上 下
16 / 36

15.まだ油断はできないんだ

しおりを挟む
「殿下、報告書をお持ちしました」
「有り難う」

 騎士団からの報告書、これを待っていた。先日の魔物騒動、討伐隊の第一陣が無惨にもやられてしまった時は絶望したが、第二陣は戦うことなく凱旋。件の魔物は何者かによって既に討伐されていたと言うのだ。ここ十数年魔物との戦いがなかったとは言え、我が国の騎士団や兵士たちは決して弱いわけではない。彼らとて常に魔物との戦いを念頭に訓練を積んでいたはずなのだから。それだけ今回の大蛇の魔物が異常だったと言うことだが、過去の文献を紐解いてみても王都周辺でこんなに凶暴な魔物が出た例はなかった。

 魔物と共に捕縛されていた人物は片方の手首を切り落とされていて、その傷口は……おそらく魔法で焼かれていた。当初は取り乱して尋問どころではなかった様だがその後落ち着いて、魔物を操っていた術師であること、そして術師を雇ったのがクエイルの領主であることを自白したそうだ。これについてはクエイル領に潜入しているドミニクからの報告にもあったのだが、まさかあんな魔物を差し向けてくるとは……我々が術師を確保していることは外部に漏れていないはずだが、クエイル領主に対しては策を講じる必要がありそうだ。

 もう一つ気になるのは魔物を倒し、術師を捕縛した人物。術師は『女の姿をした悪魔』と口走り、それ以上は怖がって何も話そうとしないらしい。一人なのか複数なのか、とにかく相当な恐怖を植え付けられたのだろう。大蛇の首は一刀両断されており、それについても疑問が残る。大蛇の皮は硬く騎士や兵士の剣を跳ね返したらしいが、一体何で切ればあんなに綺麗に切断できると言うのか。術師の言葉を借りるなら、まさに悪魔が大きな鎌で切り取ったかの様だった。

「兄上、入ります」
「ああ」

 報告書を読み終えた頃、フランツの声がして部屋に入ってくる。ミランダと、そして今日はパトリシアにも同席してもらった。

「グラハムお兄様! 魔物が討伐されたんですって!?」
「パトリシア、またお前は挨拶もせずに……」
「ハハハ、いいさ。パトリシアは今日も元気だな。ああ、魔物は討伐された。これで王都も安全だから、お前たちも安心していい」
「本当ですか!? 良かったですわ、お姉様」

 相変わらず、パトリシアはミランダにべったりの様だ。私やフランツの妹と言うより、既にミランダの妹みたいだな。

「これで一件落着……なのでしょうか?」
「いや、まだ油断はできないんだ、ミランダ。この一件には恐らくクエイルが一枚噛んでいる」
「クエイル……以前から王族に反抗的な三位の貴族ですね?」
「そうだ。西の山の向こう側だが、最近他国との交易で力を付けてきている。今回の件も王族に対する攻撃と考えて間違いないだろう」

 それが失敗したとなると、次にどんな手を繰り出してくるか分からない。ドミニクによれば、領主の息がかかったならず者が王都に送り込まれたと言う話もある。

「王宮にいる間は問題ないが、特に学園にいる間は注意して欲しい。警備を増やす様に指示はしているが、お前たちが狙われる可能性が高いのだからな」
「はっ! パトリシアも無闇に王宮の外に出るんじゃないぞ!」
「分かってます! 危ない時はお姉様に守って頂きますから」
「ハハハ、そうだね。私もヘンストリッジの名に懸けて、パトリシアのことをしっかり守るよ」
「お姉様!」

 ミランダに抱きつくパトリシアに少し不満そうなフランツ。お前は昔からパトリシアを可愛がっているからな。しかし女性の心を掴むのは、同じく女性のミランダに分がある様だ。

