【完結】致死量の愛を飲みほして【続編完結】

藤香いつき

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Chap.7 墜落サイレントリリィ

Chap.7 Sec.10

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 ロキに肩を抱かれると、身長差のせいか囲われているような拘束感を覚える。顔の位置が遠いので、視界は蛍光ピンクの上衣しか入らない。
 再びエントランスホールに戻りながら、コンパスの差で歩きにくさを感じていた。最後に固まっていたメルウィンの姿が頭に残っている。可能ならば、あのまま料理を手伝っていたかった。

「アンタ、ヴェスタと何してたの?」
「……べすた、と?」
「メルウィンと、何してたの?」
「めるうぃん……ごはん、つくる……」
「外にいたじゃん。外では料理しなくねェ?」
「…………びおら」
「ビオラ?」
「わたし……びおらを」
「……ビオラ演奏してたワケ? なんで外で?」
「…………びおら、エンソウ?」
「ビオラって楽器じゃん。あれで他に何できンの?」
「…………びおらは……たべる」
「はァ?」
「……?」
「アンタやっぱ、ちょっと頭おかしくね?」
「……あたま、オカシイ?」
「……い~けどね。やるコトやれれば」

 フッと、わらうみたいな息の音。エントランスの正面階段を上がりきると、ロキは私の顔をのぞき込んだ。

「そォいえばさ~、あのあとアイツとした?」
「…………?」
「セト、アンタのこと連れてったじゃん?」
「……せと?」
「セトと、した?」
「…………した?」
「襲うは分かるのになんで伝わらねェかなァ? ……セトは、アンタを襲ったかって訊いてンの」

 その質問は分かった。ただ答えていいかはわからない。セトとしていないという事実は、サクラの命令に反したことにならないだろうか。私が黙秘しても、セトが話せば当然意味はないのだが。

「…………なんで黙んの?」

 声にピリッとした圧が混ざった。曲げていた背を伸ばし、鮮やかな眼を細めて唇を曲げる。凶悪な微笑みがその顔をいろどった。

「オレさァ~……アンタには優しくしてあげよっかなァって、思ってンだけど……そォゆう反抗的な態度とると、気ィ変わるなァ~?」

 真っ赤な舌先をちらつかせて、殺伐とした声音を響かせた。焦りを覚えて後退あとずさりかけたが、背後は階段だと気づく。身動きがとれない。

「……ろき、……おこってる?」
「ン~? ……どォかねェ?」
「……どうして」
「どうしてって、ウサちゃんがオレに隠し事しよォとするからじゃん?」
「…………カクシゴト?」
「セトは、アンタを襲った? ……意味が分かるのに黙るのはなんで?」
「…………わからない」
「あ~そォ、そォゆう嘘言っちゃう?」

 突として伸びてきた長い両腕が、私の身体を持ち上げた。荷物みたいに軽々と運ばれ、階段横の手すりへと乗せられる。昨夜と同じ場所。身を強張らせる私に、ロキは笑った。

「このまま落としちゃおっかなァ~?」

 無邪気を装ってニコリとされたが、聞き取れた単語が明らかに物騒だった。足先から力が抜けていくような寒気がする。
 質問の意味は理解できたが、何故それで怒るのか。そんなに重要な質問だろうか。セトと性行為があったかどうか——それを知って、何になるのだろう。他人に話すべきことじゃないとさえ思うけれど、私にプライバシーは無いのか。

「まだ答える気になんねェ?」

 左肩をつかまれた。ロキの手によって押され、上半身が後ろに傾けられる。とっさに左右の手で手すりを掴み支えたが、バランスがあやうい。ロキが手を離せばおそらく落ちる。

「……ろき、やめて」

 血の気が引いた唇を動かせて訴えてはみるが、意味を成さない気がする。ロキの唇は歪んだまま、

「アイツは、アンタに手ェ出したの?」
「………………」
「黙る理由が分かんねェんだよなァ~? ……オレはさァ、オレのあとにヤりたくねェって言ってたアイツは、結局手ェ出したンかねェって……ただ純粋な疑問? ——で、訊いたワケ。なのにさァ、隠されると、なんか深読みしちゃうじゃん?」
「…………わからない」
「便利だねェ? その〈わからない〉ってのは。……けどさ、〈落とす〉はもう分かってンだろ?」

 ぐっと、肩に入る力が増し、これ以上いけないくらいに身体を傾けられた。——いや、もう耐えられそうにない。

 じわりと滲む涙が、非現実的なリアルに膜を張る。私はなんの為にここにいるのか。サクラの罰からセトを護りたいと思っていたけれど、それはおこがましいことだ。自分ですら護れないのに。メルウィンといて、私でも役に立てることがあるかも知れないと思ったのは勘違いだ。私がここにいる理由はない。要らない。あのとき、あるいは最初から、死んでいたら——そんなことを、ずっと夢想している。

 手すりを必死で掴む両手から、おのずと力が抜ける。ふと気づいた答えは、ひらめきに似た救いがあった。

 ——このまま、落ちてしまえば。

 この高さで頭を打てば、きっと死ぬことができる。
 もう二度と、なにも、恐れなくていい。
 つらいことも、泣きたいことも、自分の存在価値の無さに打ちひしがれることも、ない。
 死とは——なんて甘い誘惑なのだろう。それが悪魔の手招きだとしても、すべてが終わるなら、ためらうことなく——踏み出せる。

 この世界に、私を引き止めるものなんて、何もない。
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