半径1メートルだけの最強。

さよなきどり

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第七節 〜遷(うつり)・初茜(はつあかね)〜

087 兵士のプリンシプル(原則)3

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85 86 87 88 は“うつり”『最初の一時間』迄の、“ひと綴りの物語”です。《その3》
ご笑覧いただければ幸いです。
※注
黒い◆が人物の視点の変更の印です。
白い◇は場面展開、間が空いた印です。
―――――――――
 ……そう、判ってたんだけどね。


 先の狂乱状態バーサーカー騒動が余程効いているのか、アレから相当にダメになった感じだ。精神的に。彼にもそこから得られたモノは有ったと思うのだが、活かせないか。無意識の“去なし”なんて充分に“何か”を身に付けていると思うのだけれど。それに比べ、センパイの相方は目に見えてワンランク上がった感じだ。当初の醜態が噓のように落ち着き熟している。

「班長、今、何時間経ってます?」
「まだ一時間経ってないよ」
「やっぱり、そうなんだ」
「そうなんだよね」
 二重の意味でびっくり。まだ始まって一時間経ってないって事と、予想外のトラブルが在ったものの、一時間持たなかった原因センパイくんに。トラブルなんて想定内だろうに、始まる前から。ほんと、覚悟くらいしてろよ。

 そして『最初の一時間』の法則が本当っぽく、ハムさんのドヤ顔がチョームカつくってことが。
 そうなのだ、まだ一時間経ってないってことは『完全撤退の一時間ルール』がまだ有効だって事だ。

 凄いな原因センパイくん、ここまで引っ張るかよ。
 彼は一週間ちょっと前の、初めて盾使いタンク組として集められた素人集団の中では一番才能が飛び抜け、目立っていた。僕や相棒シヅキさんとは比べ物にならない程にキラッてた。たぶん、今でも才能だけなら組一番だと思う。難しいものだと思う。相棒の言う通りに。


「……ここであの原因センパイくんには少し早いが休憩に入ってもらおう。そして一時間経った時点でシラッとハムさんのところに持っていこう。後はハムさんがなんとかしてくれる」

「……やっぱりそうですね。それしかないですよね、チョット不正っぽいですけど」
「最初から不正感いっぱいだから気にするな。ハムさんにバレなきゃいい。それに関しては大丈夫だろう、あの人抜けてるから」
「これって清濁併せ持つってやつですね。わかります」
「ぜんぜん違うぞ」
「それじゃ行きますか」
「まてまてまて、ちょっとは休ませろ。あと三分だけ。あのユニットの原因センパイを排除したら君はそのままタンク役の代打だ。残った僕は一人で兵站業務を続けなければならない。不公平だろ」
「もう班長ったら、これ借り一個ですからね」
「アリガトね」
 結果的にその三分が良かったのか悪かったのか。やっぱり悪かったのだろう。


 僕たちはゆっくりと少しずつ近づいた。ほら、猛った犬に急に手を出したら噛まれちゃうの法則。それでも人間なんだから本当に噛んでくるなよ。
「先輩、大丈夫ですか」

「ああシヅキ! 助けてくれ‼ もう俺は、おれはーーー‼‼」
 それが厄災の始まりの、最初の咆哮だった。

 悲鳴だった、怯えだった。カトンボ共は言葉を理解している訳じゃない。ただ、人の声に含まれる怯えや負の感情を何故か過敏に察っし、弱点とみなし襲い来る。大量に。一斉に。集中的に。今のように。
 知ってるよね。最重要基本事項だって、厳重禁則事項だって。初心者向け教本の一番最初の頁にデカデカと載ってるやつだよ。
 凄いな原因センパイくん、ヒドスギ。

 充分に気をつけていたつもりだった。声を掛けるタイミングも、周りにカトンボがいないのを確認したし、距離も三メトルも開けていた。不味かったのは僕らが未だ若く、経験不足だったことかな。でも致命傷には違いなかった。
 原因センパイは自分の盾を投げ捨て、三メトルの距離を一瞬で駆け寄り相棒の腰にしがみ付いた。瞬く間の出来事だった。さすが素質ならナンバーワン。

 待機壕から出る際に、僕の頭にはハムさんのある助言がよぎっていた。その助言とは正にこのような場面での注意事項だった。
 一緒に聞いていた優秀な相棒なら当然に覚えており、意識もしていただろう。でも僕たちは確認し合わなかった。声に出して認識を共用しておかねばならなかった。それを怠った。

『究極にパニックってるヤツがいたなら、その前兆だけでもいい、躊躇なく意識を刈り取れ。タクティカル・ベストの上でもシールドバッシュなら一発、アサルトでも三・四発も撃ち込めば意識は飛ばせる。躊躇するな。説得とか手足を束縛してとか、甘いことを考えるなよ。最悪、殺してもいい。人の無意識の暴力が一番怖い』

 その時、僕たちは酷く嫌な顔をしていたのだろう。
「俺の所為にしろ、俺は嫌われているし部外者だからな。いいな、躊躇するな。使えないヤツより俺はお前らのほうが大切だ」
 ハムさん、あんたは正しかった。

 たぶん、今の相棒シヅキなら厄災センパイを弾き飛ばすなど容易いことだったろう。彼女はヤツより速く強い。何故なぜ分かるかと言うと、僕のアサルトライフルでも充分迎撃できたから。即ち、僕たちは躊躇してしまった。躊躇してしまった分、完全に後手に回ってしまった。

