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第七節 〜遷(うつり)・初茜(はつあかね)〜
078 初茜(はつあかね)2
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77 78 79 80 は“遷”の初日、その朝の一コマとしての“ひと綴りの物語”です。
《その2》
センパイさん、キライじゃないんだけどな。ゴメンね。
ご笑覧いただければ幸いです。
※注
黒い◆が人物の視点の変更の印です。
白い◇は場面展開、間が空いた印です。
◆ (引き続き、『或る盾使い《センパイ》』の視点です)
―――――――――
後輩は俺には目もくれず、気が付きもせずに話に夢中で、ヤンキーに笑いかけていた。
「よお、俺は飯がまだなんだ、付き合えよ」
俺は後輩の手首を掴もうと手を伸ばす。眼の前をナニかが遮ったと思った次の瞬間、何時の間にか俺と後輩の間に割り込んだヤンキーに伸ばした手首を逆手で捻られ、関節を決められ、身体を崩され、膝を地面に突かされていた。一連の動きを俺は為す術もなく受け入れるしか無かった。
俺を上から見下ろし、
「何だお前、ナンパか? スマートじゃねーな」
と、トサカ頭のヤンキーに言われた。
反撃しようとしたが、手首を捻られたままだ。片手ポケットのダラっと立ったままで俺の腕を返し、宣うその姿を見上げることしか出来ない。
「ちょー弱ぇーな、オマエ」
頭にカッと血が上るのがわかった。握られていない自由な掌に魔力を集める。詠唱はいらない。何度も試みて苦心の末に身に着け、今では呼吸する様に繰り出せる“盾技”最強の武技魔装操。素手で初めてだが。
やってやるよ。
それを止めたのは後輩の行動だった。
派手な音を響かせフルスイングでトサカ頭ヤンキーの後頭部を叩いたのだ。
体ごと傾げ、二三歩たたらを踏むほどの強さだった。俺の手首を離し、その頭を抱えて蹲っている。
何処かで見た光景だった。
「もう、いきなりナニやってるのよ! 馬鹿ジンク」
と、後輩は俺に向かい、腰を九十斗に折り「スイマセン先輩。こいつ礼儀がなってなくて、ほんとにゴメンナサイ」
~でもそこになんとも言えない親密さの匂いを感じてちょっと白む~
何だよソレ、ナニやってんだよてめーら、なんだよその話し方は! まるで年下だけの女みたいな口ぶりしやがって、何時もの舐めた口調はどうした。
掌に集めた魔力をそのままで、勢いそのままで渾身の“シールドバッシュ”を俺は繰り出す。
それを下から突き上げる魔力を纏った拳が螺旋を描いて弾いた。
早くも体勢を立て直した“ヤンキー”だ。
俺は後ろに飛んで距離を取る。それは相手の“ヤンキー”も同じだ。そして早くも次の攻撃態勢に入ろうとしている。小賢しい。
生意気だ。弾いただと、俺の“盾”を逆に弾いたなど許されない。俺の一撃を。舐めるな。
改めて拳に魔力を貯める。最高の一撃だ。全力でやる。腰を落とし、盾を打ち出す要領で拳打の準備に入る。
「センパイさんよ、ソレ、洒落になんねーぜ。もう引いてくんないかな。意味分かんねーし」
「ナニ言ってる。先に手を出したのはオマエの方だろうが半端モンが」
「ホント、意味分かんねぇ。シヅキ、下がってろ」
沸騰した血液が俺の頭を駆け巡る。一気に魔力の威力を高め、左足に力を込め、撃つ!
だが俺の“シールドバッシュ”は相手に届かなかった。“ヤンキー”の青く螺旋に光る拳も同様。俺らの間にいつの間にか立っていた何者かの右手と左手、相対するそれぞれ一本で止められていた。引いても押しても動かない。
どうして其処にお前がいる! 小僧が!
