半径1メートルだけの最強。

さよなきどり

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第三節 〜サガンの街〜

032 それから再び迷いに迷い

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冒険者ギルドで魔晶石を換金します。す?
ご笑覧いただければ幸いです。
※注
白い◇は場面展開、間が空いた印です。
―――――――――

 哀れサチ、……生きろ!

 ◇

「ここだ、ここで魔晶石を換金してもらえる」

 迷いに迷い、やっと辿り着いたそこは小ぶりなバラックの倉庫のような建物で、長い時間をかけて蓄積された拭がたい生臭い匂いが漂い、床には乾いた赤茶けた跡が幾つも層になって染み付いていた。外には大きな洗い場が併設されてる。

 カウンターが二つ並んでおり、片方が魔物の部位や革などの引き取り業務で、もう一つが魔晶石の買取だ。
 サチが目にしている薄汚れた黒板にチョークで書かれている表らしき物に、目が行く。会話はある程度理解が進んでいるものの文字はさっぱりだが、そのお品書きだかメニュー表らしきものは多分買取価格表だろう。
  ただ、その価格が書かれているはずの欄には何も書かれていなかった。

 そしてカウンター内も含め、僕らがいる待合スペースはガランとし、だれ一人として居なかった。ただしカウンターの奥、衝立に仕切られたバックヤードには大勢の人が動いている気配があり、非常に忙しいのか、罵声が飛び交い、まるでヤッツケ現場のような喧騒に包まれていた。

 サチが執拗に案内を乞う声が虚しく響く事、数分。やっと奥から足首まで届く体の前面を大きく覆う酷く汚れたエプロンを身につけた、ハナの胴体二つ分程ほどの毛むじゃらの太い腕の男が不機嫌げに現れた。
 片手に持つ出刃包丁の先端より見覚えのある魔物が死んだ時に溢れる体液を滴らせながら。

「魔晶石と部位の買取をお願いしたい」

 それには答えず、まじまじと僕らを見回したっぷりと間を撮った後「馬鹿かオマエ、今が“うつりの直前”だと知らないのか? 素人か? それとも迷い込んだ余所者か? 死ぬぞ。ってか殺すぞ」

「物騒だな、私は乙職二級・特務指揮権限者《オフィサー》だ。旅の水先案内の途中だ。資金不足により手持ちの魔晶石を売りたいのだが」

「だから馬鹿かオマエ、オフィサーだろうがグランパだろうが関係ねえ。“うつりの直前”だと言っただろうが。他所から持ってきた魔晶石に払う金はない。金が欲しかったら街を襲うクソ魔物を狩れ、そしたら雑魚でも相場の三倍だ。解体運搬もコッチでやってやる」

「ネームドの魔晶石もある。それ一個でも構わんのだが」

「馬鹿かオマエ、ネームドだろうがなんだろうが、今必要なのは街を守る事だ、その為の資金を、それ以外に使うことはしない。ネームドだろうが今このギルドには腐るほど魔晶石があるんだぞ」

 カウンターに出刃包丁を突き刺し凄む太腕モジャモジャ。

「なら今直ぐ街を襲う魔物を狩ってくる。それなら一体分でも買取してくれるんだろう」

「ああ、しっかり三倍の相場でな、だが支払いは“うつり”が終わって無事に生き残っていたらだ。生き残った奴にはボーナスも出すぞ」

「なんだそれは、割りに合わないだろうが」

「馬鹿かオマエ、こっちは相場の三倍出すんだ。ちょっと稼いでトンズラは許さねえ、この街で稼ぎたいなら覚悟を決めろ」

「宿もいっぱい、食事をする資金もないのだそ」

「馬鹿かオマエ、野宿しろ。みんなしている。メシは魔物クサレ肉なら街中で無料で配ってるだろうが」

 ああ、屋台のあれね。それでか。それにしてもこの太腕モジャモジャのクセに妙に親切に説明してくれるな。実はイイ奴説? 『馬鹿かオマエ』の口癖も、まあ可愛いか。太腕もモジャモジャも一定層には好物だろうしな。
 
