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第九節 〜遷(うつり)・彼是(あれこれ)〜
115 女男爵(バロネス)、或いはオルティと呼ばれる者 3
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113 114 115 は“ひと綴りの物語”です。
クソエロガッパとバロネス、決着します。
《その3》
ご笑覧いただければ幸いです。
※注
黒い◆が人物の視点の変更の印です。
白い◇は場面展開、間が空いた印です。
◆ (引き続き『女男爵、或いはオルティと呼ばれる者』の視点です)
―――――――――
ちっとも好きじゃない癖に。
◇
そこからもう一度仕切り直しで戦い始める。まるで約束組稽古のように。
幾重の刀と剣との差し合いと、噴き出る血の乱舞を経て私の止めの一刀を紙一重で察知し弾き飛ばし、そこから改めて私達は戦い始める。それを何度何度も繰り返す。
少しずつ斬り合いの時間が長くなる。エロガキの飛び跳ねる距離が短くなり、最小限の動きに集約され始める。躱す動作が小さくなる。大きなフェイントが減り、ただ肩を、目線を、足先を僅かに動かすだけとなる。全てが繋がり連動する。刀の振りが、脚の運びの全てが一体となる。流す血の量が逆転する。
私は翻弄され始める。
転移してきたばかりではなかったのか?
何で一度見せただけの魔法をその次にはより高度に洗練させて返してこれるのだ。
コウイチの忠告。
『コウ・シリーズは戦闘中に強くなっていく』
その言葉が脳裏を過る。先程までは可哀想になるぐらい凌駕していたんだ。決定的に。それを越えてくる。これ程まで“祝たる従者”とは規格外なのか。確かに『エリエル』に拘り過ぎたかも知れない。でも止められなかった。拘らずにはいられなかったんだ。
ああ、怖い。私は死ぬのだろうか。ただ、逃れたかっただけなのに。
私が前世で何をしたというのだろうか。
本当に異世界は最低だ。
◆ (『主人公の視点に戻ります)
無心で刀を振るう。相手の剣に載せた殺意がよく見える。僕の身体の何処を切りたいかの“欲”を感じる。その“虚”にただ刀を落とすだけ。刹那の所作で。
ふと、薄く僅かな、されど確かな彼女に生じた振れと遅滞を感取する。そこに“恐怖”を観る。これから自分が繰り出すであろう刃道の細く光る糸に導かれ刀を静かに振るう。“虚”から“実”を両断する一刀。
その次の瞬間、僕は無心ではなくなっていた。光る糸を見た時、安堵が出たのだと思う。いや、“欲”か。それでも普通の斬り合いなら僕の刀は彼女を断ち斬っていただろう。でもこれは“魔法”を使った殺し合いだった。
女男爵、或いはオルティと呼ばれる者は笑った。口角を下弦の月の如く引き攣らせ。
僕に出来たのは僅かに頭をずらすことだけ。幸いだったのは速すぎて狙いが僅かに外れたらしい。それでも、圧縮空気で赤黒く光る刃は右の二の腕から入り、そのまま膝を斜めに抜けた。あまりにも速度が速すぎて切断面が溶解し、大きすぎる斥力で爆発したように胴体と手脚が弾け飛ぶ。遅れたソニックウエーブで女男爵も部屋の隅まで転がる。床までを大きく断ち切り。
彼女の両手両脚は圧潰して血を吹き出していた。右腕が力なく垂れ、妙に長い。コスプレ服の補正限界を超える力を出したのだろう。それでも立ってみせた。歩いてみせた。顔を苦痛に歪めさせ。既に再生が始まっている。シュウシュウと生臭く揺らぐ妖気じみたオーラを噴出させながら。
