199 / 228
Chap.17 ロックンキャロルでワルツを
Chap.17 Sec.10
しおりを挟む
それぞれの演奏が片付いたのもあり、全員がテーブルに向いていた。例のごとくセトがパクパクもぐもぐ料理をさらっていくものだから、メルウィンは(それ、まだアリスさんは味見してないと思う……)無言で訴えてみるが、伝わりそうにない。
「……アリスさん、デセールは、なにか食べました?」
セトを止めるのは(誰にも不可能なので)諦めて、彼女に声をかけた。「デセールは、まだ、なにも」首を振ったので、ちょうどいいタイミングだと思い、
「だったら、クリスマスプディングはいかがですか?」
「……くりすます、ぷりん……てぃあが、いってた?」
「ぁ……そうです、たぶん、それです。ティアくんの希望で作りましたから」
「おさけのけーき、と、ききました」
「ぇえっと……ブランデーは使ってますが、アルコールは飛んでるから……酔うことは、ないと思うんですけど……」
「……それなら、たべてみたい」
「はい、ぜひ!」
(よかった!) うれしくて、あらかじめ手配してあったワゴンを、すぐに呼び寄せた。横まで滑ってきたワゴンの上部が開かれ、スチームモードにかかっていたプディングの型ごと、ロボが取り出し、テーブルの上のプレートへ。ひっくり返されて現れたのは、ずっしりとした黒光りする蒸しケーキ。作ろうと決めてから今日までの時間が短かったので、マシンを駆使してスピード熟成させた。
離れたところにいたティアが、目を輝かせている。けれども、寄っては来なかった。遠慮しているのかも。
興味津々の彼女の目の前で、ワゴンから、温めたブランデーの入った小さな銀の柄杓を取り出し、左手に持つ。右手は“ひみつ道具”。
「——あの、ミヅキくん。照明を落としてもらえる?」
《——まかせて!》
ハンドベルを奏でるみたいな声が、頼もしく応える。ふっと照明が消え、明るいボールルームに慣れていた眼が、暗闇を感じるくらいまで。見えなくても、香りで分かる。プディングがある場所に柄杓を傾け、ブランデーをまとったプディングに——火を点した。
闇のなかに灯るのは、幻想的な青の炎。ブランデーの深く華やかなアロマに乗って、甘美な幸福へ誘いこむように、ゆらゆらと揺らめいた。
「……きれい」
見つめる彼女の瞳にも、炎が宿る。
その瞳を見て——メルウィンは、胸に痛みを覚えた。
——これは、アリスさんの歓迎会です。
ティアとロキから、“メルウィンの料理で彼女を引き止める”という無謀なアイディアを聞かされたのは、話し合いの翌々日。「そんなの無理だよっ」「大丈夫だよ」「無理とかナシ。やって」まったくメルウィンの意見を聞かないふたりに、ならば歓迎会を、と。彼女がここにいたくなるような、おもてなしを、みんなで。そんなふうに主張したけれど……本心は、違うところにあった。
彼女を喜ばせたい、安心させたい。純粋にそれだけで歓迎会を提案したわけじゃない。歓迎会として大事にしてしまえば、彼女が出ていきたいと言えなくなるかもしれない。そんな打算が、どこかにあった。
——行かないでほしい。
——ここにいてほしい。
それは僕のわがままだ。
僕は、僕の願いのために歓迎会をしたようなもので……なのに、彼女のためと偽った。それは、とてもずるいことだ。
メルウィンは直前で迷いが生まれ、アリアに相談している。
——メルウィンさんは、お姫様のことが、好きなのでしょうか?
——? もちろん、好きだよ?
——あぁ、そうではなくて……つまり、ハウスでいう、伴侶に望んでいるのか、と……。
——え!
そんなことは、考えたことがなかった。
思いもよらない話題に、そういうことも考えてみたけれど……loveかどうか、よく、分からない。でも、一緒に過ごす時間が——楽しい。
答えを出せないでいたメルウィンに、アリアは何かを察したように頷いていた。
——お姫様は……可哀想ですからね。
——ぇ……っと?
話の流れが読めず、意味を求めるように問いかけたメルウィンに、アリアはとても優しく微笑んだ。
——人は、自分より可哀想なひとに、優しくしたくなるんですよ?
「——めるうぃん?」
火は、消えていた。
短い時間だったが、停止していたメルウィンに、彼女の不思議そうな声が掛けられた。
「ぁ……えっと、明かりをつけましょうか」
光をゆっくりと取り戻したボールルームは、夢から覚めるように元どおりになった。
灯火につどっていた兄弟たちの眼を、メルウィンは、そっと見回す。誰もが平常をよそおっているけれど——きっと、メルウィンと同じなのだろう。
心を込めて謝罪をしたところで、罪は消えない——。
「……アリスさん、」
「?」
「これは、アリスさんが最初に、どうぞ」
切り分けたプディングを載せたプレートを、差し出す。受け取る彼女は、囁くようにして、
「せとが〈さいしょ〉だと、なくなっちゃうね?」
小さく、笑った。
セトを気にしてばかりいるメルウィンに向けた、内緒話。目の前の彼女は笑顔なのに——胸の痛みは、消えない。
同情は、罪だろうか。
慈悲は、傲慢?
