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Chap.6 赤と黒の饗宴
Chap.6 Sec.9
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艶やかな黒のテーブルに向かって、全員が着席していた。大きな真円のテーブル中央にはドーナツのように穴があり、そこに小柄なロボット——テーブルに頭は届いておらず、視界をさえぎらない高さの物が1体。そのロボットは手の代わりとなるアームを、にょきりと出した。半透明の硬質なカードを華麗にあやつり、全席にカードを2枚ずつ配布していく。
奇妙なことに、プレイヤーに私も含まれている。というのも、円を均等に分けた位置にそれぞれ6つの座席があったのだが、そのうちの1つに座ったロキの脚のあいだ、これが現在の私の居場所になるので。背面のあるゆったりとした座席なので、狭すぎるということはない。でも、どう考えても近すぎる。頭の横から私の手札をのぞくロキの吐息まではっきりと感じる。これはいったいどういう状況だろう。「アンタはココ」と、短い指示のみでロキによって座らせられたのだが、まさか私がカードゲームをやるのだろうか。この2枚の手札で行うポーカーはさっき説明を受けたが、受けたからといって何故この顔ぶれでやらなければいけないのだろう。これはなんの儀式なのか。まったく理解できない。性行為よりは当然いい……とはいえ。
「あのさァ~……始める前に訊きてェんだけど」
ロキの声に、手札を確認したサクラがテーブルの上にそれらを伏せた。こちらを——正確にはロキを——見る。サクラは私たちの正面の座席からひとつ右。テーブルを時計に見立て、私達を6時の位置とすると、2時の位置。4時の位置にイシャン、8時の位置にティア、10時の位置にハオロン、12時の位置——つまり真正面にセトがいる。
「ポーカーで決める順番は日替わりってェ? それどォゆ~こと?」
「揉めないよう、毎夜誰かひとりに独占権をやる。試しに順番制にしてみるが、不都合があれば変更しよう」
「日中は手ェ出すなって?」
「いいや、そこは好きにしたらいい。私室から追い出した時点で、権利が次に渡るわけではない。……夜の定義も要るな。夕食後では曖昧か?」
「ン~? オレに訊くの?」
「お前が暴君と非難するから、意見を取り入れてやろうと思ってな」
「そりゃどォ~も。じゃ、時間指定したほうがイイんじゃねェ? ……って思ったけど、まァいっか。指定せずゆっくり食事させてやればァ?」
「では夕食後、私室から追い出すまで——それでいいな?」
「……それってさァ、翌日も私室に閉じ籠めておけば独占できンの?」
「そう解釈してくれて構わない」
サクラとロキの会話に、ティアが「うん?」口を開いた。
「まって、アリスちゃんの私室は? 追い出されたら行き場なくない? 寝る場所とか……」
「ブレス端末を着用しているのだから、共用部は自由に出入りできる。どこでも行き場はあるだろう?」
「……えっと……それってつまり……」
言いよどんだティア。ハオロンが「ありすには私室あげんの?」たった2枚の手札を左右の手に1枚ずつ持って、そのあいだから顔をのぞかせている。手札が見えそうだが、このカードは不思議なことに真正面から見たときしかカードの数字や絵柄が見えない。半透明なのに裏から透けて見えることもない。印刷なのか映像なのか私には判らない。
「要らないだろう?」
サクラの短い問いかけに、ティアとハオロンが口を閉じた。質問ではなかったのだろうか。応答しない二人はちらりと互いに目を合わせた。
ロキは暇をもて余したように、私の髪を一束取って指先でくるくると遊び始める。すでにセトとイシャンも手札を伏せている。手に持っているのは私とティアとハオロンのみ。
ロキが口を開く気配がした。
「——今夜は?」
全員の目が、こちらの頭上に集まった。会話の断片しか聞き取れていない。ティアとハオロンから私の名前が挙がったのだから、私の話なのか。髪を弄びながら、ロキは笑っているようだった。
