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第七節 〜遷(うつり)・初茜(はつあかね)〜
079 初茜(はつあかね)3
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77 78 79 80 は“遷”の初日、その朝の一コマとしての“ひと綴りの物語”です。
《その3》
それにしてもあの“ヤンキー”が……最初はただの一回コッキリのモブだったのに……。
ご笑覧いただければ幸いです。
◆ (引き続き『槍使い《ジンク》』の視点です)
―――――――――
「……良くわからないんだよ。頭が良さそうな時もあるけど基本はバカだしね」
しばらく思案する様な顔を態と晒し、言葉を続けた。
「知っていると思うけど僕ら兵站班は、盾使いの兵站もだけど一緒にハムさんの指揮下に入っている。指揮下って言うより指導だけどね。その指導の方法は『考える』に尽きるね。指示がなくても次を自分で正しく動けるようにね。
たぶんだけど、……今回をどうやって超えるかだけじゃなく、次の二年、その次と、あとに続く“遷”の超え方を考えているんじゃないかな。誰一人、今回のだって、本当に乗り超えられるのか、半信半疑なのにね。
噂だけど、昨日君にも“羽竜落とし”の槍を含めた装備一式が付与されたと思うけど、盾やその他も含めて、全てハムさんが用意したらしい。どうやったのか皆目わからないけどね」
「眉唾だな」とオレ。
「そうだね。でも君は僕の話しを聞いてほとんど全部信じてる。違う?」
オレはベットから勢いをつけてよっこらしょと起き上がると、部屋付きの洗面台まで歩き顔を洗う。ついでに鏡を覗き込み、頭の真ん中のトサカをなんとか撫で付けようと苦慮する。皆はワザと“立たせている”と囃し立てるが、違う。唯の生まれつきだ。特異体質だ。オレのコンプレックスだ。オレは撫で付けを何時ものように諦める。一纏めにに後ろで縛ってやろうと、今は髪を伸ばしている最中だ。早く伸びればいいのに。
「君はわかりやすくて凄くいいね。ねえ、僕の質問も答えてくれるかな。君は『フラグが立つ』って迷信を知っているかな。知っていたらそれにつてどう思ってるか教えてほしいんだ。僕らエルフには無い迷信でね。いやね、さっき僕が」
「今日は随分と饒舌なんだな。珍しいじゃないか」
「むう、……なるほど。実に君の指摘通りだ。今日の僕は饒舌らしい。
こんな僕でもやはり平常心を保つことはむずかしいか。興味深い。
それはソレとして、僕の質問に答えてほしいな」
答えてやる義務はなかったが、何だかヤツと話すのが楽しくなってきていたのも確かだった。ワザと肩を竦めるポーズを決める。だって自分で迷信って言ってたじゃないか。
ちなみに、今までの一連の会話も、一度だけ外してやったヤツの視線は今は再び本に戻され、字面を追いながらだ。もう一度、やつの視線をコチラに向かせたいと思った。
「否定はしないよ。人それぞれさ、好きにすればいい。でもオレのオヤジは験がいいと言って、必ず靴下は左から穿いていたが、博打に勝ったところは一度も見たことはないな」
「でもさ、最後の博打は見事に勝ったじゃないか。君のお父さん達のお陰で僕も君も、この街も生き残ることが出来た。この街はイイ街だよ。何百もの街を見てきた僕が言うのだから間違いないよ……そうか」
と、そこでヤツは一旦言葉を止め、目線を本から外すと再びその碧色の瞳を僕に真っ直ぐに向け。
「僕が饒舌になった理由はこれか、君に伝えたかったんだね。最後になるかもしれない前に。
……ありがとう救ってくれて」
それだけ言うと再び本に視線を戻し。
「自分から話しを振っておいてなんだけど、そろそろ本に集中したいから暫くは話し掛けないでくれると嬉しいかな、それか、部屋を出て行ってくれると尚良い」
本当に体外だな。オレは色んな意味を込めて肩を竦めてやる。
テレるならそんな事、面と向かって言うなよエルフ。
こっちもどんな顔していいか判らないだろが。
そのままオレは“作った”顔のままドアのノブを回し押し開ける。顔が崩れる前に。
「出かけるなら、街を見てきたらいいよ。明日から君が守る事になる。君のお父さんが守った街を。もう一度。……そしたら、いいことがあるかもよ」
