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ep.2 プリンセス・シンドローム

Looking-Glass flamingo 6

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「カシがいない」

 フロアの端、テーブルで立ったままドリンクを飲んでいたセトのもとに、別れたはずのジゼルが再びやってきて、けわしい顔でつぶやいた。セトはステージに向けていた目を彼女に合わせて、「お前……帰ったんじゃなかったのか?」耳に着けている調整機の設定をいじり、ジゼルの声に重きをおく。

「あたしのカシがいない。もう帰る時間なのに……」
「お前のカシ?」
「……あたしの従姉妹いとこの、カシがいない。連絡もつかない。一緒に帰る約束してるんだけど……」
「どっか空き部屋じゃねぇの?」
「そうかも。……でも、あたしとの約束忘れてるなんておかしい。あたしからの連絡オフにしてるのも、ありえないし……なんかトラブルに巻き込まれてるんじゃ……」
「トラブルあったら引っかかるだろ?」
「そうゆーのって、空き部屋も反応する?」
「あー……あっちはそこまで見てねぇかも。けど、危険物には反応するっつってたな?」
「誰が?」
「モルガン」
「あぁ、ベースの」
「それくらいのセキュリティねぇと、こんな所めちゃくちゃだろ」
「そうだね。……ベースなら、空き部屋アクセスできるよね? カシのこと捜してくんないかな」
「そのモルガンも、どっかの空き部屋だぞ」
「……役に立たない……」
「……空き部屋のドア、全部たたいてってみるか?」
「バカなの? そんなのあたしが追い出されるじゃん」
「お前な……言い方考えろよ。ならもう素直に待っとけ」
「………………」
「……時間ねぇのか?」
「時間は別に……まだ平気だけど」
「なんか問題あんのかよ?」
「……今日、カシがうちに泊まることになってて。……リアルに泊まるのってレアじゃん?」
「……そうなのか?」
「? リアルで会わなくても、バーチャルで遊べばいいでしょ?」
「ん? ……まあ、そうか?」
「あたしのママは妹とかなり仲いいから、リアルでも交流あってね。その関係で、今日は親子で泊まりに来たから……カシと、フロアは12時までに切りあげて……あたしの部屋でパジャマパーティしようって、約束してたの。……なのにさ……」
「………お前、母親のことママって呼んでんの?」
「は? ……今そこ、どうでもよくない?」
「……パジャマパーティも……お前、ほんとはいくつだ? やっぱ俺より下だろ?」
「……ねえ、ウザいんだけど」
「…………ガキ……」
「聞こえてる。……むかつく。次会ったときヤらせないから」
「なんつぅ脅し方してんだよ……」
「ガキに手ぇ出さないで」
「分かったって。……で、どうすんだよ?」
「なにが?」
「約束したのに連絡ねぇから、心配なんだろ? ……空き部屋のドア、俺が叩いてってやろうか?」
「? セトがやったとしても追い出されるでしょ?」
「全部やるとまずいかも知んねぇけど……他人がロックのとこ触ってたら、それで出てくるやつもいるだろ? それで見つかればそれでいいし、都合よくモルガンでもいいし。出てこねぇやつは……ドアのとこ叩くしかねぇけど。そういう感じで、中にいるやつ確認してけばいいんじゃねぇの?」
「……もうちょっと賢いアイディア出せない?」
「お前な……」
「冗談。……いいよ、大丈夫。カシだって自衛アプリ入れてるし……ほんとにトラブルなら、あたしに緊急連絡くるはずだから」
「そんなアプリあんのか?」
「あるよ。ここに来てるコはみんな入れてる」
「俺は知らねぇけど……?」
「あんたは女じゃないし」
「女のみ? そんな差別的なアプリがあんのかよ?」
「そういう意味じゃなくて……もちろん性別関係なくアプリは落とせるけど、あんたみたいに体格いいと大してリスク無いでしょ? 使う必要なくない?」
「?」
「……セトってさ、幸せそうでいいね?」
「おい、なんか馬鹿にしてんだろ」

 鋭いセトの瞳は気にせず、ジゼルはテーブルにひじをつき寄り掛かった。セトのグラスを手に取ると「少しちょうだい」冷たいドリンクを喉に流す。わずかにイライラしていた気持ちが収まっていく。

「……ごめん、半分くらい八つ当たりしてたね」
「は? なにが?」
「…………カシが、あたしよりも男を優先するのって初めてだから……動揺したのかも。あたしが言うなって話?」
「……よく分かんねぇ感情だな?」
「セトは嫉妬しっとしないしね」
「そうでもねぇと思うけど……?」
「あたしがセト以外と喋っても平気でしょ?」
「それはそうだろ」
「……あたしがセト以外とヤってたら?」
「…………想像つかねぇ」
「そこは想像してよ」
「お前は俺しか見てねぇし……想像できねぇだろ」
「……なんかムカつく」
「お前は少し落ち着けよ……つぅか、そのカシにも、……好きなやつ? ができたら……悪いことじゃねぇだろ。別にお前より優先してるってわけでもねぇし……ヤってるときは時間とか気にしてねぇだけで……どっちが大事って話じゃねぇだろ?」
「………………」
「…………なんだよ、その目」
「セトにさとされてる……ウソでしょ? って思ってる」
「……たまに俺は、一回泣かしてやろうかって思ってるからな?」
「それは脅迫? 訴えたらあたしが勝つかな?」
「お前はロキかよ……」

 ため息とともにセトの口からこぼれ落ちた名が、ジゼルの脳に奇妙なひらめきを見せた。

——カシが、ボーカルにハマったわけじゃないなら、ほんとなんでもない。
(——あのとき、カシはちゃんと……ハマってなんかないよって、言ってくれたっけ……?)

 既視感と、あのとき感じた不安がぜになって、いやな予感が胸に広がっていく。

「……ねえ、セト、今ってボーカルと連絡とれる?」
「は? なんだよ急に……」
「いいから、連絡とって」
「取れるわけねぇだろ。取れたら普段から捜してねぇよ」
「………………」
「なんだよ? どうした?」
「カシ、ボーカルといるかも……」
「……は?」
「………………」
「お、おいっ……どうしたんだよ? なんかあったのか……?」

 青ざめたジゼルは、無表情のままドリンクのグラスを見つめている。

——誰かとのゲームで負けて、私とキスして来いって言われたんだよ、きっと。
——もう。キスぐらいで騒ぐなんて、ジゼルはお子ちゃまだなぁ~?

 笑って応えたカシの言葉を反芻はんすうしながら、(……ああ言ってたし、ナイよね? 仮に今、一緒にいたとしても……ほかのコみたいに、ハマったりは……しないよね?)不穏な可能性を打ち消していく。ロキに恋をした女の子たちと、けんか別れみたいに交流が途絶えるのは、ジゼルにとってごくありふれた事になりつつあった。今回も、そうなるのでは……そんな不安が、ぬぐえない。

 そして、その予感は——悲しいことに的中する。
 またひとり、友達を失う。ただ、それは……一時的かも知れない。最終的に彼女の手に残るものが、何か。まだ決まっていない。
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