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ep.1 Homme Fatale
オム・ファタル 2
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それを初めて見つけた日、あたしはやっとこの世界に生まれた。大げさじゃない。ほんとに、あのとき色と音が世界にあふれて——自分の胸に響く熱い鼓動を知った。
その眼の光は何にも喩えられないくらい眩しく、目をそらせないくらい鋭かった。息ができない苦しさの中でそれを凝視していて、ステージ上でドラムを叩いていた彼と——目が合った、あの瞬間。
あたしは落ちてた。フォーリンラブじゃなくて、もっと衝撃的な感じ。撃たれて墜とされた鳥みたいに、あんなふうに理解が及ばないまま、心臓をかっさらわれた。
別のバンドに代わって、その輝きがステージから消えても、その場から動けなかった。昔のひとが言う〈腰を抜かす〉ってやつ、ああいう感じかな。違うかな。目はステージから外したけど、長い間そこで固まっていてバカみたいに動けなかったおかげで、あたしは彼に見つけてもらえた。
「——よう」
低い掛け声。ひょいっと目前にあらわれたその顔に、死ぬかと思った。
真っ黒な髪と薄い褐色の肌。ステージでは眩しいゴールドだったけど、近くで見た眼は暗かった。散らばった青の光線しか光が無いせい。だから、見つめられてもなんとか息はできた。かたい唇を無理やり開いて、
「……ねぇ、あんたここ、初めてだよね? 名前なんていうの?」
「セト。お前は?」
「ジゼル」
「ずっと見てたよな? お前もドラムやってんの?」
「やってない。ドラムは見てない」
即答すると、セト(ぜったい本名じゃない。あたしも他人のこと言えないけど)と名乗ったその男は眉を寄せた。怒ったみたいな目つき。怒らせるほどのことは言ってない。答えを付け加えることにした。
「演奏は見てない。音楽も聴いてない。あんたを見てただけ」
「……俺?」
「一目惚れって信じる? とか言う奴、バカな誘い方って思ってたけど……あたしも言うかも。言っていい?」
「俺もバカだなって思うけど」
「言うなってこと?」
「いや、止める権利なんてねぇし、好きに言えば」
「ね、一目惚れって信じる?」
「信じねぇ」
「信じなくていいから、キスしてよ」
後頭部に回されたセトの手が、ぐっとあたしを押さえて、引き寄せた。(逃がす気ないよね?)なんて思ったときには、唇が重なって。あっさり舌を入れて絡めてくるところに(チャラいかも知んない)警鐘が鳴ったけど、ほんとにこのひとも生きてるんだって感動のほうが強くて、素直に受け入れてた。
柔らかく溶け合う舌先が気持ちいい。キスがよければセックスも相性がいい。VRでは気づけない真理をあたしは知ってる。
離れた唇で、
「ここうるせぇし、静かなとこ行こうぜ」
「そういう誘い方するんだ」
「いや、まじで耳いてぇ」
「あ、その耳のやつ、デバイスってゆうより塞いでる?」
「そ」
「ふーん。……じゃ、移動しよ。あたしも、こんなとこでするほどヤバくないし」
「そのやばいやつ、そっちにいるけどな」
「……?」
セトの目線が横に流れた。見ると、ネオンピンクの頭をした長身の男が、壁ぎわで女と絡まってる。
「……知り合い?」
「うちのボーカル。お前、ほんとに俺らの曲聴いてねぇな」
セトの目が細くなった。怒ってるのかも知れないけど、あたしには拗ねた子供みたいに見えた。
「ロキは……ほっとくか。行こうぜ」
あたしの腕を掴むと、返事を待たずに引っ張った。痛いよ。文句を言うタイミングをなくして、フロアから別の場所へと引かれるままについて行った。
バンドの練習のためか用意のためか、それかあたしたちみたいな人間のために、空き部屋はたくさんある。この建物がもともとなんのためにあった施設か。きっと誰も訊いてない。そこにあたしたちの興味はない。
セトが適当に選んだドアの先は、真四角の部屋。昔のひとが立体投影で遊んでいたのかなって思うくらい、何もない。ドアがスライドして閉じた途端、セトはあたしを横の壁に押し付けて、もう一度キスした。ドアロックしてないと思うけど、まぁいっか。
