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Chap.6 赤と黒の饗宴
Chap.6 Sec.1
しおりを挟む煌びやかな装飾に、すみずみまで清潔な光が行き届いている。
扉をくぐった先は、物語の世界だった。
左右対称のエントランスホールの中央には豪華な大階段があり、吹き抜けの天井まで伸びた白い柱には、どれも精密な浮き彫りが施されている。立場を忘れて見入ってしまいそうなほど、美しく荘厳な館だった。
内装に圧倒されていると、出しぬけに、
《——みなさん、おかえりなさい!》
私の真横、あり得ない空間に、ふわりと人が躍り出てきた。びっくりして息を呑み、上体を反らしたせいでバランスを失った私の体はセトによって受け止められた。
「……おいミヅキ、脅かすなよ」
《わわっ、ごめんなさい! びっくりさせてしまいましたか?》
私とそう背丈の変わらない少年が、心配そうにこちらの顔をのぞき込んだ。黒髪黒眼の、全身を白い服に包んだ、アジアの血を感じる男の子。背景がうっすら透けて見えるこれは、いったい……。
《はじめまして。ヴァシリエフハウスの汎用人工知能——ミヅキです。開発者はホーラ・ヴァシリエフ博士ですが、ミヅキによってリデザインされています。呼び声に反応いたしますので、ご用名があれば呼びかけてください。便宜的にAIミヅキなどと呼んでくださってもお応えします。お見知りおきください》
幽霊のようなその子は、うるわしげにお辞儀をして、私の手の甲にキスをする仕草をした。ちなみに私は手を出していないので、エアーでされたことになる。
「………………」
《………………》
にっこりと微笑んだ可愛らしい顔と、しばし沈黙。先に進んでいたティアがその子を振り返って苦笑した。
「ミヅキ君、そのお客さん、共通語が分からないんだよ」
《——なんと!》
仰天した顔で、幽霊少年は宙に浮かび上がった。いや、ここまでくると幽霊ではないと気づいている。十中八九、立体映像だ。奇妙なことに唇の部分からきちんと音声が聞こえてくるのだが、どうなっているのだろう。
《……なぁんだ。せっかくかしこまって挨拶したのに、がっかり。セトが拾ったんだってね?》
「拾ってねぇよ、助けたんだ——って、このやりとり何回すんだよ……」
《挨拶はさておき、ハウス内での注意事項があるけど、言語はどうしたらいいかな?》
「知らねぇ」
「え? 注意事項ってなんだっけ? 簡単なことなら僕が説明するけど……」
ミヅキと呼ばれた少年が、中央階段の手すりに手を置いたティアの方へと流れていった。
《ホーラ博士による科学一神教の思想により、ハウス内では信仰の自由がありません。棄教して、科学のみを崇拝してください》
「なんだか過激な言い方だね……あれ? でもさ、昔はクリスマスにプレゼントがあったって聞いたことあるけど?」
《クリスマスプレゼントに関しては、あの方が発案し、ホーラ博士が許可しています。つまり形骸化した宗教的慣習や行事は許容範囲です》
「なるほど……うん、まぁそれは大丈夫かな? アリスちゃん、お祈りとかしてなかったし。心の中は知らないけど、そういうようすがあったら伝えとくね?」
《もうひとつ、こちらのほうが重要なのですが……防犯上の観点から、ハウス内ではブレス端末の着用が義務付けられています》
「そっか。そうだったね」
《現在私室にいるサクラに確認しました。取りに来るよう指示が出ています。よって、一時的に非着用を許可します》
「そう? ならよかった」
《——ぼくは、ここまで。消えるよう命令されちゃった。モーターホームDZの片付けは、いつもどおりしておきますね。ふたりとも、お客さまをサクラ兄さんの部屋に連れていってあげてね?》
くぅるりと、鷹揚に回った少年の体が霧散した。少年特有の高い声の余韻に「ああ」セトが応えたが、それに対する返事はなかった。
静謐に包まれたホールは、ひとつの芸術であるかのように厳かに息をひそめた。こまやかな彫刻があしらわれた階段の手すりに、ティアが並んでいる。エルフのお姫さまみたいなその姿が重なると、今にも壮大な物語が始まりそうだった。
「ほら、行くぞ」
セトに背を押された。足を進めて階段を登っていく。触れた手すりの感触は思ったよりもツヤツヤとしてなめらかだった。表面が加工されているのだろうか。
