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ep.2 プリンセス・シンドローム

Looking-Glass flamingo 8

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 さすが、ママはめざとい。

「ご飯もう食べないの?」
「うん、お腹いっぱいだから……」
「最近そんなことばかり言って……ダメよ? 無理なダイエットは身体によくないんだから、ちゃんと食べなさい」
「ほんとにもうお腹いっぱいなんだって」
「見た目なんて気にしなくていいの、カシは充分かわいいんだから。……ねぇ、やっぱり好きなひとでもできたの?」
「気にしてないし、そんなんじゃないよ。ほんとにもう食べられないの」

 ここ数日続いてるワンパターンな会話を切りあげて、自分の部屋へ逃げようとした。お腹がいっぱいっていうのは嘘だけど、全部が嘘じゃない。半分は、ほんと。胸がいっぱいで食べられない。せたい気持ちだけじゃなくて、あの日のことを考えると——ロキの顔とか声とか唇とか。こまかいことを言い出したら、動き回る指先とか気持ちよさそうな息とか熱い視線とか。頭が沸騰しそうなくらい恥ずかしいのと幸せなのと、でも夢だったんじゃないかな次会ったらナシになってるんじゃないかなっていう不安が——いろいろごちゃまぜで胸が苦しくなってくる。情緒不安定。ってほどではないけど、考え事のすべてがロキのことばかり。期待を止めないとだめなのに。うまくできない。

 さっさと部屋に行こうとしたら、そんな私に気づいたママがデリバリーボックスの方を指さした。

「あなた宛に、荷物がさっき届いたみたいだけど、見た?」
「えっ? 見てない」
「いつものロゴがあったから、洋服じゃないかしら?」
「それなら先週来たけど……?」
「あら、そう? 本人じゃないと開けられないって、通知が出たのよ。確認しておいて」
「うん」

 話題が変わってよかった。玄関のデリバリーボックスを確認すると、たしかに何か届いてる。私以外のひとは——家族やロボも——開ける権限がないみたいで、パスコードを要求された。シェイプシフターのロゴだから、いつもの洋服の定期便だと思うけれど……パスコードなんて初めてだし、タイミングが変だ。今月のはすでに届いていて、ロボによって先月のと入れ替えられ、クローゼットにしまわれてる。
 ひとまずシェイプシフターのパスコードを入れて、デリバリーボックスをアンロック。いつもの洋服セットっぽい。ただ、とても小さい。ロボに運ばせるほどでもないので、抱えて部屋へと戻った。

 ピンク色の不透明の箱を部屋の真ん中に置いて、中身を確認してみる。ジャケット、トップス、スカート、ショートブーツ。あとアクセサリーも。定期便の送り損ねがあったのかと思ったけど、それにしては……なんか、派手だ。シェイプシフターのおすすめコーデは、私の希望を反映したうえで、たしょう挑戦的なパターンもあるけれど……こんなに大幅なチェンジはない。ジャケットとショートブーツなんて、ミラーボールみたいでぴっかぴか。そのへんの光を全部きらめかせて反射させたいのかってくらいまぶしい。黒いビスチェに水色のシースルーの素材を重ねたトップスと、同じ感じの長めのスカートはシンプルといえばシンプルだけども。このジャケットとブーツのせいでトータルが飛びぬけて派手になってる。

(……アプリのバグ?)

 首をひねりながら、なんとなくジャケットを羽織って全身鏡を見る。ライダースのかたちに近い。ロックな感じ。ピカピカつやつやのシルバーホワイトは、この前のロキの髪色を思い出すなぁ……と。またロキのことを考えてから、

——シェイプシフターもトリックスターも、世間でロキシリーズって言われてるアプリは全部オレが開発してる。そんで、シェイプシフターだけは、どこにも委託してなくてオレが管理してンの。おーけー?