「ナニお前ら街なかで『盾と矛』ゴッコしてんだよ。修練場でやれ。それとも青が春なトライアングルなイチャラブ急展開的なヤツか? それこそ勘弁しろよ殺すぞ」
手が動かない。空間の一点に張り付いたように。そのまま俺は地面に転がされた。先程“ヤンキー”にやられたように関節を決められるのでもなく、体感を崩されるのでもなく、ただ単に力だけで転がされた。不思議なのは拳を握り潰される事も無くひどく柔らかく、優しく。そっと。どうやったかわからない。
「拳を潰そうかと思ったけど明日が明日だからな。温情ってやつ? 判ったら黙って解散してね。……俺は面倒なの嫌いだから」
そのままツレの小太りな男と歩み去る。
「おもしれーな、お前んとこ」
「若い子はむずかしいいよ」
「お前も充分に若いほうだと思うけどな」
あの男は確か、ここ最近、駅の検問所に詰めている傭兵だ。
「そうでした」
と、そこで振り返り、後輩に向かって、
「あ、そうだ、シヅキさん、イチハチマルマルに兵站班のブリーフィングするからB4準備室で、ゴメンね、休暇中に」
後輩は最敬礼で小僧に向け、
「イチハチマルマル、了解しました」
「ソウユウの止めて。僕は唯の従者だから。じゃ、デート楽しんで」
「デ、デートじゃありません!」と顔を真赤にさせ。
小僧と小太りな傭兵は去っていく。
「おまえその最後の言葉、嫌なクソ上司そのままだぞ、セクハラってやつだ」
「マジか!」
「俺は充分に気を使っている。紳士だからな」
「マジっすか」
その後姿は目を離せばとたんにその他に紛れて見えなくなるような、何処にでもいる父親とその子供に見えた。全然似てないのに。会話は良くわからなかったし。
それを最後まで最敬礼で見送る後輩がいた。溢れ出る尊敬と信頼と、僅かな恐怖に満ちた顔で。ヤンキーは不貞腐れた顔で。では俺の顔は。
後輩が最敬礼の腕を下ろし、俺に向き合い、次いで未だ地面に伏したままの俺に直角水平に腰を折り。
「先輩、食事に付き合うのは全て終わったからと言う事で。今日は行くところがありますので、これで失礼します」とアラクネの腕を掴み立たたせると「行くよジンク」二人手を取り合って走り去っていった。
◇
もうすぐ夜は明けるだろう。東の空の端に乳白色がにじみ出ようと踠いているようだ。
ギルドの擁壁の上。首筋を嬲る風は冷たい。なのに。
擁壁の上、俺から十五メトル離れた位置に急遽造られた兵站班の為の小振りの待機壕がある。人ひとりが横たわり治療に専念出来るだけのスペースしかない緊急避難壕だ。その傍らに人影が二つ、徐々に明るく成り始めた空気の中で後輩の顔が見える。昨日の変な別れをしたきりで、今朝になって初めて見る。相手も俺に気づいたらしく、丁寧にお辞儀をしてきた。
……前はこんな時、もうチョット違う対応をしてくれていたような気がするが……それを無理やり無視する。
「コレが終わったら、一緒に飯を食いに行くんだろ」
決して声に出すつもりは無かったのに。
「オイ!」と相方が俺の肩を強く握り揺する。凄く怒った顔? 恐怖で怯えた? 顔? なんだ?
「何フラグ立ててんだ! 馬鹿か? 死ぬなら一人で死ね。人を巻き込むな」
「へ? フラグ」
「いいか、お前が死んだら誰が俺を守る。勘弁してくれよ。たのむよ」
フラグ? 聞いたことがある。それは古い古い、それでも今でも生き続けている“言伝え”。
死を意識せざる得ない様な闘争や戦争の際に、終わった後の、特に“女”に関した願望・約束を恐怖を紛らわす為に口に出してしまう事。それが『フラグが立つ』。そして立った“フラグ”は決して折られること無く、達成される事はなく、口にした者は必ず死ぬ。
古い古い“言伝え”、すでに“フラグ”の本来の意味も使い方も忘却の彼方だと言うのに、言葉だけがひとり歩きして、一つの呪いのように機能している。普段が死と隣り合わせな日常を送る強者共が、特にその様な験を気にし、率先して担ぐ。
まるで真実であるかの如く。それが何百年と続き、既に既成事実になっている。それがフラグだ。
今までの俺なら、そんな物はマヤカシだ、下らない迷信だと一掃出来ていた、はず? でも、今の俺には……。
十五メトル離れたその場所で、後輩、シヅキがその相方と真剣な顔で言葉を交わしている。既に俺のことなど意識から無くしているように見えた。
