半径1メートルだけの最強。

さよなきどり

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第五節 〜ギルド、さまざまないろ〜

048 私が六歳、ゲートが八歳の冬の道端だった

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委員長系ギル長と赤鬼の視点です。
アンナとゲートって言ったほうがスプリングでブルーぽいかな。
ご笑覧いただければ幸いです。
※注
黒い◆が人物の視点の変更の印です。
白い◇は場面展開、間が空いた印です。
―――――――――

「ハム君の強さに跪け愚民どもが!」
 とハナ。

 ◆ (『委員長系ギル長』の視点です)

「お前に何がわかる」と私は言った。
 お前に何が理解わかる。私達の、ゲートの何が理解るというのか。落国の民アッシュの叫びが、お前なんかに判かってたまるかと。

 ゲートは小僧に何も言い返さなかった。
 言い返さなかっただけではなく、否定もしてくれなかった。
 ただ『小僧を“嫌いだ”』と言い放っただけだった。

 私は目を見開いてゲートを凝視してしまった。それ程に、今までの流れも怒りも忘れさせるそのゲートの言葉に、私は驚いたのだ。
 そんな私に気付き、涙を堪えるように小さく笑ったゲート。
 ……涙を堪える? あのゲートが? 涙を堪えるような小さな笑い顔なんて、……子供の頃の、あの時に見せた以来だ。

 驚くというよりも、胸の奥の、深く柔らかい部分が酷くひりつく、絞るような痛覚に私自身が戸惑った。
 今まで人の悪口なんて言った事はただの一回もないゲート。大きい体と大きい声と、類稀たぐいまれな才能と昇華させ得る努力が出来る性格。我らが兄貴。我れらのヒーロー。それが“赤鬼ゲート”だ。
 と、皆は思っているだろう。


 私達は孤児だった。蔑みの対象である落国の民アッシュの中の更に埋没した者の子供。爪弾きっ子。子供の頃の私達は常にお腹を空かせていた。食べ物といえば冒険者が捨てる魔物クサレ肉のみ。
 最後の最後、もうダメだね、と道端に座り込んでいた私達は、ギルドに拾われた。

 全てが救われた訳じゃ無い。常にギリギリだった。そんな中で私達は変わっていった。変わらざる追えなかった。
 最下層の落国の民アッシュ出のストリートチルドレンとしてのゲートのギラギラした釣り上がった瞳はやがて穏やかになり、いつも微笑みを絶やさない我らのヒーローとなった。でも知っている。そんなの嘘だ。幼馴染の私だからこそ知っている。

 悪口も言わないが褒めも好意も示さない、人に興味なんて一切持たない唯の“外ヅラ糞野郎”。それがゲートだ。

 全てを諦めている。ヒーローを求められたからヒーローっぽい事をする。下の者に兄貴と慕われるなら兄貴っぽい言動を。
 有り余る才能が在りながら、突出して上に睨まれないように適当な処で止める。
 本気ならとっくにギルドから独立して冒険者として活躍し、|金剛(特級)にだって成れたはずなんだ。大金だって稼げる。しかしそんな面倒な事はしない。全てを諦めるようになっていた。
 もっと気ままに自由に生きていいのに。 

 たぶん、小僧の言った通りに、サガンの街も私達のギルドも、もうダメなんだろう。それは二年前の“うつり”の大敗、小僧の謂う処の損耗率三割を超えた“全滅”から立ち直す事も出来ず、私達は今度こそ“壊滅”する。

 迂闊にも事、荒事には疎い私は気づいていなかった。まだ大丈夫と、何とかなると楽観していた。反して勿論の事にゲートは理解してた。それを私に諭す事もせず、黙ってシクシクと自分の役柄を全うしようとしていた。私が望んだから。まだ大丈夫と。最後には私たちが勝つと願ってしまっていたから。

 でも最後にヒーロー役は決まって死んでしまうんだよ。死んでしまうのに。
 死にたがり、それがゲートなんだろう。ゲートは死ぬつもりだった。
 もっと気ままに自由に生きてほしいのに。
 

 最後の最後、全てを諦め道端で死んで行こうとしていた私達に“オババ様”は生き残る為の手を差し出してくれた。
 その手を取るべきか、いや、咄嗟に縋りついた子供の頃のゲートの細い腕が忘れられない。
 私が六歳、ゲートが八歳の冬の道端だった。

 “オババ様”の手に縋りついたあの時に私に見せた、“涙を堪えるような小さな笑い”あの顔と共に。

 あの時、私達二人は救われたのだろうか。
 自分の足で立つことが出来るようになったのだろうか。

 そして今。

 私は溢れ出る涙を止める事が出来ない。

 ◆ (『赤鬼ゲート』の視点です)