 その後は最悪だった。
 厄災センパイは意味の分からない言葉を上げ続けていた。意味は判らないが、そこに“怯え”がたっぷり込められてているのはカトンボじゃない僕にも解った。カトンボが大好きな負の感情が。

 四方八方、半球隙間なくカトンボの一斉襲来が始まった。二十五メトル先の隣のユニットに、今正に激突寸前のヤツ迄が直角に急転回してコッチに向かって来やがった。周りの空が急に暗くなる。

 三メトル先の射手の、驚愕からの立ち直りは幸いに早く、余計な言葉も出さずに正面撃破に“投網”とショットガンの両手持ちで捌いている。でも後ろに目が有るわけじゃない、背後がガラ空きだ。僕のアサルトライフルはその機動性と自由度だけが売りの牽制専用だ。それでも何とか撃退は出来るも、直ぐに決定力不足が露呈してのジリ貧コースだ。距離を開けての防御には無理がある。

「センパイ! いい加減に大声を上げるのは止めて下さい! そして、手を離せチ○カス野郎が!!」
 速度の付いた肘打ちを脳天に御見舞し、強制的に声をつぐまらせる。ただ、変に根性があり、腰に回した腕は決して放そうとはしない。
 
 シヅキさんの声は怒気を充分に含んでいるが怯えを一切見せていない。下品ではあるが。
 腰から下を固められているにも関わらず、上半身だけで盾を動かし、シールドバッシュを連続で発動させ、且つ弾く軌道を調整して後続のカトンボに当てる芸当まで見せての攻防。さすが僕の相方、ハムさんのオキニ。頼りになる。
「ココは任せた、僕は射手を連れてくる、一旦待機壕に避難する」
「了解」

 僕はまたもやミスを犯した。厄災センパイの意識を完全に刈っておくべきだった。ハムさんの言葉にさっき反省したばかりなのに。死体は重いという法則が頭に浮かんでしまった。引き摺るのと自ら歩くのでは労力と速さが雲泥の差だと。ほんとアサハカ。ホント、コロシテオクベキダッタ。そのまま擁壁の外に蹴落としても良かったんだから。

 射手の元に駆けつけ、アサルトライフルを手放し。厄災センパイが捨てた盾を拾い構える。射手の背後を守るのはやはり盾のほうが適している。でも僕はあまり盾は得意じゃない。兵站班に入ったのは“負荷超過ロード・オーバー”をいち早く顕現し、使いこなすことが出来たから。お陰でライフル射撃も盾も平均を上回れたが、やはり器用貧乏は否めない。相棒シヅキは盾の扱いのピカイチのセンスと、そのしたたかさで選ばれた。ハムさんはどっちかといえば後者に重きを置いていたように見えた。
「うゎあぁあああぁぁあぁあああぁぁ!」

 何を思ってか。先程はつぐんだ叫び声を再開した。より恐怖を込めて。そして相棒シヅキに覆いかぶさり引き倒した。
 だからハムさんは言ってたじゃないか『無意識の暴力が一番怖い』と。

 最初は相棒が仰向け、厄災センパイが覆いかぶさるように眼の前の豊かな胸に顔を埋めて泣き叫んでいた。
 とっさに助けに行く事が出来ない僕。今、単体で動けば射手の背後がガラ空きになる。擁壁上のユニットは二人一組ツーマンセルで常に一緒。更に彼とは今初めて組む即席だ。相棒シヅキとの流れるような阿吽の呼吸など求めるべくもない。移動は二人三脚のように遅々と進まない。

 直上から真下、倒れている二人に急降下で突貫してくるカトンボ。軽いと言っても体長五メトルの体重が一点に加速も加えての打撃力。胸に顔を埋めている厄災センパイは気が付かない。仰向けの相棒シヅキさんは気づいた。気づいてしまった。

 直前、体を入れ替えて庇う。結果、相棒シヅキさんの背中に直撃した。いつの間にかの後続の二撃目。シヅキの口から鮮血が迸る。ヤッパリ、コロシテオケバヨカッタ。


 三匹目は間に合わなかった。四匹目、五匹目をアサルトで軌道を変え、シヅキへの直撃は避けられたが、こちらを力なく向けているその表情、半開きの瞳に生気は感じられなかった。

 身に付けている耐衝撃吸収防護上着タクティカル・ベストは剪断増粘性を利用したダイラタント流体で出来ているらしい。
 謎素材だが性能は本物だ。普段は柔らかいが衝撃を受けると固くなる。それも圧を吸収する、程よい硬さに。生半可な衝撃でも内部損傷は受けない。受けたとしても致命傷にはならない。
 だが、それも後ろに衝撃を流す余地があっての話だ。下には硬い床とタクティカル・ベストに守られた厄災クソの身体。それが三発。
 でもまだだ。


 シヅキが良いクッションになったんだろう、肋骨ぐらいは折れているだろうが彼女を程には元気で、“生命大事”が働いたのか、厄災クソは正気を取り戻すと、自分だけ浅ましく治癒ポーションを飲み始めた。

 僕は再び意識が飛ばないようにのテッパチの端に弾丸を当てて目ン玉をコッチに向けさせる。二発、三発、四発、五発、六発。
「な、なんだよう。やめてくれよぅ」
 おっと、怒りに駆れ撃ちすぎた。



―――――――――
お読み頂き、誠にありがとうございます。
よろしければ次話もお楽しみ頂ければ幸いです。
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