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Chap.10 DRINK ME, EAT ME
Chap.10 Sec.1
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香ばしく深みのある香り。温かさを覚える独特の芳香に、記憶から浮かび上がるものがあった。
——珈琲でも飲むか?
あのときも、私は泣いていた。逃げ出した日の朝。身体に残る恐怖から泣きじゃくる私を、セトは怒らずになだめてくれた。
思い返すと泣いてばかりだ。心を殺してみても、優しさにふれると——ぐらつく。彼らが、同じ仲間として受け入れてくれることを、心のどこかで期待しているのだろうか。
「お姫様、身体は温まりましたか?」
バスルームから出ると、優しげな低い声が聞こえた。
目を合わせて「……はい」頷くと、ほわりと湯気のように微笑んでくれる。青りんごの色をしたジャケットが鮮明だった。
不思議と珈琲の香りがするこの部屋は、アリアの私室だと思われる。室内は白とブラウンのツートーン。ぱきっとした黄色の、ひとり用ソファがアクセントになっていた。アリアは服も、知るかぎりは鮮やかな色を身に着けている。
勧められたのは黄色ではなくブラウンのソファで、私が腰を下ろすと、アリアは傍らにあったワゴンから透明のマグカップを取り出した。深い緋色の液体が透けて見える。
「ヴィン・ブリュレはいかがですか?」
「……びん、ぶるれ?」
「スパイスとフルーツの入った、温かいワインです」
「わいん……」
「ご心配なく。アルコールは飛んでいますから」
「……?」
「あぁ、つまり……お酒では、ないですよ」
「おさけは……ない」
「ええ。美味しいと思いますので、ぜひどうぞ」
「……ありがとう」
手渡されたカップには、うっすらと湯気が見える。立ちのぼる香りは甘く、口をつけるとフルーティな酸味が感じられた。香りほど甘くはない。
「……おいしい」
感想を伝えると、アリアは目を細めて優しく笑い、ソファへと腰を下ろした。正面ではなく、少しずれた斜めの位置。黄色のソファ。同じ中身だと思われるカップを手にして、アリアも口をつけた。とりわけて会話をすることなく、互いの動作音しか聞こえない静かな時を過ごした。
外で見つかってから一度も、どうしてあの場所にいたのか、濡れていたのか、言及されていない。
飲み終えたカップの底には、赤い染みができている。飲み終えてしまった——と、思った。居るための理由がなくなった気がして、そろりと目を向けると、アリアは何かを思考しているのか、手のなかのカップを見つめていた。
今は何時なのだろう。深夜から、未明と呼ぶべき時間帯に移り変わっているように思う。貸してもらった厚いローブはサイズが大きいが、シャワーで得た熱を中に閉じこめてくれている。冷えた身体に熱が戻ったせいか、じわじわと眠気が湧いていた。
「……眠れそうですか?」
澄んだ低音が、心地よく耳に響いた。目を上げたアリアは私の背後を指さし、問いかけていた。振り返るとベッドがあり、言葉の意味に——身を硬くしてしまってから、反応をごまかすように「……はい」肯定する。アリアは目じりを下げたまま、
「よければ、そちらのベッドを使ってください。私は目が冴えてしまって眠れそうにないので……下の研究室にいますから、何かご用があれば、連絡ください」
「……?」
「……私は、下の部屋に、行きます」
「……ありあは、したのへやに、いきます……?」
「ええ、……ですので、よければ、そちらのベッドで、お休みください」
なにか、思っていたのとは違う意味合いのことを提案されている気がする。伝わったかな? といった顔でこちらの様子を見ているアリアは、どうやら……私に対して性的な感情は抱いていないようだった。
「……わたしが、べっどで、ねる……?」
「はい。よろしければ、どうぞ」
「……ありあは、……ねむく、ない?」
「ええ、眠れそうにないので……思いきって、朝まで起きていようかと」
「………………」
「……いかがですか?」
ティアと違ってジェスチャーがない。けれど、ゆっくり話す言葉と表情で、なんとなく理解できた。
今度こそ伝わったかな? そんな顔が、私を見つめている。
「……ありがとう」
もっと上手く、言えたらいいのに。感謝を伝える言葉を学びたい——そう、強く思いながら、アリアに向けて深く頭を下げた。これで伝わるのか分からなかったが、顔を上げて見たアリアの顔はとても優しかった。
「お役に立てるなら、何よりです」
歌うように話すその声は、安らぎの音色をしている。ブルーの眼に映る柔和な光を見返しながら、全身に広がっていた緊張が解けるのを感じていた。
——ボクが、助けてあげようか?