薄い唇を何度も食んで、舌をこすり合わせて。互いに探るみたいに相手を試してく。どこが好き? どれが好き? 訊くんじゃなくて、反応に集中する。今どきこんな面倒なことありえないよね? 時間対効果が低いとか、大人に言われちゃう。“セックスは気持ちよさを求めるか妊娠を望むか”、二択しかないってひとたちにはわかんない。あたしたちは時間を無駄遣いしたいんじゃなくて、失敗が欲しいだけ。
傷付くのは悪いことって、誰が決めたの? 大人たちはよく可哀想って言うけど、あたしたちは護られた小さな部屋から抜け出して、傷付いてみたいんだよ。心だけじゃなく、身体ぜんぶで。
「……お前、すげぇ濡れてんだけど」
「そういうの、言わなくてよくない?」
「いや……なんでって思って。まだなんもしてねぇから……薬使ってんのか?」
「薬なんて使わない。あたしタバコもやってないし」
「………………」
「疑ってる? てゆーかセトってアンチサプリのひと?」
「別に」
「……その眼、」
「ん?」
「あんたの眼を見てるだけで濡れるよ」
ライトが無い部屋は、透明のドアを通した薄明かりだけが、その眼を見せてくれる。ステージの上とは違うけど、深くきらめく眼がこんなにも近くにあるなんて、身体中びりびりする。腰を抜かすって、こっちの感覚かも。
あたしのセリフに目を丸くしたセト。(そんな顔もするんだ)と思ったのと、(このひと、あたしより歳下じゃない?)って気づいたのは並行してた。
動きを止めたセトの顔を、のぞき込む。
「そんなんで濡れる女、気持ち悪い? ……引く?」
「いや、」
素早く否定したセトは少しだけ目をそらした。自分の前髪に手を伸ばして、ぐしゃっと乱雑に掻き流し、斜め下を向いていた視線をあたしに戻して、
「引かねぇ……つぅか、そういうのは……可愛いんじゃねぇの?」
なんで怒った顔してんの? 言ってるセリフと合ってなくない? ——疑問は、薄い唇に塞がれたせいで口から出ずに消えた。照れ隠しだったりして、と。自分で答えを思いついたので、前戯なく中に突っ込んでくる熱を黙って受け入れておいた。黙っては、いないか。
勝手に喉を衝いて出てくる嬌声と、セトの口からこぼれる、うめき声と吐息の音。ぜんぶが混ざって身体の中で反響する。いちばん気持ちいいのは、耳許で囁かれる低音。この周波数が特別あたしの耳に心地いいのか、誰にでもそうなのか、どっちかな。前者だったら……あたしのために存在してくれたんじゃないかって——運命を信じるくらいには、あたしも恋愛というものに夢みてたってこと。
優しくない。ひどいくらい激しい。痛くはないけど、奥を何度も突かれると怖くなる。重く子宮に響く快感はビート音と似ていて、せり上がってくる得体の知れない何かが、全身を縛りつけるみたいに広がっていく。
怖いのに、「もっと」って言えるのは、生殖機能を持つ人間の本能かな。そんなものに操られたくないって思ってたし、そんな人間を見下してたところもあったのに、単純なくらい染まってく。染まってもいいと思える、この浅はかな気持ちが恋だっていうなら——どんなラブソングでも聴けそう。愛してるのリフレインばっかりの曲だって、共感してみせる。
持ち上げられていた片脚からセトの手が離れた。中から引き抜いて、あたしの体を反転させようとする。
「あたし、このままがいい」
「……やりづれぇ」
「このままして」
「なんでだよ」
「眼を見てたい」
「はぁ? …………なら、ずっと見とけよ。目ぇ逸らしたら後ろ向かすからな」
尖った目つきがあたしに定まる。暗い黄金の眼が、夜明けの太陽みたい。本物を見たことなんてないから、イメージはVRのやつだけど、本物よりもきっとこっちのほうが綺麗。
見つめられると、自分でも中がぎゅっと細くなるのがわかる。セトのかたちまではっきりと捉えられる。全神経がそこに集中していて、音も聞こえない。ただ視神経だけ、別人格みたいに平然と金の眼を脳に届けてる。恐ろしくて、美しい世界。VRでも作れない。再現はできるかもしれないけど、ぜったいに、一から生み出すことはできない。
「……いく、かも」
吐息に溶けた声で伝えると、スピードが緩んだ。
「……わりぃけど、……お前がイっても、俺が出すまでやめねぇから」
「それは……わるくないっ……と、おもう……」
「目ぇそらしたら、後ろな」
「それは……ずるいっ……」
はっ、とこぼした笑いの吐息と、その顔が。たぶん、とどめだった。
