半径1メートルだけの最強。

さよなきどり

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第九節 〜遷(うつり)・彼是(あれこれ)〜

102 心がせく 1

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~遷(うつり)・彼是(あれこれ)~編、突入です。
102 103 104は“ひと綴りの物語”です。
戦いは階上へ。
 《その1》
ご笑覧いただければ幸いです。

※注
白い◇は場面展開、間が空いた印です。
―――――――――

 ようやく倒し切った。
 腰を折り、両膝に両手の掌を当て上半身を支え、荒い息を整える。鼻先からポタポタと汗が滴り落ち、床に黒いシミを広げる。
 勢いよく顔を上げて思う。やっとこれでハナ達を追える。


 多人数を相手にする場合での、自分の体に追従する宙に浮いた盾は有効であったが、接近戦では邪魔でしか無く、逆に敵勢に上手く使われ危ない場面が多々あった。戦闘では所詮素人であり、本職の兵士には叶わないと改めて思い知った。

 恐怖はあったが正面の盾は全て消し、背後だけに半円形の壁を形成し守りとした。正面の敵に身を晒し、物理の剣や槍は戦闘の流れの中で躱したり、靭性金剛石ダイヤモンドの層を籠手ガントレット脛当グリーブ胸当アーマーと各形状に合わせて覆い、防具とし敢えて受けた。

 見た目はちょっと光ってる程度で基本は透明だ。重量は感じないし、まともに受ければそのまま衝撃が骨を軋ませる。正直、心許ない。そう思ってしまった。自分に対する信頼のブレは直接的に魔法の防護の強度を低下させた。魔法はイメージ。負の想像力は簡単にマイナスに傾く。

 大上段からの唐竹割りを左腕で受け止めた際、一度は防いだが動きが止まった僕はあなどられ、執拗ひつように同じ箇所に連続斬撃を畳み込また。四撃目で不安が掠め、五撃目で完全に萎縮し、籠手《ガントレット》が崩壊した。それほど鋭くも重くもない普通の斬撃だったが、僕は完全に怯えていたのだろう、腕の半分まで刃が達し、切断寸前まで追い込まれた。

 動きを止めると背後を守る靭性金剛石ダイヤモンドの壁も連撃を喰らい何度も破られた。その度に必死で逃げ、張り直すことを繰り返した。
 相手を倒すよりも、自分の中の恐怖や不安を捩じ伏せるほうが苦労した。

 攻撃は一発で沈めようとはせず、両手二丁拳銃の中でフェイントの捨て弾を織り交ぜ、足蹴りも加え丁寧に追い込むように倒していった。
 困った事に一人倒すと何故か人数が増え、常に数人を相手にしていた。終わらない輪舞曲輪舞曲。意識が白濁しそうだ。

 もう不殺は終わりにしてもいいかもしれないと思った。どうせ後でオッサンが止めを刺すだろう。何も変わらない。気分だけの話だ。
 たぶん、僕は瞬殺できる。
でも、なんとなくだけど、その気分が本当に大切なような気がしていた。
 ハナ達を追う時がどんどん遅れる。確かにそれは解っているのだけど。


 全てを倒しきったあと、やっと一息つけた時に改めて思った。いやに 多い人数を倒したなと。
 敵の増援があったのかと心配になり改めて見回すと、幹部傭兵“七人”は各自がそれぞれ一人と対峙したまま、まだ戦闘中だった。団長オッサンも含めて。

 何て事はない、領主館に突入した際の撃破数ノルマは二・三人ってことだった筈が、僕を除く他の者達はに変更され、残り全てを僕に押し付けていたらしい。
 だからあれ程の人数が僕に殺到していたのだろう。倒しても倒しても人数が減らない訳だ。

 切り結び中の例の古参傭兵が僕を見て、頭を下げる。ニコリと笑った。今度はちゃんと“感謝”と“済まなそう”を込めたミックス風な顔だった。あくまで風だったけど。

 “七人”が相手している敵は誰もがその身体能力の高さが伺われた。正直、今“七人”が相手をしている一人でも僕の包囲網に加わっていたならば厳しかったかもしれない。いや、確実に押し込まれて負けていただろう。人選はしてくれていたのだろう。感謝はしないけど。

 本当にきつかったから。ノルマは三人以下。おねがいします、約束は守りましょう。後で別に約束などしていない事に気づく。でもさ。

 ちょうど背後で轟音と爆風が起こり僕の身体も前に押し出さ蹌踉よろめく。それ程の風量だった。振り返って見えたものは高い天井まで届くキラキラ光る大竜巻だった。その中心に宙に浮いた赤い鎧が見えた。
 唐突に竜巻が消滅すると赤鎧がドサリと落ち、周りに掌大の鋭利な金属片が雪のようにハラハラと乱反射させながら降りそそぐ。金属片は魔法で顕現化されたものだろう、やっぱり雪のように儚げに消えていった。
 残ったのは赤い鎧を身に着けた何かだった。原型を辛うじて残している鎧に何かが絡みついているだけ。曾てそれが何であったのかはもうわからない。ただ、その赤い鎧だったものを中心に赤い液体が床に静かに広がっていく。

