半径1メートルだけの最強。

さよなきどり

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第七節 〜遷(うつり)・初茜(はつあかね)〜

084 最初の一分、最初の一時間、最初の一日目 4

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81 82 83 84 は“うつり”初日、その最初の激突の一コマとしての“ひと綴りの物語”です。《その4》
※注
黒い◆が人物の視点の変更の印です。
白い◇は場面展開、間が空いた印です。

 ◆ 引き続き、『兵站盾付きの女《シヅキ》』の視点です。
―――――――――
 それでも、すべての兵器を用意したのも貴方だし、私達を用意したのも貴方だ。だから。


 ハムさんの話は続く。
『もともと、全てがシステムなんだ。効率的に、安全に魔晶石を得るための全てが。
 ギルドの擁壁は“尊遺物レリクト”だった。なら花魁蜘蛛クイーンもカトンボも“尊遺物レリクト”であっても可笑しくない。いや、そうなんだろう。そして魔晶石を得る基本のやり方システムも“投網”と“飛竜落とし”の存在からこの方法で間違いないと判る。では、どうして上手くいかないのだろうか? 何が足りないのだろうか。

 擁壁の上の防御と、溜まり過ぎたカトンボを一気に滅する方法だと思う。
 擁壁上の防護の主要武装を今回は盾としたが、もし時間が許されたなら、堅牢な防護機能を備えた拠点砲台を設置したかった。
 “擬神兵装神の如”なんて儀典用の鎧は論外だし、盾なんて、そもそも最適解などでは決してなく、今回に限っての急場凌ぎでしかない。

 過去、このシステムを組んだ人はギルド擁壁や高架鉄道のような“不壊”の技術が在るのに何故に拠点砲台の設置や、防護壕を造らなかったんだろう? 何故なぜあそこまで無防備を晒し、裸同然としたんだろう。

 結論から言うと必要がなかった。防御は物理ではなかったんだろう。魔法だった。単純に、カトンボが自ら避けてくれる魔法。
 その論法で言えば溜まったカトンボを一気に滅するのも魔法だったんだろう。“不壊”の擁壁で囲んだ鉄溶鉱炉でどろどろに溶かすような。

 そんな魔法は世界中を探しても存在しない。そんなモノがあれば魔物の被害がどれだけ減るだろうか。いや、世界中の魔物を駆逐できる。

 魔物を一切寄せ付けない魔法。
 魔物を瞬時に滅する魔法。
 まるで神か悪魔が使用する御業のようだね。
 今では失われた。しかし過去には確実に存在したであろう魔法』


 ◆ (再び、『或る槍使い《ジンク》』の視点)

 始まった。
 オレは空を見上げる。到来時には街中に散り縦横無尽に飛び回り雲霞の如くだったそれが、今はギルド敷地上空を右回りで纏まりつつある。空中に歪な真っ黒な円を描いていく。ぐるぐる廻りながら。
 高い擁壁に囲まれた鍋の底に急に蓋をされたようで、陽光を遮られ本当に周りが暗くなる。息苦しさを感じ、唾を飲み込む。つもりが、口の中はカラカラだった。タクテカルベストに括られた水筒を手にし、少量を口に含む。その際もヘドロのように蠢く空から視線を外さない。外せない。

 早くも“投網”に絡め取られ落ちて来るカトンボを確認する。でもここからはまだ遠く、オレの番号はまだ呼ばれない。

 擁壁の上ではいくつもの緑の光が瞬く。盾で弾いた魔力の残光だ。あの幾重の瞬きの中にいるであろうシヅキの存在を感じ取ることは出来ない。シヅキの事を考えると途端に心臓が雑巾を絞られたようにギシギシ鳴る。心配したって、あいつ方がオレより何倍も強いのに。
 「十三番・七時」
 オレの番号が呼ばれ、七時の方向、ほぼ真裏に振り返り空を仰ぐ。
不味い。網が中途半端で外れ暴れ、回転しながら落ちてくるカトンボがあった。ヤバい。盾使いタンク組は早々下手を打ったらしい。頭にカッと血が上る。ふと今朝に交わしたシヅキの言葉が蘇る。
「最初の一分、最初の一時間、最初の一日目」

「なんだそれ」
「私達は“うつり”は初めてのズブの素人よ。最初から上手くいくことなんて無い。最初からトラブルが生じても何ら可笑しくない。まずは最初の一分を乗り越えることを最重要とする。
 だってあんたすぐ頭に血が上るじゃない。その戒め。わかった?」
「……わかった。肝に銘じる。でもよ、その続く“最初の一時間、最初の一日目”ってなんだ」
「一分と同じ、何が起こるかわからない一時間を注意深く超える。そして同じく注意深く一日を無事超えられれば三日間は生き残れる」
「それさ、区切る必要なくね、要は一日集中しろってことだろ」
 と、一時イットキ、考える素振りを見せ「そうね、あんたの言う通りだわ。当たり前の事を格言っぽく言っちゃう例のアレだわ。さすがハムさん」
「ハムかよ」
「ふふ、名前覚えたのね」
「たまたまだ」