 前のセリフが浮かんだ。なに言ってるのかな? って、あまり深く考えられてなかったけど……あれって、結局どういうことなんだろう? アプリを作って、管理してる? そういうのって、やろうと思えば独りでやれるかもしれないけど……でも、たしかシェイプシフターって昔からあるらしいし、生活の必須アプリみたいなものだし、有名なブランドも取り扱ってるし……うーん……?
 かっこつけたかった、にしては、嘘っぽくなかった。真実みあったけど。うーん。

 考えつつ、クローゼットに服をしまおうとして、ボックスの外に読み取り専用のコードを見つけた。服の情報か説明だろうと思い、適当にウェアラブル・デバイスの指輪に読み込ませる。ふつっと音声が入るときの空気の変化があってから、全身鏡スマートミラーの中に、有名なシェイプシフターのキャラクターがひょこんっと顔を出した。耳の長い猫みたいな。普段どおりマシン合成の、さりさりした声が、

《ヘローヘロー! マスターよりカシちゃんへ、プレゼントをお届けしました! 気に入ってくれたかなっ?》
「……マスター? ってだれ?」
《マスターはボクのご主人! ロキです!》
「えっ?」
《明日は、ぜひこのセットでお出かけしてくださいね! おすすめコーデも更新いたします》
「え? ……えっ?」
《バーイ!》

 最低限の情報だけで、鏡の中から姿を消してしまった。あわててアプリを起動してみると、更新の通知がポコヨンっと。同じキャラクターが耳をぴょこぴょこさせて、再び鏡に現れる。

《ご用ですか?》
「さっき……ロキって言った? ロキって私の知ってるロキ?」
《ロキはマスターです》
「それってシェイプシフターを作ったひとなんだよね? 私の……知ってるロキと、一緒なの?」
《ロキはマスターであり、シェイプシフターの設計・開発者です》
「…………歌ってるひと?」
《……ボクには分かりません。マスターはシェイプシフターの設計・開発者であり、ロキです。情報は以上です!》
「……うーん?」

 問い直してみたけれど、新しく得られる情報は何もない。きゃはっと笑った猫は《明日のおすすめコーデを更新したよ♪》通知を改めて示した。その通知アイコンに指先で触れると、鏡の中の私がキラキラしたコーデをまとってみせる。派手だけど、イメージしてたよりはしっくりくる。意外と体型をカバーしてくれるとこも優秀。ただちょっと……ジャケットを脱ぐと露出度が高いような。

(これって……もしかして、ロキがくれた……? でも、そんなことって……ある?)

——べつに体重はどーでもよくね? 住所の心配したら?

 ふと思い出したが、住所はバレてる。むしろ全部バレてる。ほんとむり……やめよう、忘れよう。とりあえずダイエットがんばるんだから。——そんなことより、ロキだ。このプレゼントがほんとうにロキからなのか、連絡を取りたいけど、連絡先は知らない。普段みたいに訊かれてない。
 手にしたままのライダースふうジャケットは、触り心地が柔らかで高そうな素材。まさかこれ、リサイクル素材じゃないんじゃ……天然素材とかだったら……どうしよう。ロキだとしても、ロキじゃないとしても……だんだんと心配に……。

(ジゼルなら、ドラムくんの連絡先……知ってるよね。そこからロキにも連絡取れないかな……うざいかな……)

 連絡手段を考えてみるけど、このアイディアは微妙。ジゼルが取りもってくれない気がする。
 あの夜、先週の金曜。帰宅後のジゼルはずっと「ボーカルは……やめない? こんなことに口出すの、どうかと思うんだけど……でも、やめない?」やめない? が語尾みたいに。ひたすら言ってた。ジゼルの言いたいことは分かってる。あのひと、すぐ飽きるでしょ? ——大丈夫、それは私も分かってる。でも、だけど、見つけてくれたことが嬉しいって言ったら……ジゼルは分かってくれたかな。

(連絡できないけど……いちおう、着てく?)

 詐欺さぎだとしても、送り状があるから訴えられないと思う。
 まぶしい色の、鏡の中の私と一緒に、くるんっと回ってみた。見慣れたはずの地味な顔が、頬を染めてニコニコしてる。待ちきれないって顔してる。

(1週間って、こんなに長かったかなぁ……?)

 やっと、明日。
 どきどきする胸の音は、それを締めつけようとする不安をねのけて、期待にあふれてた。日々がこんなに待ち遠しいなんて、生まれて初めて。
 今夜は……眠れないかもしれない。
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