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5.私が婚約者になってやろうか

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 学園から王宮に向かう馬車の中、いつもの様にフランツと雑談を楽しんでいると、もうじき王宮に着くかと言うときにドーンと大きな衝撃が。車体が傾き、それに続いてガガガガ……と引きずる様な音。

「ヒヒィーン!!」

 馬も興奮した様子で、しばらくガタガタと傾いたまま走ってから停まった。慌てた様子で御者がやってくる。

「も、申し訳ございません、フランツ殿下、ミランダ様。野良犬を避けようとして脱輪してしまいました。お怪我はございませんか!?」
「まったく、もうすぐ王宮だと言うのに……」
「そう言うな。こんなこともあるさ」

 馬車から降りてみると左側の後輪が側溝に嵌ってしまっていた。街から王宮に続く道で、ここは周りに建物もないので人気がない。

「もうすぐそこだから、僕は歩いて戻るよ」
「も、申し訳ございません」
「では私も一緒に戻ろうか。人を呼んでくるから、しばらくここで待っているといい」
「あ、有り難うございます。お手数おかけして申し訳ございません、ミランダ様」

 ブツブツ言っているフランツと共に王宮へ。門番の兵士を見にいかせても良かったが、それだけではあの馬車を引き上げることはできないだろう。

「フランツ、君は戻っておいてくれ。私は誰か人を探してくる」
「その辺の兵士にでもやらせればいいものを、お前は相変わらずお人好しだな。終わったら僕の部屋に来てくれよ」
「分かった」

 そう言って別れたものの、こういう時に限って人に会わないものだな。建物の外側なら働いている者もいるかと思ったのだが……しばらく周りをウロウロしていると、ようやく人影を見付けた。

「ちょっといいかい?」
「はーい」

 メイドらしき少女は梯子に登って窓の高い部分の拭き掃除をしていた。最近のメイドはそんなに高い所まで掃除するのか? 私の屋敷では専門の掃除夫が来てやっていたと思うのだが。いや、それよりようやく見付けた相手だ。邪魔してすまないが、彼女に人を呼んできてもらおう。

「少し頼みたいことがあるのだが、お願いできるだろうか」
「はい、すぐに降りますので少々お待ちください」

 そう言うとその少女は掃除用具を持ったまま、梯子の上から飛び降りた!

「あぶな……」

 反射的に助けようと走り出しのだが彼女はフワッとするスカートを押さえながら、まさに舞い降りる様に地面に着地する。

「ご用件をお伺いします」
「あ、ああ……実は力仕事を頼みたいと思ってね。何人か使用人を呼んできてくれないだろうか。私はミランダ・ヘンストリッジと言う」
「かしこまりました、ヘンストリッジ様。少々ここでお待ちになってくださいね」

 掃除用具を置いてパタパタと走っていってしまった少女。かなりの高さがあったが、飛び降りて大丈夫だったのだろうか。梯子の上の方を見ながら考えていると、ほどなく複数のメイドが凄い勢いで駆け寄ってきた。

「ミランダ様! お待たせしました! さあ、参りましょう」
「あ、いや、力仕事なので女性では……」
「大丈夫です! さあ、参りましょう!」

 大勢のメイドたちに引っ張られる様にして連れていかれてしまう。馬車が脱輪したのを元に戻したいので、彼女たちでは残念ながら問題解決にはならないんだけど……それを説明する暇もなかった。全員で馬車の所まで戻り、メイドたちではどうしようもないことはすぐに分かってもらえたが、二度手間だ。おまけに大勢で戻ってきたので馬が興奮してしまって、御者が馬を落ち着かせようと苦労していた。

「ローナ、マリオンを呼んできて」
「了解」

 その中にさっきの飛び降りたメイドはいなかったが、一人のメイドが指示を出している。ようやく問題解決できる人物が連れてこられるのかと思いきや、現れたのは先ほどのメイドだった。

「君は先ほどの……」
「はい。あなたのお名前を伝えると先輩方が飛び出して行ってしまって」
「ハハハ、そうだったのか。しかし残念ながら君一人増えても、これは解決しないかな」
「脱輪してしまったのですね。これは大変だわ」

 そう言いつつ、興奮している馬の方へ。

「どうどう……いい子ね。落ち着いて」

 再び『あぶな……』と言いかけたが、馬がピタッと落ち着いて少女にスリスリとしている。まったく、彼女には驚かされっぱなしだ。そして馬が落ち着いたのを見計らって馬車の後方に回り、車体に手をかけるといとも簡単に持ち上げてしまった。少し横に馬車を動かして脱輪を直してしまう少女……もう、驚きのあまり声も出ない。メイドたちは慣れているのか驚いた様子もなく、終わった、終わったと言って王宮に戻り始める。マリオンと呼ばれた少女もペコッと頭を下げてから去っていったのだった。