 オレは全てを諦めていた。いや、最初から。あの道端でオレたち二人の命が奇跡的に救われた時から、ギリギリで繋ぎ止められたオレの命とアンナの命以外を。

 でも、これで最後なんだなと思った。

 オレたちは政変に巻き込まれ、最後にの街に流された。
 まあいいさ、命さえあれば。あの道端から多くを望んだ事なんてない。そう思っていた。が、間違いだった。二年前の過去に類を見ない最悪だった“うつり”を経たこの街のギルドは死にかけていた。

 それでも何とかなると思っていた。でもわかっていた。やっぱり今年は無いと。最悪から立ち直らせる事は叶わなかった。
 もっと悪くなっている。全てがお終いになる。せめて、せめてアンナだけでも。でも、それも無理だろう。アンナは地方ギルドの長という左遷された役職でもその責任から逃げないだろう。わかっている。オレもアンナも此処ここで死ぬ。

 アンナは事態の深刻さは理解していたが、既に全てが二年前に終わっていた事実は理解していない。それでいい、オレが教える事はしない。知ったとしてもアンナはやっぱり逃げてくれないだろうし、ただ悲観に昏れるだけになってしまうから。アンナの負担が僅かでも軽い方がいい。
 ごめんな、アンナ。もう守ってやる事は出来ないようだ。

 そんな“終わりの日”があと九日間と近づく昨日、空に魔力アルカヌムの波動を感じた。
 れは小さいが酷く濃く重く美しかった。誰かが空に向かって魔法を放ったのだ。勿論目には見えなかったが、それぐらいわかる。そして魔法は“カトンボ”を貫き、落とした。あの距離を。たった一発で。

 遥かに高いその一点を目指し空を切り裂き駆け上がる一直線の美しい軌跡。
 空に溶ける程に高度を取った“カトンボ”が、魔法のたった一撃で落とされる様を初めて見た。

 成したのは、ボロボロの服を身に纏った貧相な少年と、旅の埃に塗れていたがそれでも失わない気高さと美しさを放つ少女だった。アンナが見つけてきた子供達だ。アンナが最後の希望として連れてきた。

 あの冬の道端でのオレたちを思い起こさせた。

 オレが八歳、アンナが六歳。兄妹では無い。何時の間にか一緒に北のあの街の、冷たく据えた匂いのする暗がりを手を取り合い身を寄せ合い生きていた。その他の共通点は頭に角が生えてる。落国の民アッシュだという事だけだ。“あいみたがい”。あまり好きな言葉じゃないけど。

 オババはオレたちに折に触れ言っていた『お前達が行き倒れになったのは落国の民アッシュだったからかもしれないし、ただ運が悪かっただけかもしれない。それは分からない、普通の人間ヒューマンでも行き倒れはごまんといるからな、だが、ワシがお前達に手を差し伸べたのは同じ種族落国の民アッシュだったからに他ならない。それを忘れるな』
 アンナは素直に信じ、感謝していた。

 ギルドには感謝している。でも落国の民アッシュである事に拘りはない。愛着もない。ただの“厄介な叔父さん”みたいな感じだ。切ってもいいけど、そう簡単じゃない。厄介ごとは決まって“アッシュ叔父さんから紡ぎ出る。何時も。

 結局、上手く生き残れたのはオレたちが二人だったからだ。特にアンナの“知恵”と“偉さ”に助けられていた。アンナがいなければ、たぶんオレは此処ここにはいない。
 だからオレはココにいる。そしてそれを守れない所為で死んで行く。あの街で二人で飢えと寒さに竦んでいた時も、落国の民アッシュに拾われ足元だけを見てやり過ごしていた幼かった頃も、いつも同じ。
 そう思っていた。

 驚いた事にあの魔法を放ったのは小僧ではなく、少女の方だった。
 そして貧相な小僧はオレを“死にたがり”と罵倒した。偉そうに。
 お前は守れるのか? 最後まで守ってやれるのか?
 もう一度、俺に自分で立つチャンスをくれるのか。

 それを、見せてくれるのか?

  ◆◆

 何処どこからの支援も望めず、逆に土地の領主からは隙あらば足下を掬おうとの害意を向けられ、如何どうしていいかわからず、迷いに迷い、僅かな打開の為の糸口も手繰らせる事は叶わない。
 そんな時に。

 アンナがの手を求めたなら、オレは……。
 ゲートがの手を取ったなら、ワタシは……。

  ◇

 だから、めんどくさ。すがるな。

 そしてハナ、何故に俺が戦わなくてはならない。
 ゲートはめちゃ強いんだぞ。俺ってば死んじゃうぞ。



―――――――――
お読み頂き、誠にありがとうございます。
よろしければ次話もお楽しみ頂ければ幸いです。

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