バカエルフ、自分から黙ってろって言ってたくせに。オレは顔を背けて廊下に出る。誰も居ない妙に静かな廊下をペタペタとサンダルの音をさせて歩く。ペタペタと、音だけがただ響いていた。
食堂に向けた足を途中で曲げ、エルフの言う通り街に出ることにした。昨日の夜から魔物じゃない普通の飯にやっと変わったが、昼は相変わらずだ。変わらずじゃないな、より酷くなって。防臭処理もされていない、ダイレクトかつ生で大皿に山盛りで積まれ、各自が好きな量を取っていく。
飯なんて腹が膨れればなんでもいいんだが、折角だしとの思いもある。決してエルフの口車に乗った訳じゃない。ここに至って改めて街を見たからって。なにより、オレはこの街で育ったんだ。今更だ。
ギルドの厳つい門をくぐり、大通りを街の中心地に向かう。
ペタペタとサンダルを引きずり歩くオレの足は何時の間にか細い路地に入り込んでいた。そこは奥の一角で蜘蛛の糸を紡ぐ工房が集まった、その職人達とその家族の腹を満たすだけの店が並ぶ、細い蛇行した通りだった。ゆるく隔離された俺たち一族の場所。オレがガキの頃の大半を過ごした通りだ。
ここを離れて二年、一度も戻っていなかったが、正直な感想で、こんなに狭いとは思わなかった。通りの最初の入口で間違えたかと引き返りそうになった程だ。そして二年前とは明らかに違うところがあった。其処此処に縁台を出し、昼間から酒を飲んで管を巻いていたアラクネのバカオヤジ共が居なかった。
かわりにアラクネのバカ娘四人組と、オレのイトコだかハトコの同い年の幼馴染が縁台に並んでアイスクリームを喰っていた。
瞬間的に不味い奴らと会ったと思った。オレはコイツラが苦手だ。見つかる前に踵を返そうと身構えた処で声を掛けられ掴まってしまった。
遅かった。イトコだか、ハトコだかの、まあ同じアラクネなのだから誰とでもどっかで血は繋がっているのだが、その幼馴染に笑顔で。
コイツはバカ四人と比べて苦手ではないのだけれど、小さい頃から妙にオレに懐いていた妹的な存在だったのが、長じるにつれコイツほうが遥かに優秀であることが解り、つまりはガキでバカなオレのコンプレックスだ。
「お、クソジンク。相変わらず湿気たツラしてんな」
お前に言われたくない。
「お前も来たのか。珍しいな。でもこのアイスはやらんぞ」
いらねーよ。
「………………」
………………。
「トサカ頭が私達をナンパするですって? 冗談でしょ、もっと男を磨きなさい。特に下の方を」
誰だよ、この子をこんなんにしたの。
「オ、オレは飯を食いに出てきただけだよ。じゃあな」そう言って今度は本当に踵を返すが。ハタと足を止めて振り返ったオレ。
「ワリぃシヅキ、カネ貸してくんない」
金を持ってくるのを忘れていた。出かけにエルフが話し掛けてきたせいだ。
「うん、いいよ」
「お、クソジンクは早くも女にタカるヒモ気質のアラクネ男の本領発揮か? そしてそれを許すダメ男好きのアラクネ女のシヅキと。終わってるな」
まったく、条件反射のようにタカっていたオレ。間違いなくオヤジの血を引いてるな。嫌だな。そしてシヅキ、なにニコニコ笑ってんだよ。オマエのことでもあるんだぞ。治してこっ。な。
でもオレは今奢って貰って飯を食っている。そのヒモ蔓であるシヅキはニコニコと笑いながらオレが丼飯を掻っ込んでいるのを眺めている。自らも自分の顔ほどの大きさの蒸しあんまんをバクバクと喰っている。たしかに終わってるな。
間違えた! 奢ってもらってない。金を借りるただけだ。オレは改めて自分に流れる血の呪いを嫌悪した。
それにしても。コイツはバカ娘四人組と一緒に飯食ったんじゃねーのか。よくそんなに腹に入るな。大丈夫か? バカ娘四人組は何時の間にか消えており、今は二人だ。
今いるところは酒場兼飯屋のゼベラばーさんの店だ。昼は子供や女たちの、夜はオヤジたちの怪しい社交場だ。特に旨くもないし自慢の逸品がある訳でも無い、有り触れたどこの街のどこの通りにもある普通の店だ。
丼飯も蒸しあんまんもガキの頃から喰っている旨くも不味くもないありきたりな、不味い方に若干傾いた普通の飯だったはずが、箸が止まらない。
「それにしても珍しいね、ジンクが街に出てくるなんて。なにかあったの?」
