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23.ハンデはいらないのか?
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先日の学園研修。姉上の姿が見えないと思っていたら、血相を変えて僕の所に駆けてきたのはフランツ王子だった。
「ラリー! 頼みがある!」
「どうされたのですが、そんなに慌てて!?」
フランツ王子は周りを気にしながら僕に耳打ち。それは姉上に何かあったかも知れない、と言う驚くべき内容だった。
「それは本当ですか!?」
「まだ決まったわけじゃない。しかし胸騒ぎがするんだ。すまないが今すぐ王宮に行って兄上にこのことを伝えて欲しい。すぐに対処してくれるはずだ」
「承知しました……フランツ王子はどうされるのですか?」
「新入生たちを動揺させたくないから、僕とパトリシアはこのまま研修を進める。今はお前だけが頼りだ」
「はい! すぐに王宮へ向かいます!」
急いで王宮に向かいグラハム王子に事の次第を説明すると、すぐに騎士団を動かして対処してくれた。結果としてフランツ王子の読みは正しく、姉上とあのマリオンと言うメイドは馬車ごと王都の外に連れ出されていたらしい。賊どもは二人によって倒されていたが、姉上は顔を少し腫らしていた。姉上の顔を殴ったヤツがいるなんて! そいつは死刑でお願いします、王子!
結局僕も研修には参加できなかったから、後日姉上が学園を案内してくれることに。ちょっとワクワクしながら学園に行ってみると、姉上とフランツ王子が待っていてくれる。
「良く来たな、ラリー。先日は助かったよ」
「姉上のためですから当然です! それより今日は有り難うございます」
「ラリーも研修を楽しみにしていたからね。可愛い弟に学園を紹介できるんだから、私も嬉しいよ」
「姉上……」
『可愛い弟』と言ってくれた姉上。あまりベタベタすると周りから変な目で見られるかも知れないけれど、僕の自慢の姉なんだ。今日も姉上は男子用の制服を着ていて、男の僕から見ても格好いい。もちろんフランツ王子も格好いいけれど、僕の中では姉上の方が上だな。この二人が並んでいるととにかく目立つ。上級生らしき女生徒までキャーキャー言っているぐらいだから、学園内でいかに人気があるかなんて想像に難くない。弟としてはちょっと……いや、とても誇らしい。
「それで、これからどこへ?」
「まずは食堂で昼食としたいところだが、少し待って……ああ、来た来た」
「??」
そこに到着したのは王宮の馬車で、まさか……と思っていると降りてきたのはやっぱりパトリシアとあのメイドだった。
「あら、ラリー。あなたも来ていたのね」
「ぼ、僕も研修を受けられなかったんだ! パトリシアは研修を受けてただろう?」
「受けたけど、お姉様とマリオンのことが気になって気になって、内容なんて覚えてないわよ」
そりゃそうか。あの場面でも王女として振る舞っていたことは流石と言っておこう。パトリシアは子供の頃から気が強くて思ったことをズバズバ言う方なので、王宮内では『わがまま姫』なんて呼ばれているけれど、ここぞと言う時は王族らしく振る舞う聡明な女性だ。王族の威厳を保つため下々の者にキツい態度で接しているのかと思っていたけど、マリオンと言うメイドに入れ込んでいることには正直驚いている。それだけ彼女が魅力的と言うことなのだろうか?