 私も王宮に戻りフランツの元へ。彼に先ほどあったことを話す。

「お前がそんなに興奮しているのも珍しいな。しかし、その外見で気安くメイドに声をかけるんじゃない。それでなくても、一緒にいると女性は皆お前に夢中になるんだから」
「別に他の女性に気に入られようと思って、この格好をしているわけではないのだがな」
「だったらもっと女性らしくしてくれよ! なんでいつも男装なんだ。隣にいる僕の気持ちにもなってみろ」
「君だって王子だから、女性にはキャーキャー言われているじゃないか」
「それは僕が王子だからだろ。王子の婚約者になりたい貴族令嬢は掃いて捨てるほどいるからな。こうやって腹を割って話せる女性なんて、君と妹のパトリシアぐらいのものさ」

 フランツとは幼馴染で、昔から良く遊んだり剣術の練習を共にしたりしてきた、友人でありライバルの様な関係でもある。我が家の慣習で私は男装していることが多いが、フランツからは一人の女性と言うよりも家族や兄弟の様に思われているし、私が彼に抱く感情もそうだ。

「それで? そのメイドは何者なんだ? 窓の掃除をしていたと言うことは下っ端だろう?」
「まあ、そうだろうね。何か礼をしたいところだけど……」
「止めておけ。周りのメイドたちはお前のファンなのだろう? その子だけを贔屓すれば、周りから嫉妬されるのは目に見えているじゃないか」

 その意見はもっともだ。礼はしたいところだが、彼女に迷惑をかけることは本意ではない。マリオンか……名前は覚えたので、何か機会があれば今回の恩に報いるとしよう。
 
「それよりも打ち合わせだ。王族主催の狩猟大会に、学園の卒業パーティー……課題が山積しているからな。すまないが手を貸してくれよ」
「もちろんさ。パトリシアが、今回の狩猟大会では君に勝つんだと言ってえらく張り切っていたからね」
「困った妹だよ。だが僕も負ける気はない」

 そんなことを言いながらどこか嬉しそうなフランツ。昔からパトリシアのことは可愛がっているからね。パトリシアは私にとっても妹の様な存在だから、君の気持ちは良く分かるよ。おっと、パトリシアばかり可愛がっていると、実弟のラリーが拗ねてしまうかな?

「今年も東の森でやるのか?」
「そうだな。安全性から言えばあそこだが、大きい獲物が少ないんだよ。お遊びだからそれでもいいのだが……西の山はどう思う?」
「最近は魔物が出たとも聞かないが……しかし、あそこは凶暴な獣も多いだろう」
「うむ、十分下調べして範囲を絞ればなんとかなりそうだが、一度父上や兄上にも聞いてみるとしよう」

 それよりも問題は卒業パーティーだ。学園は国が運営しているので、卒業パーティーは毎年王宮の大広間で行われる。卒業生だけならともかく、その家族も出席するので実質王族主催の茶会兼舞踏会の様なイベントだ。

「それで? 婚約相手は決まったのか?」
「あー、もう! どうしてこんなことになったんだ!?」
「過去に君の兄上……グラハム王子が、パーティーの場でシャロン様を婚約者として紹介されたからだろう? それ以来、卒業パーティーの一大イベントになったと聞いたよ」
「まったく、迷惑なイベントだよ。僕はまだ婚約者など決めたくもないのに……母上もどこか期待しておられる様子だし」
「私が婚約者になってやろうか? これでも一応女だからな」
「お前の家は代々女系当主だろう? それはつまり、僕がヘンストリッジ家の婿養子になるってことだぞ」
「うーむ、それは面倒だな」
 
 フランツは私にとって大事な親友。それぞれの家の方針であれば仕方ないだろうけど、結婚してこの関係が崩れてしまうのは御免だ。それはきっとフランツも同じ思いのはず。

「残念がる者もいるだろうが、婚約者選びは後回しだ。僕はまだ十六だし急ぐ必要もあるまい。今はパーティーの準備に専念するとしよう」
「ああ、そうだな」

 学園の次期生徒会長が内定しているフランツは、卒業式や卒業パーティーの準備を取り仕切る役割を担っているわけだが、こんなにもやることが多いとは想像していなかったな。私も次期副会長としてできる限りのことはするし、他の生徒会メンバーもそのつもりさ。遠慮なく、我々を使ってくれ。
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