「オレさァ、夜までイイコに待ってたンだけど? ……今夜遊びてェなァ~?」
ねだるような、甘い声。髪を離したロキの手が、私の鎖骨をたどって首に絡まる。首を絞められるのかと恐れたが、力は入らなかった。ロキの唇が私の後頭部に触れているのがわかる。サクラ以外は目線をサクラへとスライドさせた。視線の先で、サクラがほほえむ。
「それなら、順番制は明日の夜からにしようか。だが、お前だけを優遇すると不公平だからな……今夜は、一人に絞らないでおこう。希望者は好きに使えばいい」
ハオロンが「うち、複数は嫌なんやけど」カードに挟まれた顔で微妙な表情をしている。
「ほやで順番を決めたかったのに……」
「オレとすんの、そんなにヤなワケ?」
納得のいかないようすのハオロンに、ロキが尋ねた。ハオロンが湿っぽい目線を返す。
「うち、自分より背ぇ高い人間とは無理なんやって。気ぃ抜けんし。触れ合うなんてありえんわ……」
「エ~? オレって警戒されてンの? てか別にオレとは触れ合わねェじゃん」
「一緒にやったら何かしら当たるが……ロキとか想像しただけで不快やわ……」
「ハッキリ言うねェ~」
「ロキだけやなくてぇ、セトもイシャンも同じやからの? サクラさんも」
「えっ? 僕が抜けたのはなんで?」
ティアが少し驚いたように口を挟んだ。ハオロンが重ねたカードで口元を隠す。
「……訂正するわ。うち、自分よりもぉ、間違いなく弱い人間なら平気なんやって。身長よりそっちが重要やの」
ふいに、しんとした沈黙が訪れた。表情からすると、おのおの考えていることは違うようだったが。
サクラは意外そうにハオロンを見ているし、イシャンは無表情、セトは怪訝な面持ちで、ティアは困惑している。ロキは見えない。それらを見回したハオロンは、カードを左右に振った。
「ねぇ、誤解せんといてほしいんやけどぉ、寝るって話やないでの? 性の対象やなくて、複数でやる前提のぉ……裸の付き合い? 的な意味やよ?」
「あっなるほどね! そうだよねっ」
ティアが真っ先に反応して安堵の笑みを浮かべた。ハオロンは「それこそありえんわ……あんたらかって兄弟に欲情せんやろが……」文句のような声をこぼし、口を結んでむくれた。
サクラがイスの背に寄り掛かる。
「今夜の分も順番を決めるか。……ポーカーが決着したら、その後で別のゲームでもしたらどうだ?」
ロキが「オレ最初がいいんだけど?」応えながら、私の首に回した手に少しだけ力をかけた。苦しくはない。ただ……恐怖が、じわりと広がっていく。
助けを求めたわけではないが、正面のセトと目があった。暗い飴色の眼は何を考えているのか読めない。
ハオロンがふーっと長息した。
「うちは何番でもいいけどぉ……他は? あんたら文句ないの?」
ハオロンの視点がセト、イシャン、ティアと変わる。ティアはカードを伏せた。
「僕は遠慮するよ」
両手を上げる。何度か見たことのある、降参のポーズ。敵意はありません、の意に見える。
イシャンが「私も……今夜は休みたい」静かな声でティアに続いた。
ハオロンは双方にうなずいてから、セトを見た。
「セトは、ロキのあと、嫌やがの?」
「そうだな。けど別に、お前のあとなら気にしねぇよ。……これで順番は解決だろ」
「……うちの後はいいんか? ……なんかそれ、ちょっと気持ち悪い……かも知れんのやけどぉ……」
「なんでだよ。譲歩してやったのに喧嘩売ってんじゃねぇよ」
セトの凶悪な眼光に、ハオロンは動じない。受け止めてなお、「ごめんの」苦笑を返すくらい余裕がある。
ロキの手が首から離れた。
「まとまったねェ~。でもこれ、ウサギちゃん分かってンの? 本人が了承してねェのに、かわいそォじゃねェ?」
名前を呼ばれたのでロキを振り返るべきか迷ったが、距離の近さに抵抗感がぬぐえない。
振り返れずにいると、みんなの注目を集めていることに気づいた。理由が分からない。無意識に助けを求めそうになったが、誰も頼れず消去法でサクラへと目を向ける。冷たい双眸の下で、唇だけが細い三日月のように笑った。
