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ep.1 Homme Fatale
オム・ファタル 7
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くちゅり、くちゅり、と。意識の表層で音が鳴っている。眼が物体を映しているのに、脳がその情報を拒否しているみたいな、不思議な感覚。ぼんやりとした意識下で、下半身にかかる圧迫感と知らない誰かの体臭が——突如、あたしを現実に引き戻した。
「……ぅ……あ、……?」
「ン? 意識戻った?」
声を出そうとしたのに、のどが引きつって上手く音にならない。急速に覚醒した脳が、目の前でクスリと笑うその顔にびくついた。
「は……? なに、してんの」
「なんだろォね? ……平均より時間かかったな。アンタ薬弱い? 効きすぎた?」
「……?」
何を問われたのか、考えられない。頭がしっかりと動いてない。ここどこだっけ。音のない部屋……フロアじゃない。あお向けに寝ている体は柔らかな何かに受け止められていて、ソファかも知れない。あたしの顔を見下ろすロキは、悪意のある微笑を浮かべてる。
「なか、入ってンだけど、気付いてない?」
腰にぐっと圧が掛かった。中で動くおぞましい違和感に、身体が震える。
「や……なにっ……」
「なんだと思う? 当ててよ」
「やだ……やめてよ、なに考えてんのっ」
力任せに押しのけたいのに、ロキの体はびくともしなかった。上半身をひねって逃げようとしたけど、抵抗をこころみた両腕を掴まれて、顔の横に押さえ付けられる。こんなにも力を入れてるのに、ロキはまったく動じてない。あたしの力が——弱すぎる。
ゆっくりと動く腰の動きに合わせて、いやな音が聞こえる。痛いなら、まだマシなのに。とろりとした潤いがロキの下半身を包んで、身体の奥まで抵抗なく誘い込んでいた。愉しげに細まる目が、あたしをのぞき込み、
「女って眠ってても濡れンだね? 男も眠りながら出せるし、同じよーなもんか……それとも、アンタの体質? 濡れやすい?」
「……うっさい……気持ち悪いっ……」
「あーやっぱアンタ、喋らねェほうがいいな。この口縫い付けたら?」
ニヤリと歪んだ唇が、あたしの唇を塞いだ。力を入れたせいで硬くなった唇は、ロキの舌を受けつけなかった。侵入を諦めた舌先に唇を舐められ、持てあましたみたいに軽く咬み付かれ——最悪。こんなやつに抱かれてるのに、セトを思い出した。
「やだ……どいてよっ……あんたとなんて、したくないっ……」
セトの顔が浮かんだ途端、いつも何にも揺るがされることのなかった強気な心が、砕けた気がした。
これってほんとに現実? 悪夢とかじゃない? それかVRを使ったタチの悪い悪戯とか。そうだよね? そうであってほしい——ほしいけど、生々しすぎる。VRなら痛みを感じないはずなのに、眼の奥が、じくじくと痛い。視界がにじんでく。——信じたくない。
「いやっ……いや、ロキ……お願いやめてっ……」
耐えきれなくなった涙が、目の端から雫になってこぼれ落ちた。間近であたしの顔を眺めていたロキは、呆れたように吐息してみせる。
「セトって途中でやめることあンの? たいていのヤツはさ、出すまでやめなくねェ? ……いけねェってコトはあるけど……ま、オレは多分いけるし、早く終わってほしーなら? じっとしてな」
覆いかぶさった長身の体が、重い。深く刺さったまま、何度も何度も、執拗に掻き回すそれが、セトの思い出をぬり潰してくみたいで——いやだ。なんで痛くないの。なんであたしの身体は、こんなやつまで受け入れちゃうの。気持ちよくなんて、全然ないのに——。
「セトっ……セトがいい……やだ、やめてっ……」
「セトは今日来ねェって、オレ言ったじゃん。……大体さ、こんな濡らして何言ってンの?」
「……ちがう……あんたなんか、気持ちよくないっ……」
「アンタ、ほんと可愛くねェな」