「ところでパトリシア、マリオンと言うメイドと最近仲が良いみたいだね」
「はい、 彼女はとても素敵な女性なんです! 私の命の恩人でもありますし……そうだ! 今度お兄様にも会って頂きたいので連れてきますね! 一緒に学園にも入るんです」
「お前がそこまで言うのだから魅力的な人なんだろうね。彼女はどこの出身なんだい?」
「えーっと、田舎の……ああ、そうだ、ランズベリー領と言っていました。領主の娘らしいですよ」
「ランズベリー領主の娘!?」
「お兄様、ご存知なんですか?」
「いや、まあちょっとな。会えるのを楽しみにしているよ」

 ランズベリー領と言えばドミニクの出身地で、ドミニクは領主の息子。と、言うことはドミニクの妹か!? そう言えばあいつの家族構成については聞いたことがなかったが……あいつが帰ってきて、妹が王宮で働いていることを知ったら驚くだろうな。フフフ、このことは黙っておいてやろう。

 魔物の件はなんとか解決できたが、やはりクエイル領の問題は早急に対処すべきか。術師という証拠を掴むことはできたが、それだけでは白を切られてしまう可能性もある。やはりもう少し確固たる証拠が欲しいところだが、兄弟たちに被害が及ぶのは望む所でないし……一度父上にも相談して対応を決めるとしよう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

美貌の騎士団長は逃げ出した妻を甘い執愛で絡め取る

束原ミヤコ
恋愛
旧題:夫の邪魔になりたくないと家から逃げたら連れ戻されてひたすら愛されるようになりました ラティス・オルゲンシュタットは、王国の七番目の姫である。 幻獣種の血が流れている幻獣人である、王国騎士団団長シアン・ウェルゼリアに、王を守った褒章として十五で嫁ぎ、三年。 シアンは隣国との戦争に出かけてしまい、嫁いでから話すこともなければ初夜もまだだった。 そんなある日、シアンの恋人という女性があらわれる。 ラティスが邪魔で、シアンは家に戻らない。シアンはずっとその女性の家にいるらしい。 そう告げられて、ラティスは家を出ることにした。 邪魔なのなら、いなくなろうと思った。 そんなラティスを追いかけ捕まえて、シアンは家に連れ戻す。 そして、二度と逃げないようにと、監禁して調教をはじめた。 無知な姫を全力で可愛がる差別種半人外の騎士団長の話。

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

冷酷無比な国王陛下に愛されすぎっ! 絶倫すぎっ! ピンチかもしれませんっ!

仙崎ひとみ
恋愛
子爵家のひとり娘ソレイユは、三年前悪漢に襲われて以降、男性から劣情の目で見られないようにと、女らしいことを一切排除する生活を送ってきた。 18歳になったある日。デビュタントパーティに出るよう命じられる。 噂では、冷酷無悲な独裁王と称されるエルネスト国王が、結婚相手を探しているとか。 「はあ? 結婚相手? 冗談じゃない、お断り」 しかし両親に頼み込まれ、ソレイユはしぶしぶ出席する。 途中抜け出して城庭で休んでいると、酔った男に絡まれてしまった。 危機一髪のところを助けてくれたのが、何かと噂の国王エルネスト。 エルネストはソレイユを気に入り、なんとかベッドに引きずりこもうと企む。 そんなとき、三年前ソレイユを助けてくれた救世主に似た男性が現れる。 エルネストの弟、ジェレミーだ。 ジェレミーは思いやりがあり、とても優しくて、紳士の鏡みたいに高潔な男性。 心はジェレミーに引っ張られていくが、身体はエルネストが虎視眈々と狙っていて――――

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のアナスタシアは、毒を盛られて3年間眠り続けていた。そして3年後目を覚ますと、婚約者で王太子のルイスは親友のマルモットと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、専属メイドのリーナだと聞かされる。 真実を知ったアナスタシアは、深いショックを受ける。追い打ちをかける様に、家族からは役立たずと罵られ、ルイスからは側室として迎える準備をしていると告げられた。 そして輿入れ前日、マルモットから恐ろしい真実を聞かされたアナスタシアは、生きる希望を失い、着の身着のまま屋敷から逃げ出したのだが… 7万文字くらいのお話です。 よろしくお願いいたしますm(__)m

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

処理中です...