今の俺は、迷信だと、一蹴する事が出来ない。
一種言い難い恐怖が俺を硬直させる。
その時、その日の最初の陽光をこの地に恵む数分前の空に、美しくも尊厳なる声が響き渡った。“女王様”の御詞だ。
「聞きなさい、兵隊共よ、そして街の住人よ。私達は負けない」
◆ (『或る槍使い《ジンク》』の視点)
目が覚めたらもう昼を過ぎていた。目を開けてしばらくしても惰眠の後の気だるさが抜けてくれない。充分な睡眠をとった満足感はたっぷりとあるのだが。何時間ぐらい寝たのだろうか。今日が一日休暇だと知らされ、皆が騒いでいるのを横目に、何時ものように飯を食った次の瞬間に訪れる何時もの眠気に従い何時ものようにベットに入った。
見慣れた天井をしばらく呆けて眺めていると。
「おはよう。って、もう昼だけどね。良く寝てたね」
オレの隣のベットから声が掛かる。目をやると二人部屋の相方が寝っ転がったまま本を読み続けている。たぶんオレに声を掛けた時も一時も本の字面から目を離していないだろう。そういうヤツだ。相変わらずだ。奴の休日は一日中本を読んで過ごす。いつものことだ。
本好きのエルフ。流れのエルフ。オレの一個上だ。エルフだから年齢不詳だが、ギルドに入ったのが一年だけ早いからそう言うことにしている。ヤツも大体合ってると言っていた。嘘だと思うが。
ヤツは同じ槍使い組で、頭がよく優秀で強い。強いから最年少で兵站班に選ばれている。
「君はいいね。僕が一日中本を読んでいても何も言わない」
「何か言ってほしいのか」
「そうじゃないよ。……いや、君には言ってほしいかな」
「なんだそれ。気持ち悪いな」
「そうだね、何だそれだよね。……君は変わったね。一週間前の、ハムさんに楯突いて、瞬殺されてから。前の苛立ってた君も嫌いじゃなかったけど、今の君もいいね」
「なんだそれ。更に気持ち悪いぞ」
でも、確かにヤツの言ったとおりだ。オレは変わったのかもしれない。一週間前迄のオレは確かに苛立っていた。常に何に対しても。
何をしたらいいのか分からなかった。せっかくギルドに入ったのに。何をやっていても手応えがなかった。……あの小僧は“ハム”というのか。初めて知った。
「なあ、あの……“ハム”ってヤツ? どうなんだ」
その時、初めて本に向けていた目線をオレに移した。エルフの碧色の瞳がオレを見ている。
「……良くわからないんだよ。頭が良さそうな時もあるけど基本はバカだしね」
しばらく思案する様な顔を態と晒し、言葉を続けた。
―――――――――
お読み頂き、誠にありがとうございます。
よろしければ次話もお楽しみ頂ければ幸いです。
《その2》
センパイさん、キライじゃないんだけどな。ゴメンね。
ご笑覧いただければ幸いです。
※注
黒い◆が人物の視点の変更の印です。
白い◇は場面展開、間が空いた印です。
◆ (引き続き、『或る盾使い《センパイ》』の視点です)
―――――――――
後輩は俺には目もくれず、気が付きもせずに話に夢中で、ヤンキーに笑いかけていた。
「よお、俺は飯がまだなんだ、付き合えよ」
俺は後輩の手首を掴もうと手を伸ばす。眼の前をナニかが遮ったと思った次の瞬間、何時の間にか俺と後輩の間に割り込んだヤンキーに伸ばした手首を逆手で捻られ、関節を決められ、身体を崩され、膝を地面に突かされていた。一連の動きを俺は為す術もなく受け入れるしか無かった。
俺を上から見下ろし、
「何だお前、ナンパか? スマートじゃねーな」
と、トサカ頭のヤンキーに言われた。
反撃しようとしたが、手首を捻られたままだ。片手ポケットのダラっと立ったままで俺の腕を返し、宣うその姿を見上げることしか出来ない。
「ちょー弱ぇーな、オマエ」
頭にカッと血が上るのがわかった。握られていない自由な掌に魔力を集める。詠唱はいらない。何度も試みて苦心の末に身に着け、今では呼吸する様に繰り出せる“盾技”最強の武技魔装操。素手で初めてだが。
やってやるよ。
それを止めたのは後輩の行動だった。
派手な音を響かせフルスイングでトサカ頭ヤンキーの後頭部を叩いたのだ。
体ごと傾げ、二三歩たたらを踏むほどの強さだった。俺の手首を離し、その頭を抱えて蹲っている。
何処かで見た光景だった。
「もう、いきなりナニやってるのよ! 馬鹿ジンク」