「何もねーよ。ただ、同室のエルフに折角だから街を見てこいって言われたんだよ、まあ、飯を喰うついでだ」いい事があると言われたことは黙っていた。なんとなく。
「あの年齢不詳性別不詳の超美形で目麗しいエルフさんと同室だったんだ。異種BLだね」
「BL? ってなんだ」
「ナンドモナイヨ」
「?、だいたい目麗しいってなんだよ。年齢不詳はその通りだが性別は男だぞ、見たからな。凄く長かった」
「何が長いの?」
「……」
自分で振っておいて何だけど、マジか? 天然か? 天才的な返しか? わからん。
エルフの話題が出たから聞いてみる事にした。
「おまえタンク組で兵站してんだろ、あのハムって何者なんだ?」
「ハム? ああ、ジンクを瞬殺したマスターのことか」
「……瞬殺は、その通りだけど。……マスターってなんだ?」
「ネエサン達の“表象印契”の師匠だから」
「“表象印契”って、顕現したのか? それじゃあの噂も本当なのか? 全ての装備を造ったって」
「本当だよ。全てのアラクネの女たちの“表象印契”を顕現させ、自ら魔法陣章も設計して、工房を指揮して蘇らせたって。それだけじゃないよ、今回の作戦? 戦術立案指揮もマスターだそうだよ。主立ってるのは“女王様”や“黒の副官”さんだけど、後ろで糸引いてるのはマスターだって。黒幕だね。蜘蛛だけに。
それだけじゃないよ、私達兵站班はマスターに指導してもらってるんだけど、その教え方が凄いの。もう感動って」
「自ら考える戦い方か?」
「そうそれ、でもそれだけじゃないよ。マスターは強いよ。物凄く。兵站班てさ、優秀だけど、だからこそなんだけど、みんな我が強いからさ、自分より強い人の事しか聞かないんだよね。今は違うけど……」
「何を急に遠い目になってんだよ」
「……イロイロあったんだよ。ほら、マスターってあんな見た目だし、基本的に性格破綻してるし、っていうか人の皮を被ったキチクだし」
そこまでコイツがいうほどか? そう言えば、普段は悪口を口にしないエルフも散々だったな。
「それにチョット困ったことがあって……。マスターって悪い人じゃないんだけど……基本悪い人だけど、アラクネの女の人に酷い事したんだって。“表象印契”を顕現させる儀式があって、それがね、女の尊厳を傷つけるっていうか。女の深い大事な処を酷く損なわせるんだって」
―――――――――
お読み頂き、誠にありがとうございます。
よろしければ次話もお楽しみ頂ければ幸いです。
《その3》
それにしてもあの“ヤンキー”が……最初はただの一回コッキリのモブだったのに……。
ご笑覧いただければ幸いです。
◆ (引き続き『槍使い《ジンク》』の視点です)
―――――――――
「……良くわからないんだよ。頭が良さそうな時もあるけど基本はバカだしね」
しばらく思案する様な顔を態と晒し、言葉を続けた。
「知っていると思うけど僕ら兵站班は、盾使いの兵站もだけど一緒にハムさんの指揮下に入っている。指揮下って言うより指導だけどね。その指導の方法は『考える』に尽きるね。指示がなくても次を自分で正しく動けるようにね。
たぶんだけど、……今回をどうやって超えるかだけじゃなく、次の二年、その次と、あとに続く“遷”の超え方を考えているんじゃないかな。誰一人、今回のだって、本当に乗り超えられるのか、半信半疑なのにね。
噂だけど、昨日君にも“羽竜落とし”の槍を含めた装備一式が付与されたと思うけど、盾やその他も含めて、全てハムさんが用意したらしい。どうやったのか皆目わからないけどね」
「眉唾だな」とオレ。
「そうだね。でも君は僕の話しを聞いてほとんど全部信じてる。違う?」
オレはベットから勢いをつけてよっこらしょと起き上がると、部屋付きの洗面台まで歩き顔を洗う。ついでに鏡を覗き込み、頭の真ん中のトサカをなんとか撫で付けようと苦慮する。皆はワザと“立たせている”と囃し立てるが、違う。唯の生まれつきだ。特異体質だ。オレのコンプレックスだ。オレは撫で付けを何時ものように諦める。一纏めにに後ろで縛ってやろうと、今は髪を伸ばしている最中だ。早く伸びればいいのに。
「君はわかりやすくて凄くいいね。ねえ、僕の質問も答えてくれるかな。君は『フラグが立つ』って迷信を知っているかな。知っていたらそれにつてどう思ってるか教えてほしいんだ。僕らエルフには無い迷信でね。いやね、さっき僕が」
「今日は随分と饒舌なんだな。珍しいじゃないか」