絶叫はしない。痙攣とかもない。身体の奥で震えるような、心地よさの終着点。これって、いったのかな。今まで体感したことないから自信ないけど、仮にいってても宣言しなくていいんだよね? いった、とか言って何にもならないし。セトはやめないって言ってたし。
「……イった?」
あ、訊くんだ。
「……なんで?」
「いやなんか……急に反応、鈍くなった、よな?」
「……ああ、賢者タイム?」
「なんだそれ」
「……あたしに訊くの?」
「お前が言ったんじゃねぇか」
「そうだけど」
「……なんでもいいけど、約束。目ぇつぶったし、反対向けよ」
「えっ? それ、まばたきでしょ。逸らしてもないし——」
最後まで言わせてもらえなかった。肩を強い力で掴まれて、壁と対面する羽目になる。肩と腰をそれぞれ押さえる手が、逃がさないというように皮膚に刺さった。すんなりと中に侵入されてしまう。こんな真っ白な壁となんて向かい合いたくないのに。
反応が鈍くなったと指摘されたけど、突き上げられるとまた、背筋にぞくぞくと気持ちのいい感覚が走っていく。
セトの手が肩から外れ、トップスの裾から滑り込んで胸をまさぐった。柔らかさを味わうみたいな動き。指の腹で何度も撫でられる。それが先端をつまむと、ぴりっとした痛みのような刺激が中とリンクした。
——それ、すげぇ気持ちいい。
ほとんど音になってない吐息みたいな声が、耳にかかった。何を指したのかわからない。麻痺した頭で答えを探すよりも先に、耳から動いたセトの唇が、首筋に当たる。硬い歯先で皮膚をなぞったかと思うと、ふいに——鮮烈な痛みが、首を貫いた。
「いっ——」
痛い。突き刺さる刺激に体が戦慄き、セトを包む中に力が入る。咬んだセトのほうがあたしよりも切ない声をあげていて、やっと思考をトレースできた。
「痛い……本気で咬まないでよ……」
「本気は出してねぇ」
「そういう問題じゃない」
「……けどお前、刺激強いほうが、反応いいじゃねぇか……中も、締め付けてくるし……」
「なんであたしのほうに原因あるみたいな言い方してんの?」
「…………嫌なのかよ?」
その問いは小賢しい気がする。こっちに丸投げしないで。そっちが頼むならまだしも。
首をひねった先にあった目が幼くて、訴えたいことのひとつも返せない。なんで今ここでそういう目をするかな。歳下の立場を自覚して、悪用してるんじゃないかな。
「……嫌じゃない、でも、」
「でも?」
「……向き合ってしてくれる?」
「…………やりづれぇ」
「それはさっき聞いた」
「このままでも良くねぇ?」
「じゃあ咬まないで」
「…………あっそ」
淡白な返しをして、セトはまた腰を強く動かし始めた。金の眼を見せてくれると思ったのに、叶わなかった。
いく顔を見られたくないのかなって、少し納得のいく可能性を見つけたけど、あたしのほうも譲れないので許可はしない。……ただ、勝手に咬みつく分には、もういちいち口を挟むつもりはない。でも、あたしの妥協には気づかなかったみたいで、結局セトは最後まで咬んではこなかった。
終わったあとで、(やっぱ許してあげればよかったかな)とか、(これで相性悪いとか思われたらやだな)なんて思ったけど、心配いらなかった。
その日からセトは、あたしが知る範囲ではたぶん、あたしだけのひとになった。
その眼の光は何にも喩えられないくらい眩しく、目をそらせないくらい鋭かった。息ができない苦しさの中でそれを凝視していて、ステージ上でドラムを叩いていた彼と——目が合った、あの瞬間。
あたしは落ちてた。フォーリンラブじゃなくて、もっと衝撃的な感じ。撃たれて墜とされた鳥みたいに、あんなふうに理解が及ばないまま、心臓をかっさらわれた。
別のバンドに代わって、その輝きがステージから消えても、その場から動けなかった。昔のひとが言う〈腰を抜かす〉ってやつ、ああいう感じかな。違うかな。目はステージから外したけど、長い間そこで固まっていてバカみたいに動けなかったおかげで、あたしは彼に見つけてもらえた。
「——よう」
低い掛け声。ひょいっと目前にあらわれたその顔に、死ぬかと思った。
真っ黒な髪と薄い褐色の肌。ステージでは眩しいゴールドだったけど、近くで見た眼は暗かった。散らばった青の光線しか光が無いせい。だから、見つめられてもなんとか息はできた。かたい唇を無理やり開いて、