ロキが、歯の隙間から息を吐き出して嗤った。笑みを浮かべた、その顔が下がったかと思うと——首筋に、咬み付かれた。皮膚に食い込む硬い歯の質感に震えて、ぐっと力の入った身体が、中のロキにしがみついたのがわかった。
「……いいね」
吐息まじりの声が、首に甘くかけられる。求めてもないその一言が、頭にあるセトの声と重なって——おかしくなりそう。
「いや……ロキ、やだ……咬まないでっ……それは、いやなの……」
「それは? ってことは他はいーってこと?」
「いやっ……やだ……もうやめてよっ……なんで……? なんでこんなことすんの……? あたし、あんたに何かした……?」
振り払えない。手首を掴むロキの力は、見かけによらず強くて、痛い。あたしはなんて非力なんだろ……どうして今まであんなに強気でいられたんだろ? ……あたし、こんなに弱くて、何もできなかった? ——目の前が、絶望で——昏い。
「——アンタは、オレに何もしてないよな? もちろん、直接的にって意味ではさ。……けどね、アンタの瑣末な言動が、アンタの知らないとこでオレに関わってくンだよな……まァ、簡単に言うと? アンタは目ざわりなわけ」
腰をゆるく動かしながら、顔を上げたロキはあたしの疑問に答えた。何を言ってるか、意味なんてすこしも分からない。どんな答えが出たところで、納得なんていくわけない。
奥歯を噛み締めて睨みつけると、にこりとした変に愛想のいい笑顔を返された。
「オレが手ェ出した女って、セト、絶対に手ェ出さねェんだよなー?」
手首を離した手で、頬を撫でられる。神経を逆撫でされたかのような、不快感。
「アンタはどーかな?」
見下ろす眼は、青い。中心にいくに連れて緑やオレンジの見える虹彩が、悪魔の色彩のように、煌々としてる。せめてもの抵抗で、不吉な輝きのそれから目を離さなかった。
助けなんて、来ない。呼ばないかぎり。ここで誰かがひどい目に遭ってるなんて、みんな想像してない。他人のことまでなんか意識はいかない。あたしたちは、自分のことだけでいっぱいだから。VRのゲームや物語の中で、常に主人公でしかないあたしたちは、そういうふうに育ってきた。
——こういうとき、リアルって、王子様やヒーローは助けに来ないんだ。……来ないから、リアルなのか。
頭のどこかで、妙に冷静な自分がいる。
絶望の中、ひとつの新たな真理が、胸にするりと落ちていった。
「……ぅ……あ、……?」
「ン? 意識戻った?」
声を出そうとしたのに、のどが引きつって上手く音にならない。急速に覚醒した脳が、目の前でクスリと笑うその顔にびくついた。
「は……? なに、してんの」
「なんだろォね? ……平均より時間かかったな。アンタ薬弱い? 効きすぎた?」
「……?」
何を問われたのか、考えられない。頭がしっかりと動いてない。ここどこだっけ。音のない部屋……フロアじゃない。あお向けに寝ている体は柔らかな何かに受け止められていて、ソファかも知れない。あたしの顔を見下ろすロキは、悪意のある微笑を浮かべてる。
「なか、入ってンだけど、気付いてない?」
腰にぐっと圧が掛かった。中で動くおぞましい違和感に、身体が震える。
「や……なにっ……」
「なんだと思う? 当ててよ」
「やだ……やめてよ、なに考えてんのっ」
力任せに押しのけたいのに、ロキの体はびくともしなかった。上半身をひねって逃げようとしたけど、抵抗をこころみた両腕を掴まれて、顔の横に押さえ付けられる。こんなにも力を入れてるのに、ロキはまったく動じてない。あたしの力が——弱すぎる。
ゆっくりと動く腰の動きに合わせて、いやな音が聞こえる。痛いなら、まだマシなのに。とろりとした潤いがロキの下半身を包んで、身体の奥まで抵抗なく誘い込んでいた。愉しげに細まる目が、あたしをのぞき込み、
「女って眠ってても濡れンだね? 男も眠りながら出せるし、同じよーなもんか……それとも、アンタの体質? 濡れやすい?」
「……うっさい……気持ち悪いっ……」
「あーやっぱアンタ、喋らねェほうがいいな。この口縫い付けたら?」
