半径1メートルだけの最強。

さよなきどり

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第九節 〜遷(うつり)・彼是(あれこれ)〜

113 女男爵(バロネス)、或いはオルティと呼ばれる者 1

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113 114 115 は“ひと綴りの物語”です。
クソエロガッパとバロネス、決着します。
 《その1》
ご笑覧いただければ幸いです。
※注
黒い◆が人物の視点の変更の印です。
白い◇は場面展開、間が空いた印です。
―――――――――

 ◆ (『女男爵(バロネス)、或いはオルティと呼ばれる者』の視点です)

 本当に異世界こっちは最低だ。
 私が前世で何をしたというの。

 元世界あっちで真面目だって言うのはクラスカーストで真ん中って意味。可でもなく不可でもなく。尖って上位を狙う為に陽キャラを装う訳でもなく、下位のオタク共の姫に成り下がるのでもなく至って普通。ホント、陽キャラは疲れそうで嫌だけど、自分も立派なオタクだったんだから姫ぐらいやっておけばよかった。それなりに楽しかっただろうに。
 サツキ様って呼ばせてたりして。それぐらい無茶してもよかったんだ。異世界こっちでは“普通”にだってなれなかったんだから。

 私は高校2年生でたぶん死んだ。その時の記憶はない。でも冗談じゃないのは元世界むこうでの最後の年齢より記憶を取り戻したのがずっと高い年齢だったってことだ。そのギャップに私は憤慨し絶望した。
『やり直し』するにも『ざまぁ』するにも異世界こっちに染まり過ぎ、疲弊していた。そんな時に出会ったのがコウイチ君だった。ずっと年下で移転者だったけど、同じアイデンティティを持つ元日本人。

 コウイチ君は本当に色んなことを教えてくれて、色んな魔導具を与えてくれて、何より、膨大な魔力をくれた。おかげで私もこの世界では飛び抜けた強さを手に入れる事ができた。大抵の我儘を通せるぐらいに。

 残念なことに私は最初の女ではなかった。色々と楽しいことを教えてあげたかったのに。でも同じ日本人としてアッチ系の知識っていうか盛りあげるポイントっていうか、色々とツボが共通していて、他の異世界こっちの女とは違う楽しみ方を試せてコウイチ君には好評だった。それを気に食わないヤツがいた。ハーレムのナンバーワンである“おほみたる誰か”、同じ転生者のアマネだった。

 アマネは大貴族公爵家の三女で、幼い頃よりその才能を認められ、早くから才女と持て囃され今では聖女だ。
 何故かアマネはコウイチ君の存在を始めから知っていた節が有り、その権力と財力で探しだし、“おほみたる誰か”となった。私とは違い覚醒が早く、そのアドバンテージでスタートダッシュを決め、“おほみたる誰か”の地位を金と権力で得ることで全ての者を置き去りにし、君臨した。
 アマネが私を追いやった十三歳の頃には既に。

 コウイチ君はモノスゴくカワカッコイイが、最初から大手プロダクションに囲われたテレビの中の偶像アイドルと同じだったのだろう。異常にファンサービス過多ではあるが。

 ハーレムの主であり、女達にパスを通して魔力を分け与える支配者が何故に“はふりたる従者”と呼ばれる『しもべ』なのか。何故に一番の女だけが“おほみたる誰か”の称号を与えられた特別な『ととい』なのか、その理由が解った気がした。

『そんな、恨めし気な眼で睨まなで下さいまし、私の地位も権力もただ親から与えられただけのものではないのですよ。幼い頃からの絶え間ない努力の賜物なのです。勘違いしないで下さい。あなたももっと精進し、意義在る実績を以てコウイチ様のお役にたちなさい』