 広角が少し上がる。今オレ少し笑った? 頭がスッとする。大丈夫だ。練習で何度も繰り返した。良く見て、タイミングを合わせる。

 落下するカトンボの真下に入る。左足を引く。呼吸を整える。肩の力を抜く。その前に石突きのダイヤルがセレクト“1”であることを確認。出来る。
 槍を真っ直ぐ突き上げる。練習通りに。手首の捻りと共に穂先の先に光の粒子が集まり円筒形の青い光の刃が形成される。
 回転し、暴れながら落ちてくるカトンボの首下胸側の露出した魔晶石が見えてくる。タイミングを合わせろ。
 その魔晶石の周りの肉を円筒形の刃が正確に刳り切り取る。
 全てを蜘蛛の巣に接触する前に終わらせた。

 そのまま身体を回転させてその場を離れる。今までいた居た位置に溶解した魔物の泡が落ちていく。
 回転力を利用して円筒形の刃の中に入っていた魔晶石を旋回力で壁際まで飛ばす。魔晶石は壁に張り付き跳ね返っても落ちたりもしない。蜘蛛の糸が張り巡らされており、その粘着力のお陰だ。
 後でアラクネの女たちが回収してくれる。彼女たちの半分が本来の意味の兵站業務についている。あと半分はポーション作成や“投網”の弾造り、装備の補修を行うそうだ。

 その真の兵站班がオレのすぐ側に来ていた。同室のエルフだ。
「見事だったな。フォローは必要なかったようだ」
 最初のイレギュラーに対してのイザという時の救援の意味があったのだろう。
「ありがとう」
「随分素直になったな。でも満身するなよ」
 褒め言葉に対してじゃないんだけどな。代わりに「最初の一分、最初の一時間だろ」コイツもハムの子飼いだ。
 エルフはフフと笑い「唯の格言っぽい言葉遊びだけどな。あまり気にするなよ。一日中を集中することなんて誰も出来ないんだからな」
「ああ、そうする」
「あと、褒め言葉は撤回、左足、泡が引っ掛かってるぞ。ばっちいな」
「次はうまくやるさ」
「十三番、五時!」
 オレは即座に振り返り駆け出す。今度はチョット遠い。でもしっかり“投網”に絡まっている。巣に落とし、固定させてからの確実を選択したほうがいいだろう。

 オレたちは敷地内に碁盤の目のように区画された位置に配置されている。オレは十三番。
 人の視界は上空に限っても三百六十斗は無理だ。それに上空一点の三次元の位置推定も難しい。それを敷地内でただ一棟の突き出た石造りの櫓の上から指示を出す。その指示によってオレたちは動く。指示は赤鬼ゲート隊長と“黒の副官殿”。そして。

「区画四番で狂乱状態バーサーカー発生。全員注視』

 魔晶石を不用意に傷つけたのか、“投網”を突き破り暴れまわる本来の姿を取り戻した、無機動に暴れまわる化け物がそこに在った。首下の魔晶石が朱黒く鳴動する。魔力暴発の前兆だ。呼吸約三百回で周辺を巻き込み爆発する。でも退避命令はまだ出ていない。
 その時、紅い閃光が飛来し、化け物の身体が爆ぜる。甲高い射出音が遅れて響く。幾重もの紅い閃光が迸りその度に爆ぜ、刳り破壊していく。やがて細分されたそれは泡となって消えていく。
 櫓の上には片膝を突き、長い魔法の杖ロッドを構えた“女王様”の姿があった。
 途端に湧き上がる歓声。
「集中しろ! 次が来るぞ! 兵站班は巣の補修。
 来たぞ、三番三時四時、兵站は四時をフォロー。四番中央。次はしくじるな。五番九時。緊急時に付き魔晶石確保は一時破棄。落ち着け!」

 スタンピートの密度にも波がある。
 カトンボは頭は悪いが性格はもっと悪い。弱った箇所を嗅ぎ取ると集団で集中的に食い破りに来る。無慈悲に。そしてその臭覚は酷く優秀だ。此処ここは今、弱い部分と判定された。集中的に来た。

 狂乱状態バーサーカーを一度でも発生させると連鎖的に破滅へと引きずり込まれる。それを押し返すには並大抵ではないと思い知らされた。
 槍使いスピア組も非常事態だが、上の盾使いタンク組も尋常じゃない自体に陥っているのだろう、落ちてくる半分近くが“投網”の掛かりが甘い。引きずられる。底なし沼に。

「十三番、四時!」
 オレは反転して掛ける。今は自分の仕事を完璧にこなす事しか出来ることはない。そうだと判っていても。

 ゲート隊長の指示が連続で飛ぶ。四番周辺に攻撃が集中している。捌ききれない。破綻は近い。
「二番六時、七時は兵站。8番六時、七時は兵站。四番もう一体。兵站のフォロー急げ。九番零時、九番二時二体は……こっちで処理する」

 再び紅い閃光が走り空中で九番零時、九番二時二体のカトンボの魔晶石を射抜き泡に返す。

 オレの視線の片隅、擁壁の上を飛ぶように掛け、カトンボを屠る小さな人影があった。その手にはゲート隊長と対峙していた時とは幾分細く短かったが、同じ白銀粉が乱舞しほどばしる。その糸を引く白銀の残像が振るわれる度にカトンボは泡と返っていく。

 まだ開始一時間どころか、十分も経っていない。



―――――――――
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よろしければ次話もお楽しみ頂ければ幸いです。
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