そして僕の切断された手脚のもとに自らの血塗れの手脚を引き摺り向かうと、震える左腕一本で剣を高々と上げ、振り落とす。それを何度も繰り返す。細切れになっていく僕の手脚。
彼女は笑っていた。朗らかに。開放されたように。
今までも手脚を失った事はあった。喰われたり溶かされたり跡形も無くなったこともあった。手脚同時の欠損はこれで二度目で、最初の野良花魁蜘蛛の時は何も出来ずに喰われる寸前にラッキーだけで助かった。今回はそんな楽はさせて貰えそうにない。
どうやっても立ち上がれない。床を這いずるしか出来ない。四肢の一からの再生も可能だが、非常に時間がかかる。形が残っていれば再融合は可能だが、もう無理だろう。女男爵の仕事に粗はないようだ。
それにしても治癒が遅い。なるほど、切断面が滑らか過ぎ、且つ溶解して血が止まっている。仮治療状態で手脚のDNAが勝手に後回しにしようとしているらしい。
連戦で身体の基本体力が極端に減少しているのが原因だろう。治療より体力の温存を優先している。治癒を脳ではなく本能に任せた“危険時緊急自動保全機能”にしていた弊害か。
腰に装備したスタミナポーションは先の斬り合い中に気づかぬうちに綺麗に割られていたようだ。さすが手抜かりは無い。
「ああ怖かった。本当に怖かったよ」
そう言うと蹲る僕にまだ脚を引き摺り血の跡と、黒剣を引き摺り床を割っていく跡の二つの筋を作りながら真っ直ぐ、ゆっくりと近寄ってくる。もうハナには目もくれない。
「これほど手脚を潰したのは初めてだよ。オマエに出来るなら私にも出来るんじゃないかと思ったが、凄く痛いなこれ、何回もこんなの繰り返すなんて変態かオマエ」
僕と女男爵、上と下で向き合い見つめる。
左片手で握った黒剣を天井に向かって掲げる。その剣先が細かく震えていた。それを女男爵は無言で、振り落とす。僕もそれを無言で見つめる。
同時に残った左の掌で床を叩く。
“万有間構成力制御魔技法”
僕の身体が跳ね上がる。それを予想していたのか女男爵に動揺はなく迎え撃つ黒い剣に狂いはない。
その彼女の背後から迫る血塗れの杭の矢が二本。ハナは手の甲から床を貫いていたそれを無理やり手を引き抜き脱っし、投擲していた。
魔法で飛ばしたなら1m定限で女男爵には届かない。杭は血塗れの壊れた腕と蜘蛛糸を絡めて投げていた。投槍器の要領で最大限に加速させ。
杭に付与されていた『魔力減退』の効果は解除されるが杭の素材は物質、難なく1mを突破しそのままの勢いで女男爵の背に迫る。
「何度も芸が無い」
落とす刃筋を水平に変化させ自ら回転して杭と僕を横切りにする軌道に変える。
杭はそれに呼応するように物理の法則を無視してその軌道を変える。二本別々に。不規則に。括り付けられていた蜘蛛の糸を操作して黒剣の迎撃を掻い潜り迫る。
クッ、短い息とともに姿勢を崩し仰け反る女男爵。一本は回復し始めた右腕肩に。一本は彼女の頬を掠め後方へ。
行けるか!?
左手を女男爵の姿勢の崩れた身体に向け伸ばす。テルミットで終わらす。背筋が冷たく震える。顔を上げるとそこには感情が欠落したような冷たく光る二つの目玉があった。決して観逃さないと。