 この街ってやっぱり危ういんだろうな。他人事のように考える。鼻の穴ほじりながら考える。まあ、他人事だし。

 でも困ったな。八方塞がりだな。安眠のベットや美味しい食事や湯煙ムンムンお風呂などは全て諦めて無理してもさっさとこの街から出て行った方がいいな。頻繁に出てくる“うつり”ってワードも不穏だし、絶対碌でもないもんだな。ムムムー何とかっていう蜻蛉の
バケモノのスタンピートだっけ。クワバラクワバラ。

 懸念はやっぱり魔物クサレ肉の食事が続くって事だが、やっと口にしなくていいと思ってしまっている自分達の胃袋を納得させる事が出来るのか? 至難だ。非常に。特にハナ。もう無理って言ってたし。

 でも不思議なのはサチはこの街が今の時期が“うつり”である事を知らなかったのだろうか? 水先案内の丙二種銅級だろ。迂闊すぎないか。

 
「仕方ありません。“うつり”を盾にされると言い訳できません。この街は早々出て行くことになると思われます」 
 僕とハナは顔を見合わせ、同時に肩を窄めることで同意をしめす。ごめんなハナ。

「取り合えず、この町でギルド登録だけ済ませましょう。そうすれば次の街に入る際に苦労は半減できます」

「でもさ、初年度の登録時は研修と徴兵があるんだろ? どうすんの?」

「愚か者が。私が上級職士官校出での特務指揮権限オフィサー有資格者である事を忘れたか」
 知らねえし。
「士官校出はそのまま特務指揮権限を持つ。この権限はその所有者が従える者を冒険者登録した際には、そのまま直接指揮することで研修と徴兵同等とする事ができる。まあその期間内には勝手に解雇出来ない等の制限があるがな」

 と、ハナに向かい。
「そう云う訳で便宜上でありますがエリエル様には一時的に私の部下であるとさせていただきます。申し訳ありません」

 と、僕に向かい。 
「一時的だとしても貴様のようなチビを私の部下扱いとすることは甚だ遺憾だが我慢してやる。ありがたく思え。そして暫時であろうと私の部下となるのだからシッカリ私にへりくだるように。いいな」

 ふん。下克上という言葉を知っているかな、サチさんや。楽しみだな。

「どうしてオマエはそんな怖い目でイイ笑顔できるんだ。怯えるぞ」
 とハナの後ろに隠れるサチ。

「でもさ、サッちゃん。サッちゃんてば中途半端な銅ブロンズ(四級)だよね、そこは大丈夫なの?」
 とハナ。容赦がない。

「……中途半端って……。そこは、大丈夫です」
 

 それから再び迷いに迷い、やっとこさギルドの本部と呼ぶような建物にたどり着く。買取所からゆうに30分は掛かっていた。でもやっと見付けた其処そこは、買取所の隣だった。本当にこいつは水先案内のスペシャリストなのか?

 建物は買取所より小ぶりだがやっぱり倉庫にしか見えなかった。どこまでも質実剛健な実利主義な軍事施設だこと。でも拘りなのか入口はスイングドアだった。でも、其処そこじゃないんだよなあ。

