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20.あいつが表なら俺は裏

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 今日は入学予定の新入生たちを初めて学園に迎える日。予め学園の雰囲気に慣れてもらう目的で、入学前に研修を行うのがこの学園の習わしだ。生徒会を中心に現在の一年生が生徒を引率し、学園内を案内する。次期生徒会長として取りまとめに忙しいフランツに変わって、私がパトリシアとマリオン、それに弟を引率することになっていた。

「じゃあ、二人を連れて先に行ってるからね」
「ああ、頼む……いや、ちょっと待ってくれ。パトリシアに頼みたいことがあったんだ。すまないがこちらに来る様に伝えてくれるか? パトリシアは私と一緒に学園に行くから、お前はマリオンと先に行ってくれ」
「了解」

 入学すれば王族であるパトリシアは当然学年の代表的な存在になる。入学前だが、彼女に何かスピーチでもさせるつもりだろうか。君も色々と考えているんだな。

 パトリシアの部屋に行くと既にマリオンも来ていて、制服姿の二人が楽しそうに話していた。

「お姉様!」
「お待たせ。パトリシア、フランツが頼みたいことがあるので来て欲しいそうだ」
「えー、折角お姉様とマリオンと一緒に学園に行けると思ったのに」
「よろしければ、こちらでお待ちしてますが……」
「んー、いいわ。どれぐらい時間がかかるか分からないし。マリオンはお姉様と先に行ってて。あちらで合流しましょう」
「はい」

 パトリシアはフランツの部屋へ行き、私はマリオンと一緒に馬車へ。

「今日も制服、似合っているよ」
「有り難うございます。まだ着慣れなくて、見られると恥ずかしいのですが……」
「すぐに慣れるさ。マリオンは可愛いから、学園でも注目を集めるんじゃないかな?」
「からかわないでください」

 メイドとしての彼女は少々常識外れなところもあるけれど、こうやって頬を染めている姿を見ていると抱きしめたくなってしまう。女性同士だと言うのにおかしな話しだが……私はいつの間にか、格好だけでなく心まで男性になっているのかも知れないな。

 馬車に乗り込み、御者に学園に向かう様に告げるとゆっくりと動き出す。学園は王宮とそんなには離れていないので、十分もあれば到着だ。

「緊張するかい?」
「はい、何分田舎者なので学園でどの様に振る舞えばいいのか……私の様な者がパトリシア様やラリー様の近くにいても良いものでしょうか」
「ハハハ、気にすることはないよ。学園の規則で学生の出自には言及しないことになっているし、それを理由に差別することも厳禁なんだ。フランツは王子だが、周りに『王子』と呼ばない様に言っているし、クラスメイトの男子たちは皆『フランツ』と呼び捨てにしているよ。マリオンはマリオンの思うままに振る舞うといい」
「それを聞いて少し安心しました。有り難うございます」

 そう、君にはその笑顔が良く似合っている。緊張している君も、守ってあげたくなる雰囲気で好きなんだけどね……ダメだ、ダメだ。また変なことを考えてしまっていたな。マリオンとの会話に夢中になっていたが、そう言えばもう十分以上経っているはず。馬車のスピードもいつもより速いし、どうなっている?

「学園は王都の外にあるのですか?」
「いや、王都内だが……王都の外に出たのか!? おい、御者! どうなっている!?」

 御者に声をかけても返事がない。馬車の扉を開けようと手をかけたが、外から封がされた様に開かなかった。

「クソッ! 嵌められたか!?」
「ミランダ様、これは一体……」
「分からない……私たちを連れ出してどうしようと言うのか……」

 その時、この馬車にはパトリシアも乗る予定だったことを思い出す。狙いはパトリシアか!? しかしそれが分かったとしても今はどうしようもない。ここにパトリシアが乗っていないのが不幸中の幸いか。馬車は王都を出てしばらく走り、人気のない森の中で停まった。と、さっきまで開かなかった扉が外から開けられる。