僕に近接戦用のテルミットが在るように、女男爵が持っていない訳がなかった。咄嗟に壁に蜘蛛糸を飛ばし離脱。今まで僕の腹があった場所に青白い炎の塊が通り過ぎる。脇場を掠める。掠めただけなのに五センチほど内側に抉れていた。範囲はデカい。腸まで千切れた。
相打ちなら可能だったかも知れない。でも僕はそれを摂り得なかった。でも、女男爵に躊躇はなかった。あの全てを投げ捨てたような目がそう言っていた。それがこの戦いの勝敗を分ける。そんな気がしてならない。
そのまま空間軌道に移る。隙を突き、壁を蹴り、天井を蹴り、床を蹴り、硝子連窓も蜘蛛糸を張ることで足場にし、飛び跳ね女男爵の隙を伺う為に動き回る。速く、速く。速度を最速に。手脚を失いバランスを崩した僕にはもうそれしか出来ない。止まれば終る。女男爵の傷が完治したらそれでも終る。
打ち捨てられたままの剣鉈ナイフを蜘蛛糸を飛ばし引き寄せる。それでも。
ふと、異世界に飛ばされた初日にハナを抱え細い路地裏の壁々に、ピンポンボールのように当たりながら逃げたことを唐突に思い出す。笑っちゃうな。練度は上がってはいるが、やっていることは全く同じ。成長してないな。
僕に残された攻撃手段は一瞬の“虚”を突くしか手がないだろう。謂う処のイチカバチカ。僕が第三者なら絶対に賭けない。
女男爵は一度は冷静さを失いかけたが直ぐに目を細め黒剣を短く振り、先ずは杭の糸を断ち切り、ハナとの間に僕の靭性金剛石層と瓜二つの対物質自動迎撃用の黒い盾を空中に浮かせた。それだけでハナを無力化し、意識から除外した。
そして僕に対峙すると、静かに左手の黒剣を後ろに引き姿勢を低くし、“後の先”を摂る構えにはいった。先程とは全くの真逆となった。追い込まれているのは当然、僕のようだ。
隙がない。女男爵は微動だにしない。もう剣先に震えはない。いつまでも飛び回っていてもリズムを読まれ、タイミングを計られるだけだ。時間が経てば経つほど不利になる。……ならばあえてリズムとタイミングを覚えてもらおう。その上で。
今!
天井と壁の境に脚を突き足場とし、左手の黒刀を肩に担ぐと、飛ぶ。出来る限りの長い距離。約十五メートル。女男爵の足元に飛ばしてある蜘蛛糸をたぐり寄せ速さをブースト。周りに張り巡らせていた蜘蛛糸を操作して軌道を細かく変え、慣れたリズムとタイミングから不規則なそれを創り出し、剣筋を読ませない。
『何度も芸が無い』
先程女男爵が呟いた言葉。引き伸ばされた高速思考の中で、幾重もの全ての同軸疑似脳が一斉に警告音を発した。そのままでは死ぬと。……ああ、駄目なんだなと思った。
相打玉砕ならと、囁く声がする。疲れたし、早く終るし、もう楽になりたい。後の事なんてどうでもいいじゃないかと。
たぶん彼女もそう思っている。そう望んでいる。
そんなことあるか! サチの怒りのボディブローを幻視する。アレは効くんだ。
足掻く!
“万有間構成力制御魔技法”
女男爵は言った。
アルミニュウムと酸化鉄も物質だと。なら周りに満たされた空気、酸素や窒素や二酸化炭素は?
これは“魔法”を使った殺し合いだ。
蜘蛛糸の比ではない。縦に横に螺旋を、稲妻を描き、一瞬で1mを超え移動、凄まじい圧が全周囲から発生しシェイク、内臓が絶え切れずに千切れ潰れる。
周りの空気が圧縮され燃え、引き延ばされて冷却され、その温度差でプラズマ化した細く青い稲妻が僕の身体表面を這う。サキュバスの“獣化”のようだ。ただ違うのは、僕の身体の細胞が耐えきれず崩壊を始めている。耐えられるか?