頭に残る、夢みたいな声の響きも——穏やかなアリアの声によって、そっと溶けていった。
——珈琲でも飲むか?
あのときも、私は泣いていた。逃げ出した日の朝。身体に残る恐怖から泣きじゃくる私を、セトは怒らずになだめてくれた。
思い返すと泣いてばかりだ。心を殺してみても、優しさにふれると——ぐらつく。彼らが、同じ仲間として受け入れてくれることを、心のどこかで期待しているのだろうか。
「お姫様、身体は温まりましたか?」
バスルームから出ると、優しげな低い声が聞こえた。
目を合わせて「……はい」頷くと、ほわりと湯気のように微笑んでくれる。青りんごの色をしたジャケットが鮮明だった。
不思議と珈琲の香りがするこの部屋は、アリアの私室だと思われる。室内は白とブラウンのツートーン。ぱきっとした黄色の、ひとり用ソファがアクセントになっていた。アリアは服も、知るかぎりは鮮やかな色を身に着けている。
勧められたのは黄色ではなくブラウンのソファで、私が腰を下ろすと、アリアは傍らにあったワゴンから透明のマグカップを取り出した。深い緋色の液体が透けて見える。
「ヴィン・ブリュレはいかがですか?」
「……びん、ぶるれ?」
「スパイスとフルーツの入った、温かいワインです」
「わいん……」
「ご心配なく。アルコールは飛んでいますから」
「……?」
「あぁ、つまり……お酒では、ないですよ」
「おさけは……ない」
「ええ。美味しいと思いますので、ぜひどうぞ」
「……ありがとう」
手渡されたカップには、うっすらと湯気が見える。立ちのぼる香りは甘く、口をつけるとフルーティな酸味が感じられた。香りほど甘くはない。
「……おいしい」
感想を伝えると、アリアは目を細めて優しく笑い、ソファへと腰を下ろした。正面ではなく、少しずれた斜めの位置。黄色のソファ。同じ中身だと思われるカップを手にして、アリアも口をつけた。とりわけて会話をすることなく、互いの動作音しか聞こえない静かな時を過ごした。
外で見つかってから一度も、どうしてあの場所にいたのか、濡れていたのか、言及されていない。
飲み終えたカップの底には、赤い染みができている。飲み終えてしまった——と、思った。居るための理由がなくなった気がして、そろりと目を向けると、アリアは何かを思考しているのか、手のなかのカップを見つめていた。
今は何時なのだろう。深夜から、未明と呼ぶべき時間帯に移り変わっているように思う。貸してもらった厚いローブはサイズが大きいが、シャワーで得た熱を中に閉じこめてくれている。冷えた身体に熱が戻ったせいか、じわじわと眠気が湧いていた。
「……眠れそうですか?」
澄んだ低音が、心地よく耳に響いた。目を上げたアリアは私の背後を指さし、問いかけていた。振り返るとベッドがあり、言葉の意味に——身を硬くしてしまってから、反応をごまかすように「……はい」肯定する。アリアは目じりを下げたまま、
「よければ、そちらのベッドを使ってください。私は目が冴えてしまって眠れそうにないので……下の研究室にいますから、何かご用があれば、連絡ください」
「……?」
「……私は、下の部屋に、行きます」
「……ありあは、したのへやに、いきます……?」
「ええ、……ですので、よければ、そちらのベッドで、お休みください」
なにか、思っていたのとは違う意味合いのことを提案されている気がする。伝わったかな? といった顔でこちらの様子を見ているアリアは、どうやら……私に対して性的な感情は抱いていないようだった。
「……わたしが、べっどで、ねる……?」
「はい。よろしければ、どうぞ」
「……ありあは、……ねむく、ない?」
「ええ、眠れそうにないので……思いきって、朝まで起きていようかと」
「………………」
「……いかがですか?」
ティアと違ってジェスチャーがない。けれど、ゆっくり話す言葉と表情で、なんとなく理解できた。
今度こそ伝わったかな? そんな顔が、私を見つめている。
「……ありがとう」
もっと上手く、言えたらいいのに。感謝を伝える言葉を学びたい——そう、強く思いながら、アリアに向けて深く頭を下げた。これで伝わるのか分からなかったが、顔を上げて見たアリアの顔はとても優しかった。
「お役に立てるなら、何よりです」
歌うように話すその声は、安らぎの音色をしている。ブルーの眼に映る柔和な光を見返しながら、全身に広がっていた緊張が解けるのを感じていた。
——ボクが、助けてあげようか?
頭に残る、夢みたいな声の響きも——穏やかなアリアの声によって、そっと溶けていった。
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