「出ろ、二人とも」
「何者だ、お前たち!」
「それを知る必要はない!」

 ここは従うしかないか……恐らくマリオンのことを王女と勘違いしているのだろうが、違うと分かれば何をされるか分からない。今日は制服姿のため帯剣もしていないし……さて、どうするか。

 とにかくマリオンを庇う様にしながら馬車から降りると、あからさまに悪人面の男たちが三、四……全部で五人。こちらが武器を持っていないことを見越してか、各人は棍棒の様なものだけを手にしている。殺すつもりはないが、場合によっては暴力に訴えると言うわけか。

「どう言うつもりだ、お前たち! 王女が乗った馬車と知っての蛮行か!」
「だったらどうするよ。あんたらには人質になってもらう。ここで馬車は乗り換えだ」
「……クエイル卿の手の者だな」
「ハハハハ、流石王族の番犬、ヘンストリッジ家だな。良く知ってるじゃねーか。なら話は早いよな。大人しくこっちに……ゴフッ」
「!?」

 男が近寄ってきたかと思うと、次の瞬間には地面にドサッと倒れ込んでいた。そして男が持っていた棍棒を奪って手にするマリオン。彼女は男たちが怯んだ所を見逃さず、近くにいた者から順に躊躇なく棍棒で殴り倒していく。あまりの早業で、私は声を出すこともできなかった。しかし彼女が最後の悪党に殴りかかろうかと言うとき、最初に倒された男が起き上がり私にナイフを突き付けてきた。

「クソが! 動くんじゃねえ!」
「ミランダ様!」
「マリオン、私に構うな!」
「うるせえ!」

 後ろ手を取られて首元にナイフを突き立てられる。クッ……私がマリオンの足を引っ張ってどうする。本来なら私が彼女を守らなければならないのに。

「武器を捨てろ!」
「……」

 男を睨みながらマリオンが棍棒を捨てると、もう一人残っていた男が後ろから彼女に襲いかかる。

「マリオン、危ない!」
「やってくれたな、このアマ!」
「ウッ……」

 男は持っていた棍棒でマリオンの後頭部を殴りつけ、彼女は短い悲鳴と共に地面に崩れ落ちた。

「マリオン!」
「チッ、こいつ王女じゃねーじゃねーか。囮か!?」
「どうするんだよ。そいつも女だろう? 皆でやっちまおうぜ」
「いーや、こいつも王族に近い存在だ。王女は捕らえ損ねたが、こいつもでも十分人質にはなるだろうぜ」
「じゃあ、こっちの女はどうするんだよ」
「そいつはもういい。連れて帰るなり、殺して捨ておくなり好きにしろ」
「ヒヒヒ、これだけの美人だ。頂くに決まっているよな」

 悪党の一人が倒れているマリオンに近付こうとする。マリオンに倒された他の悪党たちもヨロヨロと立ち上がり始めていた。

「マリオンに触るな!」
「うるせえ!」

 首元のナイフは外されたが、起きてきた別の悪党の一人に頬を平手打ちされる。ガッと私の髪を掴み、顔を近づける男。

「自分の立場が分かってんのか? お前も用済みになったらあの女と一緒に慰み者にしてやるからな!」
「黙れ!」

 ツバを吐きかけると男の顔は見る見る赤くなって、再び私を殴りつけようと拳を振り上げた。が、その時背後から男の大きな悲鳴が!

「ギャーッ!! う、腕がぁ!!」

 全員の視線がそちらに集まると、そこには腕が変な方向に曲がって地面にうずくまる男と、その横で男を見下ろしている……マリオン!?