「……ねぇ、あんたここ、初めてだよね? 名前なんていうの?」
「セト。お前は?」
「ジゼル」
「ずっと見てたよな? お前もドラムやってんの?」
「やってない。ドラムは見てない」
即答すると、セト(ぜったい本名じゃない。あたしも他人のこと言えないけど)と名乗ったその男は眉を寄せた。怒ったみたいな目つき。怒らせるほどのことは言ってない。答えを付け加えることにした。
「演奏は見てない。音楽も聴いてない。あんたを見てただけ」
「……俺?」
「一目惚れって信じる? とか言う奴、バカな誘い方って思ってたけど……あたしも言うかも。言っていい?」
「俺もバカだなって思うけど」
「言うなってこと?」
「いや、止める権利なんてねぇし、好きに言えば」
「ね、一目惚れって信じる?」
「信じねぇ」
「信じなくていいから、キスしてよ」
後頭部に回されたセトの手が、ぐっとあたしを押さえて、引き寄せた。(逃がす気ないよね?)なんて思ったときには、唇が重なって。あっさり舌を入れて絡めてくるところに(チャラいかも知んない)警鐘が鳴ったけど、ほんとにこのひとも生きてるんだって感動のほうが強くて、素直に受け入れてた。
柔らかく溶け合う舌先が気持ちいい。キスがよければセックスも相性がいい。VRでは気づけない真理をあたしは知ってる。
離れた唇で、
「ここうるせぇし、静かなとこ行こうぜ」
「そういう誘い方するんだ」
「いや、まじで耳いてぇ」
「あ、その耳のやつ、デバイスってゆうより塞いでる?」
「そ」
「ふーん。……じゃ、移動しよ。あたしも、こんなとこでするほどヤバくないし」
「そのやばいやつ、そっちにいるけどな」
「……?」
セトの目線が横に流れた。見ると、ネオンピンクの頭をした長身の男が、壁ぎわで女と絡まってる。
「……知り合い?」
「うちのボーカル。お前、ほんとに俺らの曲聴いてねぇな」
セトの目が細くなった。怒ってるのかも知れないけど、あたしには拗ねた子供みたいに見えた。
「ロキは……ほっとくか。行こうぜ」
あたしの腕を掴むと、返事を待たずに引っ張った。痛いよ。文句を言うタイミングをなくして、フロアから別の場所へと引かれるままについて行った。
バンドの練習のためか用意のためか、それかあたしたちみたいな人間のために、空き部屋はたくさんある。この建物がもともとなんのためにあった施設か。きっと誰も訊いてない。そこにあたしたちの興味はない。
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「いや……なんでって思って。まだなんもしてねぇから……薬使ってんのか?」
「薬なんて使わない。あたしタバコもやってないし」
「………………」
「疑ってる? てゆーかセトってアンチサプリのひと?」
「別に」
「……その眼、」
「ん?」
「あんたの眼を見てるだけで濡れるよ」
ライトが無い部屋は、透明のドアを通した薄明かりだけが、その眼を見せてくれる。ステージの上とは違うけど、深くきらめく眼がこんなにも近くにあるなんて、身体中びりびりする。腰を抜かすって、こっちの感覚かも。
あたしのセリフに目を丸くしたセト。(そんな顔もするんだ)と思ったのと、(このひと、あたしより歳下じゃない?)って気づいたのは並行してた。
動きを止めたセトの顔を、のぞき込む。
「そんなんで濡れる女、気持ち悪い? ……引く?」
「いや、」
素早く否定したセトは少しだけ目をそらした。自分の前髪に手を伸ばして、ぐしゃっと乱雑に掻き流し、斜め下を向いていた視線をあたしに戻して、
「引かねぇ……つぅか、そういうのは……可愛いんじゃねぇの?」
なんで怒った顔してんの? 言ってるセリフと合ってなくない? ——疑問は、薄い唇に塞がれたせいで口から出ずに消えた。照れ隠しだったりして、と。自分で答えを思いついたので、前戯なく中に突っ込んでくる熱を黙って受け入れておいた。黙っては、いないか。
勝手に喉を衝いて出てくる嬌声と、セトの口からこぼれる、うめき声と吐息の音。ぜんぶが混ざって身体の中で反響する。いちばん気持ちいいのは、耳許で囁かれる低音。この周波数が特別あたしの耳に心地いいのか、誰にでもそうなのか、どっちかな。前者だったら……あたしのために存在してくれたんじゃないかって——運命を信じるくらいには、あたしも恋愛というものに夢みてたってこと。