瞬間、女男爵の手前1mで速度ゼロに。身体が悲鳴を上げ崩壊が加速する。一刹那、亜音速を超え旋回してして死角、斜め下から迫り上がりソニックウエーブを切り裂き圧縮空気を切り裂き、下段からの黒き眩さに染まる刀を振るう。
それを女男爵は驚愕することに上段から剣を合わせてきた。凄い。黒い刀と黒い剣の刃と刃が拮抗し、黒い稲妻が幾重も放たれ、遅れて部屋いっぱいに轟音が響き渡る。
それでも、僕は“祝たる従者”で成り立てだが魔王だ。コウの原初の魔法で高々ブーストしただけの“使徒”に負けるはずがない。
女男爵は反対の壁まで十メートルを一直線に飛び抜け、クモの巣状のクレーターを作り減り込み、暫くしてズルリと血の跡を刷きながら下に落ち、壁を背にして足を投げ出し凭れ掛かり、もう動かない。床に広がる大量の血。
彼女の剣を握っていた左腕は衝撃に耐えられず、肩から先が消滅していた。それでも、おかげで上半身が消し飛ばなかったと言える。
―――――――――
お読み頂き、誠にありがとうございます。
よろしければ次話もお楽しみ頂ければ幸いです。
クソエロガッパとバロネス、決着します。
《その3》
ご笑覧いただければ幸いです。
※注
黒い◆が人物の視点の変更の印です。
白い◇は場面展開、間が空いた印です。
◆ (引き続き『女男爵、或いはオルティと呼ばれる者』の視点です)
―――――――――
ちっとも好きじゃない癖に。
◇
そこからもう一度仕切り直しで戦い始める。まるで約束組稽古のように。
幾重の刀と剣との差し合いと、噴き出る血の乱舞を経て私の止めの一刀を紙一重で察知し弾き飛ばし、そこから改めて私達は戦い始める。それを何度何度も繰り返す。
少しずつ斬り合いの時間が長くなる。エロガキの飛び跳ねる距離が短くなり、最小限の動きに集約され始める。躱す動作が小さくなる。大きなフェイントが減り、ただ肩を、目線を、足先を僅かに動かすだけとなる。全てが繋がり連動する。刀の振りが、脚の運びの全てが一体となる。流す血の量が逆転する。
私は翻弄され始める。
転移してきたばかりではなかったのか?
何で一度見せただけの魔法をその次にはより高度に洗練させて返してこれるのだ。
コウイチの忠告。
『コウ・シリーズは戦闘中に強くなっていく』
その言葉が脳裏を過る。先程までは可哀想になるぐらい凌駕していたんだ。決定的に。それを越えてくる。これ程まで“祝たる従者”とは規格外なのか。確かに『エリエル』に拘り過ぎたかも知れない。でも止められなかった。拘らずにはいられなかったんだ。
ああ、怖い。私は死ぬのだろうか。ただ、逃れたかっただけなのに。
私が前世で何をしたというのだろうか。
本当に異世界は最低だ。
◆ (『主人公の視点に戻ります)
無心で刀を振るう。相手の剣に載せた殺意がよく見える。僕の身体の何処を切りたいかの“欲”を感じる。その“虚”にただ刀を落とすだけ。刹那の所作で。
ふと、薄く僅かな、されど確かな彼女に生じた振れと遅滞を感取する。そこに“恐怖”を観る。これから自分が繰り出すであろう刃道の細く光る糸に導かれ刀を静かに振るう。“虚”から“実”を両断する一刀。
その次の瞬間、僕は無心ではなくなっていた。光る糸を見た時、安堵が出たのだと思う。いや、“欲”か。それでも普通の斬り合いなら僕の刀は彼女を断ち斬っていただろう。でもこれは“魔法”を使った殺し合いだった。
女男爵、或いはオルティと呼ばれる者は笑った。口角を下弦の月の如く引き攣らせ。
僕に出来たのは僅かに頭をずらすことだけ。幸いだったのは速すぎて狙いが僅かに外れたらしい。それでも、圧縮空気で赤黒く光る刃は右の二の腕から入り、そのまま膝を斜めに抜けた。あまりにも速度が速すぎて切断面が溶解し、大きすぎる斥力で爆発したように胴体と手脚が弾け飛ぶ。遅れたソニックウエーブで女男爵も部屋の隅まで転がる。床までを大きく断ち切り。
彼女の両手両脚は圧潰して血を吹き出していた。右腕が力なく垂れ、妙に長い。コスプレ服の補正限界を超える力を出したのだろう。それでも立ってみせた。歩いてみせた。顔を苦痛に歪めさせ。既に再生が始まっている。シュウシュウと生臭く揺らぐ妖気じみたオーラを噴出させながら。
そして僕の切断された手脚のもとに自らの血塗れの手脚を引き摺り向かうと、震える左腕一本で剣を高々と上げ、振り落とす。それを何度も繰り返す。細切れになっていく僕の手脚。
彼女は笑っていた。朗らかに。開放されたように。
今までも手脚を失った事はあった。喰われたり溶かされたり跡形も無くなったこともあった。手脚同時の欠損はこれで二度目で、最初の野良花魁蜘蛛の時は何も出来ずに喰われる寸前にラッキーだけで助かった。今回はそんな楽はさせて貰えそうにない。