忙しいフランツ王子とはそこで別れて、四人で昼食を取っている間もパトリシアはマリオンと楽しそうにしていて、こんなにイキイキしている彼女を見るのは久しぶりかも知れない。
「食堂ではそんなに高級な料理が出るわけじゃないけど、口に合うかな?」
「はい。とても美味しいです。これなら作れそうなので、今度自分でも作ってみようかな」
「おま……君は料理もするのかい?」
「本当に家庭料理の様なものですが」
「マリオンの作った料理はとっても美味しいのよ!」
パトリシアは以前山で彼女に命を救われた時、焚き火を前に料理をご馳走になったんだとか。目の前に座っているこの大人しそうな女性が、山で狩りをして野宿や料理をしている姿が想像できないんだが……
「マリオンの料理か。私も一度頂きたいね」
「そんな……ミランダ様に召し上がって頂く様なものでは……」
姉上と話す時はとても恥ずかしそうにする。あー、あれだな。こいつも他の女性たちと同じで姉上に惚れてしまった口だな。しかし他の女性たちと違うのは、姉上もまたこのマリオンと言うメイドが大層お気に入りと言うことだ。先日の誘拐未遂から戻られた後も家でずっと彼女の話をしていたし、王宮の敷地内にあるという彼女の家にも時々足を運んでいるらしい。確かに美人だし可愛いけど、姉上もパトリシアも、そしてマリオン、君も全員女性だからね!? ぼ、僕だってお茶会や舞踏会に出ればそれなりに女性から声をかけられると言うのに、この場にいると男性としての自信をなくしてしまいそうだ。
食事の後は姉上の案内で構内を歩いて回る。学園は思っていたよりもずっと広く、様々な建物が建ち並んでいた。校舎だけではなく図書館や闘技場の様な建物、王都外から来る生徒のための寮や店舗もある。王都内にあって、ここはさながら小さな町の様。大きな公園もあって、生徒たちが休み時間や放課後に利用するらしい。
「凄いですね! 私の出身領地で一番大きな町よりも大きいかも知れません!」
「国内の様々な場所から生徒が集まってくるからね。優秀な人材を発掘する意味でも、国は教育に力を入れているんだよ」
「ますます私は場違いな気がしてきました……」
「別に勉学だけが優秀さの尺度ではないのよ。ある者は剣術に優れ、ある者には商才があり、何かを作ることに秀でた者もいるかも知れないわ。ここでは自分が得意なことを見付けることこそ重要なの。年に何回か試験があるから、それは乗り越えないとダメだけど」
パトリシアの言ったことは半分正しくて半分間違いだ。確かに自らの得意分野を見付けることはできるかも知れないが、それはあくまで試験でそれなりの成績を取った場合の話。試験の成績が悪い状態が続くと退学になってしまうので、結局は勉強に追われることになる。そして教育に関しては王都にいる貴族が圧倒的に有利だから、王都外から入学してすぐに退学してしまう者も多いのが現実だ。
「勉強で分からないところがあれば私に聞いて欲しい。できる限りサポーをするよ」
「私も! マリオンは貸した本もきっちり読んでるみたいだし、きっと大丈夫よ」
「が、頑張ります」
喋りながら歩いている内にグラウンドにやってきた。かなりの広さがあり、馬術や剣術の練習をしている生徒もいる。学園では生徒たちが集まって課外活動することが許されており、馬術や剣術、弓術などが人気だと聞いた。その他にも手芸や読書、歴史や魔法の研究会など沢山の集まりがあるらしい。
「ミランダ様はどこかに所属されているのですか?」
「いや、私は生徒会に入っているので課外活動には参加していないよ」
「姉上は昔から馬術も剣術も弓術も家で習っておられましたからね。課外活動するまでもなく、どれも一流です」
「フフフ、一流と言うほどではないし、どれも嗜む程度だよ。マリオンは……そうか、君は仕事があるからね」
「そうですね。機会があれば、どこか覗いてみたいと思います」
「ラリー、あなたは? 私だった王宮内で色々習っているから、勝負してあげてもいいわよ」
「フンッ、昔から僕に勝ったことなかったじゃないか」
そう言うとムッとしたパトリシア。本当に小さい頃は互角だったけれど、男女の体格差で僕の方が大きくなってからはすっかり勝負もしなくなってしまった。しかし僕にそう言われたのが悔しかったのか、ムキになったパトリシアが勝負すると言い出す。そうだ……君は負けず嫌いでもあったね。
「そこまで言うなら弓で勝負よ! 拒否権はないんだからね!」
「いいけど」
こう言うところは昔のままだね。言い出したら聞かないことは僕も姉上も分かっているので、グラウンドの横にある弓術の練習場へと向かう。パトリシアや姉上がやってきたことでちょっとした騒ぎになったが、趣旨を説明して練習場を貸してもらえた。
「私が先攻でラリーが後攻よ。三本矢を射って、的の中心に一番近かった方が勝ちね」
「ハンデはいらないのか?」
「いらない!」
パトリシアがまず弓を構える。昔に比べて力も強くなった様で、姿勢も安定して様になっていた。王女と『ミランダの弟』の勝負とあって、周りには多くの野次馬が集まってきている。シュンッ! と矢が放たれる音がして、しばらくするとスコッ! と心地よい音と共に矢が的に当たる。少し右下に逸れた様だけど、彼女は自慢げにこちらを見てニヤリと笑った。
「さあ、あなたの番よ」
「じゃあ……」
僕だって弓の練習はずっとやってきている。その内僕も狩猟大会には出るつもりだからね! 狙いを定めて矢を放つと、僕の矢は左上に逸れたけど、中心からの距離はパトリシアと似たような位置。思ったよりもいい勝負になって、二本目、三本目と二人が矢を放つ内、周りは静まり返って勝負の行方を凝視していた。
ここで負けてあげるのが優しさなのかも知れないけど、そんなことをしてパトリシアが喜ぶはずがない。後攻の最後の一本も集中力を持続させたまま放つことができ、これが的の中心から矢三本分ぐらいの位置に命中。そしてこれが最も中心に近い一本となった。
「僕の勝ちだね!」
「キィーッ! 悔しい! ちょっとの差なのに!」
「それでも勝ちは勝ちさ。中心を射抜けなかったのは残念だけど」
白熱した勝負だったので、周りからは拍手が起こっている。それでもパトリシアは余ほど悔しかったのか、マリオンに泣き付いていた。
「マリオン、私の仇を取ってよ!」
「ダメですよ、パトリシア。ラリー様もお疲れでしょうし」
「僕なら大丈夫だけど……そうだな、じゃあ君が一発射って、僕の矢よりも中心に近ければ君の勝ちでいいよ」
「ラリー、そんな条件出して負けても知らないからね!」
「弓は素人が射っても簡単に当たるものじゃないさ」
ニコニコしているマリオンは、僕が使っていた弓をそのまま使うらしい。それは男性用でかなり弦も固いものだけど?