「むう、……なるほど。実に君の指摘通りだ。今日の僕は饒舌らしい。
こんな僕でもやはり平常心を保つことはむずかしいか。興味深い。
それはソレとして、僕の質問に答えてほしいな」
答えてやる義務はなかったが、何だかヤツと話すのが楽しくなってきていたのも確かだった。ワザと肩を竦めるポーズを決める。だって自分で迷信って言ってたじゃないか。
ちなみに、今までの一連の会話も、一度だけ外してやったヤツの視線は今は再び本に戻され、字面を追いながらだ。もう一度、やつの視線をコチラに向かせたいと思った。
「否定はしないよ。人それぞれさ、好きにすればいい。でもオレのオヤジは験がいいと言って、必ず靴下は左から穿いていたが、博打に勝ったところは一度も見たことはないな」
「でもさ、最後の博打は見事に勝ったじゃないか。君のお父さん達のお陰で僕も君も、この街も生き残ることが出来た。この街はイイ街だよ。何百もの街を見てきた僕が言うのだから間違いないよ……そうか」
と、そこでヤツは一旦言葉を止め、目線を本から外すと再びその碧色の瞳を僕に真っ直ぐに向け。
「僕が饒舌になった理由はこれか、君に伝えたかったんだね。最後になるかもしれない前に。
……ありがとう救ってくれて」
それだけ言うと再び本に視線を戻し。
「自分から話しを振っておいてなんだけど、そろそろ本に集中したいから暫くは話し掛けないでくれると嬉しいかな、それか、部屋を出て行ってくれると尚良い」
本当に体外だな。オレは色んな意味を込めて肩を竦めてやる。
テレるならそんな事、面と向かって言うなよエルフ。
こっちもどんな顔していいか判らないだろが。
そのままオレは“作った”顔のままドアのノブを回し押し開ける。顔が崩れる前に。
「出かけるなら、街を見てきたらいいよ。明日から君が守る事になる。君のお父さんが守った街を。もう一度。……そしたら、いいことがあるかもよ」
バカエルフ、自分から黙ってろって言ってたくせに。オレは顔を背けて廊下に出る。誰も居ない妙に静かな廊下をペタペタとサンダルの音をさせて歩く。ペタペタと、音だけがただ響いていた。
食堂に向けた足を途中で曲げ、エルフの言う通り街に出ることにした。昨日の夜から魔物じゃない普通の飯にやっと変わったが、昼は相変わらずだ。変わらずじゃないな、より酷くなって。防臭処理もされていない、ダイレクトかつ生で大皿に山盛りで積まれ、各自が好きな量を取っていく。
飯なんて腹が膨れればなんでもいいんだが、折角だしとの思いもある。決してエルフの口車に乗った訳じゃない。ここに至って改めて街を見たからって。なにより、オレはこの街で育ったんだ。今更だ。
ギルドの厳つい門をくぐり、大通りを街の中心地に向かう。
ペタペタとサンダルを引きずり歩くオレの足は何時の間にか細い路地に入り込んでいた。そこは奥の一角で蜘蛛の糸を紡ぐ工房が集まった、その職人達とその家族の腹を満たすだけの店が並ぶ、細い蛇行した通りだった。ゆるく隔離された俺たち一族の場所。オレがガキの頃の大半を過ごした通りだ。
ここを離れて二年、一度も戻っていなかったが、正直な感想で、こんなに狭いとは思わなかった。通りの最初の入口で間違えたかと引き返りそうになった程だ。そして二年前とは明らかに違うところがあった。其処此処に縁台を出し、昼間から酒を飲んで管を巻いていたアラクネのバカオヤジ共が居なかった。
かわりにアラクネのバカ娘四人組と、オレのイトコだかハトコの同い年の幼馴染が縁台に並んでアイスクリームを喰っていた。
瞬間的に不味い奴らと会ったと思った。オレはコイツラが苦手だ。見つかる前に踵を返そうと身構えた処で声を掛けられ掴まってしまった。
遅かった。イトコだか、ハトコだかの、まあ同じアラクネなのだから誰とでもどっかで血は繋がっているのだが、その幼馴染に笑顔で。
コイツはバカ四人と比べて苦手ではないのだけれど、小さい頃から妙にオレに懐いていた妹的な存在だったのが、長じるにつれコイツほうが遥かに優秀であることが解り、つまりはガキでバカなオレのコンプレックスだ。
「お、クソジンク。相変わらず湿気たツラしてんな」
お前に言われたくない。
「お前も来たのか。珍しいな。でもこのアイスはやらんぞ」
いらねーよ。
「………………」
………………。