『今夜は、三人の相手をしてもらおうか』
サクラの唇から発せられた言葉は、まるで知らない言語のように響いた。一度すり抜けていった言葉をたぐり寄せて、その意味を反芻する。心臓をぐっと掴まれたかのような圧迫感。
感情が顔に出ないよう、手札を支えていた両手に力を入れた。油断していたせいか胸に重くのし掛かったそれは、私の口から返す言葉を奪った。
『同時ではなく、順番に相手をすればいい。大した労働ではないだろう?』
『………………』
『聞こえていないのか?』
『……いえ…………分かりました』
『明日からは個人の部屋を回ってもらう。順番はカードで決める』
手中のカードを見る。これがなんのための物か、理解した。性行為よりマシだと認識していた私は、なんて気楽な人間なのか。
『いいな?』
『……はい』
与えられたカードを見つめたまま返答した。肯定以外の答えがあるなら教えてほしい。選択肢はなく、切り札もない。
「——さて、了承も得た。ゲームを始めようか」
サクラの声が卓上に響く。各自が応え、静止していたロボットが反応した。
ロキが「了承、ねェ……」小さくささやき、私の腕に手を重ねた。長く筋張った指が、力の入っていた私の手をほどき、取った手札を伏せる。頼る物を失くした私の手を取ると、ロキは指先を絡めて「……ま、娼婦なら慣れてンのか」独り言を唱えた。なんと言ったのかは、分からない。
卓上にはチップとなるコインが現れている。私ひとりでゲームをしたときには可視化されず数字で表示されていた。これは立体映像らしく、誰かがチップを賭けると、勝手にコインが中央のロボットの頭上に流れるようだった。最初の場代としてイシャンと私(とロキ)の前に積まれていたチップが流れていった。場代を取られたのはふたりだけだった。人数が増えたせいか、このゲームのルールが変わったように思う……できる気がしない。賭けられているものを知った以上、冷静に考えられない。——けれど、ゲームに集中したほうが、余計なことを考えずにすむとも思った。
左隣のティアが「う~ん……」目で全員の顔を見回してから、「とりあえず、コール」手札を伏せた。横のハオロンは手札を持ったまま「レイズ、200」賭け金を吊り上げた。にこにこしている。続くセトとサクラは「フォールド」宣言してゲームを降りた。伏せられたカードがロボットによって回収される。イシャンは「……コール」同額を賭ける。私の番まで回ってきてしまった。
本当に私がやるのだろうか。首を回してロキをうかがうと、「ン? 好きにしてい~よ?」なんのアドバイスも与えてもらえなかった。
「……こーる」
判断に迷い、そのままゲームの流れに合わせる。小さなロボットの頭上、チップの上にカードの映像が3枚浮かび上がり、1枚ずつその正体がさらされた。くるくると回転するそれらを見つめるが、ピンとこない。思考力が低下しているせいか自分のカードを忘れている。伏せられていた手札を手に取った。ハートの10とQ。ロボットの頭上にも10がある。ワンペア。
イシャンが「……チェック」賭けを保留した。ロキから何も指示がないので、私も保留する。ティアは「レイズ……400」賭け金を上げて、ハオロンを見ている。手札を伏せたハオロンは、満面の笑みで、
「オールイン」
ハオロンのすべてのチップがロボットの上に流れた。全額賭けたらしい。ハオロンの宣言に、セトが「は?」冗談だろといった目を投げた。ティアも「うわぁ……」嫌そうな顔をしている。
これはどういうことだろう。ハオロンの手札はかなり強いということだろうか。すでにゲームを降りているセトとサクラは飛ばされ、イシャンが「……フォールド」ゲームを降りた。私も全額出す勇気はなく降りた。手札が回収されていく。
再びティアのターン。
「……ちょっと待ってね」
「いいよ、ゆっくり悩んでの」
ティアに、ハオロンが優しく声をかけた。ティアの手許に砂時計が現れる。可愛く笑っているハオロンに、セトが、