「うーん、ちょっと柔らかいですか」
二、三回弦をビンッ、ビンッと弾くと、矢をつがえたまま的を見つめてじっとしている。風を読んでいるのかな? やがて風が止んだのか彼女は腕を上げ、狙いを定めるでもなく思いきり弓を引いて直ぐに射っていた。ハハ、そんなめちゃくちゃな射ち方で当たるはずが……
「カンッ!」
矢が的に当たる一際大きい音。明らかに僕たちが射った時と音が違う。矢は見事に的の中心を捉え、その勢いから的が割れて下半分が地面に落ちる。なんであの射ち方で当たるんだ!? しかもどんな力してるんだよ!
「お見事!」
観衆の間から声がして、先ほどよりも大きな拍手が起こっていた。パトリシアはマリオンに抱きつき自分のことの様に喜んでいる。
「相手が悪かったね、ラリー。だが君の弓も素晴らしかったよ。上達したな」
「姉上……有り難うございます」
彼女に負けてしまったことは信じられないし釈然としないけど、姉上に褒めてもらえただけでも収穫だったかな。パトリシアとはいい勝負だったわけだし、『姉上の弟』としてはきっちり腕前を披露できた、そう思うことにしよう。
「ラリー! 頼みがある!」
「どうされたのですが、そんなに慌てて!?」
フランツ王子は周りを気にしながら僕に耳打ち。それは姉上に何かあったかも知れない、と言う驚くべき内容だった。
「それは本当ですか!?」
「まだ決まったわけじゃない。しかし胸騒ぎがするんだ。すまないが今すぐ王宮に行って兄上にこのことを伝えて欲しい。すぐに対処してくれるはずだ」
「承知しました……フランツ王子はどうされるのですか?」
「新入生たちを動揺させたくないから、僕とパトリシアはこのまま研修を進める。今はお前だけが頼りだ」
「はい! すぐに王宮へ向かいます!」
急いで王宮に向かいグラハム王子に事の次第を説明すると、すぐに騎士団を動かして対処してくれた。結果としてフランツ王子の読みは正しく、姉上とあのマリオンと言うメイドは馬車ごと王都の外に連れ出されていたらしい。賊どもは二人によって倒されていたが、姉上は顔を少し腫らしていた。姉上の顔を殴ったヤツがいるなんて! そいつは死刑でお願いします、王子!
結局僕も研修には参加できなかったから、後日姉上が学園を案内してくれることに。ちょっとワクワクしながら学園に行ってみると、姉上とフランツ王子が待っていてくれる。
「良く来たな、ラリー。先日は助かったよ」
「姉上のためですから当然です! それより今日は有り難うございます」
「ラリーも研修を楽しみにしていたからね。可愛い弟に学園を紹介できるんだから、私も嬉しいよ」
「姉上……」
『可愛い弟』と言ってくれた姉上。あまりベタベタすると周りから変な目で見られるかも知れないけれど、僕の自慢の姉なんだ。今日も姉上は男子用の制服を着ていて、男の僕から見ても格好いい。もちろんフランツ王子も格好いいけれど、僕の中では姉上の方が上だな。この二人が並んでいるととにかく目立つ。上級生らしき女生徒までキャーキャー言っているぐらいだから、学園内でいかに人気があるかなんて想像に難くない。弟としてはちょっと……いや、とても誇らしい。
「それで、これからどこへ?」
「まずは食堂で昼食としたいところだが、少し待って……ああ、来た来た」
「??」
そこに到着したのは王宮の馬車で、まさか……と思っていると降りてきたのはやっぱりパトリシアとあのメイドだった。
「あら、ラリー。あなたも来ていたのね」
「ぼ、僕も研修を受けられなかったんだ! パトリシアは研修を受けてただろう?」
「受けたけど、お姉様とマリオンのことが気になって気になって、内容なんて覚えてないわよ」
そりゃそうか。あの場面でも王女として振る舞っていたことは流石と言っておこう。パトリシアは子供の頃から気が強くて思ったことをズバズバ言う方なので、王宮内では『わがまま姫』なんて呼ばれているけれど、ここぞと言う時は王族らしく振る舞う聡明な女性だ。王族の威厳を保つため下々の者にキツい態度で接しているのかと思っていたけど、マリオンと言うメイドに入れ込んでいることには正直驚いている。それだけ彼女が魅力的と言うことなのだろうか?