歩きながらよく見ると、古い物かと思った内部は未知な素材が入りまじり、過去と未来が混在していた。階段を登りきると、繊麗な線と色彩で描かれたステンドグラスが正面に、左右には更なる階段とその先に廊下が広がっていた。
ティアは立ち止まってステンドグラスを眺めていた。ピンク、白、薄紫の小さな花々がえがかれている。内装と調和しているはずだが、単体で見るとどことなく和の情調を感じる。
「この花、なんだったかな? 秋の花だっけ? ……あ、セト君」
「ん?」
「僕ちょっと部屋に戻ってきていい?」
「構わねぇけど」
「サクラさんのとこまで、案内してあげてね。あとさ……や、これはまた今度話そうかな」
「は?」
「気にしないで。じゃ、ディナーでね?」
指先で音階を奏でるように手を振ったティアは、右の廊下へと続く短い階段を歩いて行った。私はどこへ行けばいいのだろう。セトの顔をうかがってみると、彼はステンドグラスに手をかざし、
「ここから先は、サクラさんの許可ねぇと入れねぇから。勝手に入ろうとすんなよ? ……まあ、入れねぇんだけど」
水紋のように、ステンドグラスの表面が波打ったのかと思った。ゆらめいたそれ——ディスプレイのような物——は白い扉の絵を映し出し、横にスライドして開いた。
短い通路を進んだ先に、テーブルやソファの並んだ広間があった。白を基調とした内装の室内には、深い青と金の家具が並んでいる。小振りなシャンデリアから下がるクリスタルが、キラキラと水色がかったプリズムの光を反射している。どこまでが本物でどこから映像なのか分からない。右の壁に設置された暖炉のなかで炎がちらついているが、あれはきっと映像だと思う。
部屋の中央にあった透明な柱に、白い円柱のカプセルみたいな物が上からするりと滑り落ちてきた。表面が割れたかと思うと、中からサクラが出てきた。エレベータのように上下できそうな装置だ。分厚いカーペットの上を音もなく歩いて、私の前に握った手を差し出した。
『手を』
何かを手渡されるのかと、掌を上にして手を出した。が、サクラの手は私の掌からわずかに横にずれた位置で開き、渡された物は掌に収まることなくカーペットの上に落下した。プラチナに似た白っぽい金属質のブレスレット。セトたちが腕に着けている物と同じだった。落ちたそれを拾うために屈むと、
「セト、昨日の勝手な行動について罰を与えていないが、忘れてはいないな?」
「……ああ」
「これ以上問題を起こさないよう頼むよ」
「………………」
頭上でふたりの会話が聞こえた。すばやく交わされたその内容は分からない。頭を上げると、サクラの青白い顔が私を見下ろしていた。
『それを常に着用しておけ』
『……はい』
ブレスレットを手首に回すと、途切れていた箇所が磁石みたいに吸着し、チェーン状になっていた一部が隙間を埋めるように短くなった。サイズが調整され、ぴたりと皮膚に張りつく。手錠みたいだ。
眺めていると、小さなライトが点滅して、
《食事の用意は、できてます。ディナーの時間には、すこし、早いけど……よければ、どうぞ》
私のブレスレットだけでなく、サクラとセトのそれぞれと重複して、知らない声が何かを告げた。
「夕飯、こいつは?」
「連れて行けばいい」
「……いいのか?」
「ひとり増えたところで変わらないだろう」
サクラは話しながら私の横を過ぎて通路の方へと進んだ。セトもその後を追い、動かずにいた私を指先で手招きした。会話から聞き取れた単語によると、食事のことを話していた。
ふたりの後を追って、ステンドグラスの所に戻る。エントランスホール中央の階段を下り、左手の方へと進んだ。
廊下をほとんど進むことなく、手前にあったドアが開く。もちろんスライドした。セトの背中越しに見えた室内は全体がダークブラウンの木材(に見えるが、見せているだけかも知れない)に覆われた厳粛な雰囲気で、格調高い長テーブルが中央を占めていた。
中に入るとそこは細長い部屋で、会議室に見える。しかし、30人ほど座れそうなくらい長いテーブルのこちら側はイスもなく、扉から奥まったテーブルには食器が並んでいた。ダイニングルームということでいいのだろうか。