それでも、優しくなれるなら——。
「……それは、ティアくんが怒っちゃいそうですね?」
軽い声で、秘密を返した。
胸の痛みも、隠して。
「……アリスさん、デセールは、なにか食べました?」
セトを止めるのは(誰にも不可能なので)諦めて、彼女に声をかけた。「デセールは、まだ、なにも」首を振ったので、ちょうどいいタイミングだと思い、
「だったら、クリスマスプディングはいかがですか?」
「……くりすます、ぷりん……てぃあが、いってた?」
「ぁ……そうです、たぶん、それです。ティアくんの希望で作りましたから」
「おさけのけーき、と、ききました」
「ぇえっと……ブランデーは使ってますが、アルコールは飛んでるから……酔うことは、ないと思うんですけど……」
「……それなら、たべてみたい」
「はい、ぜひ!」
(よかった!) うれしくて、あらかじめ手配してあったワゴンを、すぐに呼び寄せた。横まで滑ってきたワゴンの上部が開かれ、スチームモードにかかっていたプディングの型ごと、ロボが取り出し、テーブルの上のプレートへ。ひっくり返されて現れたのは、ずっしりとした黒光りする蒸しケーキ。作ろうと決めてから今日までの時間が短かったので、マシンを駆使してスピード熟成させた。
離れたところにいたティアが、目を輝かせている。けれども、寄っては来なかった。遠慮しているのかも。
興味津々の彼女の目の前で、ワゴンから、温めたブランデーの入った小さな銀の柄杓を取り出し、左手に持つ。右手は“ひみつ道具”。
「——あの、ミヅキくん。照明を落としてもらえる?」
《——まかせて!》
ハンドベルを奏でるみたいな声が、頼もしく応える。ふっと照明が消え、明るいボールルームに慣れていた眼が、暗闇を感じるくらいまで。見えなくても、香りで分かる。プディングがある場所に柄杓を傾け、ブランデーをまとったプディングに——火を点した。
闇のなかに灯るのは、幻想的な青の炎。ブランデーの深く華やかなアロマに乗って、甘美な幸福へ誘いこむように、ゆらゆらと揺らめいた。
「……きれい」
見つめる彼女の瞳にも、炎が宿る。
その瞳を見て——メルウィンは、胸に痛みを覚えた。
——これは、アリスさんの歓迎会です。
ティアとロキから、“メルウィンの料理で彼女を引き止める”という無謀なアイディアを聞かされたのは、話し合いの翌々日。「そんなの無理だよっ」「大丈夫だよ」「無理とかナシ。やって」まったくメルウィンの意見を聞かないふたりに、ならば歓迎会を、と。彼女がここにいたくなるような、おもてなしを、みんなで。そんなふうに主張したけれど……本心は、違うところにあった。
彼女を喜ばせたい、安心させたい。純粋にそれだけで歓迎会を提案したわけじゃない。歓迎会として大事にしてしまえば、彼女が出ていきたいと言えなくなるかもしれない。そんな打算が、どこかにあった。
——行かないでほしい。
——ここにいてほしい。
それは僕のわがままだ。
僕は、僕の願いのために歓迎会をしたようなもので……なのに、彼女のためと偽った。それは、とてもずるいことだ。
メルウィンは直前で迷いが生まれ、アリアに相談している。
——メルウィンさんは、お姫様のことが、好きなのでしょうか?
——? もちろん、好きだよ?
——あぁ、そうではなくて……つまり、ハウスでいう、伴侶に望んでいるのか、と……。
——え!
そんなことは、考えたことがなかった。
思いもよらない話題に、そういうことも考えてみたけれど……loveかどうか、よく、分からない。でも、一緒に過ごす時間が——楽しい。
答えを出せないでいたメルウィンに、アリアは何かを察したように頷いていた。
——お姫様は……可哀想ですからね。
——ぇ……っと?
話の流れが読めず、意味を求めるように問いかけたメルウィンに、アリアはとても優しく微笑んだ。
——人は、自分より可哀想なひとに、優しくしたくなるんですよ?
「——めるうぃん?」
火は、消えていた。
短い時間だったが、停止していたメルウィンに、彼女の不思議そうな声が掛けられた。
「ぁ……えっと、明かりをつけましょうか」
光をゆっくりと取り戻したボールルームは、夢から覚めるように元どおりになった。
灯火につどっていた兄弟たちの眼を、メルウィンは、そっと見回す。誰もが平常をよそおっているけれど——きっと、メルウィンと同じなのだろう。
心を込めて謝罪をしたところで、罪は消えない——。
「……アリスさん、」
「?」
「これは、アリスさんが最初に、どうぞ」
切り分けたプディングを載せたプレートを、差し出す。受け取る彼女は、囁くようにして、
「せとが〈さいしょ〉だと、なくなっちゃうね?」
小さく、笑った。
セトを気にしてばかりいるメルウィンに向けた、内緒話。目の前の彼女は笑顔なのに——胸の痛みは、消えない。
同情は、罪だろうか。
慈悲は、傲慢?
それでも、優しくなれるなら——。
「……それは、ティアくんが怒っちゃいそうですね?」
軽い声で、秘密を返した。
胸の痛みも、隠して。
20
あなたにおすすめの小説
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
エリート課長の脳内は想像の斜め上をいっていた
ピロ子
恋愛
飲み会に参加した後、酔い潰れていた私を押し倒していたのは社内の女子社員が憧れるエリート課長でした。
普段は冷静沈着な課長の脳内は、私には斜め上過ぎて理解不能です。
※課長の脳内は変態です。
なとみさん主催、「#足フェチ祭り」参加作品です。完結しました。
サディスティックなプリテンダー
櫻井音衣
恋愛
容姿端麗、頭脳明晰。
6か国語を巧みに操る帰国子女で
所作の美しさから育ちの良さが窺える、
若くして出世した超エリート。
仕事に関しては細かく厳しい、デキる上司。
それなのに
社内でその人はこう呼ばれている。
『この上なく残念な上司』と。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる