【完結】致死量の愛を飲みほして【続編完結】

藤香いつき

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Chap.9 盤上の赤と白

Chap.9 Sec.10

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 頭上で繋がれた、両の手首が痛い。皮膚をこする金属の感触は冷たくて、腕を押さえこむ彼の手は熱かった。

「もう抵抗せんの?」

 ベッドに寝そべる私の上で、ハオロンがこちらを見下ろしたまま問いかけた。彼の左手は私の腕の動きを奪っている。見かけによらず——おそらくティアよりもはるかに——強い力で圧迫されていた。突き飛ばそうなんて、あまい考えだった。私の身体は、自分で思っているよりもずっと非力だった。

「そんな泣かんでも……痛くはないやろ?」

 中に刺さった指が、ぐっと奥へ進む。脚の付け根から広がる違和感に、涙があふれた。彼の指がうごめくたびに、喉から悲鳴のような声があがる。太ももには彼の脚がのしかかっていて重たい。イシャンよりも軽いはずなのに、四肢のふしを正確に押さえられているのか、しびれたように身体を動かせなくなっていた。

「それも演技なんか……?」

 くすりと笑んだ唇が近づき、私のこめかみに流れていく涙を、舌先ですくった。その感触に震えて閉じたまぶたから、新たにしずくがこぼれる。笑うような吐息に混じって、「……かわいい」耳許で囁かれた。とろけるように響く声は、食卓で聞いていたものとは別人のようだった。

 身体のなかに沈む細い指がゆっくりと引き抜かれ、入り口を撫でまわす。れた爪先が敏感なところを引っき、腰が跳ねた。彼はずっと笑っている。

「痛いことは、まだなんもしてないのに……そんな泣けるって才能やね?」

 腕から離れた手が、脚を掴む。
 開かれた脚のあいだから、彼の熱が押し込まれていく。ためらいなく奥まで刺さる強さと、脚に食い込む細い指の力に、抵抗する気力が奪われていく。
 イシャンとは違う怖さが、身体の自由をなくしていた。

「うちが怖くて泣いてるの? ……ありすは可愛いねぇ……」

 それでも、腰をゆるく動かされると、嬌声きょうせいめいた音が鳴った。彼の両手が、頬を包み込むように触れてくる。手を追うように寄せられた彼の口が、私の声を呑み込み、ふっくらとした小さな唇が重なる。赤い花びらのような唇は、とげのあるバラを真似まねて、歯先で唇にみ付いてみせた。わななく身体は、きっと彼を喜ばせるだけで、止めることはできない。

 痛みのあるキスは、血の味がする。端正に編まれた髪が、彼の首から流れ落ちて、私の首筋をくすぐった。
 子供みたいな彼はどこへいってしまったのだろう。話し方も違う。音色も、語尾のゆれ方も。ほんとうに、別人のようだった。

 でも——そうか。みんな、この時間は違った。身体を重ねるとき、私がそのひとに対して漠然といだいていた印象は鳴りをひそめ、知らない顔が現れる。目つきや声の響きすら、誰もが変わっていて。どれが本当なのか、わからなくなる。

「……はおろん」
「ん?」
「……いたい、は……やめて」

 わずかな希望も、ないのに。離れた唇の隙間で、そっとすがった。近い距離で繋がっている視線の先の笑顔は、崩れない。

「聞こえんわ……ごめんの?」

 その謝罪の音は、微笑みの吐息を含んでいた。激しくなる腰の動きに、もう何も言えず口を閉じた。喉に閉じめられた声は、くぐもった音を鳴らしている。イシャンのときと違って、痛みだけでないことが、何よりも怖かった。
 時間をかけて入念に慣らされた身体は、異物を受け入れて、刺激を得ようと吸い付いている。腰に鋭くひらめく感覚から、逃げずに、すべて拾いきろうと——あさましい欲望が生まれていた。

 気持ちいいなんて、思いたくないのに。こんなの、まるで——。

「——可愛い、ありす。ずっと泣いててな?」

 かすれた声で優しく唱えられた言葉に、

——泣くな。

 脳裏で誰かの声が重なった気がした。
 泣いても何にもならないと、何度も言い聞かせてきたのに。
 いつまでも、果てなくこぼれ続けるこの雫は、いつれるだろうか。
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