と、後輩は俺に向かい、腰を九十斗に折り「スイマセン先輩。こいつ礼儀がなってなくて、ほんとにゴメンナサイ」
~でもそこになんとも言えない親密さの匂いを感じてちょっと白む~
何だよソレ、ナニやってんだよてめーら、なんだよその話し方は! まるで年下だけの女みたいな口ぶりしやがって、何時もの舐めた口調はどうした。
掌に集めた魔力をそのままで、勢いそのままで渾身の“シールドバッシュ”を俺は繰り出す。
それを下から突き上げる魔力を纏った拳が螺旋を描いて弾いた。
早くも体勢を立て直した“ヤンキー”だ。
俺は後ろに飛んで距離を取る。それは相手の“ヤンキー”も同じだ。そして早くも次の攻撃態勢に入ろうとしている。小賢しい。
生意気だ。弾いただと、俺の“盾”を逆に弾いたなど許されない。俺の一撃を。舐めるな。
改めて拳に魔力を貯める。最高の一撃だ。全力でやる。腰を落とし、盾を打ち出す要領で拳打の準備に入る。
「センパイさんよ、ソレ、洒落になんねーぜ。もう引いてくんないかな。意味分かんねーし」
「ナニ言ってる。先に手を出したのはオマエの方だろうが半端モンが」
「ホント、意味分かんねぇ。シヅキ、下がってろ」
沸騰した血液が俺の頭を駆け巡る。一気に魔力の威力を高め、左足に力を込め、撃つ!
だが俺の“シールドバッシュ”は相手に届かなかった。“ヤンキー”の青く螺旋に光る拳も同様。俺らの間にいつの間にか立っていた何者かの右手と左手、相対するそれぞれ一本で止められていた。引いても押しても動かない。
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「拳を潰そうかと思ったけど明日が明日だからな。温情ってやつ? 判ったら黙って解散してね。……俺は面倒なの嫌いだから」
そのままツレの小太りな男と歩み去る。
「おもしれーな、お前んとこ」
「若い子はむずかしいいよ」
「お前も充分に若いほうだと思うけどな」
あの男は確か、ここ最近、駅の検問所に詰めている傭兵だ。
「そうでした」
と、そこで振り返り、後輩に向かって、
「あ、そうだ、シヅキさん、イチハチマルマルに兵站班のブリーフィングするからB4準備室で、ゴメンね、休暇中に」
後輩は最敬礼で小僧に向け、
「イチハチマルマル、了解しました」
「ソウユウの止めて。僕は唯の従者だから。じゃ、デート楽しんで」
「デ、デートじゃありません!」と顔を真赤にさせ。
小僧と小太りな傭兵は去っていく。
「おまえその最後の言葉、嫌なクソ上司そのままだぞ、セクハラってやつだ」
「マジか!」
「俺は充分に気を使っている。紳士だからな」
「マジっすか」
その後姿は目を離せばとたんにその他に紛れて見えなくなるような、何処にでもいる父親とその子供に見えた。全然似てないのに。会話は良くわからなかったし。
それを最後まで最敬礼で見送る後輩がいた。溢れ出る尊敬と信頼と、僅かな恐怖に満ちた顔で。ヤンキーは不貞腐れた顔で。では俺の顔は。
後輩が最敬礼の腕を下ろし、俺に向き合い、次いで未だ地面に伏したままの俺に直角水平に腰を折り。
「先輩、食事に付き合うのは全て終わったからと言う事で。今日は行くところがありますので、これで失礼します」とアラクネの腕を掴み立たたせると「行くよジンク」二人手を取り合って走り去っていった。
◇
もうすぐ夜は明けるだろう。東の空の端に乳白色がにじみ出ようと踠いているようだ。
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擁壁の上、俺から十五メトル離れた位置に急遽造られた兵站班の為の小振りの待機壕がある。人ひとりが横たわり治療に専念出来るだけのスペースしかない緊急避難壕だ。その傍らに人影が二つ、徐々に明るく成り始めた空気の中で後輩の顔が見える。昨日の変な別れをしたきりで、今朝になって初めて見る。相手も俺に気づいたらしく、丁寧にお辞儀をしてきた。
……前はこんな時、もうチョット違う対応をしてくれていたような気がするが……それを無理やり無視する。
「コレが終わったら、一緒に飯を食いに行くんだろ」
決して声に出すつもりは無かったのに。
「オイ!」と相方が俺の肩を強く握り揺する。凄く怒った顔? 恐怖で怯えた? 顔? なんだ?