「お前、昔より性格悪くなってねぇ?」
「セトは臆病になったの。初手であっさり降りるなんて思わんかったわ」
「……挑発まですんのか」
「そんな目で見んと、久しぶりのゲームやし、楽しもさ」
ふたりの会話を聞いているのかいないのか、私の後ろではロキが「ウサちゃんさァ、これ背中にリボンあるンだけど……ほどいてねってコト?」私の髪をよけて背中のリボンを触っている。身の危険を感じる。
長考しているティアが、ハオロンにほほえみかけた。
「ロン君、それってブラフ? それともほんとに強いの?」
「強くないよ? 駆け引きで全額出したわ」
「わ。答えてくれるとは思わなかった」
「うちも訊いてくるとは思わんかったけどの」
「……ちなみに、嘘じゃない?」
「うちが嘘ついてるように見えるの?」
笑顔で向かい合うふたり。セトが「時間切れになるぞ」ティアを促した。
「しょうがないな……フォールド」
ティアがゲームを降りた。このゲームは必然的に、残ったハオロンの勝利となる。
「ロン君の手札見たかったなぁ……それ、開示してくれたり……しないよね?」
「ほやの。まだゲーム始まったばかりやし、手の内は見せられんわ」
手札の役を競うゲームだと思っていたのに、まさか誰の手札も見ることなく1ゲームが終了してしまった。私がロボット相手におこなったポーカーとルールはほぼ同じだが、複数のせいか対人のせいか、これはもう別ものだ。そもそもさっきはロボットの手札が最後にさらされ、そこから反省することができていた。
「さっ、次のゲームやの♪」
片頬に微笑をえがき、ハオロンは小首をかしげる。少女のような無邪気さの上に、老獪な翳を落として。
楽しそうな彼の顔に、なげく気持ちもなくなる。そうでなくても、私の運命をこんなふうに遊ばれたところで、今さら——なにも、感じないか。
再度配られたカードを手に取る。スペードの7とダイヤのK——キング。絵柄の王が斧を構え横を向いている。
立体映像のようにカードから浮かび上がり、その斧で私の運命を断ち切ってくれないだろうか。いまだに、これは全部夢ではないかと思う私がいる。
横を向いた王の顔はこちらを振り返ることなく、眠りから覚ましてほしいと願う私を、見放しているように見えた。
奇妙なことに、プレイヤーに私も含まれている。というのも、円を均等に分けた位置にそれぞれ6つの座席があったのだが、そのうちの1つに座ったロキの脚のあいだ、これが現在の私の居場所になるので。背面のあるゆったりとした座席なので、狭すぎるということはない。でも、どう考えても近すぎる。頭の横から私の手札をのぞくロキの吐息まではっきりと感じる。これはいったいどういう状況だろう。「アンタはココ」と、短い指示のみでロキによって座らせられたのだが、まさか私がカードゲームをやるのだろうか。この2枚の手札で行うポーカーはさっき説明を受けたが、受けたからといって何故この顔ぶれでやらなければいけないのだろう。これはなんの儀式なのか。まったく理解できない。性行為よりは当然いい……とはいえ。
「あのさァ~……始める前に訊きてェんだけど」
ロキの声に、手札を確認したサクラがテーブルの上にそれらを伏せた。こちらを——正確にはロキを——見る。サクラは私たちの正面の座席からひとつ右。テーブルを時計に見立て、私達を6時の位置とすると、2時の位置。4時の位置にイシャン、8時の位置にティア、10時の位置にハオロン、12時の位置——つまり真正面にセトがいる。
「ポーカーで決める順番は日替わりってェ? それどォゆ~こと?」
「揉めないよう、毎夜誰かひとりに独占権をやる。試しに順番制にしてみるが、不都合があれば変更しよう」
「日中は手ェ出すなって?」
「いいや、そこは好きにしたらいい。私室から追い出した時点で、権利が次に渡るわけではない。……夜の定義も要るな。夕食後では曖昧か?」
「ン~? オレに訊くの?」
「お前が暴君と非難するから、意見を取り入れてやろうと思ってな」