 スイングドアを潜り最初に目に付く正面カウンターに座るのはニコニコ顔の何故かオバ……お姉さんだった。例の。

「随分遅かったのね。待ちくたびれちゃった」


 ✴✴✴✴

~ 冒険者の職種詳細 2 ~
 長いです。作者の妄想枠です。ですので、ご覧いただかなくとも物語の進行には支障はありません。

  丙(C)職
 護衛任務を主に行う。連携することが得意。一種は大規模輸送団に特化。二種は小規模な特殊商隊や要人などの警護を主とする。いわゆる専属ボディーガード。
 当初は甲種になるには能力が低く、けれども暴力にしか特性が見いだせない半端者が就任していた。何より単価が安く、雑用に向き、気楽に使える消耗品として重宝されていたが、時代が下がり経済が発展すると警護の重要性が改めて認められる様になると地位が所々に向上し始めた。
 特に商業が急発展した近年では需要と単価が急上昇し、今では甲・乙を凌ぐ人気職種となっている。就任も狭き門となり、一躍エリート職種となる。
 ただしその実力は低い。現場での実際の戦闘は少なく、経験値を詰むことが困難かつ、今までの組織として積み上げてきたノウハウも皆無な為。“威勢”で襲撃者を撃退”が本質。かえってエリート意識だけが高くなる傾向で、特にB職を目の敵として、何かと見下してくる。自分より確実に実力が勝っているから。
 実際の警護達成率は低く、経済の足を引っ張る負の側面を持っている。しょくしゅの名前から何となく依頼されている。統計報告もないし。ただ、大きな商人は使わない。わかっているから。だが厄介なのは経済界や貴族会との結びつきが強固で、大商人であっても無視できない存在となっている。
(十年前に就任した現総会頭も丙職の出身。現在の本店総本部の人事権を完全把握しているのも丙職派閥系)

 丁(D)職→
 貴重魔性薬草の情報が豊富であり、採取を目的としている。一種は国や医療従事者等の依頼により特殊品の採取を少人数チーム編成で行っている。実は戦闘力を含めた能力値も高く実力者揃い。皆等級が高く、新人も優秀な者が採用され、昇級も早い。二種は商業ベース特化で、一般流通品を効果的に繁殖させる等の採取計画を含めた大規模栽培を行っている。丁(D)職だけは横の連携がしっかりしている。
 基本的に研究職。オタク。ただし安全性と給料は全職種でダントツ。 

特級特化(スペシャル)職
 探索者。大陸中央部に広がる一千年前に栄えた旧魔王国園内に点在する遺跡都市を探索し、未知の魔道具である“尊遺物レリクト”を探す。旧魔王国園内には強力なネームドの魔物が多数跋扈しており、有用な尊遺物一つを持ち帰る事が出来ればひと財産となる超ハイリスク・ハイリターンな職種となる。
 実は特級特化スペシャル職は正式なものではい。ただの通称。全職種冒険者はもちろん、非合法な傭兵だって商人だって一般人でも旧魔王国園内に入って探索できる。国もギルドも特に管理していないから。管理出来るほど甘くないから。そこは強者のみが許された特別な世界。生き残って宝を持ち帰った者だけが勝者。
 旧魔王領外周部の旧都市遺跡から辿り、幾つかの都市を経由すればいずれ中央の魔王城に辿り着くとされている。魔王城に近づく度にお宝の価値は高くなり、魔物は強くなる。

 まあ何だ、お馴染みのダンジョンってって事だな。超巨大で地下ではなく横に広がってるけど。現在、攻略した旧魔王国の街は僅かで、まだまだ魔王城は遠い。それでも現在の世界のインフラ技術は全て旧魔王国園内由来だ。あの蒸気機関車も高架軌道も旧魔王国由来の技術だったりする。


 その他、本店総本部付きと呼ばれる所謂の官僚組織がある。研究探索部門やギルド自身の警察機構として警務部門等も含む。オバさ……お姉さんは警務部門の元エース。等級は金ゴールド(二級)。
 支店ギルド長任命権は本店総本部人事部が持つ。支店の一般職員は現地ギルド長が採用権を持つ。一般住民や若くして引退した冒険者が採用されるが、なぜか十年前より上級職員は全て元丙種のみ。


~ 冒険者の階級は以下の通り~
別枠(別枠)、金剛(特級)、白金(1級)、金(2級)、銀(3級)、銅(4級)、錫(5級)、錫下(6級)

 ✴✴✴✴



―――――――――
お読み頂き、誠にありがとうございます。
よろしければ次話もお楽しみ頂ければ幸いです。

毎日更新しています。
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