「トサカ頭が私達をナンパするですって? 冗談でしょ、もっと男を磨きなさい。特に下の方を」
誰だよ、この子をこんなんにしたの。
「オ、オレは飯を食いに出てきただけだよ。じゃあな」そう言って今度は本当に踵を返すが。ハタと足を止めて振り返ったオレ。
「ワリぃシヅキ、カネ貸してくんない」
金を持ってくるのを忘れていた。出かけにエルフが話し掛けてきたせいだ。
「うん、いいよ」
「お、クソジンクは早くも女にタカるヒモ気質のアラクネ男の本領発揮か? そしてそれを許すダメ男好きのアラクネ女のシヅキと。終わってるな」
まったく、条件反射のようにタカっていたオレ。間違いなくオヤジの血を引いてるな。嫌だな。そしてシヅキ、なにニコニコ笑ってんだよ。オマエのことでもあるんだぞ。治してこっ。な。
でもオレは今奢って貰って飯を食っている。そのヒモ蔓であるシヅキはニコニコと笑いながらオレが丼飯を掻っ込んでいるのを眺めている。自らも自分の顔ほどの大きさの蒸しあんまんをバクバクと喰っている。たしかに終わってるな。
間違えた! 奢ってもらってない。金を借りるただけだ。オレは改めて自分に流れる血の呪いを嫌悪した。
それにしても。コイツはバカ娘四人組と一緒に飯食ったんじゃねーのか。よくそんなに腹に入るな。大丈夫か? バカ娘四人組は何時の間にか消えており、今は二人だ。
今いるところは酒場兼飯屋のゼベラばーさんの店だ。昼は子供や女たちの、夜はオヤジたちの怪しい社交場だ。特に旨くもないし自慢の逸品がある訳でも無い、有り触れたどこの街のどこの通りにもある普通の店だ。
丼飯も蒸しあんまんもガキの頃から喰っている旨くも不味くもないありきたりな、不味い方に若干傾いた普通の飯だったはずが、箸が止まらない。
「それにしても珍しいね、ジンクが街に出てくるなんて。なにかあったの?」
「何もねーよ。ただ、同室のエルフに折角だから街を見てこいって言われたんだよ、まあ、飯を喰うついでだ」いい事があると言われたことは黙っていた。なんとなく。
「あの年齢不詳性別不詳の超美形で目麗しいエルフさんと同室だったんだ。異種BLだね」
「BL? ってなんだ」
「ナンドモナイヨ」
「?、だいたい目麗しいってなんだよ。年齢不詳はその通りだが性別は男だぞ、見たからな。凄く長かった」
「何が長いの?」
「……」
自分で振っておいて何だけど、マジか? 天然か? 天才的な返しか? わからん。
エルフの話題が出たから聞いてみる事にした。
「おまえタンク組で兵站してんだろ、あのハムって何者なんだ?」
「ハム? ああ、ジンクを瞬殺したマスターのことか」
「……瞬殺は、その通りだけど。……マスターってなんだ?」
「ネエサン達の“表象印契”の師匠だから」
「“表象印契”って、顕現したのか? それじゃあの噂も本当なのか? 全ての装備を造ったって」
「本当だよ。全てのアラクネの女たちの“表象印契”を顕現させ、自ら魔法陣章も設計して、工房を指揮して蘇らせたって。それだけじゃないよ、今回の作戦? 戦術立案指揮もマスターだそうだよ。主立ってるのは“女王様”や“黒の副官”さんだけど、後ろで糸引いてるのはマスターだって。黒幕だね。蜘蛛だけに。
それだけじゃないよ、私達兵站班はマスターに指導してもらってるんだけど、その教え方が凄いの。もう感動って」
「自ら考える戦い方か?」
「そうそれ、でもそれだけじゃないよ。マスターは強いよ。物凄く。兵站班てさ、優秀だけど、だからこそなんだけど、みんな我が強いからさ、自分より強い人の事しか聞かないんだよね。今は違うけど……」
「何を急に遠い目になってんだよ」
「……イロイロあったんだよ。ほら、マスターってあんな見た目だし、基本的に性格破綻してるし、っていうか人の皮を被ったキチクだし」
そこまでコイツがいうほどか? そう言えば、普段は悪口を口にしないエルフも散々だったな。
「それにチョット困ったことがあって……。マスターって悪い人じゃないんだけど……基本悪い人だけど、アラクネの女の人に酷い事したんだって。“表象印契”を顕現させる儀式があって、それがね、女の尊厳を傷つけるっていうか。女の深い大事な処を酷く損なわせるんだって」
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