 確かに今のアマネには親の七光り以上の権力と財産を聖女として築いていた。素直に凄いと思った。ただ、バックに公爵家を持ち、幼い頃からの大人の狡猾さと蓄積された最先端の日本の知識を有してのチートで最初からキメに行けたのと、落国の民アッシュのサキュバスとして全てを諦め、ただ生きる事だけに汲々きゅうきゅうとしていた者の差はあまりに大きく、理不尽だった。

 そんななか、この街サガンでの男爵の位で領主となる仕事を押し付けられた。“うつり”失敗のドサクサに紛れてのギルドそのものの乗っ取りを経ての造幣技術ノウハウの全てと造幣機械の鹵獲、及び花魁蜘蛛クイーンの糸の利権接収が目的だ。

 その際に街の存亡は問わないとされた。無茶苦茶だ。そんな事が許される筈がなかった。他の利権者やこの国の中枢だって黙っていない。上手く行ったとしても、私は絶対に切り捨てられる。体の良いスケープゴートにされるだけだ。

 実際、赴任しても男爵とは名ばかりで実権は無く、全て赤い鎧を着た男が仕切っていた。男は公爵家の人間だった。
 全てはアマネとそのバックの公爵家の政治的施政の一貫に過ぎなかった。コウイチ君は関係ない。


『これでアナタも少しはコウイチ君の為になるでしょう。喜びなさい』

『君が頼りなんだよ。やってくれるだろう。元ギルド幹部の君になら任せられるってアマネが言ってる。適任だって。だからお願いだよルツィ』

『フフ、よろしくね、ルツィ』

 私の名前はオルツィ。コウイチ君が私の名前を覚えていないのは最初からだ。だからそんな事については今更だ。……今更ではないか。
 だから私は男爵として赴任した。貴族と呼ばれるのが嬉しいのは本当。落国の民アッシュのサキュバスとしてではなく。


 十日前に子供二人を連れたサキュバスの娘がサガの街に入ったとの連絡を受けた。三人は“溜まりの深森”を、それも“忌溜まり”を抜けてきたらしい。時を同じくしてギルドの長が領主との決別を宣言してきた。

 今のギルド長は新兵の頃に部下だったことも在る。あまり良く覚えていないが、上昇志向はあるが貧弱な文官肌の優等生だったような記憶が在る。彼女も左遷されての就任らしく、落ちた官僚に見合う目立った動きもなかったはずが、ここに来ての突然の変貌で驚いた。

 しかしながら追い詰められての暴挙なら致し方ないとも思った。彼女も今年の“うつり”で、ギルドも街も消滅すると悟ったのだろう。ここまで追い込んだ事に罪悪感は感じなかったが、哀れみは感じた。直接に手を下した訳では無いし。

 はて? 彼女には筋肉バカの金魚のフンがいるはずだが、と思ったが然程さほどには興味もなく直ぐに思案から遠のいた。
 街に入ったサキュバスの娘がサマンサだと知ったときは驚いたが、それだけだ。特別な感情は抱かなかった。その時までは。
 
 “うつり”まであと9日間と迫っていたが、私は暇だった。お飾りな私にやることはない。あとは混乱に乗じて逃げるタイミングを見定める事だけだ。その準備もしてきた。三年を掛けて。必要なら赤鎧を瞬殺できる魔導具も用意している。証拠が残らないように肉片の一つも残さないような。あとは国を出るなり何とかなるだろう。例えパスが切れたとしても。
 なにより、私は“赤鎧”が本当に成功するのか疑わしいとさえ思っている。

 抑々そもそもが3年計画であったのを、最初の一年で終わらそうと考えなしで強引に押し勧めたのが始まりだった。“赤鎧”が。
 前のギルド長の妻と娘を攫ったのもその場での思いつき、ノリで行ったらしい。本筋の計画とは全く別の理由で。ギルド長の脅迫拷問は後付で側近が行った。そんな後付いるか? 

