つめて、
 
「〈くつ〉が……ない」
「だから何?」
「わたしの〈よび〉が……〈くるま〉にある」
「ロボに持って来させンの?」
「………………」
「……は? なにその目」
 
 じっ——と、懇願の思いで見上げてくる黒い瞳。理解して、たじろぐロキがハオロンに、
 
「いや、連れ帰るのは無理じゃね? オレらだけならまだしも軍犬いるじゃんなァ?」
「ん~……でもぉ、海上都市の情報もってるわけやしぃ……待機してるも受け入れてくれるかもぉ……?」
「じゃ、ちびっ子が交渉して。オレはヤだから」
「えぇ~? うちかぁ~?」

 軍犬・ちびっ子との呼び名が出たことで、ウサギは二人が全員の名を意図的に伏せていることを察した。
 しぶしぶといった感じで、ハオロンがモーターホームへと連絡を入れる。
 
「……ねぇ~、怒らんと聞いての? じつは、第二のありすを見つけて……ほやからぁ、つまり人間を拾ったって話やが。……ん~ん、ひとり。まったくの丸腰で、海上都市の出身らしいんやけどぉ…………そこをなんとか! うちかって反対やよ? でも喋れんらしくて……え? あ、そぉじゃなくて、声が出んの。共通語は分かってる…………さぁ~? そこの共通点は今のところ分からんけどぉ……あぁ! そっちは訊いてないわ」
 
 イヤフォンを通してイシャンと話していたハオロンが、ブレス端末の画面をマガリーへと表示した。文字を入力するための画面。筆談はこれで行われていたらしい。
 
「マガリー、こっちのありす……やなくてぇ、黒髪のコ、見たことあるかぁ?」

 ハオロンの問いに、水色の眼がウサギを捉える。ぱちりと瞬く金の睫毛まつげはとても長く、見つめられたウサギは(人形のようだな)と変に緊張してかしこまっていた。
 
《見たことはないです》

 マガリーの入力した文字が音声化されると、ハオロンがイシャンに答えを返した。
 
「面識ないっぽいわ……まぁ、海上都市の人間は多いしの。…………え、ほんとに? いいの? ……ほやの、連絡はしといて。念のため、上のあにさんに」

 ハオロンの指す〈上の兄さん〉が誰か。分かってしまったウサギが、そろーっとロキの顔をうかがい見る。イラついているかと思いきや、ロキは別のこと(セト捜し)に意識が向いていて、「なァ、オレら別に要らなくねェ? ちびっ子と軍犬でなんとかしてよ」この事態を早く片付けてしまいたい気持ちが表に出ていた。
 そんなロキを見上げるのは、ウサギだけではなかった。
 
 澄んだ水のように透きとおる眼が、グラスの奥を見つめている。
 ただ静かに、うるりと輝く瞳でまなざしを注ぐその顔は、海にむセイレーンのように美しく憂いを帯びていた。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

サドガシマ作戦、2025年初冬、ロシア共和国は突如として佐渡ヶ島に侵攻した。

セキトネリ
ライト文芸
2025年初冬、ウクライナ戦役が膠着状態の中、ロシア連邦東部軍管区(旧極東軍管区)は突如北海道北部と佐渡ヶ島に侵攻。総責任者は東部軍管区ジトコ大将だった。北海道はダミーで狙いは佐渡ヶ島のガメラレーダーであった。これは中国の南西諸島侵攻と台湾侵攻を援助するための密約のためだった。同時に北朝鮮は38度線を越え、ソウルを占拠した。在韓米軍に対しては戦術核の電磁パルス攻撃で米軍を朝鮮半島から駆逐、日本に退避させた。 その中、欧州ロシアに対して、東部軍管区ジトコ大将はロシア連邦からの離脱を決断、中央軍管区と図ってオビ川以東の領土を東ロシア共和国として独立を宣言、日本との相互安保条約を結んだ。 佐渡ヶ島侵攻(通称サドガシマ作戦、Operation Sadogashima)の副指揮官はジトコ大将の娘エレーナ少佐だ。エレーナ少佐率いる東ロシア共和国軍女性部隊二千人は、北朝鮮のホバークラフトによる上陸作戦を陸自水陸機動団と阻止する。 ※このシリーズはカクヨム版「サドガシマ作戦(https://kakuyomu.jp/works/16818093092605918428)」と重複しています。ただし、カクヨムではできない説明用の軍事地図、武器詳細はこちらで掲載しております。 ※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

処理中です...