どうやっても立ち上がれない。床を這いずるしか出来ない。四肢の一からの再生も可能だが、非常に時間がかかる。形が残っていれば再融合は可能だが、もう無理だろう。女男爵の仕事に粗はないようだ。
それにしても治癒が遅い。なるほど、切断面が滑らか過ぎ、且つ溶解して血が止まっている。仮治療状態で手脚のDNAが勝手に後回しにしようとしているらしい。
連戦で身体の基本体力が極端に減少しているのが原因だろう。治療より体力の温存を優先している。治癒を脳ではなく本能に任せた“危険時緊急自動保全機能”にしていた弊害か。
腰に装備したスタミナポーションは先の斬り合い中に気づかぬうちに綺麗に割られていたようだ。さすが手抜かりは無い。
「ああ怖かった。本当に怖かったよ」
そう言うと蹲る僕にまだ脚を引き摺り血の跡と、黒剣を引き摺り床を割っていく跡の二つの筋を作りながら真っ直ぐ、ゆっくりと近寄ってくる。もうハナには目もくれない。
「これほど手脚を潰したのは初めてだよ。オマエに出来るなら私にも出来るんじゃないかと思ったが、凄く痛いなこれ、何回もこんなの繰り返すなんて変態かオマエ」
僕と女男爵、上と下で向き合い見つめる。
左片手で握った黒剣を天井に向かって掲げる。その剣先が細かく震えていた。それを女男爵は無言で、振り落とす。僕もそれを無言で見つめる。
同時に残った左の掌で床を叩く。
“万有間構成力制御魔技法”
僕の身体が跳ね上がる。それを予想していたのか女男爵に動揺はなく迎え撃つ黒い剣に狂いはない。
その彼女の背後から迫る血塗れの杭の矢が二本。ハナは手の甲から床を貫いていたそれを無理やり手を引き抜き脱っし、投擲していた。
魔法で飛ばしたなら1m定限で女男爵には届かない。杭は血塗れの壊れた腕と蜘蛛糸を絡めて投げていた。投槍器の要領で最大限に加速させ。
杭に付与されていた『魔力減退』の効果は解除されるが杭の素材は物質、難なく1mを突破しそのままの勢いで女男爵の背に迫る。
「何度も芸が無い」
落とす刃筋を水平に変化させ自ら回転して杭と僕を横切りにする軌道に変える。
杭はそれに呼応するように物理の法則を無視してその軌道を変える。二本別々に。不規則に。括り付けられていた蜘蛛の糸を操作して黒剣の迎撃を掻い潜り迫る。
クッ、短い息とともに姿勢を崩し仰け反る女男爵。一本は回復し始めた右腕肩に。一本は彼女の頬を掠め後方へ。
行けるか!?
左手を女男爵の姿勢の崩れた身体に向け伸ばす。テルミットで終わらす。背筋が冷たく震える。顔を上げるとそこには感情が欠落したような冷たく光る二つの目玉があった。決して観逃さないと。
僕に近接戦用のテルミットが在るように、女男爵が持っていない訳がなかった。咄嗟に壁に蜘蛛糸を飛ばし離脱。今まで僕の腹があった場所に青白い炎の塊が通り過ぎる。脇場を掠める。掠めただけなのに五センチほど内側に抉れていた。範囲はデカい。腸まで千切れた。
相打ちなら可能だったかも知れない。でも僕はそれを摂り得なかった。でも、女男爵に躊躇はなかった。あの全てを投げ捨てたような目がそう言っていた。それがこの戦いの勝敗を分ける。そんな気がしてならない。
そのまま空間軌道に移る。隙を突き、壁を蹴り、天井を蹴り、床を蹴り、硝子連窓も蜘蛛糸を張ることで足場にし、飛び跳ね女男爵の隙を伺う為に動き回る。速く、速く。速度を最速に。手脚を失いバランスを崩した僕にはもうそれしか出来ない。止まれば終る。女男爵の傷が完治したらそれでも終る。
打ち捨てられたままの剣鉈ナイフを蜘蛛糸を飛ばし引き寄せる。それでも。
ふと、異世界に飛ばされた初日にハナを抱え細い路地裏の壁々に、ピンポンボールのように当たりながら逃げたことを唐突に思い出す。笑っちゃうな。練度は上がってはいるが、やっていることは全く同じ。成長してないな。
僕に残された攻撃手段は一瞬の“虚”を突くしか手がないだろう。謂う処のイチカバチカ。僕が第三者なら絶対に賭けない。
女男爵は一度は冷静さを失いかけたが直ぐに目を細め黒剣を短く振り、先ずは杭の糸を断ち切り、ハナとの間に僕の靭性金剛石層と瓜二つの対物質自動迎撃用の黒い盾を空中に浮かせた。それだけでハナを無力化し、意識から除外した。
そして僕に対峙すると、静かに左手の黒剣を後ろに引き姿勢を低くし、“後の先”を摂る構えにはいった。先程とは全くの真逆となった。追い込まれているのは当然、僕のようだ。
隙がない。女男爵は微動だにしない。もう剣先に震えはない。いつまでも飛び回っていてもリズムを読まれ、タイミングを計られるだけだ。時間が経てば経つほど不利になる。……ならばあえてリズムとタイミングを覚えてもらおう。その上で。
今!