「そりゃどォ~も。じゃ、時間指定したほうがイイんじゃねェ? ……って思ったけど、まァいっか。指定せずゆっくり食事させてやればァ?」
「では夕食後、私室から追い出すまで——それでいいな?」
「……それってさァ、翌日も私室に閉じ籠めておけば独占できンの?」
「そう解釈してくれて構わない」
サクラとロキの会話に、ティアが「うん?」口を開いた。
「まって、アリスちゃんの私室は? 追い出されたら行き場なくない? 寝る場所とか……」
「ブレス端末を着用しているのだから、共用部は自由に出入りできる。どこでも行き場はあるだろう?」
「……えっと……それってつまり……」
言いよどんだティア。ハオロンが「ありすには私室あげんの?」たった2枚の手札を左右の手に1枚ずつ持って、そのあいだから顔をのぞかせている。手札が見えそうだが、このカードは不思議なことに真正面から見たときしかカードの数字や絵柄が見えない。半透明なのに裏から透けて見えることもない。印刷なのか映像なのか私には判らない。
「要らないだろう?」
サクラの短い問いかけに、ティアとハオロンが口を閉じた。質問ではなかったのだろうか。応答しない二人はちらりと互いに目を合わせた。
ロキは暇をもて余したように、私の髪を一束取って指先でくるくると遊び始める。すでにセトとイシャンも手札を伏せている。手に持っているのは私とティアとハオロンのみ。
ロキが口を開く気配がした。
「——今夜は?」
全員の目が、こちらの頭上に集まった。会話の断片しか聞き取れていない。ティアとハオロンから私の名前が挙がったのだから、私の話なのか。髪を弄びながら、ロキは笑っているようだった。
「オレさァ、夜までイイコに待ってたンだけど? ……今夜遊びてェなァ~?」
ねだるような、甘い声。髪を離したロキの手が、私の鎖骨をたどって首に絡まる。首を絞められるのかと恐れたが、力は入らなかった。ロキの唇が私の後頭部に触れているのがわかる。サクラ以外は目線をサクラへとスライドさせた。視線の先で、サクラがほほえむ。
「それなら、順番制は明日の夜からにしようか。だが、お前だけを優遇すると不公平だからな……今夜は、一人に絞らないでおこう。希望者は好きに使えばいい」
ハオロンが「うち、複数は嫌なんやけど」カードに挟まれた顔で微妙な表情をしている。
「ほやで順番を決めたかったのに……」
「オレとすんの、そんなにヤなワケ?」
納得のいかないようすのハオロンに、ロキが尋ねた。ハオロンが湿っぽい目線を返す。
「うち、自分より背ぇ高い人間とは無理なんやって。気ぃ抜けんし。触れ合うなんてありえんわ……」
「エ~? オレって警戒されてンの? てか別にオレとは触れ合わねェじゃん」
「一緒にやったら何かしら当たるが……ロキとか想像しただけで不快やわ……」
「ハッキリ言うねェ~」
「ロキだけやなくてぇ、セトもイシャンも同じやからの? サクラさんも」
「えっ? 僕が抜けたのはなんで?」
ティアが少し驚いたように口を挟んだ。ハオロンが重ねたカードで口元を隠す。
「……訂正するわ。うち、自分よりもぉ、間違いなく弱い人間なら平気なんやって。身長よりそっちが重要やの」
ふいに、しんとした沈黙が訪れた。表情からすると、おのおの考えていることは違うようだったが。
サクラは意外そうにハオロンを見ているし、イシャンは無表情、セトは怪訝な面持ちで、ティアは困惑している。ロキは見えない。それらを見回したハオロンは、カードを左右に振った。
「ねぇ、誤解せんといてほしいんやけどぉ、寝るって話やないでの? 性の対象やなくて、複数でやる前提のぉ……裸の付き合い? 的な意味やよ?」
「あっなるほどね! そうだよねっ」
ティアが真っ先に反応して安堵の笑みを浮かべた。ハオロンは「それこそありえんわ……あんたらかって兄弟に欲情せんやろが……」文句のような声をこぼし、口を結んでむくれた。
サクラがイスの背に寄り掛かる。
「今夜の分も順番を決めるか。……ポーカーが決着したら、その後で別のゲームでもしたらどうだ?」