忙しいフランツ王子とはそこで別れて、四人で昼食を取っている間もパトリシアはマリオンと楽しそうにしていて、こんなにイキイキしている彼女を見るのは久しぶりかも知れない。
「食堂ではそんなに高級な料理が出るわけじゃないけど、口に合うかな?」
「はい。とても美味しいです。これなら作れそうなので、今度自分でも作ってみようかな」
「おま……君は料理もするのかい?」
「本当に家庭料理の様なものですが」
「マリオンの作った料理はとっても美味しいのよ!」
パトリシアは以前山で彼女に命を救われた時、焚き火を前に料理をご馳走になったんだとか。目の前に座っているこの大人しそうな女性が、山で狩りをして野宿や料理をしている姿が想像できないんだが……
「マリオンの料理か。私も一度頂きたいね」
「そんな……ミランダ様に召し上がって頂く様なものでは……」
姉上と話す時はとても恥ずかしそうにする。あー、あれだな。こいつも他の女性たちと同じで姉上に惚れてしまった口だな。しかし他の女性たちと違うのは、姉上もまたこのマリオンと言うメイドが大層お気に入りと言うことだ。先日の誘拐未遂から戻られた後も家でずっと彼女の話をしていたし、王宮の敷地内にあるという彼女の家にも時々足を運んでいるらしい。確かに美人だし可愛いけど、姉上もパトリシアも、そしてマリオン、君も全員女性だからね!? ぼ、僕だってお茶会や舞踏会に出ればそれなりに女性から声をかけられると言うのに、この場にいると男性としての自信をなくしてしまいそうだ。
食事の後は姉上の案内で構内を歩いて回る。学園は思っていたよりもずっと広く、様々な建物が建ち並んでいた。校舎だけではなく図書館や闘技場の様な建物、王都外から来る生徒のための寮や店舗もある。王都内にあって、ここはさながら小さな町の様。大きな公園もあって、生徒たちが休み時間や放課後に利用するらしい。
「凄いですね! 私の出身領地で一番大きな町よりも大きいかも知れません!」
「国内の様々な場所から生徒が集まってくるからね。優秀な人材を発掘する意味でも、国は教育に力を入れているんだよ」
「ますます私は場違いな気がしてきました……」
「別に勉学だけが優秀さの尺度ではないのよ。ある者は剣術に優れ、ある者には商才があり、何かを作ることに秀でた者もいるかも知れないわ。ここでは自分が得意なことを見付けることこそ重要なの。年に何回か試験があるから、それは乗り越えないとダメだけど」
パトリシアの言ったことは半分正しくて半分間違いだ。確かに自らの得意分野を見付けることはできるかも知れないが、それはあくまで試験でそれなりの成績を取った場合の話。試験の成績が悪い状態が続くと退学になってしまうので、結局は勉強に追われることになる。そして教育に関しては王都にいる貴族が圧倒的に有利だから、王都外から入学してすぐに退学してしまう者も多いのが現実だ。
「勉強で分からないところがあれば私に聞いて欲しい。できる限りサポーをするよ」
「私も! マリオンは貸した本もきっちり読んでるみたいだし、きっと大丈夫よ」
「が、頑張ります」
喋りながら歩いている内にグラウンドにやってきた。かなりの広さがあり、馬術や剣術の練習をしている生徒もいる。学園では生徒たちが集まって課外活動することが許されており、馬術や剣術、弓術などが人気だと聞いた。その他にも手芸や読書、歴史や魔法の研究会など沢山の集まりがあるらしい。
「ミランダ様はどこかに所属されているのですか?」
「いや、私は生徒会に入っているので課外活動には参加していないよ」
「姉上は昔から馬術も剣術も弓術も家で習っておられましたからね。課外活動するまでもなく、どれも一流です」
「フフフ、一流と言うほどではないし、どれも嗜む程度だよ。マリオンは……そうか、君は仕事があるからね」
「そうですね。機会があれば、どこか覗いてみたいと思います」
「ラリー、あなたは? 私だった王宮内で色々習っているから、勝負してあげてもいいわよ」