天井と壁の境に脚を突き足場とし、左手の黒刀を肩に担ぐと、飛ぶ。出来る限りの長い距離。約十五メートル。女男爵の足元に飛ばしてある蜘蛛糸をたぐり寄せ速さをブースト。周りに張り巡らせていた蜘蛛糸を操作して軌道を細かく変え、慣れたリズムとタイミングから不規則なそれを創り出し、剣筋を読ませない。
『何度も芸が無い』
先程女男爵が呟いた言葉。引き伸ばされた高速思考の中で、幾重もの全ての同軸疑似脳が一斉に警告音を発した。そのままでは死ぬと。……ああ、駄目なんだなと思った。
相打玉砕ならと、囁く声がする。疲れたし、早く終るし、もう楽になりたい。後の事なんてどうでもいいじゃないかと。
たぶん彼女もそう思っている。そう望んでいる。
そんなことあるか! サチの怒りのボディブローを幻視する。アレは効くんだ。
足掻く!
“万有間構成力制御魔技法”
女男爵は言った。
アルミニュウムと酸化鉄も物質だと。なら周りに満たされた空気、酸素や窒素や二酸化炭素は?
これは“魔法”を使った殺し合いだ。
蜘蛛糸の比ではない。縦に横に螺旋を、稲妻を描き、一瞬で1mを超え移動、凄まじい圧が全周囲から発生しシェイク、内臓が絶え切れずに千切れ潰れる。
周りの空気が圧縮され燃え、引き延ばされて冷却され、その温度差でプラズマ化した細く青い稲妻が僕の身体表面を這う。サキュバスの“獣化”のようだ。ただ違うのは、僕の身体の細胞が耐えきれず崩壊を始めている。耐えられるか?
瞬間、女男爵の手前1mで速度ゼロに。身体が悲鳴を上げ崩壊が加速する。一刹那、亜音速を超え旋回してして死角、斜め下から迫り上がりソニックウエーブを切り裂き圧縮空気を切り裂き、下段からの黒き眩さに染まる刀を振るう。
それを女男爵は驚愕することに上段から剣を合わせてきた。凄い。黒い刀と黒い剣の刃と刃が拮抗し、黒い稲妻が幾重も放たれ、遅れて部屋いっぱいに轟音が響き渡る。
それでも、僕は“祝たる従者”で成り立てだが魔王だ。コウの原初の魔法で高々ブーストしただけの“使徒”に負けるはずがない。
女男爵は反対の壁まで十メートルを一直線に飛び抜け、クモの巣状のクレーターを作り減り込み、暫くしてズルリと血の跡を刷きながら下に落ち、壁を背にして足を投げ出し凭れ掛かり、もう動かない。床に広がる大量の血。
彼女の剣を握っていた左腕は衝撃に耐えられず、肩から先が消滅していた。それでも、おかげで上半身が消し飛ばなかったと言える。
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お読み頂き、誠にありがとうございます。
よろしければ次話もお楽しみ頂ければ幸いです。
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