ロキが「オレ最初がいいんだけど?」応えながら、私の首に回した手に少しだけ力をかけた。苦しくはない。ただ……恐怖が、じわりと広がっていく。
助けを求めたわけではないが、正面のセトと目があった。暗い飴色の眼は何を考えているのか読めない。
ハオロンがふーっと長息した。
「うちは何番でもいいけどぉ……他は? あんたら文句ないの?」
ハオロンの視点がセト、イシャン、ティアと変わる。ティアはカードを伏せた。
「僕は遠慮するよ」
両手を上げる。何度か見たことのある、降参のポーズ。敵意はありません、の意に見える。
イシャンが「私も……今夜は休みたい」静かな声でティアに続いた。
ハオロンは双方にうなずいてから、セトを見た。
「セトは、ロキのあと、嫌やがの?」
「そうだな。けど別に、お前のあとなら気にしねぇよ。……これで順番は解決だろ」
「……うちの後はいいんか? ……なんかそれ、ちょっと気持ち悪い……かも知れんのやけどぉ……」
「なんでだよ。譲歩してやったのに喧嘩売ってんじゃねぇよ」
セトの凶悪な眼光に、ハオロンは動じない。受け止めてなお、「ごめんの」苦笑を返すくらい余裕がある。
ロキの手が首から離れた。
「まとまったねェ~。でもこれ、ウサギちゃん分かってンの? 本人が了承してねェのに、かわいそォじゃねェ?」
名前を呼ばれたのでロキを振り返るべきか迷ったが、距離の近さに抵抗感がぬぐえない。
振り返れずにいると、みんなの注目を集めていることに気づいた。理由が分からない。無意識に助けを求めそうになったが、誰も頼れず消去法でサクラへと目を向ける。冷たい双眸の下で、唇だけが細い三日月のように笑った。
『今夜は、三人の相手をしてもらおうか』
サクラの唇から発せられた言葉は、まるで知らない言語のように響いた。一度すり抜けていった言葉をたぐり寄せて、その意味を反芻する。心臓をぐっと掴まれたかのような圧迫感。
感情が顔に出ないよう、手札を支えていた両手に力を入れた。油断していたせいか胸に重くのし掛かったそれは、私の口から返す言葉を奪った。
『同時ではなく、順番に相手をすればいい。大した労働ではないだろう?』
『………………』
『聞こえていないのか?』
『……いえ…………分かりました』
『明日からは個人の部屋を回ってもらう。順番はカードで決める』
手中のカードを見る。これがなんのための物か、理解した。性行為よりマシだと認識していた私は、なんて気楽な人間なのか。
『いいな?』
『……はい』
与えられたカードを見つめたまま返答した。肯定以外の答えがあるなら教えてほしい。選択肢はなく、切り札もない。
「——さて、了承も得た。ゲームを始めようか」
サクラの声が卓上に響く。各自が応え、静止していたロボットが反応した。
ロキが「了承、ねェ……」小さくささやき、私の腕に手を重ねた。長く筋張った指が、力の入っていた私の手をほどき、取った手札を伏せる。頼る物を失くした私の手を取ると、ロキは指先を絡めて「……ま、娼婦なら慣れてンのか」独り言を唱えた。なんと言ったのかは、分からない。
卓上にはチップとなるコインが現れている。私ひとりでゲームをしたときには可視化されず数字で表示されていた。これは立体映像らしく、誰かがチップを賭けると、勝手にコインが中央のロボットの頭上に流れるようだった。最初の場代としてイシャンと私(とロキ)の前に積まれていたチップが流れていった。場代を取られたのはふたりだけだった。人数が増えたせいか、このゲームのルールが変わったように思う……できる気がしない。賭けられているものを知った以上、冷静に考えられない。——けれど、ゲームに集中したほうが、余計なことを考えずにすむとも思った。
左隣のティアが「う~ん……」目で全員の顔を見回してから、「とりあえず、コール」手札を伏せた。横のハオロンは手札を持ったまま「レイズ、200」賭け金を吊り上げた。にこにこしている。続くセトとサクラは「フォールド」宣言してゲームを降りた。伏せられたカードがロボットによって回収される。イシャンは「……コール」同額を賭ける。私の番まで回ってきてしまった。