「フンッ、昔から僕に勝ったことなかったじゃないか」
そう言うとムッとしたパトリシア。本当に小さい頃は互角だったけれど、男女の体格差で僕の方が大きくなってからはすっかり勝負もしなくなってしまった。しかし僕にそう言われたのが悔しかったのか、ムキになったパトリシアが勝負すると言い出す。そうだ……君は負けず嫌いでもあったね。
「そこまで言うなら弓で勝負よ! 拒否権はないんだからね!」
「いいけど」
こう言うところは昔のままだね。言い出したら聞かないことは僕も姉上も分かっているので、グラウンドの横にある弓術の練習場へと向かう。パトリシアや姉上がやってきたことでちょっとした騒ぎになったが、趣旨を説明して練習場を貸してもらえた。
「私が先攻でラリーが後攻よ。三本矢を射って、的の中心に一番近かった方が勝ちね」
「ハンデはいらないのか?」
「いらない!」
パトリシアがまず弓を構える。昔に比べて力も強くなった様で、姿勢も安定して様になっていた。王女と『ミランダの弟』の勝負とあって、周りには多くの野次馬が集まってきている。シュンッ! と矢が放たれる音がして、しばらくするとスコッ! と心地よい音と共に矢が的に当たる。少し右下に逸れた様だけど、彼女は自慢げにこちらを見てニヤリと笑った。
「さあ、あなたの番よ」
「じゃあ……」
僕だって弓の練習はずっとやってきている。その内僕も狩猟大会には出るつもりだからね! 狙いを定めて矢を放つと、僕の矢は左上に逸れたけど、中心からの距離はパトリシアと似たような位置。思ったよりもいい勝負になって、二本目、三本目と二人が矢を放つ内、周りは静まり返って勝負の行方を凝視していた。
ここで負けてあげるのが優しさなのかも知れないけど、そんなことをしてパトリシアが喜ぶはずがない。後攻の最後の一本も集中力を持続させたまま放つことができ、これが的の中心から矢三本分ぐらいの位置に命中。そしてこれが最も中心に近い一本となった。
「僕の勝ちだね!」
「キィーッ! 悔しい! ちょっとの差なのに!」
「それでも勝ちは勝ちさ。中心を射抜けなかったのは残念だけど」
白熱した勝負だったので、周りからは拍手が起こっている。それでもパトリシアは余ほど悔しかったのか、マリオンに泣き付いていた。
「マリオン、私の仇を取ってよ!」
「ダメですよ、パトリシア。ラリー様もお疲れでしょうし」
「僕なら大丈夫だけど……そうだな、じゃあ君が一発射って、僕の矢よりも中心に近ければ君の勝ちでいいよ」
「ラリー、そんな条件出して負けても知らないからね!」
「弓は素人が射っても簡単に当たるものじゃないさ」
ニコニコしているマリオンは、僕が使っていた弓をそのまま使うらしい。それは男性用でかなり弦も固いものだけど?
「うーん、ちょっと柔らかいですか」
二、三回弦をビンッ、ビンッと弾くと、矢をつがえたまま的を見つめてじっとしている。風を読んでいるのかな? やがて風が止んだのか彼女は腕を上げ、狙いを定めるでもなく思いきり弓を引いて直ぐに射っていた。ハハ、そんなめちゃくちゃな射ち方で当たるはずが……
「カンッ!」
矢が的に当たる一際大きい音。明らかに僕たちが射った時と音が違う。矢は見事に的の中心を捉え、その勢いから的が割れて下半分が地面に落ちる。なんであの射ち方で当たるんだ!? しかもどんな力してるんだよ!
「お見事!」
観衆の間から声がして、先ほどよりも大きな拍手が起こっていた。パトリシアはマリオンに抱きつき自分のことの様に喜んでいる。
「相手が悪かったね、ラリー。だが君の弓も素晴らしかったよ。上達したな」
「姉上……有り難うございます」
彼女に負けてしまったことは信じられないし釈然としないけど、姉上に褒めてもらえただけでも収穫だったかな。パトリシアとはいい勝負だったわけだし、『姉上の弟』としてはきっちり腕前を披露できた、そう思うことにしよう。
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