最奥に目を向けると、ひとりの青年と目が合った。ふわふわとした短い茶髪に、茶色のカーディガン、ベージュのスラックス。ほっそりとした痩躯は空間と同化している。傍らには奇怪な形をした——ロボット? が2台いた。
サクラとセトは左側から奥へと進んでいった。茶髪の青年は私から目線を外し、サクラたちへと向き、
「ふたりとも、おかえり」
「おう」
「ただいま」
サクラが応えながら、左手廊下側の最奥のイスに座った。私の方を振り返ったセトに、茶髪の青年がそろりと近寄る。
「……セトくん、チョコレート、どうだった?」
「ん? ……あぁ。美味かった」
「ブランデー入りのは? ひとつだけ、セトくんの希望に応えて、今まででいちばん濃度を上げて仕上げてみたんだけど……僕、味見できないから……。うまく、できてた?」
「……そういうことか」
「え?」
「それ……俺、食ってねぇんだよ」
「……そうなの? ティアくんが食べた? お酒、強くなかったかな?」
「いや……」
セトは茶髪の青年に向き直って話をしている。
それよりもロボットが気になった。人型と呼ぶには不完全で、ある意味洗練されているのか、つるりとした丸みのあるフォルム。遠目だと下半身がコマみたいに回りそうなロボットが、サクラの食卓をととのえていた。横に並ぶ配膳台のワゴンから、サクラの意見を聞いて、触手に似た細い手(?)をいくつも使い器用にサーブしていく。私はドアの前でたたずんでいたが、興味本位でロボットを見に行こうと進みかけ、
「——待てよ」
ガシっと、肩を背後から掴まれた。ぎょっとして顔を向けると、カラフルな青年——ロキが、うすら笑いをして見下ろしていた。
「仕事もしねェで飯が食えると思ってンの? ウサちゃん」
赤い舌が、唇の端から蠢いたのが見えた。捕食前の爬虫類を思わせる。いやな視線が私の体に絡みついた。
「ロキ!」
「——セト、お前も座ったらどうだ?」
離れた所からロキの名を呼んだセトを、サクラが制するのが分かった。目前の特異な色合いの眼が、私の奥を見た気がしたが、セトが邪魔をしないと分かると満足そうに細まった。
正面から肩を掴み直した手に、力が込もる。痛みはないが、押されたことで背後のテーブルに脚が当たり、追い詰められた。
「食前の運動でもしよ~じゃねェか。なァ、ウサちゃん?」
視界がぐるりと変わり、背中に衝撃が走った。テーブルの上に倒れこんだと認識した刹那に、天井に飾られたシャンデリアの、ろうそくに灯った数々の火が目に映り——これも偽物だろうかと——疑問が湧いた。照明を背負ったロキの顔が近づき、思考が奪われる。唐突な攻撃には理解が及んでいない。
「何されるか分かってねェ顔だなァ~? 共通語、ホントに分かんねェの? 喋らず生きてきたワケ?」
長い腕が伸びて、私の体を閉じ籠めるように左右に手をつかれた。言葉を聴くことに集中していると、
「ロキ、そんな所で何やってるんやって」
赤みのある金の前髪が左右に流れた、小さな顔。ロキの腕越しに、半眼で見下ろすハオロンが見えた。
「ン? 食前の運動。ハオロンもやんねェ?」
「せんよ。うち食後でいいし」
「あっそ、じゃ~お先ィ」
ふたりが話している後ろからイシャンとティアが入ってきた。イシャンは一度私を見たが目を流し、そのままサクラたちの方へと進んでいく。ティアは私と目を合わさず、「……ちょっとさ、ここでするのはマナー違反じゃない?」何かを小声で唱え、イシャンの後から廊下側のテーブル横を進んでいった。ハオロンはサクラたちと反対の、窓がある方から奥へと進んで行く。
ロキが、嘲るように高い声で笑った。
「だぁれも助けてくンないねェ? アンタ、嫌われてンの?」
「……キライ?」
「お、それは意味分かる? アンタ、嫌われてるねェって」
赤い舌が歯列からのぞき、見下ろす顔が邪悪な笑みを浮かべた。その唇から紡がれた言葉の意味が、胸に落ちる。
それから、何をしようとしているのか——ようやく、答えにいきついた。
夜だけを覚悟していたのに。
思いもよらない脅威に、身体中が冷たく凍りついていく。
どうして。なんで。こんなところで。他のひともいるのに——頭を埋めつくす言葉の答えなんて、無い。
「気づくの遅いなァ~? ウサギちゃんは」
私の顔色を読んだロキが、ひどく愉しそうに嗤った。
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