ニヤリと歪んだ唇が、あたしの唇を塞いだ。力を入れたせいで硬くなった唇は、ロキの舌を受けつけなかった。侵入を諦めた舌先に唇を舐められ、持てあましたみたいに軽く咬み付かれ——最悪。こんなやつに抱かれてるのに、セトを思い出した。
「やだ……どいてよっ……あんたとなんて、したくないっ……」
セトの顔が浮かんだ途端、いつも何にも揺るがされることのなかった強気な心が、砕けた気がした。
これってほんとに現実? 悪夢とかじゃない? それかVRを使ったタチの悪い悪戯とか。そうだよね? そうであってほしい——ほしいけど、生々しすぎる。VRなら痛みを感じないはずなのに、眼の奥が、じくじくと痛い。視界がにじんでく。——信じたくない。
「いやっ……いや、ロキ……お願いやめてっ……」
耐えきれなくなった涙が、目の端から雫になってこぼれ落ちた。間近であたしの顔を眺めていたロキは、呆れたように吐息してみせる。
「セトって途中でやめることあンの? たいていのヤツはさ、出すまでやめなくねェ? ……いけねェってコトはあるけど……ま、オレは多分いけるし、早く終わってほしーなら? じっとしてな」
覆いかぶさった長身の体が、重い。深く刺さったまま、何度も何度も、執拗に掻き回すそれが、セトの思い出をぬり潰してくみたいで——いやだ。なんで痛くないの。なんであたしの身体は、こんなやつまで受け入れちゃうの。気持ちよくなんて、全然ないのに——。
「セトっ……セトがいい……やだ、やめてっ……」
「セトは今日来ねェって、オレ言ったじゃん。……大体さ、こんな濡らして何言ってンの?」
「……ちがう……あんたなんか、気持ちよくないっ……」
「アンタ、ほんと可愛くねェな」
ロキが、歯の隙間から息を吐き出して嗤った。笑みを浮かべた、その顔が下がったかと思うと——首筋に、咬み付かれた。皮膚に食い込む硬い歯の質感に震えて、ぐっと力の入った身体が、中のロキにしがみついたのがわかった。
「……いいね」
吐息まじりの声が、首に甘くかけられる。求めてもないその一言が、頭にあるセトの声と重なって——おかしくなりそう。
「いや……ロキ、やだ……咬まないでっ……それは、いやなの……」
「それは? ってことは他はいーってこと?」
「いやっ……やだ……もうやめてよっ……なんで……? なんでこんなことすんの……? あたし、あんたに何かした……?」
振り払えない。手首を掴むロキの力は、見かけによらず強くて、痛い。あたしはなんて非力なんだろ……どうして今まであんなに強気でいられたんだろ? ……あたし、こんなに弱くて、何もできなかった? ——目の前が、絶望で——昏い。
「——アンタは、オレに何もしてないよな? もちろん、直接的にって意味ではさ。……けどね、アンタの瑣末な言動が、アンタの知らないとこでオレに関わってくンだよな……まァ、簡単に言うと? アンタは目ざわりなわけ」
腰をゆるく動かしながら、顔を上げたロキはあたしの疑問に答えた。何を言ってるか、意味なんてすこしも分からない。どんな答えが出たところで、納得なんていくわけない。
奥歯を噛み締めて睨みつけると、にこりとした変に愛想のいい笑顔を返された。
「オレが手ェ出した女って、セト、絶対に手ェ出さねェんだよなー?」
手首を離した手で、頬を撫でられる。神経を逆撫でされたかのような、不快感。
「アンタはどーかな?」
見下ろす眼は、青い。中心にいくに連れて緑やオレンジの見える虹彩が、悪魔の色彩のように、煌々としてる。せめてもの抵抗で、不吉な輝きのそれから目を離さなかった。
助けなんて、来ない。呼ばないかぎり。ここで誰かがひどい目に遭ってるなんて、みんな想像してない。他人のことまでなんか意識はいかない。あたしたちは、自分のことだけでいっぱいだから。VRのゲームや物語の中で、常に主人公でしかないあたしたちは、そういうふうに育ってきた。
——こういうとき、リアルって、王子様やヒーローは助けに来ないんだ。……来ないから、リアルなのか。
頭のどこかで、妙に冷静な自分がいる。
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