本当に私がやるのだろうか。首を回してロキをうかがうと、「ン? 好きにしてい~よ?」なんのアドバイスも与えてもらえなかった。
「……こーる」
判断に迷い、そのままゲームの流れに合わせる。小さなロボットの頭上、チップの上にカードの映像が3枚浮かび上がり、1枚ずつその正体がさらされた。くるくると回転するそれらを見つめるが、ピンとこない。思考力が低下しているせいか自分のカードを忘れている。伏せられていた手札を手に取った。ハートの10とQ。ロボットの頭上にも10がある。ワンペア。
イシャンが「……チェック」賭けを保留した。ロキから何も指示がないので、私も保留する。ティアは「レイズ……400」賭け金を上げて、ハオロンを見ている。手札を伏せたハオロンは、満面の笑みで、
「オールイン」
ハオロンのすべてのチップがロボットの上に流れた。全額賭けたらしい。ハオロンの宣言に、セトが「は?」冗談だろといった目を投げた。ティアも「うわぁ……」嫌そうな顔をしている。
これはどういうことだろう。ハオロンの手札はかなり強いということだろうか。すでにゲームを降りているセトとサクラは飛ばされ、イシャンが「……フォールド」ゲームを降りた。私も全額出す勇気はなく降りた。手札が回収されていく。
再びティアのターン。
「……ちょっと待ってね」
「いいよ、ゆっくり悩んでの」
ティアに、ハオロンが優しく声をかけた。ティアの手許に砂時計が現れる。可愛く笑っているハオロンに、セトが、
「お前、昔より性格悪くなってねぇ?」
「セトは臆病になったの。初手であっさり降りるなんて思わんかったわ」
「……挑発まですんのか」
「そんな目で見んと、久しぶりのゲームやし、楽しもさ」
ふたりの会話を聞いているのかいないのか、私の後ろではロキが「ウサちゃんさァ、これ背中にリボンあるンだけど……ほどいてねってコト?」私の髪をよけて背中のリボンを触っている。身の危険を感じる。
長考しているティアが、ハオロンにほほえみかけた。
「ロン君、それってブラフ? それともほんとに強いの?」
「強くないよ? 駆け引きで全額出したわ」
「わ。答えてくれるとは思わなかった」
「うちも訊いてくるとは思わんかったけどの」
「……ちなみに、嘘じゃない?」
「うちが嘘ついてるように見えるの?」
笑顔で向かい合うふたり。セトが「時間切れになるぞ」ティアを促した。
「しょうがないな……フォールド」
ティアがゲームを降りた。このゲームは必然的に、残ったハオロンの勝利となる。
「ロン君の手札見たかったなぁ……それ、開示してくれたり……しないよね?」
「ほやの。まだゲーム始まったばかりやし、手の内は見せられんわ」
手札の役を競うゲームだと思っていたのに、まさか誰の手札も見ることなく1ゲームが終了してしまった。私がロボット相手におこなったポーカーとルールはほぼ同じだが、複数のせいか対人のせいか、これはもう別ものだ。そもそもさっきはロボットの手札が最後にさらされ、そこから反省することができていた。
「さっ、次のゲームやの♪」
片頬に微笑をえがき、ハオロンは小首をかしげる。少女のような無邪気さの上に、老獪な翳を落として。
楽しそうな彼の顔に、なげく気持ちもなくなる。そうでなくても、私の運命をこんなふうに遊ばれたところで、今さら——なにも、感じないか。
再度配られたカードを手に取る。スペードの7とダイヤのK——キング。絵柄の王が斧を構え横を向いている。
立体映像のようにカードから浮かび上がり、その斧で私の運命を断ち切ってくれないだろうか。いまだに、これは全部夢ではないかと思う私がいる。
横を向いた王の顔はこちらを振り返ることなく、眠りから覚ましてほしいと願う私を、見放しているように見えた。
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