 帳尻を合わせるべく動いた側近もあまり優秀とは言えなかったようで、その他の色々な強引な手段が重なった結果、造幣機の鹵獲の段取りも整えられていないのにギルドを半壊させ、結果、他の耳目じもくを集め、警戒され、逆にこの二年は真面な工作が出来なかった。らしい。今は側近の半分が新顔になっている。

 それでも憤慨遣る方無ふんまんやるかたない赤鎧は何を思ったか、密かに傭兵を騙し集めると半分を殺し、その恐怖と権力で残り半分を自分の手下とした。私の男爵の威を借りて。馬鹿か、そんな兵力何になる。戦争を知らないお坊っちゃまはこれだから。
 そして当然の如く今夜、反旗をひるがえされた。

 赤鎧のその行動原理の大半が“面白そう”が占めているのが主な原因だと思う。オイタの責任を全て引っ括めて押し付ける私の存在・・・・があっての暴挙だと思うが、本人の性質も大きい。彼は公爵家直系の次男だった。

 そんな訳でアマネの実兄でもあるバカは、高位貴族の御令息にも拘らずその腰の軽さからオイタが過ぎ、面白半分から犯した罪がこれまた軽率な行動でバレ、十代で早々と廃嫡されどこぞの修道院で軟禁されてるはずが、今も元気に好き勝手している。腰の軽さとバカっぷりは改善されずに。

 たぶん私が責任を取らされて粛清された後のこの街サガンの新しい領主様に着任されるのだろう。バカでも実の息子は可愛いのだろうか。公爵家領主もその親バカ呪いからは免れなかったようだ。ただ自分で潰して街がまだ残っていればの話だが。

 たぶん本人も親バカも解っていない。そんな訳でアマネもぎょし切れていない。でもアマネにとって造幣機実機とノウハウ、蜘蛛糸の利権を手に入れさえ出来れば、私も実兄も、公爵家さえもがどうなろうと知ったことではないのだろう。

 そんな折に私にコウ・シリーズと思われる“はふりたる従者”の捕縛の命令が言い渡された。できれば生きて。
 最悪の場合は殺しても構わないが、本物のコウ・シリーズであるならば“不死”に近く、殺し切る気で挑んで丁度いいとアマネは言った。そして“おほみたる誰か”は確実に殺せと。

『坊ちゃまには内密に』と、赤鎧の新顔の側近が付け加えて耳打ちしてきた。判っている側近も少なからずはいるのだろう。そうでなければあんな頭の悪い坊やが今まで生き残れるはずはない。腐っても公爵家家臣。ならもうちょっと手綱を握れと言いたいが、無理だったんだろうな。因みに前ギルド長の妻子を拐かしたのは街で見かけ、好みだったからだった。親◯丼がしたかったらしい。後でそれが前ギルド長の縁者だと知った。

 コウ・シリーズの件を私は面白いと思った。特にアマネが“おほみたる誰か”殺害を命令してきた時の口調に、僅かな焦りと嫉妬が混ざっていたような気がしたから。ヤツの日頃からは考えられない感情のブレ、だからこそ際立きわださっせられたのかも知れない。

 もちろん無視する気だった。コウ・シリーズに手を出す無謀を知っていた。アマネだって私が捕縛できるとは思っていないだろう。たぶん威力偵察の捨て駒のつもりだろう。どこまでも嫌な女だ。

 ただ、私の脱出計画に変な影響があると嫌だし、ちょっとした興味も或ることから、個人的な知り合いであるエルフに渡りをつけ、情報だけは集めておこうと思った。無視するにしろ、最終的に命令に従うにしろ、情報を集めておいて損はない。

 情報収集を頼んだ相手は趣味でギルド兵をしている変わった、見た目は麗しの美少年だが、年齢不詳の得体の知れないエルフだった。
 実態があやふやな者同士、妙に馬があった。少しも気を緩めることはできなかったが。



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お読み頂き、誠にありがとうございます。
よろしければ次話もお楽しみ頂ければ幸いです。
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