「いてぇな、ちくしょう。思いっきり殴りやがって……腕ぐらいでギャアギャアうるせぇんだよ!」

 マリオンが蹴りを入れると、男は吹っ飛んで木に叩きつけられ気絶してしまった。ボキッと嫌な音がしていたので、骨が折れていそうだ。それを見届けると、ポキポキと指を鳴らしながらゆっくりとこちらに近付いてくるマリオン。

「な、なんだお前! 動くな! この女がどうなってもいいのか!?」
「フンッ、やれるもんならやってみな」
「クソッ!」

 背後の男が再びナイフを取り出して私に突き付けようとするが、次の瞬間には目の前にいたもう一人の男が横に吹っ飛び、後ろの男の腕はマリオンががっちり掴んでいた。

「で? このナイフでどうするつもりだ?」
「は、離せ……ギャアァァァ!」

 メキメキと男の骨が砕かれる音。そのまま男を放り投げて木に叩きつけ、起き上がってきていた他の男たちも面倒くさそうに殴って気絶させてから全員の足を踏みつけて骨を折っていくマリオン。

「まったく、手間取らせやがって。これで逃げられねーだろ」
「き、君はマリオン……なのか?」
「ん?」

 振り返った彼女の顔付きにいつもの優しい笑顔はなく、鋭い目つきに乱暴な言葉使い。彼女の体から溢れ出す禍々しい雰囲気に寒気すら感じる。こ、これは……どう言うことだ!?

「俺はマリオンだぜ。ここまで一緒に来ただろう?」
「違う! 何者だ! 彼女に取り憑いているのか!?」
「クックックッ、取り憑いてるか。まあ、似たようなもんだ」

 ゆっくりと近寄ってきて、馬車を背にした私の顔を覗き込む。彼女の優しい雰囲気はどこにもなく、凄まじいまでの威圧感……私はまるで蛇に睨まれた蛙の様に、何も言えなくなってしまった。

「そうだな、あいつが表なら俺は裏。あいつの守護者とでも言っておこうか。あいつに好意を寄せるのは結構だが、俺も含めてマリオンであることを覚えておけ。俺は害をなす者には容赦しない……まあ、あいつも相手が魔物や山賊なら容赦ないけどな。こいつらはまだ利用価値があるだろう? 命までは奪わないでおいてやる」

 そこまで言うと、一瞬眉をひそめたマリオン……だった人物。

「もう起きやがるのか、タフな奴だ。いいか、このことは黙っておけよ。そしてもう俺を起こすんじゃねえ。俺は面倒事が……キライなんで……な」

 最後は途切れ途切れにそう言い残すと、ガクンと力が抜けて崩れるマリオンの体。慌てて受け止めると、しばらくして彼女は意識を取り戻した。

「あいたたた……あ! ミランダ様、賊は!?」
「……大丈夫、全員倒されたから」
「倒されたって……」

 驚いた様に辺りを見渡し、全員気絶してのびているのを確認するマリオン。

「ミランダ様が倒してくださったのですね! 有り難うございます!」
「いや……まあ、そんなところかな。それよりも殴られたところは大丈夫かい?」
「はい……少し痛みますが大丈夫です。ミランダ様も頬が!?」
「この程度なら大丈夫だ。すまない、本当なら私が君を守るべきだったに、君を前に出させてしまった」
「ミランダ様は大切なお方なので、お守りするのは当然です! 私はただのメイドですから」
「大切なお方、か」
「あ! その、変な意味では!」

 焦って否定するマリオン。そんな風に思っていてくれるだけでも嬉しいな。しかし……先ほどの彼女、いや、口調は男の様だったが、あれは一体何者だったのだろうか。自らを『裏の存在』と言っていたけれど……マリオンには私がまだ知らない秘密が沢山ありそうな気がする。

「参ったな……君から目が離せなくなりそうだよ。パトリシアに怒られるかな?」
「きゃっ……」

 こんな時だけど……いや、こんな時だからこそ、彼女の華奢な体を抱き寄せる。

「あの、ミ、ミランダ様?」
「しばらく……こうしていていいかい?」
「……はい」

 さて、これからどうしたものか。私たちが学園に来ていないことが分かれば、フランツが人を差し向けてくれるだろうか。パトリシアも心配しているだろうから早く戻りたいところだが、この悪党たちも連行しなければならないし。マリオンがとても楽しみにしていた研修には参加できそうにないが、この埋め合わせは後日必ずさせてもらうよ。
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