 オッサンが最後に大魔法をぶっ放したんだろう。凄く満足そうなイイ顔でヒョコヒョコ片足を引き摺り歩いてきた。大剣を右手で握り肩で担ぎ、左手は無かった。

「チッキショウが。野郎め、最後に往生際悪く抵抗しやがって持っていきやがった。高かったのによ。大損だぜ」
 輪切りにされた義手の切断面を僕に見せた。でもやっぱ満足そうだ。

「おい、野郎ども、何グズブズしてやがる! 外も終わってねーんだぞ、キリキリ給料分は働け! あと三分以内に片付けネーと俺が後ろから蹴り食らわすぞ」
 幹部傭兵“七人”全員がいきなり顔面を引き攣らせてのラッシュ・イン。

 オッサンは僕が倒し昏倒しているだけの敵兵に止めを刺して廻った。踊り場の矢を投擲した三人はスカウトするからと止めは不要と告げた。

 オッサンが眉間に皺を寄せたが何も言わず鼻を鳴らしたその時、建物を震わす低重爆音が連続で響き渡った。全ての者が一瞬動きを止める程の空気の振動だった。
 オッサンは眉間に皺を寄せ、上階に続く階段を顎で示した。僕も頷き返し、駆け出した。

 心がせく。


 階段を駆け上がると強烈なイオン臭が鼻を突いた。その匂いの元を辿って進む。一階も申し訳程度の装飾だったがそれでも体裁らしきものは保っていたように思えた。二階から上は貴族の館というよりは廃ビルの中のように感じる。それほど簡素で、素っ気ない。ただ、壁も天井も床も酷く丈夫そうではある。

 何箇所目かの角を曲がると漂う空気の温度が上昇し、濃いイオンの霧の中でサチが二人の子供を両脇に抱え、死んだように壁に凭れ座り込んでいた。……死んでいるように。足が止まり心臓に針を刺されたような鋭い痛みが走る。昨日の、運ばれてきた時のシズキの姿と重なった。

 三人とも裸に近く、焦げたぼろ布が僅かに引っ掛かっている程度だった。そして差し出す手を思わず止めてしまう程に焼け爛れていた。特に右に抱えた子供の左半身は見るに耐えない。髪の毛はなく、片方の目玉玉はまぶたから焼け落ち暗い穴と化し、額の小さな角が炭化、肉と血を焼く匂いが生臭く鼻孔をさいなむ。

「サチ、サチ! 目を開けろ、しっかしろ!」
 俺の声に反応し薄っすらと目を開け、カサカサの唇が動く。
「……子供たちは……生きて、生きているなら……頼む。……主様が……すまない」
 少し先の壁が丸く刳り取られ、ドアの破片が飛散する箇所をサチの目線が指し示す。その中にハナはいるのか。でもまずは。

「安心しろ、お前の魔法のお陰で子供たちは生きている。良くやったな、サチ。偉いぞ」
 サチ頬が少しだけ柔らかくなった気がした。そう、まだ生きている。
 特に右の子供は表面だけに留まらず細胞や筋肉といった皮下組織にまで及ぶ三度熱傷だと確実に思われる。それが身体の表面積全体に及んでおり、普通なら既に命はない。

 だが生きている。サチが自身の自個保有魔系特異技能ユニークスキル“冷却”をフル稼働させていた。特に熱傷が酷い左側を自分の肌に密着させていた事が、か細い命を繋いでいた。

 左の子供は足の骨折と二度燃焼で、体力魔力とも尽きかけているが命の危険はなさそうだ。ただ放っておける程には軽い傷ではない。
 投げ捨てられていたサチのタクティカル・ベストから治癒と体力増強のポーションを抜き取ると口径で飲ませる。魔力の回復には体に貼り付けていたワイヤーアクションの為の子蜘蛛を首筋に張り付かせ、魔力を供給させる。透明化はそのままにしておく。もし目を覚ました時に蜘蛛がいたらパニックになりかねない。

 これで一先ず左の子はいいだろう。その治療を手早く進めながら残りの二人の治療の手順や方法を模索する。一つ間違えるとアウトだ。本当に、何があった。
 右の子供も重症だが、サチも負けずに今直ぐ死んでしまってもおかしくない程に重症だ。息を吐き、落ちつこうと努めるが、手の震えが止まらない。

 再び虚空をただ見ているだけの見知らぬ顔のシズキを思い出す。サチの内臓はボロボロだ。焼け切れている。肝臓の一部が炭化している。この状態でどうしてまだ心臓が動いているのか不思議なぐらいだ。

「サチ、サチ、起きろ。目を開けて俺の話を聞け。
 おまえは死にかけている。あっ! 受け入れるな、お前が死ねばこの子供も死ぬぞ!……そうだ、気をしっかり持て。



―――――――――
お読み頂き、誠にありがとうございます。
よろしければ次話もお楽しみ頂ければ幸いです。
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