優しくない。ひどいくらい激しい。痛くはないけど、奥を何度も突かれると怖くなる。重く子宮に響く快感はビート音と似ていて、せり上がってくる得体の知れない何かが、全身を縛りつけるみたいに広がっていく。
怖いのに、「もっと」って言えるのは、生殖機能を持つ人間の本能かな。そんなものに操られたくないって思ってたし、そんな人間を見下してたところもあったのに、単純なくらい染まってく。染まってもいいと思える、この浅はかな気持ちが恋だっていうなら——どんなラブソングでも聴けそう。愛してるのリフレインばっかりの曲だって、共感してみせる。
持ち上げられていた片脚からセトの手が離れた。中から引き抜いて、あたしの体を反転させようとする。
「あたし、このままがいい」
「……やりづれぇ」
「このままして」
「なんでだよ」
「眼を見てたい」
「はぁ? …………なら、ずっと見とけよ。目ぇ逸らしたら後ろ向かすからな」
尖った目つきがあたしに定まる。暗い黄金の眼が、夜明けの太陽みたい。本物を見たことなんてないから、イメージはVRのやつだけど、本物よりもきっとこっちのほうが綺麗。
見つめられると、自分でも中がぎゅっと細くなるのがわかる。セトのかたちまではっきりと捉えられる。全神経がそこに集中していて、音も聞こえない。ただ視神経だけ、別人格みたいに平然と金の眼を脳に届けてる。恐ろしくて、美しい世界。VRでも作れない。再現はできるかもしれないけど、ぜったいに、一から生み出すことはできない。
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「……わりぃけど、……お前がイっても、俺が出すまでやめねぇから」
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「それは……ずるいっ……」
はっ、とこぼした笑いの吐息と、その顔が。たぶん、とどめだった。
絶叫はしない。痙攣とかもない。身体の奥で震えるような、心地よさの終着点。これって、いったのかな。今まで体感したことないから自信ないけど、仮にいってても宣言しなくていいんだよね? いった、とか言って何にもならないし。セトはやめないって言ってたし。
「……イった?」
あ、訊くんだ。
「……なんで?」
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ほとんど音になってない吐息みたいな声が、耳にかかった。何を指したのかわからない。麻痺した頭で答えを探すよりも先に、耳から動いたセトの唇が、首筋に当たる。硬い歯先で皮膚をなぞったかと思うと、ふいに——鮮烈な痛みが、首を貫いた。
「いっ——」
痛い。突き刺さる刺激に体が戦慄き、セトを包む中に力が入る。咬んだセトのほうがあたしよりも切ない声をあげていて、やっと思考をトレースできた。
「痛い……本気で咬まないでよ……」
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「……けどお前、刺激強いほうが、反応いいじゃねぇか……中も、締め付けてくるし……」
「なんであたしのほうに原因あるみたいな言い方してんの?」
「…………嫌なのかよ?」
その問いは小賢しい気がする。こっちに丸投げしないで。そっちが頼むならまだしも。
首をひねった先にあった目が幼くて、訴えたいことのひとつも返せない。なんで今ここでそういう目をするかな。歳下の立場を自覚して、悪用してるんじゃないかな。
「……嫌じゃない、でも、」
「でも?」
「……向き合ってしてくれる?」
「…………やりづれぇ」
「それはさっき聞いた」
「このままでも良くねぇ?」
「じゃあ咬まないで」
「…………あっそ」
淡白な返しをして、セトはまた腰を強く動かし始めた。金の眼を見せてくれると思ったのに、叶わなかった。
いく顔を見られたくないのかなって、少し納得のいく可能性を見つけたけど、あたしのほうも譲れないので許可はしない。……ただ、勝手に咬みつく分には、もういちいち口を挟むつもりはない。でも、あたしの妥協には気づかなかったみたいで、結局セトは最後まで咬んではこなかった。
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