「何フラグ立ててんだ! 馬鹿か? 死ぬなら一人で死ね。人を巻き込むな」
「へ? フラグ」
「いいか、お前が死んだら誰が俺を守る。勘弁してくれよ。たのむよ」
フラグ? 聞いたことがある。それは古い古い、それでも今でも生き続けている“言伝え”。
死を意識せざる得ない様な闘争や戦争の際に、終わった後の、特に“女”に関した願望・約束を恐怖を紛らわす為に口に出してしまう事。それが『フラグが立つ』。そして立った“フラグ”は決して折られること無く、達成される事はなく、口にした者は必ず死ぬ。
古い古い“言伝え”、すでに“フラグ”の本来の意味も使い方も忘却の彼方だと言うのに、言葉だけがひとり歩きして、一つの呪いのように機能している。普段が死と隣り合わせな日常を送る強者共が、特にその様な験を気にし、率先して担ぐ。
まるで真実であるかの如く。それが何百年と続き、既に既成事実になっている。それがフラグだ。
今までの俺なら、そんな物はマヤカシだ、下らない迷信だと一掃出来ていた、はず? でも、今の俺には……。
十五メトル離れたその場所で、後輩、シヅキがその相方と真剣な顔で言葉を交わしている。既に俺のことなど意識から無くしているように見えた。
今の俺は、迷信だと、一蹴する事が出来ない。
一種言い難い恐怖が俺を硬直させる。
その時、その日の最初の陽光をこの地に恵む数分前の空に、美しくも尊厳なる声が響き渡った。“女王様”の御詞だ。
「聞きなさい、兵隊共よ、そして街の住人よ。私達は負けない」
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目が覚めたらもう昼を過ぎていた。目を開けてしばらくしても惰眠の後の気だるさが抜けてくれない。充分な睡眠をとった満足感はたっぷりとあるのだが。何時間ぐらい寝たのだろうか。今日が一日休暇だと知らされ、皆が騒いでいるのを横目に、何時ものように飯を食った次の瞬間に訪れる何時もの眠気に従い何時ものようにベットに入った。
見慣れた天井をしばらく呆けて眺めていると。
「おはよう。って、もう昼だけどね。良く寝てたね」
オレの隣のベットから声が掛かる。目をやると二人部屋の相方が寝っ転がったまま本を読み続けている。たぶんオレに声を掛けた時も一時も本の字面から目を離していないだろう。そういうヤツだ。相変わらずだ。奴の休日は一日中本を読んで過ごす。いつものことだ。
本好きのエルフ。流れのエルフ。オレの一個上だ。エルフだから年齢不詳だが、ギルドに入ったのが一年だけ早いからそう言うことにしている。ヤツも大体合ってると言っていた。嘘だと思うが。
ヤツは同じ槍使い組で、頭がよく優秀で強い。強いから最年少で兵站班に選ばれている。
「君はいいね。僕が一日中本を読んでいても何も言わない」
「何か言ってほしいのか」
「そうじゃないよ。……いや、君には言ってほしいかな」
「なんだそれ。気持ち悪いな」
「そうだね、何だそれだよね。……君は変わったね。一週間前の、ハムさんに楯突いて、瞬殺されてから。前の苛立ってた君も嫌いじゃなかったけど、今の君もいいね」
「なんだそれ。更に気持ち悪いぞ」
でも、確かにヤツの言ったとおりだ。オレは変わったのかもしれない。一週間前迄のオレは確かに苛立っていた。常に何に対しても。
何をしたらいいのか分からなかった。せっかくギルドに入ったのに。何をやっていても手応えがなかった。……あの小僧は“ハム”というのか。初めて知った。
「なあ、あの……“ハム”ってヤツ? どうなんだ」
その時、初めて本に向けていた目線をオレに移した。エルフの碧色の瞳がオレを見ている。
「……良くわからないんだよ。頭が良さそうな時もあるけど基本はバカだしね」
しばらく思案する様な顔を態と晒し、言葉を続けた。
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